田原千瑞さんの2017年9月分奨学生レポート

初めまして。東京大学教養学部3年の田原千瑞です。今年度、JIC奨学生としてイリノイ大学に留学させて頂いております。先輩方の奨学生レポートを熟読していたので、今回初めての奨学生レポートを書いているのが感慨深いです。

 

8月末にキャンパスに到着し、早くも9月が終わろうとしています。こちらのキャンパスは非常に美しいです。クワッドの芝生と樹々の緑、レンガ造りの校舎、そして大きく青い空が広がっています。ビルに覆われて空がなくなりそうな東京とは違い、ここでは季節と時間の移り変わりが、自分の体で感じられます。既に一ヶ月を過ごしましたが、樹々と空の色があっという間に変わっていきます。授業と課題に追われつつも、そんな自然を感じては、ほっとするような日々です。

 

写真1

晴れの日のメインクワッド

 

 

  1. 授業の履修

 

◆ITAL103 Intermediate Italian 1

◆GEOG204 Cities of the World

◆GLBL220 Governance

◆ECON303 Intermediate Macroeconomics

 

今学期は上記4科目を履修することにしました。最終的な履修に絞るまでかなり悩んだので、履修を組むだけでも一苦労という感じですが、試行錯誤した結果今の形に落ち着き、満足しています。

 

 

◆ITAL103 Intermediate Italian 1

 

 大学一年生の頃から第二外国語としてイタリア語を勉強しているので、こちらでもイタリア語を履修することにしました。授業は週4コマで、8人の少人数クラスなので、自然と先生との距離も近くなり、クラスに愛着が芽生えてきたところです。毎日オンラインテストの課題があり大変な部分もありますが、1日に一定時間は必ずイタリア語に触れることになるので、生活のリズムを作る上で良い要素になっています。また、私は軽やかなイタリア語の音が好きで、イタリア語を毎日聞けることはちょっとした癒しなので、趣味としてゆっくり続けていこうと思います。

 

 

◆GEOG204 Cities of the World

 

 この授業はかなり前から履修することを決めていて、一番楽しみにしていた授業です。世界中の都市の構造や歴史、地形や文化に至るまで、それぞれの都市に特徴的な地理を講義形式で学んでいきます。私は日本で地理学を副専攻にしており、その中でも都市地理学は特に興味のある分野です。東大の授業は日本の都市にフォーカスした内容になっていたのですが、こちらは世界中の都市を扱っているので、授業に出るたびに新たな知識を得られ、とても刺激的です。これまでの一ヶ月間は、北米、中米、南米の都市について学んだのですが、これから中東、アフリカ、ヨーローッパと進んでいくのが待ち遠しいです。

 

 

◆GLBL220 Governance

 

 私が履修している授業の中で、唯一のディスカッションの授業です。グローバルガバナンスの意義、歴史、問題について議論していきます。日本で国際関係論を勉強する中で国際社会のガバナンスに興味が湧いてきたこと、また留学前にワシントンDCの国際機関を訪問したこともあって、授業の扱うテーマに惹かれ履修を決めました。しかしながら、この授業は課題文献が多いので、リーディングが苦手な私にとってはかなりハードです。加えて先生や学生の英語もぼんやりしていて聞き取りづらいので、ディスカッションの流れを追うだけでも大変です。次の奨学生レポートまでに少しは成長できるよう、力を入れて臨んでいきたいと思います。

 

 

◆ECON303 Intermediate Macroeconomics

 

 中級マクロ経済学の授業です。私は経済学初心者で、以前に少し触れたことがある程度だったのですが、専門が国際関係論だと何かと経済学の知識が必要になるので、思い切って挑戦してみることにしました。授業自体は講義ですが、授業中にクイズがあったり問題が与えられたりと慌ただしい印象です。週課題やオンラインクイズもあり、当初はその盛りだくさんの内容に圧倒されました。今は授業開始から一ヶ月が経ち、少しは課題をこなしていくペースが掴めてきたかなという感じですが、授業ペースが早いので、置いていかれないように注意したいです。

 

写真2

フレッシュマンと一緒に参加した入学式の様子

 

 

  1. 日本館と「Matsuri」

 

 日本にいる頃から日本館については伺っていたのですが、実際に日本館を目にした時には、その施設の充実ぶりに感動しました。大きな池とその周りに広がる芝生と柳、また砂利や灯籠が美しく並べられた日本庭園まで整備されているのです。館内に入ってみても、床の間と障子を完備した和室や、日本にいるときすら目にしないようなお茶室などが設えられています。世界中から何千人もの学生が集まっているこのイリノイ大学において、日本という一つの国とその文化のために、ここまで広い土地と綺麗な施設が準備されていることが、私にとって大きな驚きでした。

 

 「Matsuri」は8月末に行われた日本文化を発信するイベントで、今年は日本館の20周年ということで、例年よりも盛大な催しとなったようです。日本館の敷地の至るところで屋台やパフォーマンスが繰り広げられ、小さな子供からお年寄りまで多くの人々が来場しました。既に日本文化に対する知識を持っている人、高いお金を払ってでも日本の品々を買い求める人、毎年「Matsuri」に参加している人も多く、みんな尊敬の気持ちを持って日本文化に向き合い、理解している印象です。現在の日本では、日本文化が海外の人々に喜ばれるということは周知され、当たり前のようにクールジャパンと唱えられていますが、それが単なる物珍しさやブームではなく、私が思っている以上に日本文化が海外に浸透していることを知りました。

 

 また、「Matsuri」では、書道家の千葉清藍さんの通訳者を担当させていただきました。日本とは何の関係もない地で、突然そこに日本文化を体現することは、とても不思議です。自分が発信することが、それを見た現地の人々にとっての「日本」として認知されることになるからです。そこには一定の責任とプレッシャーを伴うと思いますが、日本文化に誇りを持ち、日本と地元・福島のために書道を仕事にする清藍さんにはパワーがありました。その力強い書と筆使いには本当に圧倒されます。一方で、出会った人々とのご縁を大切にする、清藍さんの温かな優しさにもまた虜になりました。拙い英語で通訳を十分に出来たとは言えませんが、清藍さんの近くで半日過ごせたことは幸運でした。私もこの出会いに感謝し、「一期一会」大切にしたいと感じます。

 

写真3

清藍さんと書の前で

 

 

本当は、他にも書きたいことがたくさんあるのですが、自分の中で整理することもできず、もう少し時間が必要なようです。今ぼんやりと考えていることについては、もっと明確に磨いてから、次回の奨学生レポートに書かせて頂こうと思います。それでは、今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

 

 

2017年9月30日 

第42期小山八郎記念奨学生 田原千瑞

南部俊人さんの2017年9月分奨学生レポート

皆様こんにちは。第42期小山八郎記念奨学生として現在留学中の、国際基督教大学教養学部3年の南部俊人と申します。心理学を専攻しており、こちらでも心理学を中心に勉強しています。

 

     到着までのいきさつ

     授業について

     その他課外活動や生活について

という三つの内容について書いていきたいと思います。

① 到着までのいきさつ

 8月16日の朝にシカゴに到着しました。入国というと、過去に初めての海外でロストバゲージしたり、前回の訪米で長時間並んだ上に入国審査官と一悶着あったりと、あまり良いイメージがなくて初の一人海外で不安で仕方なかったのですが、今回はちょうど国際線の到着便が少ない時間帯だったため空いており、見た目の恐い入国審査官にイジワルな質問をされることもなく、荷物の受け取りもスムーズで、税関も良い加減で、過去最速でゲートを抜けることができました。

 私は昨年、所属する団体の中高生対象の一ヶ月ホームステイプログラムの引率でイリノイ州を訪れており、滞在中私自身も二軒にホームステイをしておりました。学期が始まる前に少しでもアメリカの生活に慣れるために、去年のホストファミリー宅でお世話になります。一軒目のホストファミリーの住んでいるBloomingtonという街までは、オヘア空港から国内線を乗り継ぎます。過去最速で入国したものの、かなり余裕を持って国内線を予約していたので、五時間近く暇を潰さなければいけませんでした。睡魔で待ちぼうけて乗った国内線は、小さなオンボロ飛行機、座席の足元から蒸気(?)のようなものが出てきます。「まさか外気が入って来ている?」と思いましたが、それはどうやら冷たすぎるエアコンの風だったようです。それにしても小さな飛行機は風に舞う木の葉のように揺れて、目的地に着くまでの一時間はドキドキの体験でした。

 去年の1軒目のホストファミリー宅では二泊しました。一人異国の地ですが、知り合いに温かいハグで迎え入れられるとホッとします。私が泊まった時はちょうど家の内装を丸ごと自分で直している最中で、さすがアメリカ、DIYの本場なだけあるなと感じました。私はここ一年、大学の劇団で大道具をやっていたので負けるわけにはいかんと、本場のDIYを体験するべく、早速戦力となりました。二泊はあっという間に過ぎ、続いて二軒目のホストファミリー宅に移動します。二軒目のホストファミリー宅では四泊しましたが、そのうち一泊は隣の州の州都、インディアナポリスにあるホストファミリーの友人の家に泊まりました。二軒目のお宅はキャンパスから三十分ほどのところにあり、コーン畑に囲まれた田舎町です。田舎町でたっぷりくつろいだ後、キャンパスに入りました。

② 授業について

 アメリカの大学は日本の大学に比べ(私の大学の規模が小さいため特になのかもしれません)授業の種類がとてつもなく多いです。また、授業を追加したり落としたりできる変更期間も長いため、どの授業を取ろうかかなり迷うのが正直な所です。オンラインで履修変更を行うのですが、定員に達している授業を取るのはなかなか大変です。数分毎にパソコンを見て、空きがでていないかをチェックします。空きが出た瞬間に履修登録して滑り込みます。私はこの方法で3クラスほど登録しましたが、なかなかスリリングで楽しいです。アドバイザーにも履修科目を相談し、追加したり落としたりというプロセスを経て、最終的に今学期履修することになったのは以下の四つのクラスです。

PSY336 Stress and Resilience in Childhood

 授業のタイトルの通り、子供のストレスについて、そしてそれに伴う心理的症状について学んでいます。ストレスの原因として今までの授業で取り上げられているのは、虐待、貧困、トラウマ体験などです。貧困については、かなり細かい定義から学び、アメリカ国内での貧困状況と貧困で育った子供の心理的問題について学んでいます。今まで日本ではここまでしっかりと貧困にフォーカスしたことがなかったため、いかに自分が恵まれているのかに気付かされます。また、授業でも出てきたのですが、日本と比べてアメリカの方が貧富の格差が大きいということもあり、国内では深刻な問題であるため、こういった授業が積極的に行われているのかなと感じました。

PSY324 Developmental Psychopathology

 最初にこの授業の名前を知った時は「ん?サイコパス?」と思いましたが、Psychopathologyは日本語にすると精神病理学、すなわち精神疾患のメカニズムを理解し、経過を調べる学問です。この授業も主に子供に焦点を当て、発達の観点から学びます。最初の約一ヶ月は、精神疾患が起こるメカニズムの概要や、それについて調べるための研究方法について学び、その後の期間は、自閉スペクトラム症、不安障害、ADHDといったそれぞれの症状をさらに深めていきます。PSY336の授業内容とは多少重複する部分があるのでが、精神疾患のメカニズムのところで、物事の因果関係について深く考えるように教えられました。例えばA:「貧困家庭で育つこと」とB:「子供のうつ病になる」に因果関係がある場合、その二つの要素の間には、どんな力学が働いているのかを深く考えます。どのような要素がAからBへの流れを加速させ、または食い止めようとするのか、また、どういった細かい理由でAはBに向かっていくのかを意識します。

写真1:カフェでテスト勉強

GRM101 Beginning German

 こちらに来てから新たにドイツ語を始めました。日本の大学では、フランス語を少しだけやっていたのですが、こちらで上のレベルに行くほどでもないし、同じレベルをやっても日本で単位認定されない可能性もあるので、フランス語は履修しませんでした。卒業後に自動車産業に関わりたいと考えているため、多くの企業の開発拠点であるドイツについて少しでも理解できたらという思いがあり、寮の友達数人が、「ドイツ語はもっと英語に近くて似ている単語もあるし、フランス語や他の言語よりずっと簡単」と言われたことで背中を押され、ドイツ語を履修するに至りました。授業が始まって約一ヶ月経った現状では、フランス語より手応えがいいです。発音は少し難しく、他のヨーロッパの言語と同様に男性名詞女性名詞などを考えるのは厄介ですが、地道に頑張っています。

ART151 Black and White Film Photography

 アート系の授業も履修しています。七人の小さいクラスで、デジタルではなくフィルムカメラ、それもカラーではなくモノクロフィルムを使う授業です。今の時代、スマホを取り出してボタンを押すだけで綺麗な写真をいくらでも撮れますが、フィルムであるが故の限られた枚数で何を撮るか、シャッターの速さとレンズの開き具合を調節していかに適切な明るさで撮るか、手動のピントをいかにぴったり合わせるかなど様々なことを考えながら写真を撮っていくのはとても複雑です。しかしその分、綺麗に撮れた時の喜びが大きいです。撮影を終えたフィルムは薬品につけて現像し、ネガの状態にします。次に印画紙にネガを通した光を当てて、印画紙を薬品につけることで、いわゆる「写真」の状態がやっと出来上がります。今は家庭でも簡単に写真プリントができますが、かつてはこの手法で写真屋さんがひたすら焼いていたのかと思うと、その手間は計り知れません。

写真2:現像した写真と使っているフィルムカメラ

 アメリカの授業は、日本と比べると学生がどんどん発言しています。教授が話している英語は理解できるのですが、発言する学生が早口だったり、もごもごしゃべったりするので聞き取るのが大変です。最近はだいぶ慣れてきましたが、先週は多くの授業で中間試験や課題提出があり、ハードな週でした。

  その他課外活動や生活について

Japan House Matsuri

 キャンパスに到着してから数日で、Japan Houseの最大のイベントであるMatsuriがありました。一日で数千人が訪れる大規模なイベントで、茶道、着物、折り紙、鎧兜などの体験や、書道や太鼓のパフォーマンス、そして日本食の露店が立ち並びます。私たち小山八郎奨学生も浴衣を着てお手伝いさせていただいたきました。主に折り紙のコーナーを担当し、子供達に大人気でしたが大人にも人気で、五時間以上折り紙をひたすら折っていました。用意していたのは、紙風船、兜、鶴、蝶などで六種類ほどだったのですが、子供達みんな一番難しい鶴に挑戦したがるので教えるのが大変でした。最初に角を揃えるのが肝心なのに、最初から折り目がずれていて、言っても直してくれません…ですから完成したものは必然的にぐちゃぐちゃになってしまいます。そんな状況でしたが、たくさんの人と折り紙を通じて交流でき、とても充実した一日となりました。一緒に折り紙を折ったボランティアの方々や、飛び入りで手伝ってくれた他の交換留学生たち、運営してくださるJapan Houseの方々、そしてなにより当日来場してくれた方々に感謝しています。

写真3:Matsuri終了後、第42期奨学生集合

Tea Ceremony Class

 Japan Houseで毎週木曜に開講されている、茶道の授業を受けています。私がどのように本留学制度を知ったかという話をすると、昨年、前述したホームステイプログラムの引率中に、日本館の郡司先生と知り合いだったホストファミリーが私を日本館に連れいってくれたことが始まりです。そこで先生がお茶を点てくださり、本留学制度を紹介してくださいました。日本館を訪れた際、イリノイ大学にはこんな施設があるのか!と心を動かされ、日本館の活動に積極的に関わりたいと思い、こちらでお茶を習うにも至りました。週に一度、畳に座ってキャンパスの喧騒から離れて過ごすのはとても心地の良い時間です。こちらに到着して数週間は、様々な団体が主催するイベントが盛りだくさんでしたが、最初の日本館での茶道のクラスでいただいたお茶ほど、心がこもってwelcomeされているなと感じるものはありませんでした。私は、中学高校時代に少し茶道を習っていましたが、こちらは裏千家なのに対して表千家だったことと、一からあらためて学びたいということでビギーナーとしてお稽古に参加させていただいています。大学生になってから再び習ってみると、かつては気づかなかった自分の作法の癖や新たな発見が多くあります。また、クラスの時には美味しいお菓子が食べられるというのも私にとっての大きな魅力です。私は和菓子、餡子の類が大好きなのですが、アメリカで美味しい和菓子が食べられるとは予想していなかったので、とても幸せです。

写真4:茶道の授業

写真5:茶道の授業後に友達とインドカレー

サークルなど

 勉強がかなり忙しいのでサークル活動には少ししか関わっていませんが、Illini Automotive Clubというサークルに顔を出しています。クルマ好きが集まるサークルで、週に一回学内の駐車場にクルマを持ち寄ってクルマ談義に花を咲かせたり、ドライブに行ったりと、割とゆるゆるとしたサークルです。まだ私はドライブについて行ったことはないのですが、クルマを持っている人が多いため、持っていなくても乗せて行ってくれます。また、今まであまりしたことがないのですが、クルマいじりをするチャンスもあるかもしれないので、それに期待しています。

 Japanese Conversation Tableという団体にも少し顔を出しています。日本語を学んでいる人たちが集まるサークルで、よく一緒にご飯に行ったり、アイススケートに行ったりしています。日本語が堪能な人が多く驚き、私も英語で負けていられないなと感じました。時には日本語のレポート課題の添削を頼まれ、原発の功罪について英語と日本語混ぜこぜで二時間近く議論を交わし、その後は頭の中が二つの言語で混乱してしまうなんていうこともありました。やはり日本に興味がある人が集まっているので、私たち日本からの留学生にとても親切にしてくれます。

その他生活のこと

 私たち42期奨学生は二つの寮に分かれているのですが、なんと私の住んでいる寮はエアコンがついていないのです。そのことを知り入寮前には少し憂鬱になったり、寮に着いた初日は、入った瞬間にモワッとした空気に体を包み込まれて、これでやっていけるのか?と心配になったりしましたが、人間意外と環境に適応するようで、すぐに慣れました。アメリカの室内は、エアコンがガンガン効いていて凍えるような部屋も多いため、窓を開ければ風が入ってくるこの寮はかえって居心地がよく、体にも負担がかからない気がします。ひとたび他のエアコンの効いた建物に入ると逆に寒さに嫌気がさし、「これだから地球温暖化が進むんだ…」とエアコンを心の中で悪者扱いすることもしばしばです。エアコンはないですが私の寮は食事がおいしいと評判です。「アメリカに来たら肉とピザしかないのかな…」という私の予想に反し、料理のバリエーションが多く、野菜も毎日食べられます。しかし、だんだんと日本食が恋しくなるもの。そんな時は持ち前のアイデアを使い、ダイニングで即席日本食を生み出して乗り切っています。タコスの具と白米でタコライスを作ったり、ポン酢があったのでオリーブオイルと和えて和風ドレシングを作ったり、麺と具材を炒めてくれるコーナーがあるのですが、醤油とうどんで焼うどんを作ってもらったりと、日本食らしきものを食べて生き延びています。

 私のルームメイトのMoonは韓国人で日本語も少し話せます。年上で面倒見が良く、面白いことに巻き込んでくれます。私たちの部屋は当初、ベッドが両側の壁に並んでいて狭い印象だったのですが、「ベッドを動かしてもっと広くしよう!」との彼のアイデアでベッドを部屋の隅に移動したところ、部屋に広いスペースができ、テレビも置くことができました。彼は今後、ソファを置くことも考えているようです。彼のような行動力が欲しいです。

番外編、ツッコミどころの多さ

 アメリカにきて思うことは、別に私は関西出身ではないのですが、ツッコミどころがかなり多いなということです。効率を重視するアメリカ、という印象でしたが、混雑時の飲食店などは非効率そのものです。また、中まで人が立って満員になる学内を走るバスは、車両中央のドアが満員の車内の内側に向かって開きます。運が悪いと挟まれそうになります。「なんでそれを考えないのかな…」と感じることが多いです。バスはかなりツッコミどころが多いです。人が降りる前に我先に乗り込む人々、毎日のように曲がり角で後輪を乗り上げる運転手などなど、日本と違うことを発見するのは楽しいです。講義中に私の後ろで、ご飯をむしゃむしゃと食べているくせに、突然賢そうな質問を教授にする奴、金曜夜に路上でクスリをやっている奴、いろいろな人間がいます。少し汚い話で申し訳ないのですが、トイレの使い方も適当な人が多いと感じます。流れていない確率が日本より高く、一番困ったのは、no.1用の便器が二つあるのに、一つしかない個室でno.1を足す男…それもドアを全開にした状態です。これにはさすがに困りましたが笑いそうになり、アメリカに来てから一番のツッコミどころでした。これからまたどんなツッコミどころのあるシーンが私を待ち受けているのかと思うと、さらに今後の生活が楽しみになります。

最後になりましたが、私たちを支援してくださる皆様、この場をお借りしてお礼申し上げます。今後とも全力でこの留学を充実させて参りますので、よろしくお願いいたします。

2017年9月30日

第42期小山八郎記念奨学生 南部 俊人

福田健太さんの2017年9月分奨学生レポート

Japan Illinois Clubの皆様、ご無沙汰しております。42期奨学生の福田健太と申します。イリノイ大学では、Liberal Arts and Sciences学部の、Economics Departmentに所属し、経済の勉強を中心にしています。9月に入り授業が始まってから、目の前の授業や課題に追われるうちに、あっという間に1か月が過ぎてしまいました。先日大半のMidtermが終了し、ひと段落したところで、この一ヶ月を振り返ってみようと思います。

 

大きく分けて、オリエンテーション期間、授業、授業外の生活について書こうと思います。

 

オリエンテーション期間

 8月下旬にイリノイ大学へ到着してから、9月に入り授業が始まるまでの一週間ほどは、オリエンテーション期間であり、新しく入学する学生同士の交流イベントや、学生生活に必要な情報に関する講義に参加しました。

この時期に、キャンパスからバスに乗って20分ほどのところにある、アーバナダウンタウンで行われたUrbana Sweetcorn Festival (いわゆるトウモロコシ祭り) に友達と参加しました。

イリノイ州はコーンベルトという、アメリカ有数のコーン産地の一部であり、シカゴからバスでキャンパスへ向かう道の両側に延々とコーン畑が地平線まで続くような場所であり、美味しいトウモロコシが安く食べれたら良いなと思って遊びに行ったのですが、予想していたより楽しいものでした。

アーバナダウンタウンの一部に、多くの出店が出店されており、日本のお祭りと似たような雰囲気のものでしたが、チームで取り組む謎解きゲームのようなものがあり、お祭り会場にのあちこちに仕掛けられた様々な問題に答えることで得られるキーワードを伝えると景品がもらえるというので、ルームメイトたちと参加することにしました。

この謎解きゲームが意外と難易度が高く、お祭り会場を早足で回りながら、問題の前で解き方をみんなで議論し、なんとか終了時間ギリギリで全ての問題を解き終えると「君たちで最後だよ!」滑り込みで景品をもらうことができました。景品は小さなトロフィーとオリジナルTシャツとそんなに豪華なものではありませんが、思い出の品となりました。

写真1

全ての問題を解き終えてルームメイトたちととった記念写真。(トウモロコシを食べているのが筆者)

また、授業が始まる前にJapan Houceが主催するMATSURIがあり、JICの学生4人で運営のお手伝いを行いました。私は浴衣をきて、お客さんに折り紙を教える役割につきました。まだ英語にも慣れない中、鶴などの折り方を英語で説明するのは大変でしたが、5時間ほどの間なんども繰り返し折り方を説明するうちに、最後の方は注意すべきポイントに重点を置いて説明するなど、成長を実感することができました。

写真2

MATSURIで折り紙の折り方を確認しているところ

授業について

 こちらで受ける授業は、総じて「教育」を強く意識した設計がなされていることを感じます。日本では、講義形式で知識を伝えられる授業が多いのに比べ、イリノイ大学では、講義に加えてディスカッションや、エッセイ、クイズなど様々な方法を組み合わせて行われる授業が多いように思います。

特に面白いと感じたのが、大学内のBookstoreで購入できる、i Clickerというリモコンのようなものを使い、授業中にリアルタイムでクイズや投票などを行うものです。これにより大教室の授業でも、教授と学生がインタラクティブなやりとりを行うことができます。何人がどの選択肢に投票したのかがわかるため、自分以外の学生がどのようなことを考えているか知ることができます。

写真3

授業で使うi Clicker。オンラインで番号を登録し、授業中にスライドに表示される選択肢に対応したA~Eのボタンを押す。

また授業前のオリエンテーションでも念を押され、多くの教授も行っていたことが、ただ教室にきて黙って座っているだけでは高い参加点を得ることは難しい、というものでした。アメリカの大学といえば、授業内で盛んにディスカッションが行われるようなイメージを抱いていたので、もとより覚悟はしていたつもりでしたが、この点に関して最初の数週間は本当に苦労しました。

みんな次々と発言していき、それを元に次のディスカッションが行われることもよくあるため、一度聞き取れないとその後の流れが全くわからず、今何を話しているかわからないためもっと発言する自信がなくなる、という繰り返しでしたが、1ヶ月授業を受けているうちに少し慣れてきて、だんだんと発言できる機会も増えてきました。

 1学期間に10科目ほど取れる日本の大学とは異なり、こちらでは1学期に最大でも6科目ほどしか履修できません。また一つの授業が週に2~3コマあり、課題や予習の量も膨大なため、はじめは5科目履修しようとしていましたが、一つ一つの授業を中途半端にしないよう途中から一つ削り、計4科目の授業を履修しています。

私は日本では法学部に在籍しているものの、経済学に興味があったため、今回の留学を利用して経済学を勉強しようと考えています。そのため、今学期に履修している4つの授業のうち、半分は経済学に関する授業であり、残りの半分は、関心のある社会政策に関係する別分野の授業をとっています。

またせっかくの留学なので、よりアメリカらしい授業を受けたいと思い、ほぼ全ての科目が、授業内でディスカッションを行うものとなっています。

 

以下に、それぞれの授業の概要を記していこうと思います。

 

◆ECON303 Intermediate Macroeconomics

こちらは、学部生向けの中級マクロ経済学の授業です。どうやら日本の標準的な学部レベルの授業と大学院レベルの授業の中間くらいのテーマを扱っているらしく、経済成長やビジネスサイクルについて、代表的なマクロ経済の理論を学んでいきます。授業で学んだことに関する毎週のオンラインクイズと、計算問題をとくHomework、一つの分野が終わるごとに実施される計3回のMidterm ExamとFinal Examで成績が評価されます。

授業は週に2回の講義と1回のTA Sessionから成ります。理論の説明を行う講義は100人以上が参加し、日本の大学の授業と似たような雰囲気で進められます。対してTA Sessionは、授業で扱った理論を元にした、問題の解き方をPh.Dに在籍するTAから

経済学を初めて勉強する私にとっては、授業の進むペースも早くついていくのが少し大変ですが、数学の問題と実社会の動きが結びつくことがとても楽しく、今学期もっとも力を入れて取り組んでいる授業です。来学期には、マクロ経済に関するさらに発展した授業を履修したいので、この授業はAの評価をもらえるように頑張っていきたいと思います。

 

◆ECON490 History of Modern Economic Thought

こちらも経済学部が開講している授業ですが、数学を使う代表的な経済学の授業とは異なり、過去の経済学者が記した古典を読み、現在当たり前のように使われている考え方や概念の成り立ちを学び、理解を深めることを目的とした授業です。そのため、毎週の授業で課される予習課題が膨大で、今学期もっとも苦労している授業です。

授業は週2回の講義とディスカッションを合わせたようなコマから成り、一つの授業につき50~100ページほどの古典を読んで望みます。重商主義、アダムスミス、ケインズなど、社会科学を勉強したことのある人ならば誰しも一度は耳にしたことのある思想家・経済学者の作品を扱うのですが、なんとなく名前を知っている彼らが、実際にどんな問題意識に基づき、どんなことを主張しているのかを自分が知らなかったことに気付かされます。

 

◆PHIL106 Ethics and Social Policy

この授業は、哲学科により開講されている授業で、実社会で起きている様々な問題を倫理学的に分析するというものです。これまでに、表現の自由からみる大学でのヘイトスピーチ規制や、アファーマティブアクションの是非などをテーマとして扱いました。

特定のテーマに関する、代表的な倫理学者の主張がリーディング課題として課され、授業では、それらの主張を全員で確認した後に、著者への反論をディスカッションします。授業が始まってすぐの頃は特に、教授の話す内容は聞き取れても、ディスカッションで他の学生が話す内容を聞き取ることが難しく、今何について話しているのかわからなくなってしまうこともあり、とても苦労しました。今でも抽象的な哲学の理論について議論することは苦労することも多いですが、なるべく自分で一番最初に発言をして議論の流れを作るなど、授業が追えなくならないような工夫をしながら、少しづつ積極的に参加できるようになってきています。

 

◆PS270 Introduction to Political Theory

一時期日本でも話題になったマイケル・サンデル教授の「ハーバード白熱教室」のような、政治哲学をテーマとした授業です。「あなたが運転手をしているトロッコのブレーキが壊れ、このままだと線路で作業をしてる5人を轢き殺してしまうが、車線を変更すると5人は助かる代わりに別の1人の作業員を殺してしまうことになる」という状況で、どう行動することが正解か?という、有名なトロッコ問題についてのディスカッションも行いました。授業では、政治学の古典を読みながら、「自由」や「平等」、「正義」と行った抽象的な概念について自分なりの考えを作り上げるというものです。

この授業は、教授が特に教育熱心であり、毎授業後のオンラインクイズ、毎週のエッセイ、隔週毎に課される課題と、とにかく取り組むことが多く大変な授業なのですが、アウトプットの機会が多く、自分の考えをまとめることができるため、ただ単に知識を習得するだけではなく、自分なりにそれを消化することのできる良い授業だと感じています。

先日の課題では、「自由」と「平等」の定義と、両者の関係についてワンセンテンスで自分の考えを書く、というもので、たった3行の文章を書くだけの課題にもかかわらず、一週間近くずっと考え続けることになり、とても苦労しました。友達と議論をしたり、提出時間の直前まで粘って考え続けた結果、自分なりに満足のいくものが書けたので、教授からのフィードバックがとても楽しみです。

 

授業外の生活

留学開始前は、何かしらのクラブに参加し、有意義な生活を送ろう!と意気込み、Quad Day (全クラブ・サークルが大学のメイン広場にブースを出店し新歓活動を行う日)では色々な団体の話を聞いたのですが、いざ授業が始まってみると、想像以上に余裕がなく、恒常的に顔を出している団体が特にない状態となってしまいました。

しかし、都合の合う日は、毎週木曜日にJapan Houceで行われる茶道のクラスに参加しています。留学前は、まさかアメリカに行って茶道をやるとは思ってもいなかったのですが、初回のクラスにご招待いただいて参加してみると、出身国の文化であるにも関わらず何も茶道について知識がないため、もっとよく知りたいと思うようになり、参加することに決めました。取ろうと決めた時には想定していませんでしたが、茶道の時間はとても静かで、ゆっくりと過ぎるため、慌ただしい日々の合間に一息ついて自分と向き合う良い機会となっています。

 

所感

留学開始直後の1~2週間は全てが新しく、毎日が刺激に満ちており、毎日がめまぐるしく変化してあっという間に時間が経ってしまうように感じていました。しかしだんだんと日々のサイクルに慣れていく中で、授業で思うように発言できないもどかしさや、膨大なリーディングが上手くこなせずに夜遅くまで眠れない日が続くなど、辛さを感じることもありました。寝不足が続き、日々の気温差で風邪を引いたりもしましたが、先日どうにかこうにか1度目のMidtermラッシュを終えて、どうにか生活のリズムを掴みつつあります。

毎日に少しづつ余裕が生まれてきて、その時間を何に使っていこうか、と考えています。

今までコツコツ地道に勉強する、ということを苦手としていて、また時間が出来次第新たなことに手を伸ばしては色々なことが中途半端になる、ということが多かったため、ひとまずは新しいことを始めるよりも、日々の課題や予習の質を上げていこうと思っています。

岩永陸さんの2017年9月分奨学生レポート

こんにちは。Japan Illini Club 42期生の岩永陸です。慶應義塾大学法学部に4年生として在籍しています。

 

8月下旬にイリノイ大学に到着し、すでに1ヶ月が経ちました。9月末には寒くなるとJICの先輩方から教えられましたが、今年は珍しく真夏のような気候が続いています。すぐに冷え込むだろうと思い、冬用のコートも持ってきたのですが、あと1ヶ月は使う出番がなさそうです。さて、現地では2週間前にようやく履修登録が完了し、授業を含め現地での生活に大分慣れてきました。イリノイ大学では日本で学んでいた法学・政治学とは全く異なる、工学部の計算幾何学(以下:CS)をこちらでは専攻しています。元々高校2年生までは理系だったのですが、いざ4年生の時点で理転すると、脳が時々止まってしまうような場面にも直面します。そんな新鮮な経験も含め、これから現地での大学生活についてつらつらと書かせていただきます。

写真①:友人の紹介で出会ったインド人のロハン

 

①現地での授業について

こちらの大学では主に4つの授業を履修しています。一つ目はCS101: Introduction to Computer Science(3単位)という、CSを最初の基礎から学ぶ授業です。主な内容としては、CSに関する理論やコンピューターの仕組みを学び、後にPythonというプログラミング言語に取り組みます。Pythonという言語は近年話題のデータサイエンスでも活用される機会が多く、数年前にCS101でもカリキュラムに取り入れたとのことです。週に2回の講義、1回のラボに参加する必要があり、且つ毎週2つの小テストと隔週の試験が待ち受けています。主に1・2年生が参加する授業ですが、CSに少し興味を持つ学生が、この授業を受けて急に専攻を変えることも珍しくないと先日担当の教授が話していました。米国の教育メディアで有名なU.S. Newsは、”Best Undergraduate Computer Engineering Programs(Doctorate)”という全米ランキングでイリノイ大学(アーバナシャンペン校)を4位と評価しているだけあり、学生に対する期待値がとても高いと感じます。また、ランキングで高く評価されていることもあり、多くの学生が最初はこの授業を受けることから、この授業は「(途中で挫折する)CSに興味ある学生」と「CSを本気で学びたい学生」を判別する振り子的な役割を担っているそうです。

 

二つ目の授業はCS125: Intro Computing – Engineering & Science(4単位)という、Javaというプログラミング言語を中心に学ぶ現地の名物授業です。CS101よりさらにパワーアップして、毎週3回の講義と1回のラボ、1つの小テスト、1つのMachine Problems(以下MP)が待ち構えています。このMPというものが非常に厄介で、毎週3つの応用レベルのプログラミング問題が課され、それを毎週他の課題と共にこなしていく必要があります。CS専攻でも案外時間があるんじゃないのか、と最初に来た時は思っていましたが、見事このMPの存在によってその甘い期待は打ち砕かれました。他の課題や授業を受けつつやっていると、睡眠時間を削るという選択肢以外がありません。1つ目のMPはなんとか徹夜せず終わらせることができましたが、先週提出した2つ目のMPでは、徹夜する羽目になってしまい、せっかくのFriday Nightは爆睡する結末に至りました。イリノイ大学ではCSが一番難関な専攻といわれていますが、今それを痛感しています。ただ、この授業時間以外にTeaching Assistant(以下: TA)がたくさんのオフィスアワーを設けているため、わからないことがあれば直ぐにTAに聞ける体制が整っています。「厳しく教えるけど、ちゃんと学習支援は行うよ!」という姿勢がひしひしと伝わってくる授業です。辛い時もありますが、本当にこの大学にきてよかったと思うことができるようになった授業でした。

 

三つ目の授業はCS196: Freshmen Honours(1単位)です。この授業は毎週講義と分科会が1回ずつ行われます。この授業はたったの1単位しかありませんが、非常に特殊で且つ人気を誇っています。まず、この授業に担当教授はいません。授業は全てCS196で優秀な成績を残した2・3年生が担当します。次に、学生が取りまとめる授業であるため、授業は全て19時以降に開催されます。日中の授業や課題でクタクタな状況でも、この授業のために遠い工学部キャンパスに戻ります。3つ目は分科会です。この分科会も夜に開催されるのですが、こちらでは自分が興味を持つ分野について学ぶことができます。米国では、データサイエンティストが今最も熱い職業といわれているのと、ちょうどデータサイエンスで活用されているPythonを学んでいたこともあったため、私はデータサイエンス分科会に入りました。講師は2つ下の20歳ですが、すでに大学の米国立スーパーコンピュータ応用研究所にリサーチに携わっており、改めてこの世界で年齢は関係ないと実感した次第です。そしてこの授業はプロジェクトベースとなっています。先週は立候補した学生が取り組みたいプロジェクトをピッチし、今週ついに私もそのプロジェクトの一つにアサインされました。まだアイデア段階ではじまったばかりですが、これからどんなものがつくれるのか、とても楽しみです(寝たい)。

写真②:CS196の授業風景

 

四つ目の授業ではIS590 Data Visualization(4単位)というものを履修しています。こちらは情報科学という専攻の授業になっていますが、内容は非常にCSに近いものとなっています。インターネットで公開されている様々なデータを用い、Pythonでそれを図式化する手法を学んでいます。これは院生の授業なのですが、先生はとても面倒見がよく、非常に取り組みやすい授業です。また、授業ではテクニカルなことについて教えてくれるだけでなく、データとは一体なんなのか、このデータにどう向き合えば良いのかという抽象度が高い議論も行うので、自分がなぜこの領域を学んでいるのかを考えさせてくれるきっかけとなります。こちらの授業はCS125に比べ、課題量は少ないのですが、Pythonに関する事前知識が必要とされるため、独学でさらに学ばないといけません。なんにせよ、自分で選んだ道なので、これからも頑張って取り組んでいきます(寝たい)。

 

また、正式に履修はしていないのですが、CS 126: Software Design Studio(3単位)という授業を聴講しています。元々この授業は留学生が取れないものとなっているのですが、担当教授と話し、アドミッション担当者に直談判した結果取れることができました。最初は正式に履修登録を行いましたが、CS125の知識を前提とした授業であったため、「このままの状態では十分に学べない」と判断し、聴講という形式に変更しました。この授業では、プログラミング言語を学ぶのではなく、「いかにコードを綺麗にかけるか」ということが求められます。まだ十分なプログラミング知識はないのですが、授業を聴講するのと、課題図書の『The Art of Readable Code』を読んで、コードを書くときにこんな点に注意をおくのか!、とたくさんの気づきを提供してくれます。また、講義のみならず、少人数で開催されるコーディングセッションでは、5人の学生がお互いにつくった課題コードを見せ合い、それぞれのコードの内容や構成について改善点や疑問点を指摘しあいます。このセッションを通じて、コードは第三者に見られるものであり、仮に一人のプロジェクトでも常に構成は気にすべきだと感じました。また、コードはその人の論理的思考が直接反映されるものなので、その人の経験値や論理構成能力が露わになります。日本でエンジニアの方と話したとき、「コードでその人の性格がわかる」と言われたことがありましたが、ようやくイリノイで理解することができました。

 

②CSを勉強しながら感じたこと

一通り授業について述べましたので、授業や現地での生活についてこちらで話させていただきます。まず、CSを専攻している学生はThomas M. Siebel Center for Computer Science(以下: Siebels)という施設で講義やラボに参加します。私はキャンパス南側のBousfieldというところに住んでいるのですが、Siebelsは北側にあります。バスで十分、歩いて30分ほどの距離です。遠いのが少し難ですが、施設は新しく綺麗で、大学が理系分野に注力していることが露骨に表れています。そして、このSiebelsという施設では理系の学生が溜まっているのですが、8割りがインド人と東アジア人で構成されているといっても過言ではありません。海外から飛び立った留学生も多いですが、2世や3世も多く、この施設の空間はアメリカは移民の国であることを強く立証しているように感じられます。ただ、日系の留学生や2世は一桁台しかおらず、やはり日本は豊かな国であると実感したと同時に、トビタテや留学支援プログラムが他国に比べとても充実しているのにも関わらずこの数は異常だと、ある種の焦燥感も得ました。異国に旅行するのが大好きな日本人は、異国に住み着くことは選びません。それは日本が住みやすい国であることの裏付けでもありますが、米国では日本の存在感は全くありません。複雑な国際社会で、ここまで影が薄いと、日本国籍を持つ自分はこれからどんな生き方を選べばいいのか、などというぼんやりとしたことについても考えてしまいます。

 

また、CSの勉強を通じて、集団で学ぶ環境の大切さを感じました。CSに関するほとんどの教材やナレッジはすでにインターネット上に無料で載っていて、独学することが可能です。つまり、日本の四国にある小さな町の家の一室に引きこもっていても、インターネットさえあれば専門知識を得ることができます。故にCSはどこでも学べるし、インターネットがあればどこでもソフトウェアエンジニアは作業できるという風に言われています。しかし、一人で一から学ぶのは相当根性がないと難しいと今回の留学で改めて痛感しました。わからない問題に直面したとき、インターネットで解決方法を探すことはしょっちゅうありますが、集団で勉強する方が圧倒的に効率が良く、学びがあります。自分が理解していない点や直面する課題について、隣に誰かがいるだけですぐに質問することができます。Siebelsは、全米最高峰のCSナレッジが密に集中している空間です。この空間にいることが、この留学の醍醐味だと私は思います。そして、人に自分が問題に直面していることを説明するのは、思考の整理に繋がります。「自分は今この課題を解くアルゴリズムをつくる必要があって、このコードの行にはこんな意図がある。ただ、次のコードを書くときにこんな風に書いたらエラーが出てしまう。どうすればこのエラーは無くなるのだろうか。このコードはどのコードと繋がっているけど、このコードにも影響しているかもしれない。」と、言語化して声に出すだけで、少し脳内がスッキリする感覚が得られます。泥臭い作業が殆どですが、「誰かと一緒に」向き合うというだけでモチベーションは保たれますし、コミュニケーションしながら助け合う姿勢は、CSのみならず、生活の様々な面で役立つのではないのでしょうか。

 

過去に一年間、イギリスのエジンバラ大学に交換留学生として国際政治について学んでいたのですが、こちらでの授業生活とは全く異なるので驚いています。取り組んでいる学問領域が異なるというのもありますが、こちらでCSを学ぶとなると一時的な暗記や「力技」が全く効きません。CSでは論理に対して本質的な理解が常に求められます。国際政治では、論文構成についての議論や学者が提唱する概念についての理解が求められますが、暗記を求められるケースが多いという所感です。異なる学問でも、学ぶ姿勢という観点では多くの共通項がありますが、試験期間でよく垣間見られる一夜漬けはあくまで暗記ベースでしか応用できません。政治学では、「この年度に、この人物が、こんな外交事件を起こした」ということを暗記で覚えられますが、CSは「考え方」を教えます。つまり、その考え方を一度でも理解すれば類似問題はいくらでも解けますが、その考え方を理解しなければ一生解けません。もちろん、一夜漬けで「考え方」を理解できる人もいるとは思いますが、私は毎日地道にコードに触れて理解していこうと思います。先日、教授との面談が行われたのですが、その際「プログラミングは楽器を練習するのと同じ。毎日触れて、毎日勉強する習慣が鍵です。」とアドバイスをいただきました。今はわからないことだらけですが、来年の夏には全く違う学問に頑張って取り組んでよかったと思えるように、精進してまいります。

写真③:ほぼ毎日通う工学部の図書館。24時間運営しています。

 

元々日本の大学では法学・政治学という非常に定性的な学問に触れ合ってきましたが、イリノイ大学ではCSの学生として、異なる手法で自身の「考え方」を磨いていきます。また、留学期間に自分で一つ何かプログラミングを作ってみたいと思いますので、乞うご期待ください!拙い文章ですが、年末の時期にまた近況報告をさせていただきます。お読みいただきありがとうございました!

内倉悠さんの2017年7月分奨学生レポート

0.   はじめに

JICの皆様ご無沙汰しております。41期奨学生の内倉悠です。イリノイ大学での留学を終え5月末に帰国してから、早くも約2ヶ月が経ちました。帰国後、間髪をあけずに場所を広島へ移し、設計事務所でのインターンを経て、先日約1年ぶりに東京の実家へと戻って参りました。ようやく少し身を落ち着かせ、イリノイで過ごした日々を思い返しながら、この留学が自分にとってどんな意味を持ったものだったのか、ゆっくりと向き合い始めております。

(写真1)ちょうど一年前、イリノイ大学に到着した日に撮影したクアッドの風景

  1.  カコと留学

今振り返ってみると、自分にとって『留学』というものは昔から割りと身近な存在だったように思えます。5年前、兄が同奨学制度の第36期としてイリノイ大学へ行かせていただいたこともあり、家族の中で『留学』に関する話題が上ることはしばしばありました。それでも当時高校2年生だった僕は、何よりも友達と遊ぶこと、文化祭で盛り上がることしか頭になく、何気なく耳にしていた留学の話は他人事だと割り切っていたように思います。

そんなこんなで、特にアクションを起こすことなく周りと同じ受験の流れに乗って、幼い頃から興味があった建築という分野を学ぶために東京大学へと進学するに至りました。入学時から専攻したい分野が決まっていたため、教養学部の必修授業には全く熱が入らず、選択科目では建築や都市、空間に関する授業ばかりを履修していました。教養学部というのは本当に必要なのだろうか。これは単なるモラトリアムに過ぎないのではないか。何度もそんな思いを抱いていたのを今でも覚えています。

 

 その後、2年次の後期にあった進路振り分けを経て、かねてより希望していた建築学科へと進学することとなったのですが、そこでの生活が留学を志望した大きな転機となりました。建築学科には設計製図という学科のメインとなる授業があり、課題締め切り前には製図室に何日も泊り込んで作業をします。そうなると自然と同期の人たちとも距離が近くなります。最初は「みなで頑張ろう」という+の効果があったのですが、時にその仲の良さが裏目に出て、全体のスピードを緩めているなとも感じていました。自分にとって建築学科は非常に心地よい場所でしたし、楽しい大学生活を送っていたように思います。それでもどこか、後ろめたさのような、何か物足りなさを感じていたのも事実です。「このままやっても、周りの人と同じこと、もしくはそれ以下のことしかできないだろうな」というあせりは、個性を必要とする建築家にとって終わりを意味するものだと、日を追うごとに不安が募っていきました。これが留学を志した一つ目の理由です。

 

 もう1つは、より広い視点から建築を見たときに、建築という職業がとても閉鎖的なコミュニティに見えたことです。本屋に行くと、建築思想に関連する本がいかに沢山出版されているかが分かります。建築学生の間では、本を読んでそれに対して自分の考えを批評することで面子を保つような風潮がちらほら見受けられます。それ自体はすごく糧になることですし、自身の考え方を触発してくれるいい学びだと思います。しかしどうも難しい単語や思想で、建築家が他を寄せ付けないようにしている、建築家がそういう言葉で武装しているようにも思えたのです。「建築家の言うことはよく分からないけど、あの先生が言うことなら正しいのだろう。」という雰囲気があったのですが、捻くれモノの僕は、「言ってることはまぁ分からなくはないけど、できた建築が素敵だとは全く思わない。」と心の中で思っていました。よくわからない建築家の思想にお金が出されるというイイ時代はとっくに終わっているのに、その時代に書かれた本を読んでも仕方が無いじゃないか、と。

建築家は建築家以外の人と対話できなければなりませんし、いまの建築家の職能は、昔の作るだけの職業とは大きく変わってきています。建築学科という狭いコミュニティにいるだけでは、いつまで経っても一流の建築家にはなれないだろうなと、隈研吾さんへのインタビューを通して確信しました。これが留学を志した二つ目の理由です。

(写真2)昨年、留学前に行った隈研吾さんへのインタビュー

2.   ミライと留学

広島では、三分一博志さんという瀬戸内を中心にご活躍される建築家の方のもとで、帰国後約二ヶ月間お世話になりました。三分一さんは風・水・太陽という古来から存在した“動く素材“に注目し、歴史の中で人がそれらとどのように関わってきたのか、一年以上に及ぶ綿密なリサーチを行いながら紐解いてゆき、その場所にしかない、その場所の魅力を一番に引き出してくれる建築を創るという思想を掲げています。科学的リサーチに裏付けられた設計は観念的なコンセプトのみの曖昧さを打ち消し、世界中のどこでも展開することのできるこの思想は、国家や行政といった既存の枠組み・システムを超越して場所と場所をダイレクトに繋ぐことのできる、非常に魅力的なものだと感じました。広島と海外がスカイプを介してあっさりと繋がる様子には、思わず笑ってしまうような感動を覚えます。建築にはこういう風に世界を軽やかに繋いでいけるような魅力があるんだと、肌身で感じた瞬間でした。

(写真3)おりづるタワーから広島の街並みを望む

 

建築家として「世の中を変えたい」と思うときの「世の中」の射程は、世界全体かもしれないですし、小さな村かもしれない、もしくは自分の周りの人たちかもしれません。でも、いずれにしても「世の中」が建築以外の分野の人たちから構成されることは間違いないと思いますし、その場所は世界のどこにでもなりうると思います。そういう職業だからこそ、大学生という多感な時期に、comfort zoneを出て世界を少しでも感じることができた今回の経験は、今後、自分が建築家としてのどのように社会と関わっていくか、その可能性を大きく広げてくれるものだったと思います。留学で得た学問的な学びはもちろんのこと、この留学を通して多様なバックグラウンドをもった人たちと繋がることができたのは、今後自身の生き方や考え方を見つめなおす上で大きな刺激になると確信しています。同じ第41期として、留学という特別な期間を一緒に過ごした深見さんと守崎さんとは、学年も専攻もみなバラバラでしたが、それゆえに感じる面白さや難しさは、良い意味で非常に刺激的なものでした。

(写真4)日本館での朝食イベント後、41期3人で

 

この後も8月は東京で、9月はイタリアで建築関係のインターンさせていただけることになっております。これら全ての選択が、イリノイでの留学経験とリンクし、バラバラだったパズルがカチッと組み合わさっていくような充足感を覚えます。一年前は想像もしていなかったようなことが次から次へと起き、まだ日本の大学に復学する心構えが十分にできていないような気もしますが、与えていただいた機会を確実にものにし、今後ともしっかりと地に足をつけて精進して参りたいと思います。

 

 最後になりましたが、この場をお借りして、この一年間大変お世話になりました小峰会長、矢部先生はじめ、JICの皆様に心より感謝申し上げまして、結びの言葉とさせていただきます。本当にありがとうございました。

2017.07.31

第41期小山八郎記念奨学生

内倉 悠

深見真優さんの2017年7月分奨学生レポート

はじめに

皆さまお世話になっております。41期の深見真優です。

アメリカから帰国して2か月と10日が経ちました。自分がイリノイ大学に10か月留学していたことが、遠い昔話のようです。本当に私は留学していたのかな?と思うほどです。帰国して2日後から通常のフローに乗って就職活動をしていました。炎天下の中リクルートスーツに身を包み、日本語しか聞こえない電車に乗り、分刻みで面接に向かう。余韻に浸りながら少しずつ体を慣らすという感覚は一切なく、半ば力づくで時差ボケの体を就職活動の渦にねじ込んでいったような感覚でした。目まぐるしい就職活動を終え、リユニオンで皆様と42期にお会いし、日本の友人や家族と話す中で、落ち着きを取り戻し、漸く私の留学が一区切りしたように思います。こうしてレポートを書くことも最後になりますので、ゆっくりと振り返りをしたいと思います。

 

1:この留学を通して印象的だった授業

2:留学を経てこれから挑戦したいこと

3:第41期小山八郎記念奨学生として留学できて良かったこと

 

1:この留学を通して印象的だった授業

第3回目のレポートで私が受講していた授業の概要を書いたので、この1年間で特に印象的だった授業を前期と後期から1つずつ振り返りたいと思います。

Medical Sociology(前期)

医療社会学の授業を前期に履修しました。私が留学前に頭の中にぼんやりとあった「こんなことを勉強してみたい」という漠然としたイメージにピッタリな科目でした。将来、健康促進に携わりたいという思いが芽生えたものの、医療の道を志している訳ではない私が、どの様に健康に携わることができるのかがわかりませんでした。しかし、この授業を通して「病気にしない環境作り」「情報伝達技術を利用した健康管理」などの重要性に気づくことが出来ました。「健康=病院」という一辺倒な考え方ではなく、「健康」というキーワードに対して、文化的背景、地域行政、ビッグデータ、、、と、今までは気にしてこなかった要素が頭の中を駆け巡る感覚を覚えた授業でした。文系の私でも健康促進に携わることができるかもしれない、という前向きな考え方を得ることが出来ました。授業を一緒に履修していたクラスメートの希望する進路が様々なのも印象的でした。お医者さま、セラピスト、WHO、生命保険業界、、、。日本にいると中々受講する機会のなかった医療に関する授業を、社会学的観点から、多様な進路選択をする学生と受けられました。それによって、様々な方面から健康を支える視点を得られ、私の将来に新たな選択肢を加えることが出来たと思います。

Foundation of Health Behavior (後期)

前期に抽選漏れをしてしまい、後期にウェイティングリストに名前を載せ幸運にも受講することができた授業であり受講が始まった直後はワクワクした気持ちでいっぱいでした。しかし、後期の中盤には「大変な科目を履修してしまった、、、」と何度も心折れかけた科目でもありました。この授業は、健康習慣を変えることがいかに困難であるかを一人一人の学生が身をもって体験することが目的でした。一人一人が実験台となり、自らの生活習慣を一つ、一学期丸々かけて変える取り組みを行います。どのような形で健康促進に関わるとしても、言うは易く行うは難し、を常に心に留めることが大切であるという教授の教えのもと、一人ひとりの学生が自らに課題を課し、それをContractとして教授に誓いを立てます。結果としては私は当初の目標(週3回ジムに通い運動習慣を身に着ける)は未達成という情けない結果で終わってしまいました。この授業が大変だった理由は2つあります。1つは自らが立てた週3回ジムに習慣的に通うという目標は運動習慣のほとんど無かった私には急すぎたため、2つ目は目標を達成しなかった経緯について学んだ理論をもとに論理的に説明することが「未経験」のことであったため苦労しました。当初、授業を通して感じたいと思った「言うは易し行うは難し」を痛感したことはもちろん、お恥ずかしながら初めて、文献を読み漁り、理論とデータを照らし合わせながら少しずつ論文を書き上げていく、という作業を経験したように思いました。未熟な論文ながらも、表紙をつけて分厚い論文を提出した日の「やっとできた、、、」という達成感は忘れられません。

(写真1:「週3ジム」を守りサーシーでの運動に励んでいた時期の私)

 

2:留学を経てこれから挑戦したいこと

①第3言語の習得にチャレンジ!

たかが言語、されど言語。英語もままならない私が留学中に何度も感じたことでした。世界共通語の英語をより流暢に話すことが私の長年の目標でした。今まで、留学生のサポート活動を通して数か国語を自在に操る学生と何人も遭遇する度に、「英語もろくにできない私には無理無理、関係ない話。まずは英語」と割り切ってきました。しかしイリノイでの留学を通して少し感情に変化が起こりました。「無理かもしれないけど、やってみたい」、そう思えるようになりました。完璧に意思疎通を図れなくとも、その国を知っている、行ったことがある、言語を知っているというのは、初対面の人との心の距離をグンと近づけることを実感しました。英語を少し話せるようになっただけで広がった世界がありました。自分には無理だと敬遠せずに、出会えなかった人に出会えるかもしれない手段として、少しずつ挑戦したいと思います!韓国語、中国語、スペイン語、特に理由はありませんが、好きになれそうな、そして話せるようになってみたいと思うこの3つから1つを選んで一番楽しめる言語を学んでみたいと思います。

(写真2:英語、韓国語、日本語、中国語、スペイン語で各々からかわれてるのも気づかず笑、それでも笑いの絶えなかったみんなとの一枚)

 

②これが好きだ!と言えるものを作る

「趣味は何?」という質問は国内外問わず私が困ってしまう質問の一つです。「食べること~旅行すること~」と言って今までごまかしてきました。留学中に初対面の人に会った時、相手の自己紹介を聞いて、私は自分について語ることが無いことに気づきました。芸は身を助ける、と言いますが留学中はまさにそれを痛感しました。勉強だけではなく、音楽でもスポーツでも自分の好きなことがある人は男女問わず魅力的に感じられました。小さい頃からやらないと何事も身につかない、と思い込んで諦めていましたが、意外と大学生になってからギターを猛特訓した、昨年から茶道を初めてみた、今年初めてダンスに挑戦する、、、などなど、最近新しいことを始めた人に多く出会った気がします。「やりたいならやればいいじゃん?」という言葉は、出国前には他人事のように聞こえていましたが、そんな彼らに言われると、スッと心の中に入り込んできました。昔から憧れていた茶道にひょんなことからシャンペーンで出会えたので、これからも日本で続けていきたいと思います。また、アメリカで続かなかったジムに通い、以前かじったボクササイズに本格的に挑戦してみたいと思います(今日手続きを済ませてきました笑)。この先、趣味を通して新たな人々に出会ったり、辛いことを乗り越える活力を得ることが楽しみでワクワクします。

 

3:第41期小山八郎記念奨学生として留学できて良かったこと

この奨学金制度を知るまでは、大学の交換留学制度での留学を考えていました。しかし、出願先を決める上でこれといった決め手がなくモヤモヤしていました。そんな中で小山八郎記念奨学制度を知り、「これしかない」と思い応募をしました。大学の交換留学では中々挑戦することが難しい分野横断型の授業履修が可能なことはとても魅力的でした。政治経済学部では継続的に履修することができなかった公衆衛生学や国際保健といった授業を通して、「医療」という興味はあったけれど遠い存在であった分野に社会学や政治学など、自分が学んできた視点を掛け合わせて学べたことはとても刺激的でした。

 

また学習面以外では、日本館での活動に携われたことで留学前には気づけなかったような日本を見る視点を得られたと思います。日本に22年間生きてきて、気づかなかったこと、または気にしてこなかったことに向き合ったのはイリノイでの1年間だったと思います。訪れたことの無い日本の文化に興味を寄せ、生まれ育った国の風習とは全く違う日本の文化をキラキラしたまなざしで学ぶ学生や地域の方々には、多文化に興味を持ち学ぶ姿勢の素晴らしさを学びました。日本からきた日本人の私たちに、「浴衣と着物の違いは?」「箸を使うときの決まりは?」と素直に質問を投げかけてくれるものの、ごめんわからないや、調べてくるね、、、と苦笑いを浮かべるしかない自分に情けない思いを抱きました。日本に生まれ日本で育てば日本人、と疑いもしなかった自分ですが、自国のことをあまりにも知らなすぎる自分に直面しました。イリノイ大学での留学を通して更に外の世界に興味を持つとともに、生まれ育った国である日本のことについてより知りたくなった1年でした。

 

最後に

イリノイにいる間は1年間本当に目まぐるしい日々でした。日々の授業、試験、グループワーク、日本館での活動、就職活動、友人たちとの交流、、、。カラオケも遊園地もデパートもないトウモロコシ畑の真ん中で、目まぐるしい毎日を送っていました。朝起きてその日の流れを確認し、寝る前にも翌日の動きを思い浮かべる。日本でも動き回っているつもりではありましたが、イリノイでの1年間ではそれまでとは比にならない位、1日1日が濃かったように思います。最初の3か月は「異国での1年間てとてつもなく長い、、、」と凹んでいた時期もありましたが、少しずつ自分のリズムを掴みだしてからは瞬く間に時が過ぎ、今となっては夢のような1年でした。この1年間で自分のどんなところが変わったのか、正直自分ではまだわかりません。しかし、これから1年後、10年後、20年後に長い人生の中で振り返った時に、「イリノイでの経験が今に繋がっているんだ」と思える日が来るのが楽しみです。

(写真3:思い出沢山のクワッドでイリノイ大学を卒業した風の1枚)

 

現地では中々忙しくて3人で集うことは頻回にはありませんでしたが、それでも守崎さんと内倉君と3人で41期小山八郎記念奨学生としてイリノイ大学に留学したことは私の中で大きな意義があったと、留学前以上に強く感じております。自分の将来から逃げることなく、じっくりと向き合う二人の姿に、背筋の伸びる思いをしたことが何度もありました。私の変化にも敏感に気づいて声をかけてくれた守崎さん。男の子1人で肩身の狭い思いをさせてしまったかもしれませんが、いつも遊びも真面目な話し合いも積極的にリードしてくれた内倉君。面と向かっていうのは中々照れてしまうのでこちらで改めて感謝の気持ちを伝えたいと思います。ありがとう。

(写真4:朝食イベントを終えホッとした1枚)

 

そして最後に。いつも事後報告の私に呆れながらも支えてくれた両親、1年という時を全く感じさせない友人、イリノイで常に傍らで見守って下さった日本館の皆さま、そして未熟者の私に素晴らしい機会を与えて下さったJICの皆さまには言い尽くしきれない感謝の気持ちでいっぱいです。ありがとうございました。

 

これからは、42期、未来の奨学生、そしてJICの皆さまのお力になれるよう、非力ですがJICの一員として活動してまいりますのでご指導ご鞭撻よろしくお願い致します。

 

第41期小山八郎記念奨学生

深見真優

守埼美佳さんの2017年7月分奨学生レポート

みなさまご無沙汰しております。第41期奨学生の守崎美佳です。帰国後1ヶ月以上が経ち、留学前の経験が懐かしく思い出されるこの時期にレポートを書いています。

 

1,帰国後の所感

思えば留学前に掲げた目標の一つに、「 アメリカの組織から合理的な運営体制の秘訣を学び、日本の組織に貢献する」という目標を掲げました。

私は今、幸運なことに会社でインターンをさせていただいておりますが、留学中やその直後の理想と、環境に合わせるという現実の乖離に、少し戸惑いを覚えています。

1−1 アメリカ型組織と日本型組織の違い

一言で言えば、サークル型と部活型と言えるでしょう。どちらも1つの目的を達成する上で人が集まって組織を作っている点は同じです。ただ、アメリカは自由・平等を大切にし、互いに敬意を持ちながらも互いに友好的に接します。大きく地位が異なっていても、互いに世間話、家族の話はもちろん、雑談をする機会なども与えられるようです。一方日本では地位の違いはより強く出ます。会社の上司の言うことに逆らったりフレンドリーに接したりすることは仕事の場だけでなくプライベートの場でも推奨されないような気がします。

それではこの職場環境を簡単に変えることはできるでしょうか。現時点では、あまりそうは思いません。新人としては、常に自分が職場で評価されている状態にあります。そのため、自分の目上の人が「こうあるべき」という態度で接することが求められます。上司が上下関係のはっきりした接し方を好む場合、こちら側がフレンドリーに接することは、「空気が読めない」「常識がない」という評価をくだされがちです。そのため、少なくとも組織の下の位にいる間は、その組織の文化に自分を合わせることになります。

ただし、例えば上下関係に対してもどかしさを感じた時、「このやり方だけが唯一の組織文化ではなくて、例えばアメリカではもっと違うやり方があって。」という思いを常に自分の中に留めておくと、心の中の逃げ道になるかもしれません。

ただし、必要な場合には自己主張ができるということは、日本の組織の中でも必要とされ、留学経験者であればより容易にできる点だと思います。確立されたやり方が存在する組織の中では、そうしたやり方に従うことが必要ですが、いつ何時でも「先例に従うこと」「上の指示に従うこと」を行動原則にせず、十分な証拠と考察を得た上で自分が正しいと考える点については恐れずに質問をし、議論をすることが、最終的にはよりよい結果になることは多分にあります。そうした場面に出会った時、留学を通じて立場を越えて議論をする文化に慣れていれば、臆せずに自分の意見を主張できるのではないでしょうか。

1−2 英語

企業にもよりますが、これば確実に留学の成果の一つです。資料の和訳案件や英語でのやり取りは多く、それらがスムーズにできれば情報伝達の速さと正確さが補償されるので、確実にプラスです。ただし、使う英語はビジネス英語であるため、帰国後の就職を見据えている場合は、日常会話の英語を学ぶことで満足するのではなく、ビジネス英語を学ぶことを視野に入れるとよいでしょう。

 

2,今後の留学生の方へのアドバイス

 

老婆心ながら、今後の留学に行かれる方のために、自分の経験と反省を踏まえて幾つかアドバイスをさせていただきます。

 

  1. 現地でコミュニティを見つけましょう。
    授業だけではインタラクティブな交流は少ないためです。できれば自分が完全にアウエーの立場であるコミュニティに入るといいかなと思います。

  2. 達成したかどうかがわかる目標を作りましょう。
    これは留学中に限りませんが、せっかく時間と費用を割いて貴重な経験をしているので、それが無駄にならないようにもそうするといいと思います。初めに明確な目標を設定し、帰国前まで定期的にそれを評価すれば、「楽しかったー」という感想だけで終わる留学になることを避けられます。

  3. 留学の目的と、その目的を達成する上で留学が本当にいいのかを、留学を決める前にもう一度考え直しましょう。
    とりわけ、学びたい学問があって留学に行く場合は、英語の情報伝達であることによって学ぶことのできる量が減ってしまうことを予め想定しておくべきだと思います。

  4. シャンペーン・アーバナという地
    知っている人は知っているかもしれませんが、シャンペーン・アーバナという地はシカゴから3時間離れた田舎にあります。そのため、同じ「アメリカ留学」と言っても、大都市にある学校に行くのとでは環境も得られる経験も異なります。例えば、シャンペーンでは自然に囲まれてアジア人も多く混ざる環境で勉強に集中することはできます。キャンパスの中ではアルバイトなど多様な経験もあります。ただし、キャンパスの外で得られる経験はあまり多くありません。こういった点を加味し、自分の留学の目的を達成する上でこの大学が最も良いのか、比較対象がある場合には情報収集などもした上で判断するといいでしょう。

 

生まれて初めての留学生活は私にとって間違いなく貴重な経験となりました。少しでも多くの方が、この機会を利用して有意義な時間を過ごされることをお祈りします。

写真:帰国後直前の旅行先の湖の浜辺で。

内倉悠さんの2017年4月分奨学生レポート

 JICの皆さま、ご無沙汰しております。第41期奨学生の内倉悠です。4月も後半にさしかかり、今期の奨学生の留学期間も残すところあと数週間となりました。イリノイでは早くも初夏のような心地よい陽気に恵まれ、夜まで半袖で過ごす日も増えている一方で、時折、昨年の夏に初めてこの地に来た時と同じような草木の匂いがすると、「あぁ、終わってしまうのか。。。」と寂しさも感じております。今回のレポートでは、春休みを利用して参加したメキシコでのワークショップ、日本からシェフ榎本さんをお迎えして行った一連の食に関するイベント、そして留学終盤に差し掛かって感じていることの3点に関して書かせていただこうと思います。

RAW Real Architecture Workshop

 RAWは「建築を専攻する学生に、設計スタジオでの架空の設計だけではなく、実際に設計し施工するところまで体験することで、建築設計を違う視点から見る機会を与える」というコンセプトのもと、全米各地から10名前後の学生が集まり、数人のインストラクター、現地の人びとのサポートを受けながら、自分たちの力でデザインから施工まで行うというワークショップです。毎年様々な国や場所で開催されているのですが、今年はメキシコはOaxaca(オアハカ)という街の外れにあるeco tourismを推進する村に屋外イベント(BBQなど)用の簡易施設をつくりました。ちなみに、普段の設計スタジオは約2ヶ月程かけて一つの建築物を設計するのですが、今回は施工も含めてわずか10日間という、規模は小さいといえどハード(というより、ほとんど不可能に近い)なスケジュールでした。

 建築を専攻する学生はいい意味でも悪い意味でも、みな自分の設計が一番いいと思っているところがあるので(笑)、デザインを決めるのは非常に困難な作業でした。正直なところ、初日は周りの学生に圧倒され、ほとんど口を挟めずに終わるという苦い経験をしました。初日の夜、「まずい、このままじゃデザイン段階で存在価値ゼロのままただの労働力になる。。。」と猛省し、二日目から押されつつも、言葉だけでなくスケッチなども交えながら違うと思ったことは違うと主張するようにしました。(寸法などやたら数字を出すとみな考え始めるので、その間にこちらは英語で主張を組立てるという作戦でなんとか応戦しました。)

 そんな調子でデザイン期間だけであっという間に3日間が経過し、4日目からはついに施工に取り掛かりました。前段階で、既に現地で調達できる資材(木材、モルタルなど)を確認してデザインを決めたため、滑り出しはすこぶる順調でした。さりげないことではありますが、このような山奥だと建築用資材を調達するだけでも一苦労。主な資材は近場で採れた木と使われずに残っていたモルタルで、とうぜん当初のデザイン案とは資材の長さや量がマッチせず、それも考慮して少しずつ(エッセンスは残しながら)デザインを変えるという要領で徐々に完成形に近づけていきます。この状況は、実際の現場では多々あることですが(新国立競技場のザハ案(前案)はその最たる例として挙げられます)、大学の設計スタジオでは基本的に材料・資金は無限にあることを前提に設計するため、なかなかこういった経験をすることはできません。これもワークショップで体験できるひとつの醍醐味です。でも実はこういう風に試行錯誤することで、よりよい案が出てくることも多くあります。”足るを知る”と今まで気付かなかったことがおのずと見えてくるようになるのかもしれません。

 途中何度か意見の相違から口論になるところもありましたが、振り返ってみるとあっとい間、中身の詰まった10日間でした。思ったことを全て吐き出して議論すると最終的にはみんな笑顔で終えることができる、シンプルですが”日本人”の自分にはなかなかできない、新しい価値観だったと思います。それともうひとつ、日本人だから~といってもてはやされるのはもう古いのかもしれません。戦後、国際社会の中で地位を確立してきたからこそ、改めて対等に立ち振舞う必要がある。日本人というアイデンティティは実はただ日本人の親から生まれたことで受動的に受け取ったラベルなんだというこということをふと考えさせられた瞬間でした。国籍などの”何者か”というラベルよりも、”何をやっているか”という内面を重んじるのがアメリカという国なのかもしれません。そもそも”建築”という、国家の枠組みを超えた人類の根源的な欲求を満たす行為において、国籍の話を持ち出すこと自体がナンセンスなのでしょう。アメリカという国が、そして”建築する”という行為が、より一層魅力的に思えた瞬間でした。


(写真1)最終日はみんな笑顔

Enomoto-san Event & Interview 2016.4.23

 一昨年、2015年度に日本館で行われた日本食懐石イベントに引き続き、約2年ぶり2度目の開催となった今回のイベント。日本より榎本鈴子シェフをお迎えして日本館協力のもと行われた一連のイベントに、通訳としてお手伝いさせていただきました。2度目の開催となった今年は、日本館でのopen houseに加え、Downtown ChampaignにあるカフェCream & Flutterと創作フレンチレストランBacaroでのコラボレーションイベントも企画され、日本館だけではなくシャンペーンのlocal community全体との直接的な交流が図られました。41期の奨学生三人でそれぞれ分担してイベント通訳を担当し、僕は4月23日にカフェCream & Flutterで行われたCafé Ozanのプロモーションイベントのお手伝いをさせていただきました。

 本番までプレゼンテーションの内容が分からず台本も無かったため、正直なところ「これは、通訳大丈夫かな、、、」とかなりナーバスになりながら本番前のセッティングのお手伝いに行くと、「実は私もよく分からないのよね~」とあっさり笑う榎本さんにお会いし、拍子抜けしました。「あぁ、このスタンスがプロなんだろうな。」とあっけにとられながらも、隣で通訳をしながら、同時に一人の聴衆として、一人のファンとして、純粋にイベントを楽しませていただきました。「この人はビジネスでこのイベントをやっているわけじゃない、売ろうと思って宣伝しているわけじゃない、純粋に自分の好きなこと・情熱を注ぐものを他の人々と共有しようとしてるだけなんだ。」そう直感的に思わせる、素敵な方でした。ひとつひとつ丁寧に作り込まれたラスクはまさにそんな榎本さんを象徴するかのような“作品“で、プレゼンテーションを聞いた後に頂いたお菓子からは、榎本さんの人生が練り込まれたような、魂の乗り移ったような感慨深さを感じました。”モノに記憶が乗り移ったとき、モノはモノであることから解放される”という感覚を体感した瞬間でした。

 留学前、JICの活動の一環として“住“のプロ、建築家の隈研吾さんにインタビューさせていただきました。今回は“食“のプロ、榎本鈴子さんとイベントをご一緒させていただきました。どことなく似たような温和な雰囲気を纏い、周囲を魅了するお二人。二人のプロエッショナルは共に、それぞれの道を究め、溢れんばかりの情熱をエネルギーに走り続ける「夢追人」でした。

(榎本さんインタビューの詳細は別途、インタビュー記事にて掲載させていただきます。)

(写真2)Café Ozanの一つ一つ丁寧に作られたラスク

“幸せ“とは何か

 今年は様々な場所を訪れ、様々な方にお会いする中で、多くの価値観に触れることができた一年間だったと感じています。自分の周囲の環境がいかに特異なものであったか、自分の価値観がいかに偏ったものであったかを痛感しました。

 冬休みを利用して訪れたユタでは、5年前にショートステイでお世話になった家族のもとで再び一緒の時間を過ごしました。ユタ州の州都ソルトレイクシティには敬虔なキリスト教の一派であるモルモン教の総本山があります。それゆえ、お世話になった家族をはじめ、その地域に住む人々はそのほとんどがモルモン教徒そして生粋の白人家系でした。お酒、タバコ、夜遊びは一切無し、毎週日曜日は家族で教会に赴く、食事の前・寝る前には必ずお祈りをするという教訓が生活の一部になっています。教会は祈りの場であると同時に、人々の交流の場になり、5年前に行ったときのことを覚えてくれていた友達に会うなど、改めてローカルな繋がりの魅力を感じました。家族の中心は母親。母親がyesといえばyes、noといえばno、それもいわゆる“かかあ天下“とは全く違った心地よい家族関係でした。家族というもののあり方が日本とは根本的に違う。そうなると、家のあり方もおのずと変わってきます。住宅を設計するとき、この”家族のあり方“というものが非常に重要なテーマになるのですが、自分の価値観は極めて日本的な、局所的で偏った考え方なんだというのを感じました。ほとんどが白人家系の地域にも関わらず外部からの人に対しても非常にオープンな雰囲気は、かつて西部開拓の最前線として人々が移住してきた頃からの名残なのでしょうか。ふと、アメリカという国の記憶に触れたような、そんな気持ちになりました。ここには高層ビルもコンビニも無く、娯楽施設といえば街外れにあるトランポリン場くらい。それでもここの人たちは笑顔が絶えない。あえてこの地に住み続けることを選んでいる人たちです。

(写真3)雄大な自然に囲まれたユタ州

 この留学期間中、合計して約1ヶ月弱を隣国メキシコで過ごしました。特に春休みに行ったオアハカという町はスペイン植民地時代の色が色濃く残る一方で、かつてその場で栄えていた古代文明の名残もしっかりと継承された“文化”の感じられる街です。オアハカは“死者の祭“(映画「007」最新作の冒頭シーンで有名になりました。)発祥の地として知られた現在メキシコシティについで第2の人口規模を誇る街です。”死”をもって、初めて人生が始まるという独特の世界観を持ったこの街では、毎日のように何かのパレードが行われます。結婚式、出産、そして別れの時など、人生の節目を祝って地域の人々が街を練り歩きます。“死“というものを終わりではなく、一つの節目ととらえる。どこか仏教における輪廻転生/解脱の思想と似たところがあります。死の後に真の人生を迎えるという思想ゆえ、死に対する考え方が違うからなのか、街の人からは老若男女問わず非常におおらかな印象を受けました。日本やアメリカに比べると、決して住みやすいとは言えない小さな街です。インフラ設備も整っていなければ、町には野良犬がうろつき、道路は車でごった返しています。それでも天からは眩しい陽射しが降り注ぎ、周囲を山々に囲まれたこの街から活気が尽きることはありません。「死ぬために生きる」、この表現が適切かどうかはわかりませんが、ここでもまた、いままでの価値観と大きく異なるものに触れることができました。Oaxaca(オアハカ)、機会があればぜひ皆さんにも訪れていただいたい街です。

(写真4)オアハカのパレード

 こうして振り返ってみると、果たして“幸せ”とは何なのだろうと考えさせられます。異なる文化、異なる価値観では当然そのものさしも変わってくる。自分にとっての“幸せ”もきっと多くあるものさしうちの1つに過ぎないのでしょう。そう考えると、功利主義における「最大多数の最大幸福」という概念は、資本主義のような一義的な考えでは当然満たすことのできないものだ、という意見にも納得できる気がします。近年のAlter-Globalizationな風潮を見ていると、この幸せのものさしの違いにこそ、これからの世の中のあり方に関わるヒントが隠されている気がします。

深見真優さんの2017年4月分奨学生レポート

はじめに

皆さま、ご無沙汰しております。第41期小山八郎記念奨学生の深見真優です。いかがお過ごしでしょうか。4月も最終週となり、ゴールデンウィークが近づいてきているようですが、不思議と、アメリカにいるとその様な感覚も一切なく、今はファイナルがすぐそこに近づき、またそわそわしている状態です。先日、フェイスブックページで、42期奨学生のお披露目会の写真を見て、ハッと致しました。ああ、もう自分たちの代のお披露目から、1年経ったのだ、と。イリノイでの生活が定着し日常となってきた私に、桜並木の下初めて皆様にお目にかかり、不安や期待など様々な感情が交錯する中、新たな一歩を踏み出したあの日の高揚感を思い出させてくれました。帰国まで後2週間、信じられません。このレポートを通してファイナル前に今学期を整理したいと思います。今学期は特に、日本館との関りが多かったので、そのことについても触れたいと思います。

 

授業について

今学期は4つの授業を履修しています。先学期は、公衆衛生学、医療社会学、国際保健など、勉強したい!と思っていた健康促進分野の授業のみを集中的に履修していました。今学期は、その様な分野に加えて、自分は将来どんな風に活躍したいのか、という少し大きな議題を考える機会を持つ為に、こちらでのメジャーとは直接関係ない授業も履修しました。ここでは、今学期の授業についてお話したいと思います。

 

AGED260: Introduction to Leadership Studies

この授業は、40期奨学生の結城さんのレポートを読み渡米前から取ってみたいと思っていた授業の一つでした。リーダーシップを体系化し学問として学んでみたいと思い履修を決めました。この授業は上記に述べた、「自分は将来どんな風に活躍したいのか」という問いについて考える為に大いに役立った授業でした。この授業を履修する前は、リーダーシップという言葉が少し苦手でした。私の中では、リーダーシップとはある特定の人のみが生まれ持っているカリスマ性、という一辺倒な考えがあったからです。しかしこの授業では、様々なリーダーシップのあり方を体系化し、一人一人が違う形で持っている力、または一人一人が身に着けられる力として捉えられているのが印象的でした。特に記憶に残っている会は「Emotional Intelligence」に関する講義です。日本語では心の知能指数とも呼ばれ、組織を率いる際に自己の感情を認知する力、その上で制御する力、他人の感情を推し量る力、そしてコミュニケーションを通して良好な人間関係を構築する力を指します。卒業後、自分がどのような道を歩むかは未だ定かではありませんが、日本でも世界中どこでも、常に相手の立場になって考えて行動することができる人になりたい、というぼんやりとした考えに名前が付いた瞬間でした。

 

CMN101: Public Speaking

幼少の頃から、人前で話すことは苦にならない性格でした。しかし、前期の授業での最終プレゼンテーションが思ったようにうまくいかず、自分でもがっかりしました。今まで勢いに任せて自己流で何とか切り抜けてきたプレゼンテーションも、この際しっかり体系立てて学び、端的に言いたいことを伝えられる様になろうと決意して受講しました。この授業でとにかく毎回言われることが2っあります。話す内容に関する知識のない人に理解できるように単純明快なスピーチをすること、聴く力を育て有効な質問をできる様にすること。思いがけず、話す側では無くオーディエンスの立場になった時に、自分の話し方の悪い点、取り入れたい点などが浮き彫りになりました。20名中留学生は2名と、少数派ですが、履修している授業の中で一番アットホームな授業で週3回が楽しみなクラスです。最初の自己紹介の時に、留学生フィルターを外してほしい、という生意気なお願いをしたためか笑、先生の評価も厳しく2回目の本格的スピーチでは高校の数学テスト以来のぎっしりの赤を貰ってしまいましたが、回を重ねるごとに成果が表れてきて少しほっとしました。余談ですが、クラスメートの一人が親御さんの仕事の都合で数年前に私の最寄り駅の3駅先に住んでいたとわかり、世界は小さいものだと痛感しました。今年の夏に久しぶりに来日する様なので、今から2人で計画を立てています。再会がとても楽しみです。

 

GCL125: Science and Business of Cancer Therapy

前期の授業では、社会経済的要因を紐解き、どのような社会を実現すれば誰もが健康を享受できる様になるのか、というテーマのもとどちらかと言えば、日本でも履修経験のあった社会学系の授業を多く履修していました。今回は少し違う角度で、ビジネスから見る健康問題を学んでみたいと思い履修を決めました。教授はUIUCでガン細胞の研究をされている方で以前はシカゴの病院でお医者様をしていた方です。普段は見られない研究室の見学もさせて頂きました。設備投資も新薬の開発も想像も出来ない多額の資金が動いていることを目の当たりにしました。1万件ものアイデアから実際に製品として世にでる治療薬は1件程度とされ、研究費用は10億円にも昇る新薬の開発は賭け事の様なものであると感じました。米国では大手製薬会社のみならず、スタートアップの会社と大学の研究機関が提携を組み開発に挑むことが多々あると言います。最先端の医療を通じて健康を享受するには多額の資金が必要なことを実感し、健康格差の是正という社会課題解決は難解な課題であると痛感しました。一方で、スクリーニングなどの予防医学を発展させることの重要性も感じ、やはり将来、このような技術の普及など何らかの形で健康促進に携わりたいと感じました。

 

CHLH304: Foundation of health Behavior

前回のレポートにも記載しましたが、私が一番楽しみにしていた授業でした。この授業は、健康習慣を変えることがいかに困難であるかを一人一人の学生が身をもって体験することが目的です。一人一人が実験台となり、自らの生活習慣を一つ、一学期丸々かけて変える取り組みを行います。どのような形で健康促進に関わるとしても、言うは易く行うは難し、を常に心に留めることが大切であるという教授の心意気に惹かれ授業の履修を決めました。私は運動習慣の改善を試み、週3回ジムに通う契約書を提出しました。結果はというと1.5か月程で当初の契約書通りにはいかなくなってしまいました。後期丸々かけて30程の参考文献を用いて論文を仕上げたのですが、その中でも忘れられないフレーズがあります。”Behavior change is not an event but a process”. 継続は力なり、ということの様です。今回のチャレンジは失敗してしまいましたが、帰国後色々と落ち着いた後にまた再挑戦しようと思います。また、それぞれの生徒の学習成果を比較すると、人種、年齢、性別により、生活習慣を変えるモチベーションの上げ方は様々であり、その集団の文化的背景を熟知することがコミュニティー全体の健康促進の第一歩であると実感しました。

 

課外活動

Enomoto week

昨年の春の新年会で初めてお目にかかった榎本さんがダウンタウンシャンペーンのBacaroというレストランで、日本酒とコース料理のコラボイベントを行うとのことで、非力ながらミーティングに通訳として参加致しました。Bacaroのシェフと、榎本さんとの打ち合わせは料理の詳細の確認作業から日本酒のペアリングまで多岐に渡りました。私の母校の明治大学政治経済学部のOBでもある榎本さんはとても気さくな方でお話も弾みましたが、打ち合わせの時の細部に渡る確認作業を行うときの表情は真剣そのものであり、プロの方のお仕事の現場に同席できたことはとてもいい経験になりました。色々な方との出会いが出会いを呼び、今の自分がある、と仰られていた榎本さん。人との繋がりを大切にして世界中で沢山のことに挑戦する榎本さんは一人の女性としてとても素敵な方でした。

(写真1:実際にディナーで出されるお酒の試飲をさせて頂きました。)

 

週末の過ごし方

冬休みにシャンペーンに戻った時は、マイナス20度にもなるというシャンペーンの気候に怯えていましたが、今年の冬はさほど冷え込まず、あっという間に春が訪れたような気がします。2月と言えばバレンタインデー。日本では女性がソワソワする時期ですが、アメリカでは男性がソワソワ。バレンタインデーの日に興味本位でダウンタウンに出かけてみると、花束を買い求めたり、チョコレートを選んだり、普段よりもピシッと決めた男性の姿が目立ち、ホッコリしてしまいました。アメリカでは男性が女性をデートに誘ったり、恋人をもてなしたりする日なのだとか。「日本の男の子はいいなあ!」「ホワイトデーにはアメリカでも女の子にちょっとお返しをして貰いたいなあ!笑」と、こちらの男子学生には日本のバレンタインデーは羨ましい文化の様です。日本人の女性としてはこちらの文化が羨ましくてたまりませんが笑。3月はUnofficialに参加しました。教授も察したかのように私の授業は2つとも休講となり友人に連れられ3件程、ホームパーティーとバーに行きました。UIUCの文化の一つともなっているこのイベント、心待ちにしていました。しかし、普段はあまり関わることのないフレッシュマンのパワフルさを目の当たりにし、「あれ、、、私はこんなに体力がなくなっていたっけ、、、」と、不覚にも老いを感じる結果となりました。4月は日本館で桜を見に行ったことが記憶に新しいです。日本以外で桜を見たのは初めてでした。今年はお花見を諦めていたので、帰国が近づくにつれて本当に寂しい気持ちになりますが、その時ばかりは少し日本に帰りたいな、という気持ちが沸き上がりました。

(写真2:定期報告で記事を書かせて頂いた1月の日本館での朝食イベント)

(写真3:まだジムで運動に励んでいた際の私)

(写真4:日本館でのお花見)

 

最後に

いよいよ帰国まで約2週間となりました。信じられません。こちらに来た時は正直、ここまでの愛着が沸くとは思ってもいませんでした。土地も人も温かいこの地を後にするのは本当に名残惜しいです。後2週間、よく学び、よく遊び、よく食べて、可能であればよく動き笑、悔いのない締めくくりにしたいと思います。皆様にはリユニオンでお会いできることを楽しみにしております。どうぞお体ご自愛くださいませ。

 

第41期小山八郎記念奨学生

深見真優

守埼美佳さんの2017年4月分奨学生レポート

みなさんご無沙汰しております。第41期奨学生の守崎美佳です。いよいよアメリカで書く最後のレポートとなりました。アメリカではさくらが見られないものかと思っていましたが、日本館の周りにはきれいなソメイヨシノが咲き、もう少しすると枝垂れ桜も咲き始めるとのことです。多分この場所で、色とりどりの花が咲き乱れる木々に囲まれた小道を歩き、ふと気に入ったところで立ち止まり、春の香りと程よい暖かさを感じる瞬間はもうないのだろうなと思うと、今この瞬間が愛おしく思えてならない今日このごろです。

-photo1 さくら

日本館の庭にはギースもいて、水の中を泳いだり、外に出てきて水かきと羽を休めたり。彼らも人が集まり賑やかなのは嫌いじゃないのか、こっちをじっと見つめるので、カメラを向けると、半ばカメラ目線のギースの写真が取れました。

-photo2 かも

1、履修した授業

STAT410
・先学期に履修したSTAT400に引き続き、確率論の授業を履修しました。授業形態は週3回の講義、また週1回の宿題で構成されています。基本的な確率分布について学習をした先学期に引き続き、今学期は2変数の確率分布や推定の方法、推定したパラメーターの妥当性の確認を学習しました。

MATH241
・微分積分の授業でした。授業形態は週3回のレクチャーと2回のディスカッション、毎週WEBで提出をする宿題と、毎学期3回の試験で構成されています。教授がレクチャーを担当し、TAがディスカッションを担当します。多くの学生がエンジニアになるこの大学の風潮を反映してか、学習する内容が教科書のカリキュラムに準拠したシステマティックなものになっており、基本的な公式の運用方法を効率よく習得できる反面、深い思考をさせる工程は少ないように思いました。

MATH415
・線形代数の授業です。数学の割にボキャブラリーが多くて大変です。オンラインシステムを利用して生徒が質問をし、TAや教授がそれに答えるという形態が便利です。また、チュータリングルームの制度が充実しており、週3回〜4回、毎回3時間ほど、学生が自由にTAに質問をする事のできる機会が整っています。

CS105
・コンピューターサイエンスの授業です。内容は、Scratchという、プログラミングのピースを組み合わせるパズルから、Excel、Java Script という順番で、全くパソコンの前提知識のない人でも親しみながらプログラミング言語の作りを学んで行くことのできる構成になっています。
この大学がコンピューターサイエンスの分野で有名であるとはもともと聞いていましたが、そのような結果が出せているのはファカルティが採択している教育制度にも原因がありそうです。毎回授業開始2時間前までが〆切になっているアクティビティは授業のための準備を促進させるでしょうし、学生がノートをとってシェアする制度は担当者にも他の学生にとってもウインウインです。学生にインセンティブを与えることにって学生がより多くを学ぶための態度や行動を促進することが教育の原理であることを考えれば、それらを「学生の自主性」に任せるだけでなく、制度化できる部分は制度化することによってより高い結果を生み出すことに成功しているのだろうなと思います。

まとめ
振り返って見れば、高校3年生で文系を選択して以来避けてきた分野に入り込んだ今学期でした。高校の時よりは分野への理解が進んだ自負はあったものの、やはり他の人より達成度が低く、更に自分の努力量も足りなかった。この分野で将来組織の中で貢献しようと思うのであれば、さらに勉強をすすめる必要があるというのが、今の率直な感想です。
また、成績を取ることと原理を学ぶことのトレードオフ関係についても考えさせられました。成績を取るために重要なのは、期限内に決められた課題をなるべく高い完成度で提出すること。しかしそのためには、分からない点をスキップして時間内に終わらせることを最優先する必要があることがあります。しかしそれでは自分のわからなかった所がいつまでたってもわからないままです。結局、直前に焦ることのないように早く課題を始めること、分からない事があったときはその場で解決するまで質問をすること、単位時間での学習量を上げること、など、とても基本的な習慣を自分に内在化させることが大切なのだろうなと再確認した学期でした。

2、小山記念奨学制度を存続させることの意味

私は自分自身が小山記念奨学制度を利用させていただいて留学をし、奨学生の一人として文化発信事業にかかわらせていただく中で、「なぜこの留学制度を存続させたいのか」ということをずっと考えさせられました。現在より多くの交換留学制度が提携される中で、大学側としては、限られた予算を適切に配分する必要もあるのだろうと思います。しかし、本留学制度を1年間継続して利用した今、この留学制度を継続することの価値を確信するようになりました。
ダイバーシティ
人が進路選択をする理由は様々です。留学に際しては、はじめからそれを見越して進路選択をする人もいれば、他の人より遅れたある時期に突然留学を心に決める人もいるでしょう。だけれども、途中から留学を心に決めた学生の意志が、より早い時期から留学を心に決めていた人の留学の意志よりも軽視される理由はありません。また、将来的にどちらが社会に多くの利益を残すことになるのかは一概には判断できません。そのため、より多くの留学希望者に対して機会提供がなされるべきです。現状、UIUCのような米国の大規模な大学との交換留学を提携している大学は、日本国内では一部限られています。 しかしそれでは、当然この大学への留学の機会はある一定の人に限られてしまいます。日本全国の大学の学生を対象にする本奨学制度は、より広い層の学生に対して留学の機会を提供する制度であると言えます。
人のつながり
他の交換留学の制度に決してない小山奨学制度の宝の一つは、40年を越えて築かれた人のつながりであろうと言えます。先輩方はもちろん、日本館の方々、またその他産業に携わる方々や、大学関係者の方々、そう言った方々との信頼関係が長い期間を経て構築されていることは、小山奨学制度の大きなメリットの一つです。私は留学中、 日本館の方々と関わる中で、日常を豊かにする「文化」の意味を日本館の方々からは学ぶとともに、自分だけではつながりを作りにくい現地の学生と交流する機会をたくさんいただきました。さらに、ボランティアを通じて、自分の力で他の人の役に立つ喜びを再認識し、自分の将来に対する確実な指針ができました。

もちろん、奨学制度を継続させる以上、本奨学制度がUIUC側に対しても利益を提供できることが理想でしょう。日本館を通じて学生がアメリカへの日本文化の発信に携わることは、大学に対してメリットを提供するといえます。もちろん文化発信それ自体は、短期的に目に見えやすいメリットをもたらすものではありません。しかし、日本文化のような「文化」は、人類が長い歴史を経て知恵を出し合った気づいてきた営みです。四季を愛で、一杯の茶を芸術にまで仕立て上げる精神がもたらす「豊かさ」は、それだけで生活を豊かにすると同時に、効率化、大量生産・大量消費をよしとする社会にあってはは決して気づくことの出来ないものの一つでしょう。
私はこちらに来る前まで、なぜアメリカ中西部の大学に、遠くはなれた日本という国の文化を受け継ぐ施設が このように長く存在し人々に受け入れられてきたのか、 不思議でなりませんでした。現地に来て、自分が予想していた以上に、地元の方々が日本文化に対して興味を示してくれていたことに驚きました。日本館の人気を支えるのは、単なる物珍しさ以上に、日本文化に内包される中で感じる心地よさが有り、それに一度訪れた人が気づいているからに違いありません。そこには日本文化自身の価値と、それを受け継ぎ広めて行く方々の存在があるのでしょう。
現在イリノイ州は財政難であり、本大学の財政も大部分が工学部によって保たれていると聞きました。多くの資金集め、多くの従業員を養い、多くの学生を受け入れる必要のある中で、実利的な面に重点が置かれることは理解できます。ただし、大学は本来「知」を想像し受け継いでゆく機関です。である以上、広い視野と長い時間軸で社会を捉えた時、少なくとも、幅広い「知」と「豊かさ」の価値を認め、何が大切なのかを見失うことのない大学でいてほしいものと思います。

私は留学中は周囲の人に比べればそれほど遠くには行きませんでしたが、シャンペーンアーバナという小さな日常空間から一歩外に出て未知の場所を歩く経験というのはやはりいいもので、一歩離れたインディアナポリスのカナル沿いに歩き、夕暮れ時に、日光が川の表面をなぞるこの瞬間は、シャッターに収めるととても可愛らしく見えます。

-photo3 インディアナポリス

留学中の新しい刺激に心踊る瞬間は、こうして新しい場所で新しい物を見るだけでも得られるのでしょうが、長い時間を一人で過ごし、自分の人生について再考する、いわゆる「自分の軸」を再確認する時間を得られたことには感謝せざるを得ません。全く異なる空間で、異なるものを「よい」とする人の波に飲まれると、少しは自分もそちらに流されそうになります。だけれどもふと一人になって自省すると、そうやって少しぶれたとしても、自分が大切にしたいものや向かいたい大きな方向はやっぱり変わりません。新しい環境で、新しいことを学ぶことは、自分が向かいたい方向をより明確にしそこに近づくための道具を少しでも多く手に入れて行くことなのでしょう。だけれども、最後にそこにたどり着くことができるのか、得た道具を自分の理想を実現するために使うことができるのかは、自分の意志と行動(と偶然性に頼る部分が大きい外部要因)の結果にほかならず、自分の人生には結局自分で責任を持つしかないのだという感覚は、改めて自分に緊張感をもたらしてくれます。