内倉悠さんの2017年7月分奨学生レポート

0.   はじめに

JICの皆様ご無沙汰しております。41期奨学生の内倉悠です。イリノイ大学での留学を終え5月末に帰国してから、早くも約2ヶ月が経ちました。帰国後、間髪をあけずに場所を広島へ移し、設計事務所でのインターンを経て、先日約1年ぶりに東京の実家へと戻って参りました。ようやく少し身を落ち着かせ、イリノイで過ごした日々を思い返しながら、この留学が自分にとってどんな意味を持ったものだったのか、ゆっくりと向き合い始めております。

(写真1)ちょうど一年前、イリノイ大学に到着した日に撮影したクアッドの風景

  1.  カコと留学

今振り返ってみると、自分にとって『留学』というものは昔から割りと身近な存在だったように思えます。5年前、兄が同奨学制度の第36期としてイリノイ大学へ行かせていただいたこともあり、家族の中で『留学』に関する話題が上ることはしばしばありました。それでも当時高校2年生だった僕は、何よりも友達と遊ぶこと、文化祭で盛り上がることしか頭になく、何気なく耳にしていた留学の話は他人事だと割り切っていたように思います。

そんなこんなで、特にアクションを起こすことなく周りと同じ受験の流れに乗って、幼い頃から興味があった建築という分野を学ぶために東京大学へと進学するに至りました。入学時から専攻したい分野が決まっていたため、教養学部の必修授業には全く熱が入らず、選択科目では建築や都市、空間に関する授業ばかりを履修していました。教養学部というのは本当に必要なのだろうか。これは単なるモラトリアムに過ぎないのではないか。何度もそんな思いを抱いていたのを今でも覚えています。

 

 その後、2年次の後期にあった進路振り分けを経て、かねてより希望していた建築学科へと進学することとなったのですが、そこでの生活が留学を志望した大きな転機となりました。建築学科には設計製図という学科のメインとなる授業があり、課題締め切り前には製図室に何日も泊り込んで作業をします。そうなると自然と同期の人たちとも距離が近くなります。最初は「みなで頑張ろう」という+の効果があったのですが、時にその仲の良さが裏目に出て、全体のスピードを緩めているなとも感じていました。自分にとって建築学科は非常に心地よい場所でしたし、楽しい大学生活を送っていたように思います。それでもどこか、後ろめたさのような、何か物足りなさを感じていたのも事実です。「このままやっても、周りの人と同じこと、もしくはそれ以下のことしかできないだろうな」というあせりは、個性を必要とする建築家にとって終わりを意味するものだと、日を追うごとに不安が募っていきました。これが留学を志した一つ目の理由です。

 

 もう1つは、より広い視点から建築を見たときに、建築という職業がとても閉鎖的なコミュニティに見えたことです。本屋に行くと、建築思想に関連する本がいかに沢山出版されているかが分かります。建築学生の間では、本を読んでそれに対して自分の考えを批評することで面子を保つような風潮がちらほら見受けられます。それ自体はすごく糧になることですし、自身の考え方を触発してくれるいい学びだと思います。しかしどうも難しい単語や思想で、建築家が他を寄せ付けないようにしている、建築家がそういう言葉で武装しているようにも思えたのです。「建築家の言うことはよく分からないけど、あの先生が言うことなら正しいのだろう。」という雰囲気があったのですが、捻くれモノの僕は、「言ってることはまぁ分からなくはないけど、できた建築が素敵だとは全く思わない。」と心の中で思っていました。よくわからない建築家の思想にお金が出されるというイイ時代はとっくに終わっているのに、その時代に書かれた本を読んでも仕方が無いじゃないか、と。

建築家は建築家以外の人と対話できなければなりませんし、いまの建築家の職能は、昔の作るだけの職業とは大きく変わってきています。建築学科という狭いコミュニティにいるだけでは、いつまで経っても一流の建築家にはなれないだろうなと、隈研吾さんへのインタビューを通して確信しました。これが留学を志した二つ目の理由です。

(写真2)昨年、留学前に行った隈研吾さんへのインタビュー

2.   ミライと留学

広島では、三分一博志さんという瀬戸内を中心にご活躍される建築家の方のもとで、帰国後約二ヶ月間お世話になりました。三分一さんは風・水・太陽という古来から存在した“動く素材“に注目し、歴史の中で人がそれらとどのように関わってきたのか、一年以上に及ぶ綿密なリサーチを行いながら紐解いてゆき、その場所にしかない、その場所の魅力を一番に引き出してくれる建築を創るという思想を掲げています。科学的リサーチに裏付けられた設計は観念的なコンセプトのみの曖昧さを打ち消し、世界中のどこでも展開することのできるこの思想は、国家や行政といった既存の枠組み・システムを超越して場所と場所をダイレクトに繋ぐことのできる、非常に魅力的なものだと感じました。広島と海外がスカイプを介してあっさりと繋がる様子には、思わず笑ってしまうような感動を覚えます。建築にはこういう風に世界を軽やかに繋いでいけるような魅力があるんだと、肌身で感じた瞬間でした。

(写真3)おりづるタワーから広島の街並みを望む

 

建築家として「世の中を変えたい」と思うときの「世の中」の射程は、世界全体かもしれないですし、小さな村かもしれない、もしくは自分の周りの人たちかもしれません。でも、いずれにしても「世の中」が建築以外の分野の人たちから構成されることは間違いないと思いますし、その場所は世界のどこにでもなりうると思います。そういう職業だからこそ、大学生という多感な時期に、comfort zoneを出て世界を少しでも感じることができた今回の経験は、今後、自分が建築家としてのどのように社会と関わっていくか、その可能性を大きく広げてくれるものだったと思います。留学で得た学問的な学びはもちろんのこと、この留学を通して多様なバックグラウンドをもった人たちと繋がることができたのは、今後自身の生き方や考え方を見つめなおす上で大きな刺激になると確信しています。同じ第41期として、留学という特別な期間を一緒に過ごした深見さんと守崎さんとは、学年も専攻もみなバラバラでしたが、それゆえに感じる面白さや難しさは、良い意味で非常に刺激的なものでした。

(写真4)日本館での朝食イベント後、41期3人で

 

この後も8月は東京で、9月はイタリアで建築関係のインターンさせていただけることになっております。これら全ての選択が、イリノイでの留学経験とリンクし、バラバラだったパズルがカチッと組み合わさっていくような充足感を覚えます。一年前は想像もしていなかったようなことが次から次へと起き、まだ日本の大学に復学する心構えが十分にできていないような気もしますが、与えていただいた機会を確実にものにし、今後ともしっかりと地に足をつけて精進して参りたいと思います。

 

 最後になりましたが、この場をお借りして、この一年間大変お世話になりました小峰会長、矢部先生はじめ、JICの皆様に心より感謝申し上げまして、結びの言葉とさせていただきます。本当にありがとうございました。

2017.07.31

第41期小山八郎記念奨学生

内倉 悠

深見真優さんの2017年7月分奨学生レポート

はじめに

皆さまお世話になっております。41期の深見真優です。

アメリカから帰国して2か月と10日が経ちました。自分がイリノイ大学に10か月留学していたことが、遠い昔話のようです。本当に私は留学していたのかな?と思うほどです。帰国して2日後から通常のフローに乗って就職活動をしていました。炎天下の中リクルートスーツに身を包み、日本語しか聞こえない電車に乗り、分刻みで面接に向かう。余韻に浸りながら少しずつ体を慣らすという感覚は一切なく、半ば力づくで時差ボケの体を就職活動の渦にねじ込んでいったような感覚でした。目まぐるしい就職活動を終え、リユニオンで皆様と42期にお会いし、日本の友人や家族と話す中で、落ち着きを取り戻し、漸く私の留学が一区切りしたように思います。こうしてレポートを書くことも最後になりますので、ゆっくりと振り返りをしたいと思います。

 

1:この留学を通して印象的だった授業

2:留学を経てこれから挑戦したいこと

3:第41期小山八郎記念奨学生として留学できて良かったこと

 

1:この留学を通して印象的だった授業

第3回目のレポートで私が受講していた授業の概要を書いたので、この1年間で特に印象的だった授業を前期と後期から1つずつ振り返りたいと思います。

Medical Sociology(前期)

医療社会学の授業を前期に履修しました。私が留学前に頭の中にぼんやりとあった「こんなことを勉強してみたい」という漠然としたイメージにピッタリな科目でした。将来、健康促進に携わりたいという思いが芽生えたものの、医療の道を志している訳ではない私が、どの様に健康に携わることができるのかがわかりませんでした。しかし、この授業を通して「病気にしない環境作り」「情報伝達技術を利用した健康管理」などの重要性に気づくことが出来ました。「健康=病院」という一辺倒な考え方ではなく、「健康」というキーワードに対して、文化的背景、地域行政、ビッグデータ、、、と、今までは気にしてこなかった要素が頭の中を駆け巡る感覚を覚えた授業でした。文系の私でも健康促進に携わることができるかもしれない、という前向きな考え方を得ることが出来ました。授業を一緒に履修していたクラスメートの希望する進路が様々なのも印象的でした。お医者さま、セラピスト、WHO、生命保険業界、、、。日本にいると中々受講する機会のなかった医療に関する授業を、社会学的観点から、多様な進路選択をする学生と受けられました。それによって、様々な方面から健康を支える視点を得られ、私の将来に新たな選択肢を加えることが出来たと思います。

Foundation of Health Behavior (後期)

前期に抽選漏れをしてしまい、後期にウェイティングリストに名前を載せ幸運にも受講することができた授業であり受講が始まった直後はワクワクした気持ちでいっぱいでした。しかし、後期の中盤には「大変な科目を履修してしまった、、、」と何度も心折れかけた科目でもありました。この授業は、健康習慣を変えることがいかに困難であるかを一人一人の学生が身をもって体験することが目的でした。一人一人が実験台となり、自らの生活習慣を一つ、一学期丸々かけて変える取り組みを行います。どのような形で健康促進に関わるとしても、言うは易く行うは難し、を常に心に留めることが大切であるという教授の教えのもと、一人ひとりの学生が自らに課題を課し、それをContractとして教授に誓いを立てます。結果としては私は当初の目標(週3回ジムに通い運動習慣を身に着ける)は未達成という情けない結果で終わってしまいました。この授業が大変だった理由は2つあります。1つは自らが立てた週3回ジムに習慣的に通うという目標は運動習慣のほとんど無かった私には急すぎたため、2つ目は目標を達成しなかった経緯について学んだ理論をもとに論理的に説明することが「未経験」のことであったため苦労しました。当初、授業を通して感じたいと思った「言うは易し行うは難し」を痛感したことはもちろん、お恥ずかしながら初めて、文献を読み漁り、理論とデータを照らし合わせながら少しずつ論文を書き上げていく、という作業を経験したように思いました。未熟な論文ながらも、表紙をつけて分厚い論文を提出した日の「やっとできた、、、」という達成感は忘れられません。

(写真1:「週3ジム」を守りサーシーでの運動に励んでいた時期の私)

 

2:留学を経てこれから挑戦したいこと

①第3言語の習得にチャレンジ!

たかが言語、されど言語。英語もままならない私が留学中に何度も感じたことでした。世界共通語の英語をより流暢に話すことが私の長年の目標でした。今まで、留学生のサポート活動を通して数か国語を自在に操る学生と何人も遭遇する度に、「英語もろくにできない私には無理無理、関係ない話。まずは英語」と割り切ってきました。しかしイリノイでの留学を通して少し感情に変化が起こりました。「無理かもしれないけど、やってみたい」、そう思えるようになりました。完璧に意思疎通を図れなくとも、その国を知っている、行ったことがある、言語を知っているというのは、初対面の人との心の距離をグンと近づけることを実感しました。英語を少し話せるようになっただけで広がった世界がありました。自分には無理だと敬遠せずに、出会えなかった人に出会えるかもしれない手段として、少しずつ挑戦したいと思います!韓国語、中国語、スペイン語、特に理由はありませんが、好きになれそうな、そして話せるようになってみたいと思うこの3つから1つを選んで一番楽しめる言語を学んでみたいと思います。

(写真2:英語、韓国語、日本語、中国語、スペイン語で各々からかわれてるのも気づかず笑、それでも笑いの絶えなかったみんなとの一枚)

 

②これが好きだ!と言えるものを作る

「趣味は何?」という質問は国内外問わず私が困ってしまう質問の一つです。「食べること~旅行すること~」と言って今までごまかしてきました。留学中に初対面の人に会った時、相手の自己紹介を聞いて、私は自分について語ることが無いことに気づきました。芸は身を助ける、と言いますが留学中はまさにそれを痛感しました。勉強だけではなく、音楽でもスポーツでも自分の好きなことがある人は男女問わず魅力的に感じられました。小さい頃からやらないと何事も身につかない、と思い込んで諦めていましたが、意外と大学生になってからギターを猛特訓した、昨年から茶道を初めてみた、今年初めてダンスに挑戦する、、、などなど、最近新しいことを始めた人に多く出会った気がします。「やりたいならやればいいじゃん?」という言葉は、出国前には他人事のように聞こえていましたが、そんな彼らに言われると、スッと心の中に入り込んできました。昔から憧れていた茶道にひょんなことからシャンペーンで出会えたので、これからも日本で続けていきたいと思います。また、アメリカで続かなかったジムに通い、以前かじったボクササイズに本格的に挑戦してみたいと思います(今日手続きを済ませてきました笑)。この先、趣味を通して新たな人々に出会ったり、辛いことを乗り越える活力を得ることが楽しみでワクワクします。

 

3:第41期小山八郎記念奨学生として留学できて良かったこと

この奨学金制度を知るまでは、大学の交換留学制度での留学を考えていました。しかし、出願先を決める上でこれといった決め手がなくモヤモヤしていました。そんな中で小山八郎記念奨学制度を知り、「これしかない」と思い応募をしました。大学の交換留学では中々挑戦することが難しい分野横断型の授業履修が可能なことはとても魅力的でした。政治経済学部では継続的に履修することができなかった公衆衛生学や国際保健といった授業を通して、「医療」という興味はあったけれど遠い存在であった分野に社会学や政治学など、自分が学んできた視点を掛け合わせて学べたことはとても刺激的でした。

 

また学習面以外では、日本館での活動に携われたことで留学前には気づけなかったような日本を見る視点を得られたと思います。日本に22年間生きてきて、気づかなかったこと、または気にしてこなかったことに向き合ったのはイリノイでの1年間だったと思います。訪れたことの無い日本の文化に興味を寄せ、生まれ育った国の風習とは全く違う日本の文化をキラキラしたまなざしで学ぶ学生や地域の方々には、多文化に興味を持ち学ぶ姿勢の素晴らしさを学びました。日本からきた日本人の私たちに、「浴衣と着物の違いは?」「箸を使うときの決まりは?」と素直に質問を投げかけてくれるものの、ごめんわからないや、調べてくるね、、、と苦笑いを浮かべるしかない自分に情けない思いを抱きました。日本に生まれ日本で育てば日本人、と疑いもしなかった自分ですが、自国のことをあまりにも知らなすぎる自分に直面しました。イリノイ大学での留学を通して更に外の世界に興味を持つとともに、生まれ育った国である日本のことについてより知りたくなった1年でした。

 

最後に

イリノイにいる間は1年間本当に目まぐるしい日々でした。日々の授業、試験、グループワーク、日本館での活動、就職活動、友人たちとの交流、、、。カラオケも遊園地もデパートもないトウモロコシ畑の真ん中で、目まぐるしい毎日を送っていました。朝起きてその日の流れを確認し、寝る前にも翌日の動きを思い浮かべる。日本でも動き回っているつもりではありましたが、イリノイでの1年間ではそれまでとは比にならない位、1日1日が濃かったように思います。最初の3か月は「異国での1年間てとてつもなく長い、、、」と凹んでいた時期もありましたが、少しずつ自分のリズムを掴みだしてからは瞬く間に時が過ぎ、今となっては夢のような1年でした。この1年間で自分のどんなところが変わったのか、正直自分ではまだわかりません。しかし、これから1年後、10年後、20年後に長い人生の中で振り返った時に、「イリノイでの経験が今に繋がっているんだ」と思える日が来るのが楽しみです。

(写真3:思い出沢山のクワッドでイリノイ大学を卒業した風の1枚)

 

現地では中々忙しくて3人で集うことは頻回にはありませんでしたが、それでも守崎さんと内倉君と3人で41期小山八郎記念奨学生としてイリノイ大学に留学したことは私の中で大きな意義があったと、留学前以上に強く感じております。自分の将来から逃げることなく、じっくりと向き合う二人の姿に、背筋の伸びる思いをしたことが何度もありました。私の変化にも敏感に気づいて声をかけてくれた守崎さん。男の子1人で肩身の狭い思いをさせてしまったかもしれませんが、いつも遊びも真面目な話し合いも積極的にリードしてくれた内倉君。面と向かっていうのは中々照れてしまうのでこちらで改めて感謝の気持ちを伝えたいと思います。ありがとう。

(写真4:朝食イベントを終えホッとした1枚)

 

そして最後に。いつも事後報告の私に呆れながらも支えてくれた両親、1年という時を全く感じさせない友人、イリノイで常に傍らで見守って下さった日本館の皆さま、そして未熟者の私に素晴らしい機会を与えて下さったJICの皆さまには言い尽くしきれない感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

 

これからは、42期、未来の奨学生、そしてJICの皆さまのお力になれるよう、非力ですがJICの一員として活動してまいりますのでご指導ご鞭撻よろしくお願い致します。

 

第41期小山八郎記念奨学生

深見真優

守埼美佳さんの2017年7月分奨学生レポート

みなさまご無沙汰しております。第41期奨学生の守崎美佳です。帰国後1ヶ月以上が経ち、留学前の経験が懐かしく思い出されるこの時期にレポートを書いています。

 

1,帰国後の所感

思えば留学前に掲げた目標の一つに、「 アメリカの組織から合理的な運営体制の秘訣を学び、日本の組織に貢献する」という目標を掲げました。

私は今、幸運なことに会社でインターンをさせていただいておりますが、留学中やその直後の理想と、環境に合わせるという現実の乖離に、少し戸惑いを覚えています。

1−1 アメリカ型組織と日本型組織の違い

一言で言えば、サークル型と部活型と言えるでしょう。どちらも1つの目的を達成する上で人が集まって組織を作っている点は同じです。ただ、アメリカは自由・平等を大切にし、互いに敬意を持ちながらも互いに友好的に接します。大きく地位が異なっていても、互いに世間話、家族の話はもちろん、雑談をする機会なども与えられるようです。一方日本では地位の違いはより強く出ます。会社の上司の言うことに逆らったりフレンドリーに接したりすることは仕事の場だけでなくプライベートの場でも推奨されないような気がします。

それではこの職場環境を簡単に変えることはできるでしょうか。現時点では、あまりそうは思いません。新人としては、常に自分が職場で評価されている状態にあります。そのため、自分の目上の人が「こうあるべき」という態度で接することが求められます。上司が上下関係のはっきりした接し方を好む場合、こちら側がフレンドリーに接することは、「空気が読めない」「常識がない」という評価をくだされがちです。そのため、少なくとも組織の下の位にいる間は、その組織の文化に自分を合わせることになります。

ただし、例えば上下関係に対してもどかしさを感じた時、「このやり方だけが唯一の組織文化ではなくて、例えばアメリカではもっと違うやり方があって。」という思いを常に自分の中に留めておくと、心の中の逃げ道になるかもしれません。

ただし、必要な場合には自己主張ができるということは、日本の組織の中でも必要とされ、留学経験者であればより容易にできる点だと思います。確立されたやり方が存在する組織の中では、そうしたやり方に従うことが必要ですが、いつ何時でも「先例に従うこと」「上の指示に従うこと」を行動原則にせず、十分な証拠と考察を得た上で自分が正しいと考える点については恐れずに質問をし、議論をすることが、最終的にはよりよい結果になることは多分にあります。そうした場面に出会った時、留学を通じて立場を越えて議論をする文化に慣れていれば、臆せずに自分の意見を主張できるのではないでしょうか。

1−2 英語

企業にもよりますが、これば確実に留学の成果の一つです。資料の和訳案件や英語でのやり取りは多く、それらがスムーズにできれば情報伝達の速さと正確さが補償されるので、確実にプラスです。ただし、使う英語はビジネス英語であるため、帰国後の就職を見据えている場合は、日常会話の英語を学ぶことで満足するのではなく、ビジネス英語を学ぶことを視野に入れるとよいでしょう。

 

2,今後の留学生の方へのアドバイス

 

老婆心ながら、今後の留学に行かれる方のために、自分の経験と反省を踏まえて幾つかアドバイスをさせていただきます。

 

  1. 現地でコミュニティを見つけましょう。
    授業だけではインタラクティブな交流は少ないためです。できれば自分が完全にアウエーの立場であるコミュニティに入るといいかなと思います。

  2. 達成したかどうかがわかる目標を作りましょう。
    これは留学中に限りませんが、せっかく時間と費用を割いて貴重な経験をしているので、それが無駄にならないようにもそうするといいと思います。初めに明確な目標を設定し、帰国前まで定期的にそれを評価すれば、「楽しかったー」という感想だけで終わる留学になることを避けられます。

  3. 留学の目的と、その目的を達成する上で留学が本当にいいのかを、留学を決める前にもう一度考え直しましょう。
    とりわけ、学びたい学問があって留学に行く場合は、英語の情報伝達であることによって学ぶことのできる量が減ってしまうことを予め想定しておくべきだと思います。

  4. シャンペーン・アーバナという地
    知っている人は知っているかもしれませんが、シャンペーン・アーバナという地はシカゴから3時間離れた田舎にあります。そのため、同じ「アメリカ留学」と言っても、大都市にある学校に行くのとでは環境も得られる経験も異なります。例えば、シャンペーンでは自然に囲まれてアジア人も多く混ざる環境で勉強に集中することはできます。キャンパスの中ではアルバイトなど多様な経験もあります。ただし、キャンパスの外で得られる経験はあまり多くありません。こういった点を加味し、自分の留学の目的を達成する上でこの大学が最も良いのか、比較対象がある場合には情報収集などもした上で判断するといいでしょう。

 

生まれて初めての留学生活は私にとって間違いなく貴重な経験となりました。少しでも多くの方が、この機会を利用して有意義な時間を過ごされることをお祈りします。

写真:帰国後直前の旅行先の湖の浜辺で。

内倉悠さんの2017年4月分奨学生レポート

 JICの皆さま、ご無沙汰しております。第41期奨学生の内倉悠です。4月も後半にさしかかり、今期の奨学生の留学期間も残すところあと数週間となりました。イリノイでは早くも初夏のような心地よい陽気に恵まれ、夜まで半袖で過ごす日も増えている一方で、時折、昨年の夏に初めてこの地に来た時と同じような草木の匂いがすると、「あぁ、終わってしまうのか。。。」と寂しさも感じております。今回のレポートでは、春休みを利用して参加したメキシコでのワークショップ、日本からシェフ榎本さんをお迎えして行った一連の食に関するイベント、そして留学終盤に差し掛かって感じていることの3点に関して書かせていただこうと思います。

RAW Real Architecture Workshop

 RAWは「建築を専攻する学生に、設計スタジオでの架空の設計だけではなく、実際に設計し施工するところまで体験することで、建築設計を違う視点から見る機会を与える」というコンセプトのもと、全米各地から10名前後の学生が集まり、数人のインストラクター、現地の人びとのサポートを受けながら、自分たちの力でデザインから施工まで行うというワークショップです。毎年様々な国や場所で開催されているのですが、今年はメキシコはOaxaca(オアハカ)という街の外れにあるeco tourismを推進する村に屋外イベント(BBQなど)用の簡易施設をつくりました。ちなみに、普段の設計スタジオは約2ヶ月程かけて一つの建築物を設計するのですが、今回は施工も含めてわずか10日間という、規模は小さいといえどハード(というより、ほとんど不可能に近い)なスケジュールでした。

 建築を専攻する学生はいい意味でも悪い意味でも、みな自分の設計が一番いいと思っているところがあるので(笑)、デザインを決めるのは非常に困難な作業でした。正直なところ、初日は周りの学生に圧倒され、ほとんど口を挟めずに終わるという苦い経験をしました。初日の夜、「まずい、このままじゃデザイン段階で存在価値ゼロのままただの労働力になる。。。」と猛省し、二日目から押されつつも、言葉だけでなくスケッチなども交えながら違うと思ったことは違うと主張するようにしました。(寸法などやたら数字を出すとみな考え始めるので、その間にこちらは英語で主張を組立てるという作戦でなんとか応戦しました。)

 そんな調子でデザイン期間だけであっという間に3日間が経過し、4日目からはついに施工に取り掛かりました。前段階で、既に現地で調達できる資材(木材、モルタルなど)を確認してデザインを決めたため、滑り出しはすこぶる順調でした。さりげないことではありますが、このような山奥だと建築用資材を調達するだけでも一苦労。主な資材は近場で採れた木と使われずに残っていたモルタルで、とうぜん当初のデザイン案とは資材の長さや量がマッチせず、それも考慮して少しずつ(エッセンスは残しながら)デザインを変えるという要領で徐々に完成形に近づけていきます。この状況は、実際の現場では多々あることですが(新国立競技場のザハ案(前案)はその最たる例として挙げられます)、大学の設計スタジオでは基本的に材料・資金は無限にあることを前提に設計するため、なかなかこういった経験をすることはできません。これもワークショップで体験できるひとつの醍醐味です。でも実はこういう風に試行錯誤することで、よりよい案が出てくることも多くあります。”足るを知る”と今まで気付かなかったことがおのずと見えてくるようになるのかもしれません。

 途中何度か意見の相違から口論になるところもありましたが、振り返ってみるとあっとい間、中身の詰まった10日間でした。思ったことを全て吐き出して議論すると最終的にはみんな笑顔で終えることができる、シンプルですが”日本人”の自分にはなかなかできない、新しい価値観だったと思います。それともうひとつ、日本人だから~といってもてはやされるのはもう古いのかもしれません。戦後、国際社会の中で地位を確立してきたからこそ、改めて対等に立ち振舞う必要がある。日本人というアイデンティティは実はただ日本人の親から生まれたことで受動的に受け取ったラベルなんだというこということをふと考えさせられた瞬間でした。国籍などの”何者か”というラベルよりも、”何をやっているか”という内面を重んじるのがアメリカという国なのかもしれません。そもそも”建築”という、国家の枠組みを超えた人類の根源的な欲求を満たす行為において、国籍の話を持ち出すこと自体がナンセンスなのでしょう。アメリカという国が、そして”建築する”という行為が、より一層魅力的に思えた瞬間でした。


(写真1)最終日はみんな笑顔

Enomoto-san Event & Interview 2016.4.23

 一昨年、2015年度に日本館で行われた日本食懐石イベントに引き続き、約2年ぶり2度目の開催となった今回のイベント。日本より榎本鈴子シェフをお迎えして日本館協力のもと行われた一連のイベントに、通訳としてお手伝いさせていただきました。2度目の開催となった今年は、日本館でのopen houseに加え、Downtown ChampaignにあるカフェCream & Flutterと創作フレンチレストランBacaroでのコラボレーションイベントも企画され、日本館だけではなくシャンペーンのlocal community全体との直接的な交流が図られました。41期の奨学生三人でそれぞれ分担してイベント通訳を担当し、僕は4月23日にカフェCream & Flutterで行われたCafé Ozanのプロモーションイベントのお手伝いをさせていただきました。

 本番までプレゼンテーションの内容が分からず台本も無かったため、正直なところ「これは、通訳大丈夫かな、、、」とかなりナーバスになりながら本番前のセッティングのお手伝いに行くと、「実は私もよく分からないのよね~」とあっさり笑う榎本さんにお会いし、拍子抜けしました。「あぁ、このスタンスがプロなんだろうな。」とあっけにとられながらも、隣で通訳をしながら、同時に一人の聴衆として、一人のファンとして、純粋にイベントを楽しませていただきました。「この人はビジネスでこのイベントをやっているわけじゃない、売ろうと思って宣伝しているわけじゃない、純粋に自分の好きなこと・情熱を注ぐものを他の人々と共有しようとしてるだけなんだ。」そう直感的に思わせる、素敵な方でした。ひとつひとつ丁寧に作り込まれたラスクはまさにそんな榎本さんを象徴するかのような“作品“で、プレゼンテーションを聞いた後に頂いたお菓子からは、榎本さんの人生が練り込まれたような、魂の乗り移ったような感慨深さを感じました。”モノに記憶が乗り移ったとき、モノはモノであることから解放される”という感覚を体感した瞬間でした。

 留学前、JICの活動の一環として“住“のプロ、建築家の隈研吾さんにインタビューさせていただきました。今回は“食“のプロ、榎本鈴子さんとイベントをご一緒させていただきました。どことなく似たような温和な雰囲気を纏い、周囲を魅了するお二人。二人のプロエッショナルは共に、それぞれの道を究め、溢れんばかりの情熱をエネルギーに走り続ける「夢追人」でした。

(榎本さんインタビューの詳細は別途、インタビュー記事にて掲載させていただきます。)

(写真2)Café Ozanの一つ一つ丁寧に作られたラスク

“幸せ“とは何か

 今年は様々な場所を訪れ、様々な方にお会いする中で、多くの価値観に触れることができた一年間だったと感じています。自分の周囲の環境がいかに特異なものであったか、自分の価値観がいかに偏ったものであったかを痛感しました。

 冬休みを利用して訪れたユタでは、5年前にショートステイでお世話になった家族のもとで再び一緒の時間を過ごしました。ユタ州の州都ソルトレイクシティには敬虔なキリスト教の一派であるモルモン教の総本山があります。それゆえ、お世話になった家族をはじめ、その地域に住む人々はそのほとんどがモルモン教徒そして生粋の白人家系でした。お酒、タバコ、夜遊びは一切無し、毎週日曜日は家族で教会に赴く、食事の前・寝る前には必ずお祈りをするという教訓が生活の一部になっています。教会は祈りの場であると同時に、人々の交流の場になり、5年前に行ったときのことを覚えてくれていた友達に会うなど、改めてローカルな繋がりの魅力を感じました。家族の中心は母親。母親がyesといえばyes、noといえばno、それもいわゆる“かかあ天下“とは全く違った心地よい家族関係でした。家族というもののあり方が日本とは根本的に違う。そうなると、家のあり方もおのずと変わってきます。住宅を設計するとき、この”家族のあり方“というものが非常に重要なテーマになるのですが、自分の価値観は極めて日本的な、局所的で偏った考え方なんだというのを感じました。ほとんどが白人家系の地域にも関わらず外部からの人に対しても非常にオープンな雰囲気は、かつて西部開拓の最前線として人々が移住してきた頃からの名残なのでしょうか。ふと、アメリカという国の記憶に触れたような、そんな気持ちになりました。ここには高層ビルもコンビニも無く、娯楽施設といえば街外れにあるトランポリン場くらい。それでもここの人たちは笑顔が絶えない。あえてこの地に住み続けることを選んでいる人たちです。

(写真3)雄大な自然に囲まれたユタ州

 この留学期間中、合計して約1ヶ月弱を隣国メキシコで過ごしました。特に春休みに行ったオアハカという町はスペイン植民地時代の色が色濃く残る一方で、かつてその場で栄えていた古代文明の名残もしっかりと継承された“文化”の感じられる街です。オアハカは“死者の祭“(映画「007」最新作の冒頭シーンで有名になりました。)発祥の地として知られた現在メキシコシティについで第2の人口規模を誇る街です。”死”をもって、初めて人生が始まるという独特の世界観を持ったこの街では、毎日のように何かのパレードが行われます。結婚式、出産、そして別れの時など、人生の節目を祝って地域の人々が街を練り歩きます。“死“というものを終わりではなく、一つの節目ととらえる。どこか仏教における輪廻転生/解脱の思想と似たところがあります。死の後に真の人生を迎えるという思想ゆえ、死に対する考え方が違うからなのか、街の人からは老若男女問わず非常におおらかな印象を受けました。日本やアメリカに比べると、決して住みやすいとは言えない小さな街です。インフラ設備も整っていなければ、町には野良犬がうろつき、道路は車でごった返しています。それでも天からは眩しい陽射しが降り注ぎ、周囲を山々に囲まれたこの街から活気が尽きることはありません。「死ぬために生きる」、この表現が適切かどうかはわかりませんが、ここでもまた、いままでの価値観と大きく異なるものに触れることができました。Oaxaca(オアハカ)、機会があればぜひ皆さんにも訪れていただいたい街です。

(写真4)オアハカのパレード

 こうして振り返ってみると、果たして“幸せ”とは何なのだろうと考えさせられます。異なる文化、異なる価値観では当然そのものさしも変わってくる。自分にとっての“幸せ”もきっと多くあるものさしうちの1つに過ぎないのでしょう。そう考えると、功利主義における「最大多数の最大幸福」という概念は、資本主義のような一義的な考えでは当然満たすことのできないものだ、という意見にも納得できる気がします。近年のAlter-Globalizationな風潮を見ていると、この幸せのものさしの違いにこそ、これからの世の中のあり方に関わるヒントが隠されている気がします。

深見真優さんの2017年4月分奨学生レポート

はじめに

皆さま、ご無沙汰しております。第41期小山八郎記念奨学生の深見真優です。いかがお過ごしでしょうか。4月も最終週となり、ゴールデンウィークが近づいてきているようですが、不思議と、アメリカにいるとその様な感覚も一切なく、今はファイナルがすぐそこに近づき、またそわそわしている状態です。先日、フェイスブックページで、42期奨学生のお披露目会の写真を見て、ハッと致しました。ああ、もう自分たちの代のお披露目から、1年経ったのだ、と。イリノイでの生活が定着し日常となってきた私に、桜並木の下初めて皆様にお目にかかり、不安や期待など様々な感情が交錯する中、新たな一歩を踏み出したあの日の高揚感を思い出させてくれました。帰国まで後2週間、信じられません。このレポートを通してファイナル前に今学期を整理したいと思います。今学期は特に、日本館との関りが多かったので、そのことについても触れたいと思います。

 

授業について

今学期は4つの授業を履修しています。先学期は、公衆衛生学、医療社会学、国際保健など、勉強したい!と思っていた健康促進分野の授業のみを集中的に履修していました。今学期は、その様な分野に加えて、自分は将来どんな風に活躍したいのか、という少し大きな議題を考える機会を持つ為に、こちらでのメジャーとは直接関係ない授業も履修しました。ここでは、今学期の授業についてお話したいと思います。

 

AGED260: Introduction to Leadership Studies

この授業は、40期奨学生の結城さんのレポートを読み渡米前から取ってみたいと思っていた授業の一つでした。リーダーシップを体系化し学問として学んでみたいと思い履修を決めました。この授業は上記に述べた、「自分は将来どんな風に活躍したいのか」という問いについて考える為に大いに役立った授業でした。この授業を履修する前は、リーダーシップという言葉が少し苦手でした。私の中では、リーダーシップとはある特定の人のみが生まれ持っているカリスマ性、という一辺倒な考えがあったからです。しかしこの授業では、様々なリーダーシップのあり方を体系化し、一人一人が違う形で持っている力、または一人一人が身に着けられる力として捉えられているのが印象的でした。特に記憶に残っている会は「Emotional Intelligence」に関する講義です。日本語では心の知能指数とも呼ばれ、組織を率いる際に自己の感情を認知する力、その上で制御する力、他人の感情を推し量る力、そしてコミュニケーションを通して良好な人間関係を構築する力を指します。卒業後、自分がどのような道を歩むかは未だ定かではありませんが、日本でも世界中どこでも、常に相手の立場になって考えて行動することができる人になりたい、というぼんやりとした考えに名前が付いた瞬間でした。

 

CMN101: Public Speaking

幼少の頃から、人前で話すことは苦にならない性格でした。しかし、前期の授業での最終プレゼンテーションが思ったようにうまくいかず、自分でもがっかりしました。今まで勢いに任せて自己流で何とか切り抜けてきたプレゼンテーションも、この際しっかり体系立てて学び、端的に言いたいことを伝えられる様になろうと決意して受講しました。この授業でとにかく毎回言われることが2っあります。話す内容に関する知識のない人に理解できるように単純明快なスピーチをすること、聴く力を育て有効な質問をできる様にすること。思いがけず、話す側では無くオーディエンスの立場になった時に、自分の話し方の悪い点、取り入れたい点などが浮き彫りになりました。20名中留学生は2名と、少数派ですが、履修している授業の中で一番アットホームな授業で週3回が楽しみなクラスです。最初の自己紹介の時に、留学生フィルターを外してほしい、という生意気なお願いをしたためか笑、先生の評価も厳しく2回目の本格的スピーチでは高校の数学テスト以来のぎっしりの赤を貰ってしまいましたが、回を重ねるごとに成果が表れてきて少しほっとしました。余談ですが、クラスメートの一人が親御さんの仕事の都合で数年前に私の最寄り駅の3駅先に住んでいたとわかり、世界は小さいものだと痛感しました。今年の夏に久しぶりに来日する様なので、今から2人で計画を立てています。再会がとても楽しみです。

 

GCL125: Science and Business of Cancer Therapy

前期の授業では、社会経済的要因を紐解き、どのような社会を実現すれば誰もが健康を享受できる様になるのか、というテーマのもとどちらかと言えば、日本でも履修経験のあった社会学系の授業を多く履修していました。今回は少し違う角度で、ビジネスから見る健康問題を学んでみたいと思い履修を決めました。教授はUIUCでガン細胞の研究をされている方で以前はシカゴの病院でお医者様をしていた方です。普段は見られない研究室の見学もさせて頂きました。設備投資も新薬の開発も想像も出来ない多額の資金が動いていることを目の当たりにしました。1万件ものアイデアから実際に製品として世にでる治療薬は1件程度とされ、研究費用は10億円にも昇る新薬の開発は賭け事の様なものであると感じました。米国では大手製薬会社のみならず、スタートアップの会社と大学の研究機関が提携を組み開発に挑むことが多々あると言います。最先端の医療を通じて健康を享受するには多額の資金が必要なことを実感し、健康格差の是正という社会課題解決は難解な課題であると痛感しました。一方で、スクリーニングなどの予防医学を発展させることの重要性も感じ、やはり将来、このような技術の普及など何らかの形で健康促進に携わりたいと感じました。

 

CHLH304: Foundation of health Behavior

前回のレポートにも記載しましたが、私が一番楽しみにしていた授業でした。この授業は、健康習慣を変えることがいかに困難であるかを一人一人の学生が身をもって体験することが目的です。一人一人が実験台となり、自らの生活習慣を一つ、一学期丸々かけて変える取り組みを行います。どのような形で健康促進に関わるとしても、言うは易く行うは難し、を常に心に留めることが大切であるという教授の心意気に惹かれ授業の履修を決めました。私は運動習慣の改善を試み、週3回ジムに通う契約書を提出しました。結果はというと1.5か月程で当初の契約書通りにはいかなくなってしまいました。後期丸々かけて30程の参考文献を用いて論文を仕上げたのですが、その中でも忘れられないフレーズがあります。”Behavior change is not an event but a process”. 継続は力なり、ということの様です。今回のチャレンジは失敗してしまいましたが、帰国後色々と落ち着いた後にまた再挑戦しようと思います。また、それぞれの生徒の学習成果を比較すると、人種、年齢、性別により、生活習慣を変えるモチベーションの上げ方は様々であり、その集団の文化的背景を熟知することがコミュニティー全体の健康促進の第一歩であると実感しました。

 

課外活動

Enomoto week

昨年の春の新年会で初めてお目にかかった榎本さんがダウンタウンシャンペーンのBacaroというレストランで、日本酒とコース料理のコラボイベントを行うとのことで、非力ながらミーティングに通訳として参加致しました。Bacaroのシェフと、榎本さんとの打ち合わせは料理の詳細の確認作業から日本酒のペアリングまで多岐に渡りました。私の母校の明治大学政治経済学部のOBでもある榎本さんはとても気さくな方でお話も弾みましたが、打ち合わせの時の細部に渡る確認作業を行うときの表情は真剣そのものであり、プロの方のお仕事の現場に同席できたことはとてもいい経験になりました。色々な方との出会いが出会いを呼び、今の自分がある、と仰られていた榎本さん。人との繋がりを大切にして世界中で沢山のことに挑戦する榎本さんは一人の女性としてとても素敵な方でした。

(写真1:実際にディナーで出されるお酒の試飲をさせて頂きました。)

 

週末の過ごし方

冬休みにシャンペーンに戻った時は、マイナス20度にもなるというシャンペーンの気候に怯えていましたが、今年の冬はさほど冷え込まず、あっという間に春が訪れたような気がします。2月と言えばバレンタインデー。日本では女性がソワソワする時期ですが、アメリカでは男性がソワソワ。バレンタインデーの日に興味本位でダウンタウンに出かけてみると、花束を買い求めたり、チョコレートを選んだり、普段よりもピシッと決めた男性の姿が目立ち、ホッコリしてしまいました。アメリカでは男性が女性をデートに誘ったり、恋人をもてなしたりする日なのだとか。「日本の男の子はいいなあ!」「ホワイトデーにはアメリカでも女の子にちょっとお返しをして貰いたいなあ!笑」と、こちらの男子学生には日本のバレンタインデーは羨ましい文化の様です。日本人の女性としてはこちらの文化が羨ましくてたまりませんが笑。3月はUnofficialに参加しました。教授も察したかのように私の授業は2つとも休講となり友人に連れられ3件程、ホームパーティーとバーに行きました。UIUCの文化の一つともなっているこのイベント、心待ちにしていました。しかし、普段はあまり関わることのないフレッシュマンのパワフルさを目の当たりにし、「あれ、、、私はこんなに体力がなくなっていたっけ、、、」と、不覚にも老いを感じる結果となりました。4月は日本館で桜を見に行ったことが記憶に新しいです。日本以外で桜を見たのは初めてでした。今年はお花見を諦めていたので、帰国が近づくにつれて本当に寂しい気持ちになりますが、その時ばかりは少し日本に帰りたいな、という気持ちが沸き上がりました。

(写真2:定期報告で記事を書かせて頂いた1月の日本館での朝食イベント)

(写真3:まだジムで運動に励んでいた際の私)

(写真4:日本館でのお花見)

 

最後に

いよいよ帰国まで約2週間となりました。信じられません。こちらに来た時は正直、ここまでの愛着が沸くとは思ってもいませんでした。土地も人も温かいこの地を後にするのは本当に名残惜しいです。後2週間、よく学び、よく遊び、よく食べて、可能であればよく動き笑、悔いのない締めくくりにしたいと思います。皆様にはリユニオンでお会いできることを楽しみにしております。どうぞお体ご自愛くださいませ。

 

第41期小山八郎記念奨学生

深見真優

守埼美佳さんの2017年4月分奨学生レポート

みなさんご無沙汰しております。第41期奨学生の守崎美佳です。いよいよアメリカで書く最後のレポートとなりました。アメリカではさくらが見られないものかと思っていましたが、日本館の周りにはきれいなソメイヨシノが咲き、もう少しすると枝垂れ桜も咲き始めるとのことです。多分この場所で、色とりどりの花が咲き乱れる木々に囲まれた小道を歩き、ふと気に入ったところで立ち止まり、春の香りと程よい暖かさを感じる瞬間はもうないのだろうなと思うと、今この瞬間が愛おしく思えてならない今日このごろです。

-photo1 さくら

日本館の庭にはギースもいて、水の中を泳いだり、外に出てきて水かきと羽を休めたり。彼らも人が集まり賑やかなのは嫌いじゃないのか、こっちをじっと見つめるので、カメラを向けると、半ばカメラ目線のギースの写真が取れました。

-photo2 かも

1、履修した授業

STAT410
・先学期に履修したSTAT400に引き続き、確率論の授業を履修しました。授業形態は週3回の講義、また週1回の宿題で構成されています。基本的な確率分布について学習をした先学期に引き続き、今学期は2変数の確率分布や推定の方法、推定したパラメーターの妥当性の確認を学習しました。

MATH241
・微分積分の授業でした。授業形態は週3回のレクチャーと2回のディスカッション、毎週WEBで提出をする宿題と、毎学期3回の試験で構成されています。教授がレクチャーを担当し、TAがディスカッションを担当します。多くの学生がエンジニアになるこの大学の風潮を反映してか、学習する内容が教科書のカリキュラムに準拠したシステマティックなものになっており、基本的な公式の運用方法を効率よく習得できる反面、深い思考をさせる工程は少ないように思いました。

MATH415
・線形代数の授業です。数学の割にボキャブラリーが多くて大変です。オンラインシステムを利用して生徒が質問をし、TAや教授がそれに答えるという形態が便利です。また、チュータリングルームの制度が充実しており、週3回〜4回、毎回3時間ほど、学生が自由にTAに質問をする事のできる機会が整っています。

CS105
・コンピューターサイエンスの授業です。内容は、Scratchという、プログラミングのピースを組み合わせるパズルから、Excel、Java Script という順番で、全くパソコンの前提知識のない人でも親しみながらプログラミング言語の作りを学んで行くことのできる構成になっています。
この大学がコンピューターサイエンスの分野で有名であるとはもともと聞いていましたが、そのような結果が出せているのはファカルティが採択している教育制度にも原因がありそうです。毎回授業開始2時間前までが〆切になっているアクティビティは授業のための準備を促進させるでしょうし、学生がノートをとってシェアする制度は担当者にも他の学生にとってもウインウインです。学生にインセンティブを与えることにって学生がより多くを学ぶための態度や行動を促進することが教育の原理であることを考えれば、それらを「学生の自主性」に任せるだけでなく、制度化できる部分は制度化することによってより高い結果を生み出すことに成功しているのだろうなと思います。

まとめ
振り返って見れば、高校3年生で文系を選択して以来避けてきた分野に入り込んだ今学期でした。高校の時よりは分野への理解が進んだ自負はあったものの、やはり他の人より達成度が低く、更に自分の努力量も足りなかった。この分野で将来組織の中で貢献しようと思うのであれば、さらに勉強をすすめる必要があるというのが、今の率直な感想です。
また、成績を取ることと原理を学ぶことのトレードオフ関係についても考えさせられました。成績を取るために重要なのは、期限内に決められた課題をなるべく高い完成度で提出すること。しかしそのためには、分からない点をスキップして時間内に終わらせることを最優先する必要があることがあります。しかしそれでは自分のわからなかった所がいつまでたってもわからないままです。結局、直前に焦ることのないように早く課題を始めること、分からない事があったときはその場で解決するまで質問をすること、単位時間での学習量を上げること、など、とても基本的な習慣を自分に内在化させることが大切なのだろうなと再確認した学期でした。

2、小山記念奨学制度を存続させることの意味

私は自分自身が小山記念奨学制度を利用させていただいて留学をし、奨学生の一人として文化発信事業にかかわらせていただく中で、「なぜこの留学制度を存続させたいのか」ということをずっと考えさせられました。現在より多くの交換留学制度が提携される中で、大学側としては、限られた予算を適切に配分する必要もあるのだろうと思います。しかし、本留学制度を1年間継続して利用した今、この留学制度を継続することの価値を確信するようになりました。
ダイバーシティ
人が進路選択をする理由は様々です。留学に際しては、はじめからそれを見越して進路選択をする人もいれば、他の人より遅れたある時期に突然留学を心に決める人もいるでしょう。だけれども、途中から留学を心に決めた学生の意志が、より早い時期から留学を心に決めていた人の留学の意志よりも軽視される理由はありません。また、将来的にどちらが社会に多くの利益を残すことになるのかは一概には判断できません。そのため、より多くの留学希望者に対して機会提供がなされるべきです。現状、UIUCのような米国の大規模な大学との交換留学を提携している大学は、日本国内では一部限られています。 しかしそれでは、当然この大学への留学の機会はある一定の人に限られてしまいます。日本全国の大学の学生を対象にする本奨学制度は、より広い層の学生に対して留学の機会を提供する制度であると言えます。
人のつながり
他の交換留学の制度に決してない小山奨学制度の宝の一つは、40年を越えて築かれた人のつながりであろうと言えます。先輩方はもちろん、日本館の方々、またその他産業に携わる方々や、大学関係者の方々、そう言った方々との信頼関係が長い期間を経て構築されていることは、小山奨学制度の大きなメリットの一つです。私は留学中、 日本館の方々と関わる中で、日常を豊かにする「文化」の意味を日本館の方々からは学ぶとともに、自分だけではつながりを作りにくい現地の学生と交流する機会をたくさんいただきました。さらに、ボランティアを通じて、自分の力で他の人の役に立つ喜びを再認識し、自分の将来に対する確実な指針ができました。

もちろん、奨学制度を継続させる以上、本奨学制度がUIUC側に対しても利益を提供できることが理想でしょう。日本館を通じて学生がアメリカへの日本文化の発信に携わることは、大学に対してメリットを提供するといえます。もちろん文化発信それ自体は、短期的に目に見えやすいメリットをもたらすものではありません。しかし、日本文化のような「文化」は、人類が長い歴史を経て知恵を出し合った気づいてきた営みです。四季を愛で、一杯の茶を芸術にまで仕立て上げる精神がもたらす「豊かさ」は、それだけで生活を豊かにすると同時に、効率化、大量生産・大量消費をよしとする社会にあってはは決して気づくことの出来ないものの一つでしょう。
私はこちらに来る前まで、なぜアメリカ中西部の大学に、遠くはなれた日本という国の文化を受け継ぐ施設が このように長く存在し人々に受け入れられてきたのか、 不思議でなりませんでした。現地に来て、自分が予想していた以上に、地元の方々が日本文化に対して興味を示してくれていたことに驚きました。日本館の人気を支えるのは、単なる物珍しさ以上に、日本文化に内包される中で感じる心地よさが有り、それに一度訪れた人が気づいているからに違いありません。そこには日本文化自身の価値と、それを受け継ぎ広めて行く方々の存在があるのでしょう。
現在イリノイ州は財政難であり、本大学の財政も大部分が工学部によって保たれていると聞きました。多くの資金集め、多くの従業員を養い、多くの学生を受け入れる必要のある中で、実利的な面に重点が置かれることは理解できます。ただし、大学は本来「知」を想像し受け継いでゆく機関です。である以上、広い視野と長い時間軸で社会を捉えた時、少なくとも、幅広い「知」と「豊かさ」の価値を認め、何が大切なのかを見失うことのない大学でいてほしいものと思います。

私は留学中は周囲の人に比べればそれほど遠くには行きませんでしたが、シャンペーンアーバナという小さな日常空間から一歩外に出て未知の場所を歩く経験というのはやはりいいもので、一歩離れたインディアナポリスのカナル沿いに歩き、夕暮れ時に、日光が川の表面をなぞるこの瞬間は、シャッターに収めるととても可愛らしく見えます。

-photo3 インディアナポリス

留学中の新しい刺激に心踊る瞬間は、こうして新しい場所で新しい物を見るだけでも得られるのでしょうが、長い時間を一人で過ごし、自分の人生について再考する、いわゆる「自分の軸」を再確認する時間を得られたことには感謝せざるを得ません。全く異なる空間で、異なるものを「よい」とする人の波に飲まれると、少しは自分もそちらに流されそうになります。だけれどもふと一人になって自省すると、そうやって少しぶれたとしても、自分が大切にしたいものや向かいたい大きな方向はやっぱり変わりません。新しい環境で、新しいことを学ぶことは、自分が向かいたい方向をより明確にしそこに近づくための道具を少しでも多く手に入れて行くことなのでしょう。だけれども、最後にそこにたどり着くことができるのか、得た道具を自分の理想を実現するために使うことができるのかは、自分の意志と行動(と偶然性に頼る部分が大きい外部要因)の結果にほかならず、自分の人生には結局自分で責任を持つしかないのだという感覚は、改めて自分に緊張感をもたらしてくれます。

内倉悠さんの2017年1月分奨学生レポート

JICの皆様、ご無沙汰しております。41期奨学生の内倉悠です。留学生活も後半に差し掛かり、流れる時間の早さを実感しています。二月に入り冬の寒さも少し和らいだことで、キャンパス近辺を歩く機会も増えてきました。こちらに来た当初は気付かなかったシャンペーンのさりげない日常の風景を目に焼き付けながら、残されたイリノイでの生活を楽しんでおります。今回の奨学生レポートでは①冬期休暇、②今期履修中の授業の二点に関してご報告させていただきたいとおもいます。少々冗長になってしまいましたが、目を通していただけると幸いです。

(写真1)夕暮れ時、真っ赤に染まったシャンペーン

冬季休暇

約一ヶ月の冬季休暇を利用し、中高同期の友人と共に、かねてよりぜひ訪れてみたかったメキシコに行って参りました。首都メキシコシティ、町全体が世界遺産の地方都市グアナファト、そして言わずと知れた中米屈指のリゾート地カンクンの3都市を約2週間かけて周りました。

首都メキシコシティに着くやいなや、予想以上に英語が通じないことに動揺しつつも、Uberで中心部に借りたアパートへ。40分ほどの距離もわずか$5と物価の安さにも動揺が隠しきれません。次の日から早速市街地散策へ繰り出します。メキシコシティは観光地というよりlocalな居住地、商業地という印象が強く、食事も朝は朝市のタコスを、昼は屋台のタコスを、夜はレストランのタコスをとMexiconizeに余念がありません。もはやここまでくると英語を喋る方が恥ずかしくなり、スペイン語風のスペイン語(?)でウェイターをまくし立てるところまでやれば、気分はもうメキシコ人です。

居住区内は家々が所狭しと密集しており、自身のテリトリーを主張するかのように灰色に薄汚れたコンクリート塀が張り巡らされています。無機質なモダン建築が立ち並ぶ中、スペイン植民地時代の影響か色鮮やかに彩られた家も散見されました。

メキシコは建築史的に見ても独特な変遷を遂げた国と言えます。20世紀になりModernismの波が到来すると、それまでのコロニアル様式とモダニズムを融合させたような色鮮やかな独自のモダニズム建築が開花します。それと前後するようにメキシコ革命、またそれに伴ったメキシコ壁画運動が興りました。その結果、モダニズムのinternational styleの中にもメキシコ人としての土着の文化が色濃く見られる建築が生まれたのです。

 世界遺産の街、グアナファトではスペイン植民地時代の影響が色濃く残る町並みを堪能することができます。Luis Barragan(建築家)やDiego Rivera(壁画アーティスト)といったメキシコを代表する芸術家の多くは、この都市を訪れインスパイアを受けたと言われています。かつて銀山の採掘場として栄えたこの都市には、無数の地下道が張り巡らされており、カラフルに彩られた家々と共に、ヒューマンスケールで温かみのある街並みを形成しています。「陸のベニス」といったところでしょうか。もし機会がありましたら、ぜひ訪れていただきたい都市のひとつです。

 その後飛行機にてカンクンへ。メキシコ国内では高速バスが発達しているほか、LCC競合各社による熾烈な価格競争のおかげで、格安航空券を見つけることができます。ユカタン半島の先端に位置するカンクンは、はるか昔にはマヤ文明が繁栄し、ここ数十年で急激に観光地化が進んだリゾート地です。溶岩の基盤の上に形成された砂州が主要ホテルエリアとなっており、現在も多くのホテルが軒を争うように建設されていました。ホテルエリアから少し離れたダウンタウン周辺にアパートを借り滞在していると、観光業がいかにlocalの人々の生活を支え、しかし一方で隅に追いやり影を落としているか身を持って感じることができます。中心地からバスに3時間ほど揺られ、マヤ文明を象徴するチチェンイツァ遺跡を訪れました。ここもテーマパークのような観光地化が進んでおり、遺跡敷地内は観光客で溢れていました。一歩外に出ると、何の変哲もなく地元の人々の生活が営まれているのに。入り口付近で物憂げそうに手作りの木製面を売る若者の何ともいえない目付きが今でも忘れられません。この観光地化は果たして本当に”正しい”のだろうか。

旅の途中、まさかの食中毒にかかり、飛行場では飛行機を乗り過ごし、手荷物検査で全てのお土産を没収されるなど、少々ハプニングに見舞われたものの、なんとか無事生きて帰って参りました。共に二週間を過ごした同期は、中高時代の部活動で共に汗を流していた仲間。現在は日本、アメリカ、カナダとみなバラバラの地で、それぞれの専門科目を探求しています。旅行中、通算4回というかなりの口論を重ねながらも、お互いの現状を確認しあい、今後の目標も共有することができ、非常に有意義な時間となりました。隈研吾さんの言葉をお借りするならば、「他分野を追求する仲間に常にアンテナを張ること」。建築家になる上で重要な敏感さを刺激してくれる良き友たちです。

P.S. 春休みを利用し、メキシコで行われる建築ワークショップに参加する予定です。冬休みに引き続き再度メキシコへ。どうやらご縁があるようです。笑

(写真2)世界遺産の街グアナファト、コロニアル様式の街並みが特徴的

履修中の授業

ARCH374 Arch Design and the City (5 credit)

前期に引き続き、設計スタジオを履修しています。今学期は「都市の中における建築のあり方」がテーマとなっており(都市といってもDowntown Champaignですが。笑)、学期を通してDowntown Champaign内の敷地に、職住近接の建築をデザインするというものです。

設計スタジオの課題は前もって学校側が決めるものですが、東京大学とUIUCではその内容も大きく違っています。これは単に学校の方針の差だけではなく、大学の位置する場所、ひいては国の違いにも起因するものだと感じています。東京大学での設計スタジオでは、建築・空間の持つ意味について深く考えさせられるのに対し、こちらでは緻密なanalysisからニーズを特定し設計するという、よりpracticalな設計方法を教わっています。これは東京大学がアカデミアよりの建築の真理を追究する教育方針をとっている一方で、UIUCでは州立大学としてより実践的な教育方針をとっているゆえの違いなのかもしれません。

今期の課題では、初めの約一ヶ月ほどが敷地周辺のリサーチに費やされます。Scale, Material, Detailなどの建築的な要素はもちろん、周辺の土地利用、交通機関、人口(推移)・性別・年齢、主要産業、歴史的変化など、考えられる全ての変数要素をリサーチします。イメージとしては設計というより、もはやマーケティングに近いです。(笑)しかしこの緻密なリサーチが、後に生まれる自身の設計を論理的に説明し、それを必然たらしめることに繋がるように思えます。

ART310 Design Thinking (3 credit)

なぜデザインが生まれたのか、デザインの存在意義とは何なのかを学び、その上でデザインを自身の専門分野と融合させる方法を考える授業です。初回の授業で、教授に“Design is the tool to organize the information.“と言われ、衝撃を受けたのを覚えています。専門分野柄、これまで幾度となくデザインとアートの本質は何かと考えさせられることがありましたが、これほどまでにシンプルかつ明快にデザインを言い表すことができるとは思いもよりませんでした。

せっかくですので、この表現に対する自分なりの解釈を掲載させていただこうと思います。まずこの文を”Design is the tool”と”the tool to organize the information”の2節に分けて考えます。1節目の”Design is the tool”から、デザインは、ちょうどはさみなどの道具と同じように、何らかの需要に応じる形で生まれるものということが分かります、この点で、能動的な創作活動としてのアートとの違いがよく表されていると思います。次に2節目の”the tool to organize the information”では、肝となるデザインの意図が示されています。世界最古のデザインが人々の生活を記録するための壁画に施されたことを考えると、情報を効率的に伝達することがデザインの本質であるというのにも納得できます。また、デザインがinformationに追従する道具だということから、デザインはinformationの形態によって変化しうるものだとも言えます。つまり、informationが文字なのか、オブジェクトなのか、音なのか、、、それによってデザインのあり方も大きく変わってくるということを暗示しているように思えます。いずれにせよ、一句一句の選び方が絶妙で、何度聞いても鳥肌が立ちます。

BADM395 Foundation of Business (3 credit)

College of Fine and Applied Artsの学生のみを対象に開講されているCollege of Businessの授業で、オムニバス形式で毎週ゲストスピーカーを呼び、自身の持つcreativityをどのようにしてビジネスと結び付けていくかを考える授業です。College of Fine and Applied ArtsとCollege of Businessの協働により昨年度から始まったばかりの新たな試みで、僕がこの留学で目標としていた“interdisciplinaryな学び“をまさに具現化したような授業です。(実際、まだ5回目ですが既にinterdisciplinaryというワードを10回以上は耳にしています。笑)

 ビジネスといっても、marketingからfinance、はたまた3D printingまで、様々な分野を専門とした教授が各々の分野のperspectiveを紹介し、学生のinterdisciplinary thoughtを刺激する授業です。毎授業後、講義のtopicを自身の分野に応用した場合の可能性に関するレポートが課され、毎度のように頭を捻りながら考えさせられることで、非常に良い刺激を受けております。今学期終了までに、今後の建築設計の指針となるような何らかのperspectiveを形成することができたらと思っています。

余談ですが、UIUCにはMakersLabというものが存在し、学生が利用することのできる3D printerが20台も設置されています。この規模のLabは全米の中でも特筆すべき施設で、日本ではまずありえないと思います。面白いのは、この施設、なぜかBIF(Business Instructional Facility)というCollege of Businessの所有する建物内に設置されているところ。3D printerを使って模型を作ろうとする建築学生はわざわざ寒い中BIFまで歩かなくてはなりません。同じスタジオの友人に「なんでBIFにあるの?!」と聞いてみても、誰もその理由が分からないとのこと。。。不思議に思っていたところ、この授業の第2回目でMakersLabの所長さんが登壇され、初めてその理由を知ることができました。

3D printerを革命的発明たらしめる所以は、それによって、全ての物理的なmassを持ったobjectがcodeによって書き換えられる点だとのこと。生産者はcodeさえ書くことができれば、特殊な加工技術など必要なく、あらゆるものをobject化することができます。これは生産効率を上げるだけでなく、prototypeの作成や修正効率をも大幅に引き上げます。また一方で消費者側の視点では、code dataさえ入手することができれば3D printerを使うことで、どこでもobjectを入手することが可能です。これによってモノの移動に関する物理的な障壁は一切取り払われます。これらの結果、今までのモノを扱ってきたビジネスの在り方が大きく変わる、という視点から3D printerはビジネスと密接に関連するものとして捉えられ、ゆえにBIF内にMakersLabが設置されているそうです。

ちょうど、Industrial RevolutionによりBusinessが大きく変化した時と同様に、3D printerを含めた近年のDigital Revolutionによって、今後Businessの様相がさらに大きく変化するのはもう確実とのこと。MakrersLab、非常に価値のあるリソースだと思うので、UIUCを訪れる機会がありましたら、ぜひお立ち寄りください。

(写真3)3D printer越しに未来の話をする教授と生徒

SOC364 Impacts of Globalization (3 credit)

名前の通り、Globalizationの影響とその反響としてのLocalizationを考え、さらにその先にあるAlter-Globalizationを自身の専門分野で定義することを目的とした授業です。トランプ政権が誕生し、イギリスのEU離脱が決まったこのタイミングで、Globalizationをリードしてきたここアメリカの地で、この授業を履修できたことは非常に貴重な経験になると思っています。もっぱら建築だけを専門としてきた人間だったので、Globalizationに関しての知識はニュースで耳にすること以外、全くの無知でした。それゆえ毎週、おそらく日本語で書かれていても分からないであろう英論文の解読に追われていますが、毎週新たなトピックに関する新たな知識が得られ、自分の視野が確実に広がりつつあるのを感じています。

現在、授業と平行して、シリアからドイツ国内に移動してきた難民のためのMarketをデザインするコンペティションに参加していることもあり、Globalizationは自身の中でも非常にhotなテーマとなっています。

イリノイに来てもう既に6ヶ月弱が経とうとしています。課題に追われる傍ら、留学修了後のことについて考える機会も多くなってきました。この経験をどのような形で次に繋げるべきか、幸せだなぁと思いつつ悩んでおります。ここでの生活も残り三ヶ月。やり残すことのないよう、精進して参りたいと思います。

(写真4)雪の後の日本館にて

2017. 2. 7

第41期小山八郎記念奨学生   内倉 悠

深見真優さんの2017年1月分奨学生レポート

皆様、ご無沙汰しております。第41期小山八郎記念奨学生深見真優(ふかみまゆ)と申します。日本もだんだんと寒さが厳しくなってきているようですが、いかがお過ごしでしょうか。イリノイも身も縮むような寒さが、、、と言いたいところですが、なんと今のところとても過ごしやすい陽気が続いており、このまま春が訪れるのではないかと期待してしまいます。しかしそれは甘すぎるようです。来週からはまた冷え込むようですので、日本の優秀なカイロに期待を託します。現在、暖かくすごしやすい、とはいえ、気温をふと見ると1度程ですので、私もだんだんとイリノイナイズされてきたのだな、とひしひしと感じております。現在は学校が始まり、シラバスウィークと称される最初のイントロダクションの週が終わり、段々と普段の学校生活に心も体も戻ってきたところです。先学期の始まりと大きく違うのは、イリノイ大学での学校生活が自分の中で日常という感覚になってきたことだと感じております。今回の報告レポートでは、

  1. ボストン就職戦争
  2. Is it too late not to study?
  3. 旅行記(サンクスギビングと冬休み)
  4. 今年のこっそりとした野望

の4本立てでお送りしたいと思いますので、ご一読頂けると幸いです。

 

1ボストン就職戦争

全米、全世界から就活生が集うボストンキャリアフォーラムに参加してまいりました。人生ではじめての就職活動、心も体もガチガチで挑みました。お恥ずかしながら内定を頂くことはできませんでした、残念、、、。帰国後、就職活動に励みますので温かいご支援、よろしくお願い申し上げます。と、結果はさておき、、、ボストンキャリアフォーラムでの肌感覚をお話します。私がしみじみと感じたことは二つ。一つは自分の人生は一つ一つの決断で出来上がってきているということ、二つ目はそしてオンリーワンの難しさ、でした。一つ目について。事前申し込みを行ったり、当日インタビューを行う中で、自分の人生の中での選択についての、沢山のナゼにぶつかりました。中高一貫校に通い、第一志望に受からずとも明治大学に進学し、現在は小山八郎奨学生としてイリノイ大学に留学している。その人生の選択は私の選択の積み重ねでできていることに改めて気づかされました。残りの半セメスターをこちらで過ごす上でまた大小関わらず選択をすることがあると思います。そのときに、将来その選択がどのような結果に転じるかは別として、決断を下す瞬間は自分の中で十分納得して決断を下していきたい思いました。二つ目について。今までの人生やイリノイ大学やボストンキャリアフォーラムで星の数ほど優秀な方々にお会いしてきました。だいぶ弱気な発言かも知れませんが、私は何かのフィールドにおいて誰にも負けないナンバーワンは持っていないと感じました。しかし、小さな頃からSMAPの曲と共にのびのびと育ってきた私には、改めて、「ナンバーワンにならなくてもいい、元々特別なオンリーワン」という歌詞が自然に流れてきました。上にも記したとおり、ひとつひとつの選択で出来上がっている私の中に、決してイチバンではなくても、きっと私にしかないオンリーワンをひとつでも見つけるイリノイ大学後期にしたいと思いました。と、大口をたたきましたが、今年の就職活動が不安でなりません、、、しかし、悩むのは性に合わないのは十分承知しているので、明るく前向きに一つ一つのことに向き合っていこうと思いました。そしてやはり、準備期間も当日も友人に支えられ乗り越えられたと強く感じます。特に、こちらで出会ったジウォンが居たから、中間試験、ペーパー、事前申し込みを抱えながらも食事や日々の些細な会話を通して幾度となく救われました。学生時代が終わればなんとなく日本でずっと暮らすのかな、、、と考えていた私に、“Make a difference while you are young”の視点をくれたのも彼女でした。いかに自分が周囲の方々に支えられているのかを再認識しました。

(写真1、第40期奨学生である、もゆこちゃんとの久々の再会)

 

Is it too late not to study for finals?

I hate myselfという単語が口をつけばでる期末試験期間。ボスキャリと後述する夢のようなサンクスギビングが終わってからは、あっという間にファイナルが近づいてきました。サンクスギビング休暇からシカゴに戻り、薄暗いぺオリアチャーターに揺られながらシャンペーンに戻るときの監獄にでも戻るかのような感覚は未だに鮮明に思い出せます、、、とは言え、私は密かに、留学先での試験期間をどこかで楽しんでいたように感じます。冬休みのあれこれを話しながら、1セメスターで帰国するクラスメートとの最後の授業最後のランチにしみじみしながら、12月で卒業する友人とUGLで2時間半喋り続け夜中に若干の後悔をしながら、皆でわいわい頑張るこの感じが、私はすごく好きでした。人生で初めてのルームメートがスウェーデンに帰るのをユニオンまで見送りに行った時もあまりにいつも通りでまたね、と笑顔で送り出しましたが、部屋に帰ると私の荷物しかない二人部屋が急に寂しくなりました。試験期間は今までの勉強の成果と向き合う時期でもあり、冬休みに思いをはせる時期でもあり、友人とのしばしの別れを感じる時期でもあり、本当に沢山の感情がゴタゴタに混じったあっという間の期間でした。どの授業をとっても、新鮮ではありましたが、一番私の印象に残っているのはmedical sociology (医療社会学)の授業でした。この授業で私は、health issue とidentityの両方からoverweightについてのエッセーを書きました。日本でも、オーバーサイズ専門のファッションブランドが立ち上がったり、そのブランドにあったモデルが起用されたりと、メディアと肥満問題の繋がりにも興味があったため、アメリカ人がどのように肥満と向き合っているのかを知るいい機会になりました。この授業に関わらず、健康問題に関して考える上で必ず出てくるトピックが、人種でした。日本にいると感じることのない人種間での差がどの健康問題をとっても如実に関係していました。今学期は、授業や、それ以外にも、何かしらの形で、私にはまだ未知の世界である人種について考えていきたいと思いました。何はともあれ、無事に金曜日に試験を終え、友人らと少し遠出して食べたテキサスステーキの美味しかったこと。そのあとはyou’ll enjoy it, let’s go !の声に乗せられ今まで観たことのなかったスターウォーズの新作を映画館に見に行き、試験の疲れもあり案の定爆睡してしまいました。寝かせて、、、と思いながらも何度も横からたたき起こして来る友人に文句を言いながらも、彼が卒業してしまう前の楽しい思い出となりました。日本の大学では中々味わうことの無い、段違いの試験後の解放感でした。

(写真2、身長差30センチのルームメートのお見送り)

 

3旅行記

<サンクスギビング>

ボスキャリの荒波に揉まれた3日間でしたが、その後はこちらに交換留学生として来ている日本人の留学生とボスキャリからそのまま、イギリス領ターコスカイコス諸島へ向かいました。因みにニューヨークからは直行便が飛んでいます。私のイメージだと、生まれ故郷である奄美大島を高級リゾート化したようなイメージです。着いた瞬間コートを脱ぎ捨て一日の半分以上は水着で過ごしました。青い海と空に真っ白な砂が映える素敵な島でしたが、物価が驚くほど高く、イリノイでボリボリ食べていたチップスは1袋6ドル、明治大学の近くのお気に入りの980円パスタとそっくりなパスタは37ドル、という具合だったので、大学生らしく、節約のためにホットドッグをパクパクと食べて過ごしていました。夕方、ホテルからは続々と老夫婦や家族連れが夕日の見えるレストランへ繰り出していきます。ボスキャリのこともあり、どんな仕事に就きたいか、と闇雲に考えていた私でしたが、どんな人生にしたいか、というのも今のうちに少し考えてみるのも楽しいな、と思いました。白いパンツに紺色のシャツをサラッと着こなす夫の横に真っ白なワンピースをまとった妻がスッと付き添い、横には可愛らしいお子さんが2人並んで海辺を歩いていきます。おお、まさに人生の覇者のよう、、、。それを眺めながら、ここまで贅沢な遠出ではなくとも、毎年一度は、家族で、仕事も何もかも忘れて、のんびりとビーチで過ごせるようになりたいな、、、と、ふと、自分の将来に思いを馳せた時間でした。そんな風に黄昏れたのは一瞬で、あとは小学生にでも戻ったように真っ黒になりながら遊びまわり、シャンペーンに戻った際には、どこに行っても、真冬にそんなに焼けてどこに行ってたの、、、という会話から始まりました。こちらに来てから初めての遠出、日本からはなかなかたどり着けないのでとてもいい思い出になりました。

(写真3、砂浜に埋まって少しだけ考えた将来の自分ps一番手前は41期奨学生の内倉君です、写真4、予想の20分の1位だったイグアナとのセルフィー)

 

<冬休み>

出かけすぎました。試験の終わった次の日から、シカゴ、ロサンゼルス、アリゾナ周辺の国立公園、ラスベガス、ハワイ、ニューヨーク、トロントとせわしなく動き回りました。人生で一番濃厚で楽しかった冬休みでした。シカゴでは、先学期セメスターの最初からお世話になった友人がシカゴを連れまわしてくれました。ロサンゼルス、ハワイ、ニューヨーク、トロントでは、以前、明治大学で交換留学生として留学していた友人たちと久しぶりの再会を果たしました。ハワイには両親も私に会いにはるばる飛んできてくれました。ラスベガスと国立公園周遊には、中高から10年来の友人である2人が訪ねてきてくれました。訪れるのが2度目の場所もあれば、初めての場所もありましたが、違う時期に違う人と訪れると感覚も全く変わるものだ、と感じました。この旅で気づいたことは、私は一人旅が苦手であるということです。この長い旅行の中で、たった数時間ですが一人で観光する時間がありましたが、その数時間でさえなんとも消化不良でした。こう思う、これは何?これが綺麗、あれが美味しい、色んな感情を友人と共有することが私の旅の醍醐味であって、感じたことを自分だけで咀嚼して取り入れるまでには至っていない、まだまだおこちゃまだな、と思いました。いつも旅の終わりは友人との別れであり、すごく気分が落ち込んでしまうのですが、今回は明るい気持ちでまたね、と言えたのがとてもすっきりしました。友人の一人が私にかけてくれた、「まゆ、これが最後、と別れを惜しむ相手とは、それが最後にはならないと思う。」素敵な言葉であると感動するとともに、国内外ともに、何度でも別れを惜しむことができる友人に出会えた私がいかに幸せであるかを感じ続けた旅でした。そして、なによりも私に会うのを指折り数えてくれた両親との再会は嬉しいものでした。中学受験を決めた小学校4年生から、何事もすべて私に決めさせてくれた両親。両親からしたら口を出したくなるような選択をして何度も肝を冷やす思いをさせてしまったような気がします。しかし私のイリノイでの生活に関する目まぐるしいマシンガントークに時差ボケで居眠りしながらも耳を傾け、旅の最後に、「楽しそうで安心した、そのままでいいよー」とだけ言い残して帰国した両親には頭が上がりません。家族にも、友人にも、いかに私が支えられ生きてこられたか、生きているか、ひしひしと感じる感謝いっぱいの旅行となりました。サンクスギビングの帰りとは大きく違う点が一つ。シャンペーンに帰るぺオリアチャーターでは、絶望は一切なく、むしろ早く帰りたいな、という思いが強くあり、旅行に行く前とはまた別の高揚感がありました。新しい友人との出会いへの期待そして、友人に早く会いたい、という思いが1カ月離れ離れの生活でさらに強まりました。キャンパスにすでに帰ってきていた友人とのチャットを楽しみながら、どのお土産を誰に渡すかあれやこれやと考えながらの帰りのバスでのわくわくを感じた時、あ、シャンペーンが少しずつ自分の中で帰りたい場所になってきたんだな、気づき、とてもうれしくなりました。

(写真5、圧巻のホースシューベント、写真6、カメラに全く慣れない両親との記念撮影)

 

4今年の密かな野望

お雑煮を食べることも紅白を見ることも初詣をすることもなく、ベガスのベラッジオホテルの前で花火の爆音とともに友人と大熱狂で迎えた2017年。キャンパスに帰ってきてから少しづつ、今年はどんな一年にしたいかな、と考えました。大学生活の最後の山場である就職活動の後のことは、なんとなく実感がわかないので、せめてシャンペーンにいる間は何をしたいかな、と考えました。またポツポツと出てくる気もしますが、授業や課外活動、日常生活など総合して、ぼんやりとした目標が浮かびました。

1、ジムに通って友人と卒業記念にイリノイマラソンに出る!(モチベーションを上げるために次の期日までには申し込みます)

2、忙殺されずにジムに行く(友人と刺激しあうべくAre you goig to CRCE tonight ? のメッセージを怠らない)

3、tea evening class の他に自分の興味のある分野で課外活動を行ってみる

4、ギリギリでいつも生きない

5、現在の友人を大切に。もしかしたら一生の付き合いになるかもしれない将来の友人も大切に。一人一人と丁寧な交友関係を築く。

次回のレポートで詳しくは触れますが、今学期の楽しみな授業の一つにFoundations of Health Behaviors という授業があります。自分自身を実験台にして、一つの習慣の変化が健康にどれだけの影響を及ぼすかを1学期かけて観察する授業です。この授業の目的は、目標を達成することではなく、どれだけ習慣に変化を及ぼすのが大変かを身をもって体験することです。将来、何らかの形で健康促進に携わりたいと考えているため、自分自身がまず困難を味わう経験が必要であると思うので、あえて結果を公表しなければならない形式で挑戦します。そのためにジムでの健康管理は目標の一つにしたいと思います。課外活動に関しては、先学期、茶道のイブニングクラスでの出会いを通じ、日本文化を外から学ぶ楽しさに触れ、多文化に興味を寄せる学生の好奇心の旺盛さに刺激を受けました。せっかく日本人として生まれたのだから、もっと日本文化に触れたい、と不覚にも遠く離れたイリノイで気づくことになりました。授業も友人もおいしいお茶もお菓子も全てがすきなイブニングクラスは取り続けることにしました。それとは別で、新しい課外活動をはじめたいとぼんやり考えています。私は周囲の人との関りを通して立ち止まったり考えたりすることが多いので、そのためにも新しいことを始めてみたいな、と密かに考えています。4つ目は、日本の友人が着々と卒業に向け社会人としての準備をする中、私も自分の悪い癖を直したいという思いです。procrastinatorという私の代名詞のような単語を多用してきましたが、心にも時間にも余裕を持てるように少しづつ歩みたいと思います。最後に。これは、これからもずっと大切にしていきたいと思います。パーティースクールトップ10の名に恥じず、毎週のように大小問わず様々なパーティーが主催されます。せっかく沢山の人に会えるからこそ、全員は難しくとも、出会った人、一人一人と関りを持ち丁寧な交友関係を築いていきたいと思いました。もちろん新しい出会いに加え、今までの友人にも今一度感謝の気持ちを伝えられるセメスターにしたいと思います。

(写真7、昨年のtea ceremony classでの一枚)

 

長くなりましたが、私の報告レポートをここで締めさせていただきます。乱筆にも関わらず、最後までお読み頂きありがとうございました。現在、2月中旬の日本間でのイベントに向けて着々と準備を行っているところでございます。もう少し細かな奨学生の日常を写真とともにご紹介していく予定ですので、ぜひカウントダウンページにもお立ち寄り頂き、ご支援していただければと存じます。これから日本も寒さがグンと増すと思いますので、どうか皆さま、お体ご自愛くださいませ。今年もよろしくお願い申し上げます。

 

第41期小山八郎記念奨学生

深見真優

守埼美佳さんの2017年1月分奨学生レポート

みなさまいかがお過ごしでしょうか。第41期小山八郎記念奨学生の守崎美佳です。日本では年が明け、アメリカではまだ前の年のままというこの不思議な時間の節目に、二つ目の奨学生レポートを書いています。

 

1、授業

 

先学期にとった授業で何を学んだのかを概観したいと思います。

 

・PSYC311 Behavioral Neuroscience Lab

この授業は学部生に研究を垣間見させるための授業で、講義、論文購読、論文執筆、研究テーマ制定と発表、試験と、多くの種類の作業から構成される授業でした。内容は羊の脳の解剖、ラットを用いた不安行動における性差の検証やアルコールが空間記憶能力に与える影響に関する実験が主でした。最終発表では、授業で扱った行動モデルを自分の研究に組み込む練習をすることを目的に、 自分で研究テーマを決め、仮説構築・研究手法・結果・考察を含めてまとめて発表するという一連の課題だったのですが、 不慣れなことに、仮説を裏付ける実験データを自分で仮想して発表に組み込むことが課せられたのしでした。実験を計画し実装する前に結果を予測することは研究に必要なスキルなのかもしれないと思う反面、本来仮説を検証するために行う実験が空想のままでは結論を導き出せないではないかと、学部の授業の限界を感じずにはいられませんでした。

 

・Stat 400 確率論から統計の授業までを履修する講義。

様々な分布や検定の方法を、理論から応用まで学びました。授業は講義とグループディスカッションを通じた問題演習、個人で行う問題演習の宿題。数学は抽象的な理論と具体的な事例を交互に学ぶという形が効率的だと聞きましたが、それが授業に実装されています。理論に忠実な分、 私のように数学的基礎に不安があり基礎から学びたいという学生には適した授業です。ただし、最終目標が試験問題を解くという事でした。実際にある事象がどの確率分布で表されるのか、実際のデータを分析して仮説を検証するにはどうすればよいか、ということまでを行うことはできないので、これは自分で行うか、あるいは次の授業を探すか、ということになりそうです。

 

・Psyc 453 Cognitive Psychology of Vision

扱う内容は、視覚の原理と視覚異常について。この分野での研究が進んでいないのか、または基礎から教えることを目的としていたのかわかりませんが、扱った論文がほぼ1950年代〜1980年代のものであったことが気になりました。また脳に原因を発する視覚異常は、「ああこういう人もいるのか」と思う程度で、実際の人口は多くないように直感的に感じたため、どうしても学びがおろそかになってしまったように思います。ただし、Psyc311と併せて、様々な脳部位の機能を学ぶことができた点は評価します。

 

CHLH474 Principle of Epidemiology

・この授業では、アメリカで過去に行われた疫学的調査事例のうち、CDC ( Center for Disease prevention and Control)に記録が残されている事例を、ケースワークとして扱いました。授業の携帯は理論に関する講義と、グループワークを用いたケーススタディ、そして試験。扱うケースは実例であるということもあり興味深かったのですが、なにせ情報が足りず、実際の調査に参加をしたいという思いを強くされられました。この形態の教育はやはり「体験」に留まってしまい、現場で学べることのほうがはるかに多いに違いないという思いを強くします。

 

春学期の授業については、次回のレポートに記載したいと思います。

 

2、主なイベントなど

 

2-1:クリスマスのシカゴ

 

シカゴのミレニアム・パークには大きなクリスマスツリーが飾られていました。一度は海外のクリスマスを経験してみたいとずっと考えていたので、とてもよい機会でした。写真は、クリスマスツリーの下と、友人が連れて行ってくれたシカゴ1人気らしいのディープディッシュピザのお店で。

 

 

 

2-2:畳プロジェクト

 

現在の日本館が20周年を迎える節目に、日本から渡米した職人の方々が畳張替えをする際のお手伝いをさせて頂くという貴重な機会をいただきました。写真は、大学の門の前で、新しいユニフォームを来た職人のみなさんとの集合写真、張替え後に行われたワークショップのお手伝いをさせていただいた際の一コマ、そして終了後にキャンパスにあるジェニファー館長お気に入りののディープディッシュのお店で。

 

 

 

 

3、その他 留学を通じた学び

 

3−1:人の力を借りること。

 

今学期の留学での学びの一つはこれです。そもそも周囲と同じスタートラインにすら立てていないという環境の中で、何かに挑戦するには、自分だけでは上手くいかないことも多いと痛感。私は今回、授業でお世話になったTAさんに研究室に所属したいという話をした所、関連分野の研究室を丁寧にまとめてくださりました。またそれらの研究室に連絡を出した所、何のスキルもない学部学生を受け入れてくれる研究室は実際にありました。また、アメリカでのレジュメの書き方を丁寧に教えてくれた友人、シカゴまでの移動時間を英会話レッスンの時間にしてくれた友人など、あまりに多くの人の助けを借りることができました。周囲に助けを借り、私も周囲の人に力を貸し、互いの互恵的な行動が社会により多くの益を生み出していくのだろうなと痛感しました。

 

3−2:今の自分より一歩上の自分になろうとすること。

 

日本は島社会であり社会から逸脱しないことが最善課題だったために謙虚さを敬う文化が残ったというのはよく聞く考察ですが、他の国から熱意あふれる学生が多く来るここアメリカでは自分を実際よりも小さく見せることは全くプラスに働かないように感じます。強いていえば、人々との付き合いの中で波風を立てないことに貢献する程度。ここでは、今までの生活より一歩上を行こうとする人々がたくさん集まり、恥ずかしさなど全く見せずに自己主張・質問・競争をしています。周囲の人がより努力すれば自分もさらに努力をする必要があり、個人にとってむしろ好成績を取るのはより困難にはなりますが、社会全体としては、より大きな益を生み出す結果になっているのだろうなと思います。特に経済的に豊かでない中国人・インド人の熱心さには目をみはるものがあります。私の出会った友人は「常に今までの自分よりよい自分になっているべきだと思う」という信念と向上心を行動の原動力にしながら、 自分の利益にならなくとも友人を助けるような純粋さも持ち合わせていました。日本を始めとする先進国では多くの人が今の生活に充足感を覚え、ハングリー精神などは時に毛嫌いされるようにも思いますが、それは決して世界標準ではない。世界各国のGDP成長のスピードがよく議論されており、それらは国・自治体・組織レベルの構造的な要因が多く関係するだろうとは思いますが、その根底にはこうした個人の態度が関連しているのではないかと思うのです。

 

3−3:自分で学ぶことと、考えることのバランス〜この度の選挙によせて〜

 

 私が今までの大学教育から学んだことは、第三者の言説を盲信せず、自分の観測した情報から結論を導き出す思考力を身につけることであり、今回の留学生活でもそれを意識し行動していました。しかし今回のアメリカ選挙でその信念は更に修正されました。

 ここシャンペーン・アーバナには、トランプ支持者がまずいないどころか、トランプ支持であることを公言することさえはばかられるような風潮がありました。そのため、マスコミの騒ぎはトランプの一時的な煽動に違いない、実際の選挙ではみな合理的に判断し、その結果ヒラリー・クリントン側に票を入れるに違いない、と、うっすら感じていました。そして結果が今回の投票結果。私がいたこのイリノイ州は最後の「青い島」で、アメリカという国を決して代表していません。大学は社会的には、最もリベラルで、高水準の教育を受けている層に属するかもしれないこと。それらをサンプルとして全体に敷衍することは「サンプルバイアス」意外のなんでもないということ。そうした様々なことに、一気に気付かされた瞬間でした。

 私達は私達の支持した候補者の掲げる政策が「正しい」と言ってのけ、”Those uneducated voted for Trump”なんていう結論に達しますが、そもそも政治は個人の利害調整であり、私達と異なる社会階層にいる人達にとっての「合理性」は私達のものとは全く異なります。私は日本人留学生であり、大学生であり、中流階級に属し、私のいるリベラルかつ高等教育を受けた人の集まる自治体は社会的には裕福な層であるのでしょう。このような自分のいる社会を相対的位置を理解し、それとは異なる人々の行動原理とそれを取り囲む環境を理解していれば、今回の現象をもうすこし正しく予測することができたでしょう。そして実際の観測可能な情報にはもちろん制限があるのだから、そう言った場合には他の媒体や情報源に頼る必要があります。それこそが、広く学ぶことの意味だろうと思います。

 多くの人にとってこのようなことはさも当たり前かもしれず、ここにこうして大仰に書くことすら不勉強を露呈させるようで恥ずかしくはあるのですが、統計学を勉強していた最中ということもありとても印象深いできごとでしたので、こうして書くことにします。

 

守埼美佳さんの2016年9月分奨学生レポート

月日が経つのは本当に早く、昨日シカゴはO’Hareの空港についたばかりだと思っていたのに、もう最初の留学レポートを書くことになりました。この留学レポートは、留学を支えてくださった方々へのご報告、次の代の奨学生の留学準備の参考資料、留学をする可能性が少しでもある方への情報提供の、3つの目的を意識して書こうと思います。

8月14日早朝にシカゴのオヘア空港に到着。留学生の多くはこの日にシカゴに到着し、バスで大学に向かいました。バスの中ではアジア人が多く、窓の外に目をやる人もいれば、学期開始1週間前だというのに完璧に組まれた時間割を最終確認している人まで。特に中国人の多くはより高い教育水準や生活環境、仕事を求めて、高い競争率の中、尋常ならぬ努力をして国外で学ぶ機会を獲得するといいますが、その一面を垣間見たようで、少し緊張感を覚えました。

履修している授業の中で代表的なもの

・PSYC311
Behavioral Neuroscience Lab
動物の行動を脳から理解するための実験実習です。脳の部位についての講義や、羊の脳の解剖、ラットを扱う練習をしています。ただの講義形式ではなく、自分で考え知識を蓄える授業を取りたい、と思い、履修をしました。

・Stat 400
確率論から統計の授業までを履修する講義。
内容は日本の高校数学の確率から大学初期で学ぶ統計を合わせたものです。数学は日本語をほぼ直訳すれば大体意味を理解できる授業のため、言語のハンディキャップが少ないと言えます。そのためか、授業の主導権は中国人とインド人に握られています。日本と異なるのは、グループディスカッションがあるということ。機械的に計算をして正解を導くのではなく、答えが用意されない状態で少しでも正解に近づく過程が重視されているように感じます。そして、グループで討議をすると高い確率で間違いが淘汰され、正解だけが昇華されて残るところがとっても不思議です。

Psyc 453
視覚の構造について、例えば、自然界に存在する光を、人間はなぜ今見ているような「色」として見ることができるのかを、脳や神経系の構造から明らかにしていきます。講義とゼミの掛けあわせのスタイルです。余談ですが、講義をする先生が授業中に糖分補給としてM&Mをつまんだり、プレゼンを担当する学生が堂々と水筒を教壇に持参する点に、アメリカらしさを感じるのでした。

授業全般のまとめ
私が日本で所属していた大学は「研究機関」としての色が濃かったことに比べ、ここイリノイ大学はむしろ「教育機関」としての色が濃い印象を受けます。その理由としては、第一に、試験や課題の量が膨大です。大体の授業では、一学期に3回の試験、少なくとも2週に一度の課題の達成度合いから、成績評価がなされます。第二に、充実したITシステムを全学的に導入し全ての授業で活用していることも、特筆すべきです。大学に共通IDシステムがついており、授業のスライドや講義録、課題などは全てそちらにアップロードされます。このシステムには授業を担当する教授の連絡先なども全て記載されています。学生は授業の復習、教授への連絡、課題の復習、また課題に関する質問や議論をこのITシステム上で行うことができます。

交換留学生は必修科目がなく、好きな授業を履修できます。ただ、交換留学生にもアドバイザーがついており、履修した授業の難易度を個人個人に対して教えてくれます。授業の履修は自由ですが、自分が所属する学部以外の学部で開講されている授業の履修には当該学部への連絡など複雑な手続きが発生することもあるので注意が必要です。

日本でも聞いていたことではありますが、日本の講義が教授から学生に一方通行であるのに対し、アメリカの授業は教授と学生との対話にほかなりません。学生は教授の講義が途中であっても、疑問点があると手も挙げずに質問をし、教授もそれに対して回答をします。しかも大教室であっても、学生の声が教授に届く範囲なら、この形が維持されます。

アメリカの大学は授業料が高いという評判は本当で、ここイリノイ大学も州立大学であるにも関わらず、学生は日本と比較にならない額の授業料を支払っています。ただしその分、大学として学生に提供するリソースが大変多い。学生寮や食堂、交通機関、スポーツジムといったハード面はもちろん、各種催しや学習・就職のサポートなどのソフト面での支援も大変手厚いと感じます。高い授業料はこうした施設費や職員の雇用に還元されているのだろうと思います。

所感
渡米して数週間ですが、大雑把な日米比較をしてみたいと思います。
非常に大雑把ではありますが、日本は「型」を重視し和を維持する傾向が強く、それが「周囲の迷惑にならない、授業の進行を妨げないように静かに授業を聞く』講義のスタイルや、「多くの挨拶文を伴うe-mail」に顕著にあらわれているように思います。一方アメリカは「無駄をそぎ落とし、全体の効用を上げる行為」が賞賛される用に思います。それが、「疑問があったら全体の前やオンライン上で質問する」授業形態や、「必要最低限の内容のみが記載されたメール」にあらわれているように思うのです。
これらは質的な違いであり、一方がよくもう一方が悪いという判断を下すべきものではありません。ただし、ある目的や条件のもとでは、一方の手段がもう一方の手段より優っている場合がありそうです。例えば、授業は学生の学習効率を高めることを目的としています。その中で、もしも全ての生徒が、教授の講義を、全てその場で完璧に把握できると考えるなら、日本の大学のように、授業で質問をしない方が、50分の講義の中で多くの情報量を持った授業をすることができます。しかし、多くの学生は講義の内容に対して無知であるため、往々にして講義のどこかでつまずいています。また、学習は内容の入力だけでなく、思考の出力とそれに対するフィードバックとしての入力の繰り返しにより進むように思います。そうであるなら、不明な点をその場で解消することが学生の理解をより促進するものであり、ある学生が質問をした場合、その学生の疑問点が解消されることはもちろん、他の同一の内容で躓いていた学生に対しても益があるため、その授業はより多くの人に益をもたらす「良い授業」と呼べることになります。

アメリカは人種のるつぼ、とは中学校の地理の試験答案に繰り返し書いた記憶があります。当時は試験のために覚えたこの言葉ですが、実際にアメリカに来てみると、まさにその通り。普段人と話していても、英語のほかに中国語、韓国語、スペイン語などもう一カ国の言葉を話す人が大変多い。ゆくゆく話を聞くと、「私はABC(American Born Chinese)なんだ」「両親がチリの出身なんだ」というバックグラウンドを持つ人ばかり。歴史を紐解けば何の不思議もないことですが、実際にその世界に巻き込まれると感動は一潮です。
この環境の中にいて一つよいことは、他人と同じであることを強要されない「マイノリティ」にとって住みやすい国である、ということ。肌や髪の色、体格、ファッション、生活形態、全てが異なるものから構成され、多数派や少数派という概念は薄弱です。
ただもう一つ直視をしなければならない現実は、それぞれの民族にとってのcozy zoneは確実に存在するということです。多様性を尊重「すべき」という理念を共有していても、言語が通じ同じ生活習慣を共有し価値観の合う人々といるほうが楽なのは確実。中国人は中国人同士で、欧米人は欧米人同士で、インド人はインド人同士で友人や恋人関係を形成するのがまだまだ普通なように思います。

アメリカに来れば多様な人々が瞬時に共生できるというのは理想論なのかもしれません。渡米したばかりの興奮も次第に冷め、言語や人間関係、授業などで様々な壁が見え始めてきたこの頃、今後如何にこれらの壁を突破していこうか、考える余地はたくさん有りそうです。

 

2016年9月24日(土)
第41期小山八郎記念奨学生 守崎美佳

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本奨学制度に深いかかわりのあるAlice Vernonさんとそのお友達とディナーテーブルを囲んで。