甲田小百合さんの最終奨学生レポート

去年の夏にイリノイに行き、5月に帰国し現在は就職活動中の甲田さんから留学生活を総括する最終レポートが届きました。

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皆様いつも大変お世話になっております。先日の総会で再び皆さんにお会いすることができ、とても嬉しかったです。総会に参加して、ちょうど一年前、期待と 不安でいっぱいだった自分の姿を思い出しました。そして一年がたち、留学中に達成したかった目標をすべてやり遂げ、様々な自信を胸に帰国しそれを皆さんに ご報告できたことをとても嬉しく思いました。
私は現在は希望の職業に就けるよう日々就職活動に精を入れて頑張っております。まだ結果は出ていない のですが、ようやく少し落ち着きましたので、大変遅くなってしまって恐縮なのですが、私の留学生活最後のレポートをお送りさせていただきます。前回のレ ポートでは、アメリカでの授業を通じて考えたことを中心にお話させていただきましたので、今回はクラスメイトとのシカゴ旅行やカナダへの一人旅、そして中 学校でのボランティアを通じて得たものを簡単にまとめ、私の留学生活の総括とさせていただきたいと思っています。

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1、 クラスメイトとのシカゴ旅行
前回少しお伝えいたしましたが、政治学の授業でとても仲の良い友達ができました。一人はシンガポール人の女性 で、もう一人はアメリカ人の男性です。いつも授業の後は質問をし合い、レポート提出前は3人で集まって一緒に勉強をしたりした仲です。そんなわけで、日ご ろから話をする機会が多く、だんだんと授業とは関係ない時でも、映画を一緒に観たりご飯を一緒に食べたりするようになりました。私にとって、たった9ヶ月 の留学生活の中で、(住んでいたコスモ以外で)このような友達が作れたのは本当に嬉しいことで、またとても心強かったです。
そして何より嬉しかっ たのが、2人が3月の春休み期間中にシカゴに遊びに行くのに私を誘ってくれたことでした。しかも、そのアメリカ人の彼の実家に泊めてくれたのです。この機 会を通じて、実際のアメリカ人の生活の一部分を垣間見ることができ、とても貴重な経験をすることができました。その友達の実家は本当にとても大きな家で、 部屋が10部屋以上あり、暖炉もあり、地下に映画を鑑賞できる大きな部屋もあり、そしてとっても広い庭もついていました。まさにテレビによく出てくる「ア メリカの上流(中流)階級の家」といった感じでしょうか。もちろんこれはアメリカの家庭像の一部分を見られたに過ぎませんし、私はお客としての立場でしか 接することができなかったので、どこまで実際の生活が見られたのか疑問は残りますが、それでも今回の留学中host familyを持っていなかった私にとって、この旅行中彼の自宅にお邪魔させてもらえたことは、非常に良い経験となりました。
これは余談ですが、 もうすぐシャンペーンへ行かれる次期奨学生の皆さんにもし一言付け加えさせていただくならば、もし機会があればぜひhost familyを見つけてみてはいかがでしょうか?私の留学生活を振り返りますと、目標をすべて達成できとても充実していたとは思っているのですが、どれだ けアメリカ人の日常生活を知ることができたか、という点はやや疑問です。というのも、留学生という立場は、どうしても他国からの留学生と仲良くなりやすい 傾向にあり、実際のアメリカ人の生活を見るチャンスというものが意外と少なく感じたからです。せっかくアメリカにいたのに、普段のアメリカ人の暮らしに 「家族の一員」として触れられなかったのは残念だったなと思います。サークルの一つにhost familyを紹介してくれる団体があったと思いますので、ぜひお時間があれば挑戦してみてはいかがかな、と思います。
なお、写真はアメリカ人の友達のシカゴの家で撮ったものを添付いたしました。

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2、恩師に会いに・・・カナダへの一人旅
4月の中旬、アメリカでの生活も残り一ヶ月となったところで、カナダのロンドンという街に行ってきました。というのも、そこに高校のALTの恩師(カナダ 人)が住んでいらっしゃるからです。彼女が2年間のJETプログラムを終えて私達の高校を去る時、「必ず高校を卒業したらカナダに遊びに行くから!!」と 言って涙ながらに別れてから早5年。ついにその約束を実現することができました。
ナイアガラの滝を見に行ったり、Canadian slangやカナダのイースターの伝統的お祝いの方法を教えてもらったり、とカナダの文化に触れる一方で、彼女が日本に来る前に通っていた大学等にも連れ ていってもらいました。自分の恩師の歴史をたどっていくことで、改めて彼女と出会えたことの偶然性と今もその交流が続いていることの継続性に感動しまし た。
そしてこれは留学中に出会った人たちとの関係にもあてはまります。いろいろな国からの様々な文化的・歴史的背景を持った人たちと出会うことができ、私の価 値観は大きく広がりました。しかし、この出会いをここで終わりにしてしまうのではなく、可能な限りその関係をずっと続けていきたいと思っています。そうす ることで、さらに私の視野が広がるだけでなく、私も彼らの価値観に何らかの形で影響を与えられるかもしれないからです。留学を通じて、国籍を問わず様々な 背景を持つ人たちと触れ合うことは、自分自身を見直す良いきっかけとなり、さらなる自己の成長を目指す良い刺激になると強く感じました。せっかく頂いた貴 重な留学経験を無駄にしないためにも、この9ヶ月間で築き上げた友情はずっと大切にしていきたいと思っています。実際、6月にアメリカで仲良くなった台湾 人の友達が日本に旅行に来ており、二日間だけでしたが、東京観光に付き添いました。私も台湾に行く機会があればぜひ彼にコーディネイトをお願いしようと 思っています(笑)。
なお、写真は恩師と行ったナイアガラの滝で撮ったものと、恩師のご家族です。

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3、中学校でのボランティア
最後になりますが、留学以前から希望していた中学校でのボランティアについてお伝えしたいと思います。私は一年間を通して、毎週金曜日に地元の Urbana Middle Schoolという公立中学校に訪れ、ESLのクラスでボランティアをしていました。主な活動は、両親の仕事の事情で中国からアメリカに渡ってきた中国人 生徒の授業の補佐をするというものでした。彼の場合、新学期が始まった9月の時点で英語はほとんど理解できていませんでした。一方私はというと、大学で数 年中国語の勉強をしたことがあるとはいえ、文法と読解重視の授業だったため会話をすることはほとんど不可能。こんな状態でスタートしたボランティア活動。 9月末から、毎週金曜日は私と彼との不可思議なコミュニケーションが始まったのです。
とにかく彼は相手が誰であれ、わからないことがあれば中国語 で話しかけてきます。一方私は、彼の言うことを理解しようと努力するもののそのスピードについていけず、まったくお互いの気持ちが通じ合いません。最初の 頃は、質問しても何も答えてくれないボランティアの私にかなり幻滅していたのではないかと思います。授業の理解を助けるためにそばにいるのに、実際このボ ランティアは何の役にも立ってないじゃないか、と。事実、これは私が感じていたことでした。自分の力のなさが情けなく、どうすればいいのか途方にくれてし まったこともあります。しかし、途中で投げ出したくはありませんでしたから、わからないなりにも一生懸命相手の目を見て言葉を聞き、私もできる限り簡単な 英語と知っている限りの中国語を使い、そしてどうしてもだめなら辞書を片手に漢字を書いて筆談で会話をするようにしました。初めは、このようなやり方がど れだけ彼の助けになっているのかわかりませんでした。しかし回数を重ねていくうちに、徐々に生徒とのコミュニケーションがとれるようになり、信頼関係が生 まれていったのです。留学が終わる5月には、彼の英語力と私の中国語力が向上してきたこともあいまって、授業以外の話もできるようになりました(例えば、 日本の漫画の話や、ひらがな・かたかなの書き方など)。
この経験は日本で普通に大学に通っていたのではなかなかできなかったのではないかと思います。言葉の持つ力を改めて感じると同時に、言葉以上に、お互いのわかりあいたいという気持ちがどれだけ大切かということを学びました。
この現地の学校でのボランティアは私が留学を始める前からやりたいと思っていたことの一つでした。最終レポートでこのボランティアについて書くことができとても嬉しく思います。

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以上、シカゴ旅行、カナダ旅行、中学校でのボランティアを通じて学んだこと、考えたことを簡単にまとめてみました。振り返ってみると、9ヶ月の留学生活は 本当にあっという間でしたが、そこで学んだことは計り知れません。日本について、外国の事情について、自分自身について、様々なことを考えることができま した。数回にわたってレポートを書かせていただきましたが、ここで書けたことは学んだことのほんの一部であるように思います。本当にこのような貴重な機会 を授けてくださったJICの皆様には感謝の気持ちでいっぱいです。本当にありがとうございました。今後は、この留学中に養った力、経験を生かして、仕事に 励むとともに、JICの活動に積極的に参加し、少しでも恩返しができたらというふうに考えております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

なお、余談ですが、総会のときに、甲田=卓球という形で記憶をしてくださっている方が多く、非常に嬉しかったのを覚えています(笑)。賛同してくれる方がいればの話ですが、スキー同好会と並行して卓球同好会も開けたらなぁと密かに思っております(笑)。

白水美佳さんの最終奨学生レポート

2005年度奨学生の白水美佳さんからレポートが届きました!!

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JICの皆様、ご無沙汰しております。大変遅ればせながら、最終のレポートをお届けしようと思います。年次総会にご出席の皆様には、稚拙なビデオレターで 失礼してご挨拶させていただいたとおり、私は8月に入った今も、まだイリノイに滞在しています。5月、UIUCの学期を終了して即始めたインターンシップ も残りあと1ヶ月未満。Color Change Corporationという会社で、毎日、その名のとおり温度によって色が変わるインクの研究開発をして働いています。

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<近況報告>
せっかくこうしてまだアメリカにいるので、まずはキャンパスを離れてのインターン生活について触れてみたいと思います。現在住んでい るのはSchaumburgという市で、住環境のよさではシカゴ郊外地域の中でも有名なのだそうです。前回のレポートでご紹介したように、私はそこでホー ムステイのような形で、普通のご家庭に一部屋を借りて暮らしています。3人の子供たちもすぐにすっかりなじんでくれて、家にいる間はとにかく ’Mika,Mika,Mika,Mika!!!’ 始終遊び相手に借り出されてしまいます。

休日には、ダウンタウンシカゴにもよく行く ようになりました。シャンペーンからだと、近いといいつつ3時間のドライブ、まして車のない私は前もってシャトルバスを予約して、と、やはりいくとなれば 一仕事という感じでした。それが今では電車で40分。往復5ドルもそれなりにリーズナブルです。東京で同じくらいの時間をかけて毎日大学に通っていた経験 のある私は、これくらいなら近いと感じてしまいます。やはりシカゴは大都市だけあって面白いイベントも多く、あるいはUIUCにはシカゴ郊外出身の学生も 多かったため、何人かとは会ったりもできました。

この一年、私には「アメリカにいるのだからアメリカらしく暮らしたい」という思いが何と はなくありました。イリノイ大学でも、常に「留学生」ではなくあくまで「UIUCの一学生」としてありたいと思っていました。典型的学部寮生活を満喫し、 更にアメリカ人の育つ典型的環境ともいえる郊外住宅地域での暮らしにもすっかりとけ込んで、それは十分達成できたように思います。

Host mother(?)のRobiさん自身、大学卒業後日本(静岡市役所)で数年間働いていた際、関根さんという方のところにホームステイしていたのだそうで す。それから10年近くになる今も、その家族の方々が折につけ訪ねてきたり、誕生日にはカードを交換したりなどしているそうで、子供たちも関根さんを「お ばあちゃん」と呼んでいるのがほほえましく思えます。その逆の立場で、今度は私とRobiさん家族が、この縁をこの先も長く続けていけそうなことを、本当 に幸運だと思います。実際一年半後のお正月に一家が東京の私と静岡の関根さんを訪ねに日本に来る、というプランがもう出来上がっています。育ち盛りの 1,3,5歳の子供のこと、どれだけ大きくなっているかみるのが今から楽しみです。

先々月、Glenさん(Host father?)方の親戚一同が集まってパーティがあるというので、一家に同行してミネソタまで週末旅行をしてきました。一日がかりのドライブの末 Glenさんのお姉さんのお宅にようやく到着。その時、用意された客室で眠りに落ちながら、ふと不思議な感慨を覚えたものです。いろいろな「縁」が重なら なければ、イリノイから更に離れたミネソタで、私はちなみにミネソタまで足を伸ばしたのはそれが初めてでした、車のドアを開けた途端に(つまり名乗ったり もする前に)’Hi,Mika!!’と迎えてくれる人があるなんていうことが、どうしてあったでしょうか。この森と湖に囲まれたミネソタの、この suburb areaの、このご家庭を訪れて、その一室で眠るというようなことが、私の一生でどうしてあったでしょうか。多くのめぐり合わせに支えられて今私がここに いるのだと、漠然と思ったことでした。

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<インターンシップ>
インターンシップを通して思ったこと:
1. 化学者は化学だけしているのではない
2. 仕事はそううまくいかない
3. それでもやはり私は研究職につきたい

1. これは会社に入ってすぐに実感したことでした。役職が’Research Chemist’ だったので、毎日白衣を着て実験、というようなものを想像していたのですが、実際はその段階に行き着く前にしなければいけないことが山 ほどあるのでした。考えてみれば当然なのですが、一つ試験実験をしようと思えば、まずプランをたて、必要な試薬は取り扱っている化学会社を探して、価格や パッケージサイズをききに電話をかけることから始めなければいけません。ガラス器具一つにしても、普段のプロダクションに使わないものは裏にしまってある ので、積まれた箱の中からまるで宝探しのように探し出さなくてはならないのです(数十Lの反応フラスコや奇妙な蒸留装置など、面白いものが次々出てくるの は確かに楽しかったのですが。)試薬が整然と棚に並び、器具も設備もそこにある、という今までの大学の環境が、むしろ特別に恵まれた環境なのだと、初めて しみじみと思いました。
2. 実際仕事を始めてみると、frustratingなことが本当に多いのです。実験してみて思うような結果が得られない、というようなら「それがなぜか」と 考えることはむしろ面白いのですが、慣れていないために最初は稚拙なプランしかたてられなくて「話にならない」とつき返されたり、プロバイダにコンタクト を取ろうとすれば「調べてから返事をします」といっておいてそのまま連絡が途絶え、それが私の仕事能率の低さになってしまったり。よく言われるように「能 力社会のアメリカ」だからかどうかは、日本での経験はないのでわかりませんが、働いて稼ぐということがいかにシビアなものか、身をもって感じました。最初 他に二人いたUIUC化学工学科のサマーインターンはわずか2週間程度で’poor work’といって解雇されてしまいましたし、私も仕事のquality とquantityによってサラリーが加減されるのです。例えば大学の試験で多 少成績が振るわなかったからといって、多少落ち込むとしても「まあ仕方ない、次は頑張ろう」という気がしますが、給料が少しでも下がったら、働いているの も自活しているのも一時的なもので、まだ「学生」という特権的な(と思います)身分を持ち合わせている自分でさえ、言い難いショックを覚えます。それがも し自分が家族を養っていたりしたら、と考えたりします。自分の能力をこうもダイレクトに評価されることは、経験してみなければわからなかったと思います。
3. そんなことがいろいろありつつも、私はやはりR&D、研究職、に就きたい、ということがこのインターンを通じて確認できました。自分はもとからそれを志望 していましたが、現場で他のいろいろな職種を見、人手の足りないときは手伝ったりもして、なおかつ研究職がいいと思うのだから、向いているのだろうと思う のです。一つのプロジェクトを任されると、そこに論理的な筋道を自分で立てることが出来て、目標に向かって前進している実感がわきやすいからというのもあ ります。そして何より、前述のような長いプロセスを経て、実際の試験をしている時、データをまとめている時、そしてそこから何かの発見があった時、純粋に 楽しいと思えるのです。オファーを取るの自体も難しかった状況の中、希望する職種のインターンをすることが出来て、本当に幸運だったと思います。

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<留学生活の総括>
キャンパスにいたのは5月まで、「随分前のことに思える」だけでなく実際随分前になってしまいました。「いい経験でした」とまとめるのは簡単ですが、具体的に何をどう学べたのか、自分なりに留学した意義を再確認する意味でも、振り返ってみたいと思います。

1. Career Decision
私 がまず挙げたいのは、この一年で、自分が将来キャリアとして何をしたいのか、確信を持って方向性をつかむことが出来たということです。私にとって、JIC プログラムの最大の魅力は、自由に学ぶ科目を選べたことでした。私は東京大学で理学部化学科を選びましたが、それは主に学ぶ分に化学が好きだったからで、 職として化学者になりたいのかどうか、見定められずに迷っていました。それで、いろいろな分野を見聞きして、その上で本当に興味のある分野を決めたいと 思ったのです。そうして、実際様々な科目に手を出したイリノイでの9ヶ月。特に食品科学には興味をひかれて、重点をおいて勉強してみました。
そし て、結論として。自分は別に「食品」にこだわるわけではなく、単に応用的・実用的な化学の研究がしたいのだというところに行き着きました。具体的には、廃 食油をディーゼル燃料に利用するなどの研究にひかれたことから発端して、もともと人口増加に伴う食料危機・エネルギー危機がテクニカルに何とかしなければ ならない問題だと思っていたこともあって、いわゆる「循環型社会」に必要な技術を開発できれば、と思ったりしています。あまりエンジニアには向いていない ような気がするので化学工学とも少し違うのですが。当初言っていた食品科学者とは違うじゃないか、と、はたから見ればそうなのですが、リサーチアシスタン トや大学院セミナーや学部の授業を通してかじってみなければ、いまだに迷っていたかもしれないのですから、それらの経験の意義はいずれにせよ大きかったと 思っています。
こうして探していた進路が見えて、次の目標が見えた今の私は、またそこに向かって走り出したい気持ちです。道筋としてはもちろん、 何よりまず化学科に戻ったら化学を本気で勉強して、学ぶべきことを学んで学部を卒業することだと思うので、インターンで手がけているプロジェクトにめどを つけたいのが先ではありますが、そろそろ’Now, it’s time to go back’という気がしてきています。得たかったものが大方得られたら、それ以上一所にとどまっていたいとは思わない性質なのかもしれません。その後はお そらく大学院に進むと思いますが、どこに行くかについては慎重に調べる必要がありそうです。アメリカの学生の本当に熱心に勉強する姿にも意識の高さにもタ フさにも刺激を受けた今なら、何にせよこれまで以上に頑張れる気がします。

<行動力、実行力、計画性>
一年の留学生活で、全般的 に、「行動力」と「実行力」が磨かれたと思います。行動力というのは、何かやってみよう、挑戦してみよう、と積極的に思うこと。例えば冬休みのメキシコへ の留学も、いろいろな場所への旅行も、自分から興味を持ってしたことです。実行力というのは、それを実現するためにどんなステップが必要か、自分で調べて 着実に処理すること。旅行の例なら情報収集に始まって飛行機やホテルを予約したり、一緒に行く友人と打ち合わせしたり。当然のことのように今なら思えるそ れも、留学前にはそう簡単に出来ていなかったことも事実です。外国を数週間一人旅してきたという友人が、「大変なことを一人でやっている」というように思 えていました。
そして、自分のこれからの課題は「計画性」を身につけることだと思っています。上記二つとも関連して、積極的なのはよいのですが、 私はとかくやりたいことが見えて大方の道筋が見えると、すぐに行動したくなってしまうのです。いわゆる「やらないで後悔するよりやって後悔したほうがい い」というものに近いかもしれません。やってみて、どうにもうまくいかなかったらその時点でまた立ち止まって修正すればいい、というようなところがありま した。それがうまくいくときもありますが、それだけではだめだ、と、これは主にインターンシップを通して学んだことです。やってみて修正するというので は、ビジネスになりません。何をするにもコストがかかっているのですから、自分の知りえる範囲で「これならうまくいくはず」という確信の持てるプランでな いと、実行に移してはならないのです。行動力、実行力は、そうしたプラン(方向性)がなければ、逆に大きな危険因子になってしまいます。一方で機を逃さず に行動するのも大切なので、まとめると、あらゆる可能性を事前に考え、ベストなプランを短時間に提案する計画能力が必要なのだと思います。今後様々な面で 心がけ、それを伸ばしていきたいと思っています。

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思 うことをつづっているうちに例を見ない程長いレポートになってしまいました。しかし実際、一年を振り返るとまだまだ思い出されることはたくさんあり、本当 にユニークな経験をしてきたことだと思います。帰国後、またの機会にぜひ皆様にお会いし、改めて感謝とご報告を出来ますことを楽しみにしております。
それでは、あと三週間、イリノイで頑張ってきますので、日本もすっかり暑いことと思いますが、おかわりなくお過ごしください。

一年間支えてくださった全ての方々に感謝して、

2006年8月6日
2005年度JIC奨学生 東京大学理学部化学科
白水 美佳

<写真>
1. インターンシップ
2&3.UIUC大学院生の友人と数週間前にグランドキャニオンとラスベガスに旅行してきた時の写真です。
4. Independence Dayに、Taste of ChicagoというイベントにUIUCのドームメイトとでかけ、毎年恒例という花火を見てきました。

中根純香さんの最終奨学生レポート

2005年8月からイリノイ大学に留学していた中根さんのアメリカでの生活を総括するレポートが届きました。

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JICの皆様、ご無沙汰しております。いかがお過ごしでしょうか。私は5月の半ばに帰国し、あっという間に1ヶ月以上が経ちました。帰国後、一時期は逆 ホームシックのような状態になりイリノイでの生活が恋しくて仕方がない時期もありましたが、現在は心機一転して就職活動に取り組んでいます。さて、今回は 最後のレポートということでイリノイ大学での最後のイベントである卒業式と1年間の留学生活で考えたこと・得られたことについてお伝えしたいと思います。

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<Commencement>
期末の試験やレポートに追われるなか、私が一番の楽しみにしていたのが日本の卒業式にあたる Commencementでした。寮などで仲の良い友達の多くがこの5月に卒業したのでその晴れ舞台に出席できることが嬉しかったことと、それに加えて Black Chorusに所属していた関係でコーラスの一部として少しでも卒業式を作り出すことに参加できることにとてもわくわくしていたのを覚えています。
JICの会員の方々はご存知だと思いますが、アメリカの大学の卒業式はとても盛大なイベントです。そのため、家族全員が卒業式のためにキャンパスに集まる 光景があちらこちらで見られました。私の友人も両親や兄弟だけでなく、祖父母や甥・姪までがお祝いに駆けつけていて、留学の初めから感じていたアメリカ人 の家族の絆の強さを改めて感じました。
卒業式自体では、コーラスでアメリカ国家やイリノイ州の歌(これは未だに歌うことができます!)を歌い、 残りは観客としてゲストスピーカーや総長の話を聞いていました。どのスピーチでも4年間の勉強をやり遂げたことを称える内容が多く、よく言われる「アメリ カの大学は入るより出るほうが難しい」という言葉を実感しました。それと同時に、それらのスピーチで卒業生に向けて語られた将来に対するアドバイスの言葉 は、その日がイリノイ大学での最後の日である私にとっても心に残るものがおおく、なかでも卒業式で名誉博士号を授与された、Siebel Systemsという会社のCEOであり、イリノイ大学の同窓生でもあるThomas.M.Siebel氏の〝Make it look easy, smile a lot〟というフレーズは、これから窮地に立たされたときでもポジティブな思考を忘れないように、という意味で心にとどめておきたい一言です。
寮にいることができる最終期限が卒業式の日だったので、式の直後にシャンペーンを発つことになりました。特に親しい友人は皆、卒業式に出席するために最後 までキャンパスに残っていたので、大勢の家族のような友達と一度に別れることになり涙がいくらあっても足りないのではないかと思いました。しかし、そのと きの〝Keep in touch〟の言葉通り、帰ってきてからもインターネットを通して頻繁に連絡をとり、住んでいるところはまったく違ってもお互いに励ましあえるのはとても 素敵なことだと思います。
シャンペーンからはシカゴ近郊の実家に帰る友人の車に乗せてもらったのですが、高速道路を走っている最中に雨上がりの 空に虹が掛かっているのを発見して、車にもう一人のっていたドイツからの留学生と3人でその虹を見ながら「UIUCでの生活の良いエンディングだね」と話 していたことがとても印象的です。

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<人種>
私が留学中にいろいろと考えたことの1つに人種があります。恥ずかしい話なのですが、留学前の私にはアジア系以外の人に対する苦手意識 がありました。というのは、それまでの数少ない海外経験(語学研修や一人旅)などでアジア出身の人とはすぐに仲良くなることができるのに、それ以外の人、 特に日本に興味を持っていない人と仲良くなるのに苦労することが多かったからです。
そこで、そのアジア系以外の人に対する苦手意識を克服すると いうことが私の留学の目標の1つでした。そのようなことを目標に掲げて留学生活をスタートさせたのですが、実際に最初のほうは友達も同じアジア系が多かっ たのですが、時間が経ち、お互いにどんな性格で何に興味があるのかが分かってくると何も意識しなくても人種に関係なく仲良くなることができました。
やはり初対面では外見の違いや文化の違いというものは少なからず壁にはなると思いますが、そのときに相手に対して「私はこのような人間です」ということを示すことがバックグラウンドの違う人達とすぐに打ち解けるコツなのかなというように感じました。
一方で、そのようにアジア系だけでなくアメリカ人やヨーロッパ出身の友人が増えるにつれて、彼らにとってある意味でミステリアスな国である日本についての質問をされるようになったこともあり、日本人としての自分を感じる機会が増えていくようになりました。
「第 2次世界大戦のときの空襲や原爆の投下について日本人はアメリカに対して怨みをもっていないのか」といったものから「会席料理の値段はどれくらいなのか」 というものまで色々な質問をされましたが、なかなかその場で答えられることは少なく、外国に出て行くからには日本人として日本について十分な知識や意見を 持っていなければならないということを実感しました。

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1年近く前に初めてイリノイ大学についたときに は、10ヶ月の留学生活に対して期待でいっぱいでしたが、果たしてその留学生活が自分に対してどのような影響を与えるものになるのかについては全く見当が つきませんでした。しかし、帰国してからある程度時間が経ち、落ち着いて留学を振り返ってみるとイリノイでの留学生活は私自身の人生に対する姿勢というよ うなものにとても大きな影響を与えるものであるということをつくづく感じます。

留学中は10ヶ月という限られた期間を悔いのないように 過ごそうという意識が強く、とにかく自分のアンテナを高く持って情報を集め、何にでも挑戦してみる習慣がつきました。その習慣は日本に帰国してからも威力 を発揮し、大学で耳の不自由な学生の授業をサポートする活動に参加したり、また現在行っている就職活動に対する姿勢も変わってきたように思います。留学中 に得た積極性のようなものは、これからの人生で色々な目標に向かって進んでいくなかで必ず役に立つものだと思います。

また、留学をした ことで、それまでは気づくことのなかった周囲の人たちの有難さに気づくことができました。「後悔しないように、何でもやってきなさい」と日本を送り出して くれ、留学中もさりげなく電話や手紙で応援してくれた両親。メールなどで励ましてくれた日本の友達。楽しい時間も試験勉強などの苦しい時間も共有して励ま しあった他の3人の奨学生も含めてイリノイでの友達。一人一人の顔を考え出すときりがなくなってしまうほど多くの人に助けられて自分がいるのだということ を感じさせられた1年間でした。

そして、何よりもこの奨学金プログラムで私をイリノイ大学に送り出してくださったJICの会員の皆様に は本当に感謝しています。このプログラムのおかげで、私は日本での専攻であるフランス文学とは全く異なる環境学を集中的に勉強したいという念願をかなえる ことができました。また、留学前からいろいろとイリノイでの生活についてのお話を伺っていたので大きな不安もなく留学生活をスタートすることができ、留学 中も安心してイリノイでの生活を満喫することができたのはJICの方々のサポートがあってこそのものだったと留学を終えて思います。そして、このプログラ ムに参加したことによって色々な分野で活躍している会員の方のお話を伺う機会に恵まれることにも感謝したいと思います。
留学生活を通して大学卒 業後の進路についても考え、私は学生という身分から一度離れて実社会で自分を鍛える道を選ぶことにしました。ただ、いつか国際機関で環境政策にかかわる仕 事をしたいという初心は忘れずに、将来自分の希望する分野で活躍することがJICの皆様への恩返しにもなると考えて、これからも精進していきたいと思いま す。

本当に1年間、ありがとうございました!!これからはJICの活動に参加し、今年度以降の奨学生のサポートなどもしていけたらと思うので、これからも引き続きどうぞよろしくお願い致します。

2006年7月4日
中根 純香
<写真>
① 仲の良かった友達とのお別れ会
② 卒業する友達の1人と
③ 雨上がりのQuad
④ アメリカでの生活を始点と終点であるシカゴの街角

川崎藍さんの最終奨学生レポート

1年間の留学生活を終え、無事帰国された川崎藍さんから最終の奨学生レポートが届きましたので紹介します。

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JICの皆様、お久しぶりです。日本に帰り、早一ヶ月が経ちました。
帰ってきた直後は、人ごみの中で飛び交う日本語がとても不思議に感じましたが、何も考えずに電車に乗ったり、買い物が出来ることの素晴らしさを実感する毎日です。
私は四年生を休学して留学していたのですが、来年の卒業後は日本で大学院に行こうと決め、最近は専ら研究室訪問や試験勉強などをしています。

さて、今回は学期後の旅行について少しと、一年間を通して考えたことをお伝えし、最終レポートとさせていただきます。

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*旅行*
ナイアガラの滝~トロント、シカゴの旅

学期後は、イリノイで一番仲のよかった韓国人の友達と、女二人旅をしてきました。行き先は、トロント、ナイアガラの滝、そしてシカゴです。
連日雨という天気予報にもかかわらず、ほぼ晴天に恵まれ、留学生活をしめくくる最高の旅行となりました。そして感じたのは「この一年間で随分たくましくなった。」ということです。
トロントのユースホステルでは、予約時の3倍(!)の値段を請求されたり(結局払わずにすみましたが)、飛行機出発の30分前に空港に着いたり(バスが何時間も遅れ)もしましたが、もうそんなハプニングでは動じなくなりました(笑)。
そ して最後にシカゴに戻り、去年の八月Chicago Weekendで来たのと同じ場所にもいくつか立ち寄ると、「あぁ、留学生活が終わったんだな」と、とても感慨深くなりました。まだまだ観光気分で歩いた 一年前。英語も、この先何が起こるかも、ほとんどわからなかったあの頃。一年間で本当にいろんなことを経験し、成長できたことの幸せを実感したひと時でし た。
ちなみに、今回もChicago Weekendのときと同じHi Chicagoというホステルに泊まったのですが、そのときと同じ部屋に割り当てられたときは(数十部屋あるにもかかわらず!)、なにか運命のようなものを感じてしまいました。

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*一年間を振り返り、自分が学んできたこと*

日本人であるということ

甲田さんが前回のレポートで書いたのと少し似ますが、他の国に来て自分が日本人だということを意識するようになるというのは、多くの方が経験することだと思います。
私 の場合、Champaignに多くいた韓国人たちとの出会いが、自分のNationalityについて考えるきっかけとなりました。両親よりも年上の世代 の方々と仲良くなると、「教科書問題、竹島問題、靖国参拝」についてどう思うか、と聞かれることがしばしばあったのです。たとえば、「日本の歴史の授業で は、韓国に対してしたことを隠しているというのは本当か」など。中には意見を聞くだけでなく、日本に対する憎悪をあからさまにぶつけてくる人もいました。 韓国産のお菓子の袋にまで「竹島は韓国のものだ!」と書かれていたのには正直びっくりです。そしてなによりもショックだったのは、むこうで一番仲良くして いた韓国人の友達に、”I like you, but I hate Japan.” と言われたこと。専攻Political Scienceである彼女は日韓問題に対してもとても強い主張を持っていて、「二ュースで見てなんとなく知っていた」くらいの私には、その場できちんと返 答できず、とても悔しい思いをしました。
そんなことが何度かあって、自分でもネットでこの問題について調べるなどして、少しはまともに意見を返せ るようになりました。また、それからというもののニュースを見ていても、あぁこの問題は他人事ではない、自分の国の問題であり、自分も考えなくてはいけな い、と意識するようになりました。
日本人だからといって、日本がしていること、してきたこと責任をとらなくてはいけないとは思いません。しかし、 自分の国がどのようなことをしてきたのか、どんな対応をしているのかを把握し、それに対しての自分なりの意見を持つことは、国民としての義務ではないかと 感じています。

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そしてこれから

留学をすると、自分の国の外の世界を見ると同時に、自分の国を外から見ることもできます。その結果、自分の国に対する見方 が変わることもあると思います。私の場合、留学前は漠然と、日本ではなく海外で働きたいと考えていました。でもそこには大して特別な理由があったわけでは なく、日本という狭いところに留まっているより、アメリカみたいに、いろんな人の集まるところのほうが面白そうだ、といったぐらいのものでした。しかし、 中国やフィリピンからきた留学生との会話の中で、彼らは国の政治を変えるため、科学を発展させるために、母国では学べないことをアメリカで学んでいる、と いうのを聞いて、私は「はっ」とさせられました。
いままでは「日本のこんなところがよくない」と考えるばかりで、「自分がそこを変えたい!」と思 うことはなかったと、気づいたのです。いま、まさに発展期にある国からきた学生には、「自分たちが国を変えるのだ」という意識が日本の学生に比べて非常に 高いという印象をうけましました。
日本もかつて、そういう人たちの力によってここまで発展してきたのでしょう。日本のように、便利で自由な生活が 当たり前になっている中では、「自分たちでよりよい生活に」と考えるのが難しいのもかもしれません。しかし、それが当たり前でないということに気づかず に、この状況に甘んじていては、日本はどんどん他の国に追い抜かれてしまうのではないかなと思います。「そんなのは、とても悔しい!」と思った私は、まず は自国である日本で活躍したい、日本をもっとよくする力になりたい、と考えています。

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結局この一年間で私が学んだのは、学問そのものよりも、人生勉強のようなものの方が大きかったように思います。そしてそれは、なによりこのプログラムがと ても“自由”であったことのおかげです。自分が好きなことを勉強し、面白そうなことに参加し、やろうと思えば何でも挑戦できる、という自由。
この 先も、大学院留学、会社に入ってからの留学など機会はあるかもしれませんが、それには資格取得や研究という目的があり、結果を出すという責任が伴うため、 ここまで自由にというわけには行かないでしょう。最初はその自由さに戸惑いもました。自分が本当にしたいことは何か、もっと英語の勉強をしてから来るべき だったのではないか、などなど。
しかしこうして一年を振り返ってみると、そういうことに悩んだことも含め、今しか出来ない、そして将来へ向けて決断を始める今だからこそ意味のある、たくさんの経験をすることが出来ました。これぞ、JIC奨学金留学の魅力だと思います。
これ見ている、この先留学する皆さんには、「留学とは、こういうことを体験するものだ」といった枠にとらわれず、面白そうなことにはどんどんチャレンジして、自分だけの留学生活を築いてほしいと思います。

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最 後に、このような制度を支えてくださるJIC関係者の皆様、留学中に何度も支えてくれた家族や友達には、一言では表せないほど感謝の気持ちでいっぱいで す。この経験を自分の将来のため最大限活用すると共に、より多くの人にこのような体験味わってもらえるよう、還元していけるよう頑張りますので、今後とも よろしくお願いします。

2006年7月3日
川崎藍

写真

 

1、2:ナイアガラの滝
3:シカゴ(Sears Towerの展望台より)
4:学校にて
5:HousematesとのFarewell Party

6:一緒に頑張った仲間と

中根純香さんの奨学生レポート

現在イリノイ大学に留学中の中根純香さんから奨学生レポートがとどきました!!

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JICの皆様、いかがお過ごしでしょうか。シャンペーンはすっかり新緑に覆われて、Quadで読書をするのがとても気持ちのいい季節になりました。つい 1ヶ月ほど前はキャンパス中が文字通り花で溢れていて、Quadの近くではJICから寄贈されたソメイヨシノも見つけることができました。さて、今回のレ ポートでは今学期を振り返り、授業・春休み・そして課外活動のBlack Chorusについてお伝えしたいと思います。

~授業~

今学期、私は結局4つの授業を履修しました。こちらでの専攻である環境学の授業を2つに、興味のあったcomputer scienceとfinanceの授業です。取りたい授業を全部とることができた結果、4つの授業中3つが100番台・200番台という結果になり先学期 とは一味違う苦労を味わうことになりました。レポートの多い授業が重なり一週間に十枚以上のペーパーを毎週書き続けていた先学期とは対照的に、今学期は毎 週課題はあるものの書く量は多くなく、その代わりにマークシート式の定期試験に備えてテキストや講義を満遍なく細かいところまで理解することが要求されま した。マークシート試験だと、交換留学生だといっても情状酌量の余地はなくアメリカ人の学生と全く同じ土俵で勝負することになり最初は苦労しましたが、結 果的に速読やポイントを見極める力がついたように思います。また、今学期に以前からチェックしていたEnvironmental Economicsの授業を受けて、今まで漠然としていた「社会科学面から環境問題にアプローチしたい」という考えが、「自分は経済の分野からアプローチ していきたい」というように具体的になり、教授との会話から自分がこれから進む道も見えてきました。今まで抽象的な理想はあったものの、それに向けての第 一歩を見つけられずにいた私にとっては勉強面でも意義のある学期になったように思います。

こちらで2学期の間授業を受けて感じたことの 1つとして、アメリカの授業は双方向であるということがあります。先学期私が履修した授業は少人数なものが主だったので自ら学生の発言も多くなるのも当然 なのかなと考えていたのですが、大人数なものが主だった今学期の授業でも教授が絶えず学生に語りかけるように授業を進行し、学生の側もそれに応えて発言す るというスタイルは新鮮でした。教授が講義のためのメモを読みながら、または黒板に何かを書きながら、一方的に話続けることが多い日本の授業とは対照的で す。先学期は発言するのにもすごく緊張して一大決心をするような気分で手を挙げていた私ですが、今学期はだいぶ英語力に自信がついたこともあり以前より気 軽に発言できるようになりました。また、授業中に発言・質問する機会があることによって予習にもより力が入ったり、講義中もただ聞き流すのではなく教授の 話を頭を回転させて理解して疑問点や自分なりの意見を導き出したりする習慣ができたように思います。この習慣は日本に帰っても忘れないようにしたいと思い ます。

~春休み~

三月末の春休みには、私は川崎さんもレポートで触れていたAlternative Spring Break(ASB)というボランティア旅行に参加してきました。この旅行では10個近くの選択肢から行き先や目的を選ぶことができ、私は Environmental Issueをテーマにしたバージニア州にあるHungry Mother State Parkという州立公園への旅行に参加しました。

シャンペーンからバージニアまで車で10時間以上かけて移動し、現地では木の剪定をした り、植林をしたり、地元の小学校訪問をして日本について話すことになったり、と1週間充実した時間を過ごしました。特に、何も無かった山中のゼロからグ ループの皆で協力してハイキングの為の小道を作ったのは達成感に溢れるいい思い出です。

アメリカには州立公園や国立公園が数多くあり、そ れらを訪れるのは人気のある休暇の過ごし方だと環境学の授業の教授との雑談で知り、またHungry Mother State Parkのある町の人々も公園のことをとても誇りに思っているようです。しかし、公園の管理をしている方から、実は予算も人手も不足している(その公園で は3人の常駐の職員で広大な管理をしているそうです)ために整備するのがとても大変だという話を伺いました。このように気軽に出かけてキャンプをしながら 自然に親しむことができる公営の公園が州のあちこち、国のあちこちにあるというのはアメリカの素晴らしいところだと思うので、ぜひ打開策を見つけてこれら の公園が存続していって欲しいと願っています。

また、この旅ではアメリカ人の地域による気質の違いについて観察するちょっとした機会に恵 まれました。川崎さんも書いているように、ASBはアメリカでは全国規模の組織です。そして、今回Hungry State Parkには私たちイリノイからのグループの他にマイアミにある大学からのグループも来ていて、2グループで共同作業をすることになりました。開放的で底 抜けに明るいマイアミからのグループ、イリノイグループが黙々と作業をする一方で、歌いながら・踊りながら作業をします。そして休憩時間になると、イリノ イグループが静かに体を休める一方で、マイアミからのグループは車のオーディオを大音量にして、音楽にあわせて踊り始めます。2つのグループの性格の違い にあまりにも驚いていた私ですが、州立大学に通うためにほとんどイリノイ州以外の人と(特に西海岸の人達と)接したことのなかったイリノイグループのアメ リカ人メンバー達もかなりカルチャーショックを感じたようで、毎晩夜にロッジに帰ってからイリノイグループでは延々とフロリダからのグループについての分 析が繰り広げられていました。そして、私たちイリノイグループは「イリノイでは勤勉さを重視するが、フロリダではjoy of lifeを重視する」という結論に達しました。もちろん、これを一般化することができるのかはとても疑問ですが、2つの異なる地域からのグループを比べて みるという体験は面白いものでした。

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~Black Chorus~

今学期私が始めた課外活動としてBlack Chorusがあります。これは前年度の奨学生の古川さんが奨学生レポートに書いていたのを読んだときから「是非やりたい」と心に決めていたものです。私 は実際に加わってから知ったのですが、このBlack Chorusのレベルの高さはキャンパス内だけでなく、イリノイ州全体でも定評があるようです。4月にあるKrannert CenterでのPerformanceに向けた週2回5時間の練習量、そしてなかなか歌詞を覚えられない苦労などもありましたが、本当に参加して良かっ たと言える経験になりました。

実を言うと、秋学期にできた私の友人の人種構成には偏りがありました。アジア系、白人、インド系など色々な バックグラウンドの友人がどんどん増えていったものの、なぜかAfrican Americanの友人の数が極端に少なかったのです。もちろん全体の6.1%と人数自体が少ないという事実もありますが、それでも授業や寮などの日常生 活での接点があまりにも少なく、またある授業でのディスカッション中にその授業で唯一にAfrican Americanのクラスメイトが「未だに白人と黒人の間には壁がある」という内容の話をしていたこともあり、自分とAfrican Americanの人達や文化の関わりの薄さは気になっていたことでした。Black Chorusに参加してAfrican Americanの友人と話す機会が増えたのはもちろん、キャンパス内のAfrican Americanのイベントで演奏したり、そしてキャンパスを離れて州都のスプリングフィィールドでのAfrican American Historyに関する会議で歌ったりといった機会にも恵まれました。もし、Black Chorusに参加していなかったらそのようなAfrican Americanに関するイベントの存在自体知らなかったのだろうと考えると、やはりBlack Chorusに参加してよかったと思います。

上 のような理由の他に私がBlack Chorus に参加して良かったと思うのは「歌うこと、そして指揮者であるDr. Davis の話を聞くことを通してエネルギーをもらえた」ということがあります。むしろこれが私がBlack Chorusに参加して良かったと思う最大の理由です。ブラックコーラスの歌詞の内容はJesus Christ に関する歌詞が多く、例えば“I want to be a Christian”などと直接的な歌詞もあり、無宗教の私は戸惑うこともありました。しかし、コーラスの大半の曲は神様への感謝の気持ちを歌っていて、 無宗教である私も神様を自分の周囲の人に置き換えてみると不思議ととても共感することができ、そして歌いながら毎回自分がこうしてイリノイで勉強できるこ とへの感謝の気持ちを確認していたように思います。また、このBlack Chorusの指導者・指揮者であると同時に歌手、教授としても活躍中のDr. Davisの彼女が今まで辿ってきたキャリアに基づいた話はどれも日常生活・人生の中で大事にしたいと思うことばかりで、歌うことと合わせて私は練習後に は毎回パワーを得たような気分で帰り道を歩いていました。

来年はBlack Chorusの30周年ということで、ますますコーラス自体 も盛り上げていくようです。メンバーとしてその場にいられないのは残念ですが、日本からBlack Chorusの発展を祈り、いつか機会があればPerformanceを聞きにイリノイに戻ってきたいと思います。

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このレポートを書いて いる今、私の留学生活は限りなく終わりに近づいています。詳しくは最終レポートでお伝えしたいと思いますが、この1年間を通して本当に色々な経験をさせて いただき、多くのことを学ぶことができたように思います。このような機会を与えてくださったJICの皆様、サポートしてくれた家族、そして他の3人の奨学 生をはじめとした友人達へ改めて感謝したいと思います。

5月13日 中根 純香

写真1:キャンパスで発見したソメイヨシノ。やはり日本人の私にとって桜は特別です。
写真2:春休みのボランティア旅行。バージニア州で一番高い山の頂上での集合写真です。
写真3:Black ChorusのKrannert CenterでのPerformance。
写真4::友達とのFarewell Dinner にて。

白水美佳さんの奨学生レポート

現在イリノイ大学に留学中の白水美佳さんからレポートが届きました!!

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JICの皆様:

おかわりありませんでしょうか?第三回目の奨学生レポートを遅ればせながらお届けします。3月末から4月になってからの気 候の変化はあっという間で、写真の風景も今では花の時期が過ぎて新緑の季節というところです。こちらではさすがに梅桜というわけではありませんが、違った 形で春の訪れが感じられるのもなかなかよいものでした。Quadの芝生が日に日に緑濃くなっていく様子、名前がわからないのですがピンクや白の花が咲く植 木、またタンポポの黄色と白が芝生によく映えるのも、そこにリスや(たまにはウサギも)みかけるのもかわいらしく思えました。しかし私のお気に入りは実は 早朝です。8時のクラスにいくときの空気が「春のにおい」がするのです―、この頃はそれも「夏のにおい」にかわってきました。

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今回まずご報告したいことは、イリノイ大学での学期はもうすぐ(5/12)で終わるものの、その後3ヶ月あまり更にアメリカでインターンシップをすること が決まったことです。シカゴ郊外にあるColor Change Corporationという化学会社で、Synthesis Chemistとしてのポジションで、ラボスケールでの有機合成を主にすることになります。日本では大学の夏休み期間がアメリカより短いこともあり、また 制度の導入自体が比較的近年であることもあって、本格的なインターンシップで実社会での経験をつむ機会はなかなかないのが現状です。なので、夏にインター ンを、というのは留学当初からの希望でした。ほぼ一年間を通じてポジション探しをしたのですが、日本での就職活動すら全く経験のない私にとって、 competitiveなアメリカでのインターン探しはスムーズなものでは決してありませんでした。まして中にはUS市民権・永住権を(公式にあるいは非 公式に)要求する企業も多数あり、それは本当にもどかしいものでした。魅力的な仕事に相当の時間を費やして応募しても結局何度となく不採用。レジュメやカ バーレターの書き方からインタビュー、キャリアフェアでの対話、しかし試行錯誤しながら少しずつ身につけていったと自分でも思います。前回のレポートでも 紹介させていただいたように私は食品科学などに興味があるので、第一希望は食品分野での研究開発などではあったのですが、そのような職自体が少ないことも あって、これは見つけることが出来ませんでした。しかしながら、結果として専攻である化学の分野で、直接今までのスキルを活かして働ける道を切り開けたこ とには満足しています。また化学会社といっても食品添加物などを扱うプロジェクトもあるということなので、できればそれらにも携われるよう、今希望を出し ているところです。

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このインターンシップに伴って私の帰国は他の皆さんより遅く8月末になります。その頃はもう今年度の奨学生の方がイリノイにこられるのでしょうか。「夏休 みにインターンシップをする」というと「少し遅れて帰ってくるんだね」という感じがしますが、もともと9ヶ月間だった滞在期間が12ヶ月に延びたと思う と、あるいは1学期が4ヶ月ほどだったことを考えると、まだ今まで過ごしてきた分の1/3もある―、まだまだいろいろなことができるような気がします。ま して同じイリノイとはいえキャンパスとは違う新しい市で、また会社という全く別のコミュニティで、自分のプロジェクトに責任をもつという今までしたことの ないタスクを負い、はじめて(一時的ですが)自活する。新しい環境で、どこまで新しいことが吸収できるか。不安がないわけではありませんが楽しみです。

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インターンをするにあたって、唯一ネックだったのはリロケーションでした。キャンパスから一歩外に出るとアメリカは車社会、特に郊外地域などはどこに行く にも車で行くのが当たり前のように作られています。加えて郊外には普通家族向けの家が多いため、キャンパスのようにそうそう条件のいいアパートがあるかも 疑問でした。実際的にどこに住み、どうやって会社まで行くのか。-これが問題なく解決したのですが、そのストーリーが自身興味深く思えるので、少しご紹介 したいと思います。

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上記のようなことを相談したところ、Color Change Corporationの、私の採用を担当してくれたTimさんの妹さん(Robiさん)家族がたまたま会社の近く(自転車でいける距離)に住んでいて、 そしてRobiさんはたまたま日本にかなり興味があるということで、私に是非一緒に住まないかと言ってくれたのです。(ホストファミリーのような形)聞い てみると、RobiさんはIllinois State Universityで日本語を専攻し、卒業後はアメリカの会社の静岡にある日本支社で2年間ほど働いていたそうです。1,3,5歳になる子供さんたちに はバイリンガル・ジャパニーズを教えているということでもありました。普通のアパート探しが難しそうだった上、一般のアメリカの家庭に3ヶ月間も入れても らえるということはむしろ願ってもないよい経験だと思い、すぐにお願いすることにしました。

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この件を通じて思ったことは、本当に日本に興味を持っている人は多いのだということです。私の寮の友達にも、日本語を勉強している人などはたくさんいます し、アニメや音楽などのポピュラーカルチャーのレベルで日本が好き、という人は更に多いと思います。先日(4/8)には日本館のオープンハウスに参加させ ていただいたのですが、アメリカの学生やコミュニティの人たちによる活花の展示、デモンストレーション、お茶会。当日一緒に行った友達たちも、何らかのク ラスをそこでとったことがあるという人が半数でした。これらは「典型的」な日本文化で、現在の日本の文化がそれだけではないとは思いますが、そこにある精 神を学ぶことには意義がある―、とは日本館館長郡司先生の談で、なるほどと思いました。

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外国にいるほうが日本のことを発見することが多いのかもしれません。そして大学内でもまた社会でも、アメリカではいろいろな文化に特化した Organizationがあるのも(例えばIndian student association, Latino student association, Malaysian student association, 等々)最初は少し驚いたのですが、今ならわかる気がします。多文化社会だからこそ、それぞれのアイデンティティに関する意識が高く、失わないようにしよう としているのではないでしょうか。例えばインドの伝統的な曲をダンスと一緒に現代風にアレンジして披露するというあるキャンパス内のグループは、彼らは全 員「アメリカン」だけれども「ルーツはインド」なのだ、といっていました。また寮の友達がふとしたときに口にしたことも印象に残っています。彼は Jewishだけれども東アジアの文化などが素晴らしいと思って勉強している/武術などを習っている、という哲学科の人です。私が日本から来たというと、 ’you have really unique culture in your country. You MUST NOT SELL it’ ―というような内容のことを言われました。「売っちゃだめだ」―そういわれると、考えさせられます。「文化」とは何で「アイデンティティ」とは何なのか? それは複雑すぎてまだつかめませんが、とりあえず「外」から眺めてみるのはいいアイディアかもしれません。

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まだインターンシップはするものの、9ヶ月のオフィシャルな「留学」期間は終わろうとしています。近頃、大学で新年度が始まったのにあわせて、新しい学科 長の先生や実験担当の先生方に一応秋から戻ってくるということを連絡取らせて頂いたところ、事務的な手続きなど全て引継ぎ済みなので安心して戻ってきてく ださい、とのお返事を頂くことができました。今更ながら急に改めて、この留学がいろいろな人に支えられているのだなあと実感したものでした。ユニークなこ とばかり手をだし、ずっと飛び回っていたような9ヶ月間で、よく言えば活動的ですが悪く言えば半ば突飛な私をそれでも許してくださる周りの方々がいてこ そ、ここまでいろいろなことが出来てきたと思います。JICの皆様、東京大学関係者各位、家族と友人に再度感謝します―、そしてもうしばらくよろしくお願 いします。

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写真1,2,3: キャンパスの様子です。撮影日4/7で、今はもっと暖かくなっています。
4,5,6: 4/8 日本館オープンハウスでの様子です。
7: 一年間続けたKrannert Centerでのボランティアアッシャーも先週で最後となりました。
8,9,10: 三月に春休みが一週間あったので、ドイツとオーストリアに友達を訪ねて旅行してきたときの写真です。ヨーロッパはさすがに町並みが独特で美しいと思いました。

東京大学理学部化学科三年
白水 美佳

甲田小百合さんの奨学生レポート

05年度の奨学生の甲田さんから奨学生レポートが届きました!!

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ICの皆様、大変ご無沙汰しております。4月中旬から帰国前日までレポートや学期末試験に追われる毎日が続き、本来帰国前に送るべきレポートが帰国後に なってしまい、本当に大変申し訳ありません。(無事16日に日本に帰国いたしました。)このように大変レポートを書くのが遅くなってしまったため、今回と 次回のレポートで、恐縮ながら私の留学生活の総括をお伝えできればと考えております。次回のレポートでは、クラスメイトとのシカゴ旅行やカナダへの一人 旅、そして中学校でのボランティア等、授業以外のことをテーマにお話できればと考えておりますが、今回のレポートでは、様々な機会を通じて、アメリカに来 て改めて感じさせられた「日本」「日本人」について触れたいと思います。

授業を通じて
① Political Science 355日本政治
この授業では、主に明治維新後の政治を、日本の経済・社会の視点と絡ませながら勉強しました。なぜアメリカに来て日本政治を勉強するのか?と、正直自分自身履修する前に自問していましたが、最終的にこの授業をとろうと決めた大きな理由は、客観的に日本の政治について概観してみたいと思ったからです。また、アメリカ人が日本
に対してどんなイメージを持っているのかを感じ取るいい機会になるのではないかとも思いました。そして今この授業の履修を終えて、これら二つのどちらも達成できたように思います。

まず後者につきましては、授業中、教授の質問に対してある学生が答えた言葉が印象的でした。「世界第二位の経済大国は?」「(即座に)中国。」・・・中国の飛躍的経済成長を考慮に入れたとしても、正直即座にそう答えられたときは、きっと日本という答えが出るだろうと無意識に期待していた私はかなりの衝撃を受けました。勿論この生徒がアメリカ人全員を代表しているわけではありませんし、また確かにニュースを見ていると中国の情報がとても盛んに流れているのでこういった答えが出るのもうなずけなくはないのですが、しかしこの時、常識というレベルの曖昧さを強く理解しました。また、その回答を聞いてショックを受けた自分自身に驚いたのも事実です。実はなぜショックを受けたのか最初はよくわかりませんでした。でも違う国にいることで気づかない間に日本のことを誇りに思っていたことがなんとなくわかってきました。

そして前者につきましては、ずっと与党がかわらない日本政治をはたして民主主義と呼べるのか、なぜ日本経済は戦後飛躍的に成長しそしてその後長い不況から抜け出せずにいるのか、また日本の戦後政治に一貫して影響を与えている文化的側面は何か、等非常に面白い切り口から授業を聞き、参考文献を読み、本当にとても勉強になりま
した。この授業を通じて、日本の政治について全体像をつかめるようになり、今まで断片的だった知識がまとまり、自分の意見をある程度持てるようになったように思います。そして早速それを実践の場で生かせるときがありました。4月上旬友達と車でアイオワに行った時のことです。道中、友達の韓国人と、ひょんなことから政治問題・戦後補償問題・教育問題などを話すことになりました。おそらく今までの私だったらあの時相手の話をだまって聞くことしかできなかったように思います。しかし、この授業を通じて得た知識を使って、自分なりの意見をはっきり言えるようになっていました。もちろん他の国から来た友達の意見も尊重すべきですが、それには自分はそうした問題についてどう思うのかという基盤が大切であるように思います。その基盤がある程度確立できたという意味で、この授業をとった意義は非常に大きいと感じています。

また、この授業を通じて本当にとても仲のいい友達ができました。アメリカ人の男性とシンガポール人の女性です。学期中3回レポートを提出する機会があったのですが、その度に一緒に勉強し切磋琢磨しあえた友達です。(あとからわかったのですが、アメリカ人の男の子は政府の奨学金を得て今年日本に留学する予定で、またシンガポール人の女の子は大学の上位3%の成績をもっているなど、とても優秀な友達と一緒に勉強することができ、本当にいろいろなことを学びました。)実はこの友達と春休み中シカゴに遊びに行き、アメリカ人の友達の自宅にお邪魔することができましたので、次回はこのことについてお話できたらと思っております。

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② East Asian Language and Culture 135 中国・韓国・日本の文化と歴史
この授業は、新石器時代から近世あ たりまでの東アジアの国々の歴史と文化の交流・影響を概観するといったものでした。この授業は東アジアについてほとんど学んだことがない生徒を主な対象と しているので、一つ一つの内容を見れば私はどれも高校で基本は習ったことのあるものばかりです。しかし、それぞれ別々に勉強したためそれらのつながりはど うなのかといった意識は薄く、この授業を通じて新しい視点を得ることができ、その意義はとても大きかったです。例えば、この授業では朝鮮半島から渡ってき た人たちを日本人の祖先としてとらえていましたが、はたして日本でこのように教わるものなのでしょうか。渡来人という用語や、その日本に与えた影響等は勉 強するにしても、少なくとも私の中で渡来人が日本人の祖先だととらえたことはありませんでした。同じ内容であっても視点が変わるとこうも意識が変わるもの なのかと実感しました。

また、この授業の中で何より勉強になったのが神道についてです。私はアメリカで生活している間、「Do you believe in any religion? 宗教は何か信じていますか?」と聞かれると、決まって「No, I don’t believe in any religion.」と答えていました。そして「宗教」という言葉にどことなく抵抗感があるためのこのような回答は、私だけではなく、多くの日本人が好むようです。しかし、海外では広く「Shinto」という言葉が知れ渡っており、それは日本特有の「宗教」と理解されています。私は最初この話を聞いたとき、ものすごく抵抗を受けました。別に私は特別な宗教を信じてるわけではないのに・・・と。しかしこれは日本人の「religion宗教」の概念が外国からみた概念と若干異なることによる結果なのだそうです。つまり、英語では神道を分類するいい言葉がないようで、「religion」というしかないということでした。確かによくよく考えてみれば、たとえば教会のように、どこでも徒歩10分以内のところに大抵神社はありますし、何か不運が続けばちょっとお参りにでも行こうかなという気にもなります。そして相撲や折り紙も皆神道と関係しているということです。こうした事実を客観的に見れば、海外で神道は日本の宗教だと言われるのも納得できます。ただ、その授業で強調していたのは、神道は文化と深くつながっているため、日本人にとって神道は宗教というふうにはとらえられていない、ということでした。まさにその通りで、神道についてはあまりに身近すぎて今まで考えたこともなかったため、客観的に学ぶことで非常に有意義な視点を得られたように思います。

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Japanese Coffee Hourを通じて

さて最後になりますが、川崎さんが少しお伝えしてくれたJapanese Coffee Hourについて私からより詳しく皆さんにご紹介できればと思います。(写真はその時の模様です。)2月16日木曜日。毎週木曜は私の住んでいたコスモで Coffee Hourが行われていますが、この日は私達にとっては特別でした。去年の10月からJICの留学生私達4人とICU(国際基督教大学)から同じく1年留学で来ていた日本人留学生を中心に着々と準備を進め、ついにやってきた日だったからです。川崎さんと中根さんは主に日本の文化を紹介するプレゼン担当、白水さんとICUの留学生は食事を担当、そして私は、コスモに住んでいたということもあり一番場所の勝手がわかっている(はずな)ので、準備・当日を含め、全体をとりしきる仕事を担当しました。どういった食事を作れば日本の味を伝えつつ皆が喜んでもらえるか、日本の文化を紹介するには何を取り上げればいいか等、いざ考え始めると簡単そうに思えたことが意外と奥が深いことに気づきました。あまり自分達の意見を重視しすぎるととても偏った日本を紹介しかねませんし、しかし、かといっていかにもどこでも聞ける・食べられるようなありきたりの日本文化の紹介もしたくない・・・。数ヶ月間、時間をうまくやりくりして定期的に皆で集まり相談していましたが、本番になるまで不安でいっぱいでした。

しかし、当日は宣伝効果もあってかコスモはいつもの倍以上(軽く100人はいたと思います。)のお客さんで埋まり、文字通り歩くのも息をするのもままならない状態でした。昨年9月からほぼ毎週Coffee Hourに参加してきましたが、このときが今までで一番混雑しており、熱気にあふれていたように思います!提供したものは、おに
ぎり・ほうれん草のごまあえ・豚肉のしょうが焼き・肉じゃが・お好み焼き・水羊羹です。お好み焼きは作り方の実演もしました。通常のCoffee Hourよりも品数・分量ともにかなり多かったのですが、それを上回る参加者のため、1時間もしないうちになくなってしまいました。また、プレゼンでは日本に関する基本知識、日本人の有名人等の紹介に加えて、中根さん・川崎さんがカタカナ英語講座を開き、これがまた大好評でした。準備を地道に続け、練りに練った上での当日であっただけに、5人ともパーティーが終わったあとはやり遂げた充実感とその成功に大満足でした。

なお、私は準備期間中、当日の人手の手配と材料の寄付集めを担当していました。特に寄付をもらいに何件もお店を回ったことはとても良い経験になりました。どのような内容・話し方をすれば寄付をもらえるのか、といったことを身をもって体験できたからです。これは語学力の問題だけではなく、コミュニケーション能力、説得力等がむしろ大いに必要となります。日本語でも寄付を募るというのはなかなか難しいと思うのですが、それを英語でなんとかやり切れたことで一つの自信となりました。

このように、今学期は様々な機会を通じて日本のことを改めて感じなおすことができ、本当に貴重な経験ができました。改めてこのような機会を与えてくださったJICの皆様に感謝の気持ちでいっぱいです。これから就職活動が始まり、また忙しい毎日が待っていますが、この留学中に得た新しい視点・考え方・経験を生かして頑張っていきたいと思っています。

近日中にお送りします次回のレポートで最後となりますが、次回は旅行やボランティアを通じて感じたことを中心にお伝えしようと考えております。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

一橋大学
甲田小百合

川崎藍さんの奨学生レポート

現在イリノイ大学に留学中の川崎藍さんからのレポートです!!

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待ち遠しかったお花の季節はあっという間に終わり、キャンパスは今新緑に包まれています。フリスビーや読書、日光浴をする学生で再び賑やかになった Quadを通り過ぎるたびに(写真1)、昨年八月に来た当初のことが思い出され、つくづく時が経つのは早いと実感させられます。さて、今回のレポートでは 授業、春休みについてお伝えしていきます。

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*授業について*

より具体的で、刺激のある授業

今学期はIntro Food Science & Nutrition (FSHN101), Medicinal Plants and Herbology (HORT180), Statistics (STAT100), Public Speaking (SPCM101), Concert Band II (MUS 272) の計13単位を受講しています。

先学期も含めてこちらの大学の授業について感じたことをお話したいと思います。それはどれも実 社会との結びつきを重視した内容だということです。100番台のintroductionのクラスはもちろんのこと、400番台の生物の授業にも言えるの は、授業で習うのが教科書に書かれている理論だけではなく、それが身近なところではどのように応用されているのかにも深く触れているということ。

た とえば先学期のCell Structure and Function (MCB400)では、前半に基本的な細胞間シグナル伝達の仕組みを学び、後半はそれが実際どのように働いているのか、具体的な症例(sleeping disorderや白血病など)を学びました。週に一回のディスカッションのクラスでは、その週に扱った症例の論文を探してきてgroup presentationをします。私は、日本では理論生物学を中心に学んできたのですが、あまりに漠然としていて自分の興味を絞れずにいました。このよ うな授業がもっと多くなれば、日本でも学生が自分のキャリアをより具体的にイメージできるようになるのではないでしょうか。日本に比 べ、(Undergradを含め)大学で学んだことがより直接的に将来の仕事につながるというのも、このような授業をより活発にしている一因だと思いま す。

また今学期受講しているクラスでは、Public Speakingがいい例でしょう。他にも多くの奨学生がこのクラスの魅力を十分に語ってくれているので、内容についてはそちらをご覧ください。
さ て、このクラスでインストラクターが毎回強調しているのは、”What you are learning in this class is not only for in the class. You can apply those skills in many situations in your real life.”とい
ことです。この言葉は私がUIUCで受講してきた他の授業にもよくあてはまることで、それが授業をより刺激的な、面白いものにしてくれているのだと思います。

私 の場合、“the situation in the real life”とは、二月にCosmopolitan Clubで行われたJapanese Coffee Hourでの日本を紹介するプレゼンテーションのことでした。(Coffee Hour はおかげさまで大成功を収めることが出来ました。詳しくは甲田さんがお話してくれるはずです!)このイベントでは各国の料理とプレゼンテーションがメイン なのですが、これまで数々の国のCoffee Hourに参加した結果、このプレゼンの良し悪しがイベントの成功を大きく左右するという分析に至りました。そのためプレゼンが始まる直前まで、日本代表 (少し大袈裟?)という大役を私が引き受けていいものだろうかと、不安な気持ちでいっぱいでした。ところが始まってみると、意外にも観客の反応を楽しみな がらスピーチをしている自分がいました。日本語でもあんな大勢を前に話したことなどなかったのですが、今ではスピーチ中の程よい緊張感、笑いをとれた時の なんともいえない気分、そして話し終わったときの爽快感など、人前でスピーチをすることにある種の快感を覚えています。Public speakingのクラスがどれだけ偉大だったかがおわかりいただけたのではないでしょうか。

ちなみに肝心のプレゼン内容ですが、あるお客さんから「これまでも日本に興味があったけど、今日のプレゼンは今まで知らなかった日本の一面に触れていてとてもよかったよ。」というコメントをいただき、この役を引き受けて本当によかったなと感じています。(写真2)

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“Don’t be afraid of making a mistake”

Concert Band IIは、音楽が専攻じゃなくても受講できると聞いて先学期から楽しみにしていたクラスです。オーディションがなく、各自が希望の楽器を演奏できるというま さに”class for fun”。そのおかげで私のパートであるAlto Saxが異例の10人(通常2~4人)というアンバランスなバンドが出来上がりました。しかし”for fun”といっても、週に三回練習し、学期の最後にはKrannertの一番大きなホールでコンサートをさせてもらえたのですから、けっこう本格的です。

私 は中学時代吹奏楽部に所属していたのですが、当時は指揮者が恐くてびくびくしながら演奏していたのを覚えています。そんな私に、音楽はまず楽しいものなの だ、ということを教えたのがこのクラスでした。勉強の気分転換にととったのですが、素晴らしい指揮者に恵まれ、彼らからいろいろなことを学ぶことができま した。特に印象的だったのが、コンサート直前のリハーサルで指揮者のTimが全員に向けて言った言葉。「バッターボックスで見逃し三振するのでは、野球を 本当に楽しむことができない。空振りでもいいから、思いっきり振り切ったほうが数倍気持ちいい、“don’t be afraid of making a mistake, there is nothing wrong about making a mistake. Rather have fun!”」この考え方は、音楽だけじゃなくこれからいろんなことに挑戦するに当たって、心にとめておきたいと思いました。コンサート当日はたくさんの友 達が観にきてくれ、楽しく演奏をすることができ、とても満足しています。

*春休み ~Alternative Spring Break~*

Native American Issues

3 月の下旬には一週間の春休みがあり、私はYMCAが企画するAlternative Spring Breakという泊りがけのボランティアプログラムに参加しました。後から知ったのですが、これはアメリカの学生の間ではかなり有名なプログラムで、全米 では1000校が参加しています(なんとあのMTVもプロモーションに参加しているようです)。簡単に説明すると、春や秋などの短期休暇を利用して、ボラ ンティア活動をしようという学生によるプログラムです。内容はNYでのホームレス体験といったユニークなものから、ハリケーンKatrinaの被災地救済 までバラエティーに富んでいて、学生によるプログラムといえどもよく計画されているなという印象を受けました。

15個以上あるプログラム の中で私が選んだのはNative American Issues in South Dakotaです。前回のレポートでお伝えしたアムトラックの旅での経験があったため、これだ!と思い選考に通って喜んでいたのですが・・・”I’m going to go to South Dakota for the spring break.” というたびに返ってくる反応は決まって「そんなところにわざわざ何しにいくの?」といったものでした。そうなんです、行き先を気にせずに応募したものの、 South Dakotaには何もないんです・・・とうもろこし畑しかないと散々言われているChampaignが、何倍にぎやかだと感じたことか。しかもイリノイよ りも北に位置するため、その時期でもまだ雪が降っているというのです。

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し かし、結果的にはこれまでの留学生活で最高の体験となりました。一緒に過ごした10人の仲間、現地で温かく迎えてくれた人たち、そして現地の人が熱く語っ てくれたNative Americanの文化と歴史。どれもすばらしい思い出です。特に20時間以上のドライブを共にし、一緒に子供たちと戦った(といっても雪合戦で)メン バーの結束は強く、プログラムから帰った後も思い出話をしては盛り上がっています(写真3,4)。

具 体的には、Reservationと呼ばれるNative American が生活する地域のYMCAに泊り込み、放課後に遊びに来る子供たちの世話をしたり(なかには親がアルコール中毒だったりと問題を抱えている子供も多く、 YMCAは彼らにとって貴重な場所です)、YMCAに寄付された服の仕分けをしたりしました。このプログラムの優れているところは、単に仕事をするだけで なく、そこで起こっている社会問題についても学ぶことができることです。Native Americanのコミュニティーが抱える問題は、生活水準が低く(基本的に彼らは資源に乏しく気候の厳しい土地に追いやられた形なので)、貧困やそれに 付随する犯罪など、また彼らによる政府はあるものの、アメリカ政府の傘下にあるため事実上はアメリカの法律が適応され、治外法権が認められていないという こと、などです。アメリカ人であるほかのメンバーもこの事実をきちんと知らなかったこと、そしてそれは日本が抱える問題にもあてはまることだと、いろいろ 考えさせられました。

ボランティアの力

ところで、このプログラムをはじめとし、アメリカ社会の大きな魅力のひと つは、地元を基盤にしたボランティアが盛んだということです。留学生向けの活動も、多くがボランティアによって支えられています。例えば、私たちの多くが お世話になった無料の英会話教室も、全て地域の人や学生によって開かれています。また、学生がボランティアのためにQuadで募金活動をしている姿もよく 見受けられます。

日本でも課外活動の一環で何度かボランティア活動をしたことはありましたが、奉仕という訳語も奏してか、どうしても義務 感が伴っていました。ところがこちらでは、ボランティアをする側も、その体験で何か得ることを期待して参加しているのです。退職した年配の方が、楽しみの ためにやっていたり、学生が自分の社会経験を豊かにするために参加していたり。やる側と受ける側の相互利益という理想の形が成り立って、日本でもこのよう なシステムがもっと盛んになったらいいなと思いました。そしてこちらで自分がお世話になった分、帰国後私も何かできたらと今から考えています。

* 終わりに*

先 日JIC理事の堂山先生とキャンパスでお会いする機会がありました。先生が戦後間もない頃にアメリカに留学されたときは、日本からは$20しか持ち出せな かったそうです(物価は今とそんなに変わらないのにもかかわらず)。RAをしつつ、自炊をしながら勉強していたとか。インターネットを使えば無料で日本の 家族と話が出来る時代に、奨学金をいただいて留学しているのにも関わらず、多少の不便に文句を言っていた自分が少し恥ずかしくなりました。残り一ヶ月を切 りましたが、初心を忘れずに、できるかぎりの多くの体験をして帰国したいと思います。

ファイナル後は、卒業式、Farewell party、そしてナイアガラの滝、カナダへの旅行など、まだまだ楽しいことが盛りだくさんですので、次回のレポートもどうぞご期待ください。

このような恵まれた環境での留学をサポートしてくださっているJICの皆様、家族への感謝をこめて。

2006年5月8日
川崎 藍

 

中根純香さんの奨学生レポート

2005年度奨学生の1月のレポートの最後を飾るのは中根純香さんです。授業準備のための睡眠不足、休暇に旅行、そしてよい友人関係。イリノイで過ごした人ならどれも懐かしく、共感を覚えるのではないでしょうか? それでは中根さんのレポートをお楽しみください。

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JICの皆様、いかがお過ごしでしょうか。おかげさまで私は風邪一つひかずに順調な新学期のスタートを切ることができました。インターネットのニュースな どで今年の日本の冬の厳しさを耳にしますが、こちらシャンペーンでは昼間は気温も0度を下回ることがなくアメリカ人の友人達によると今年は「異常な暖冬」 なようです。話に聞いていた厳しい寒さを今のところ体験せずにすんでいることにほっとする反面、分厚いコートや雪用の靴などを用意して冬への準備も万端 だったため拍子抜けした感もあります。
前回のレポートをお届けしてから既に4ヶ月近くが経ち、その間に色々なことを体験し何をお知らせしようかと悩みますが、今回は<授業><休暇><友人>についてお知らせしたいと思います。

+授業+
先学期を振り返ってみると、常にレポートや試験そして日々の予習に追われていたような気がします。特にファイナルの時期などは夜に眠っていても夢にまで教 科書が出てきて、友達に「睡眠学習だ」とからかわれる有様でした。ただどのクラスも内容が面白く、自分の興味にある分野だったので勉強が苦になることは全 く無く、必死になって勉強したのは久しぶりだったので逆に新鮮で楽しい時間になりました。
前回のレポートでもPublic Speakingのクラスについてお話しましたが、結局先学期を通してこの授業が一番「取ってよかった」という実感のある授業になりました。スピーチを書 くためのリサーチ、スピーチを書き上げる過程、そして実際にクラスでスピーチをするための練習、などどのプロセスをとっても最後まで悪戦苦闘していました が、それらが「読む」「書く」「話す」といった総合的な英語力の向上に役立ったように思います。毎回自分のスピーチのビデオを見ては反省することの連続で したが、その甲斐があってか学期の最後にはクラスメイトの投票による「Most Improved Speaker」 の賞(賞品のチョコレートバー付き!)を頂き少し自信もつきました。一般にアメリカ人は人前で話すことが得意だと言われていますが、最初のころは緊張した りスピーチの途中で黙り込んだりしていたアメリカ人のクラスメイト達が回を追うことにプレゼンテーションの腕を上げていくのを見て、アメリカ人も決して生 まれつき人前で話すのが得意なわけではなく、このようなトレーニングを通して慣れていくのだということを実感しました。ただ、アメリカ人のクラスメイト達 がどのスピーチにも上手にユーモアを取り入れて笑いを誘っていたのには驚かされました。「ユーモアのあるプレゼンテーション」がこれからの私の課題になり そうです。
現在は新学期が始まって既に3週間が経っていますが、今学期は運良く希望していた授業全てに登録することができました。 Environmental Economics(ECON210), Tomorrow’s Environment(ENVST336), Computer Science for non-tech students(CS105)、Cooperate Finance(FIN 221), Business French(FR486)の5つです。CS105は「せっかくComputer Science で有名なイリノイ大学に留学しているのだから1つくらい授業を取ってみよう」と思い履修したのですが、ホームページを作ったり、これからの授業ではプログ ラミングをしたりと私にとってはかなり発展的で新鮮な体験になりそうです。これを機にコンピューター音痴を治すことができたら、と思っています。その他に も日本での専攻であるフランス語を再開するなど、盛りだくさんな授業内容になりそうですが今学期が最後の学期になるのでできるだけ多くのことを吸収できる ように全力で取り組みたいと思います。

 

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+休暇+
課題に追われる学期中と比べてThanksgiving breakやWinter breakなどの休暇は文句なしにひたすら楽しいもので良いリフレッシュになりました。
Thanksgiving Breakには日本の大学でのサークル仲間を訪ねてカナダのバンクーバーに旅行してきました。アメリカの国内線・バスでのカナダへの国境越えなど初めての ことが多く不安もありましたが、無事にバンクーバーで良い時間を過ごすことができました。その後、シアトルでイリノイでのESLのクラスメイトに合流して 彼女の友人の台湾とアメリカ人の夫婦にシアトルを案内してもらい、シカゴで他の交換留学生達とも合流してアメリカ一番のショッピングシーズンであるという Thanksgiving後のセールを体験して(ショッピングシーズンと言ってもやはり日本のバーゲンの迫力にはかないませんでした)キャンパスに戻って くるという充実した1週間を過ごしました。
そして、ファイナルの後のWinter breakには試験からの開放感も覚めやらぬまま川崎さんと一緒にメキシコのVilla Hermosaという都市に出発しました。現地でUIUCの友達2人と合流し、そのうちの1人の親戚の家にお世話になりました。その親戚一家がとても暖か くもてなしてくれたこと、そして長年の念願だったマヤ遺跡を実際に見ることができたことなど思い出深い旅です。

 

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その後、日本から訪ねてきた両親 とクリスマスをニューヨークで過ごし、シカゴ、シャンペーンと旅をし、新年には日本に帰国しました。日本では卒論を終え後は卒業を待つのみとなった同学年 の友人達が4月からの仕事について話すのを眩しく感じた一方で、私は自分で選んだアメリカ留学という道で自分なりに成長できるように努力しようと改めて決 意しました。
とても充実したThanksgiving休暇と冬休みでしたが、それと同時に周囲の色々な人の優しさを感じた期間でもありました。 Thanksgivingにシアトルを案内してくれたESLの友人の友人夫婦、Winter Breakのメキシコで私たちの訪問を歓迎してくれた友達の親戚一家、両親がシャンペーンに来た際に大雨の中を車でキャンパスを案内してくれたホストファ ミリーなど、本当に周囲の人々のフレンドリーさと有難さを感じ、自分もそのようなホスピタリティーの精神を持ちたいと思いました。

+友人+
先学期を振り返って、1学期の間に得たものは色々とありますがその中でも友人は私の生活の中で欠かせないものです。先学期を通して出身地も様々、交換留学 生や正規の学生など立場も様々な友人が数多くできたのはとても幸せなことです。実は留学前に私は「ちゃんと友達ができるのだろうか」などと不安に思ってい ましたが、そんな心配は全くの杞憂だったことがすぐに分かりました。寮の食堂やパーティーなどで、どんどん交友関係が広がっていき、他愛の無い話から真面 目な話まで様々な話をして多様なものの考え方にふれることができるのは素晴らしいことです。一方で、友人の輪がどんどん広がっていくのと同様に私にとって 嬉しいことは「自分の居場所」とも言えるような、とても仲の良い友達が何人かできたことです。一緒に料理をしたり、勉強をしたり、そんな友人達のおかげで 特にイベントがなくても何気ない日常を楽しいと感じることができています。

先学期の末には一学期間だけの交換留学の友達が何人かUIUCを去っ てしまい、彼らにもうキャンパスで会うことができないことに少し寂しさも感じますが、その中の1人が別れ際に冗談めかして“See you on-line!”と言っていたように今はインターネットなどで連絡も容易に取れる時代なので、連絡を取り続けていつか彼らを訪ねて色々な国を旅行できる ことを楽しみにしています。一方で新学期になってからは、先学期に住んでいたIllini Towerから院生用のSherman Hallに移ったこともあり、これからまた色々な人と出会えるのが楽しみです。
ちょうど1年前の今頃に奨学生としてイリノイ大学に留学できるこ とが決定して期待に胸を膨らませていましたが、その時の期待以上に幸せな充実した時間を過ごして実感しています。このような素晴らしい機会を与えてくだ さったJICの皆様に感謝すると同時に残りの4ヶ月弱を今まで以上に充実したものにできるよう努力していきたいと思います。

写真)①Illini Towerと秋の紅葉 ②Halloween Party にて ③ホストファミリーのお宅でのクリスマスツリーの飾りつけ

川崎藍さんの奨学生レポート

1月の奨学生レポート第3弾は川崎藍さんです。
体調を崩すなどの不運にもめげず、アメリカ大陸を鉄道で旅行したり、新しい交友関係をどんどん開拓したりと積極的に留学生活に挑む川崎さんのレポートをお楽しみください。

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異例の寒さを記録した日本の冬とは対照的に、今年に入ってからというもののシャンペーンは比較的穏やかな気候が続いています。12月の、寒いを通り越して 痛いという表現がぴったりなあの天気が嘘のようです。寒さが本格的になると聞いていた1月も終わり、このままではせっかく準備したスノーブーツや帽子が活 躍しないまま春になってしまうのかと思うと少し寂しい気もします。
さて、今回のレポートでは、先学期から冬休みにかけて起こった、精神的そしてそれを取り巻く環境の大きな転換を中心にお伝えしたいと思います。

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*前学期を振り返って*

前回のレポート後、thanksgivingが終わるとファイナルの準備に突入し、相変わらず毎日が慌しく過ぎ ていきました。そしてこの期間は、私にとって勉強に限らず苦しいことの多い時期でもありました。というのも、視野を広げるという目的のもと、こちらに着い てからとにかく手当たり次第手を出してきたのですが、なかなかペースをつかめずに、自分がここで何をしたいのかを見つけるのにとても苦戦しました。今振り 返ってみると、こうして自分自身を見つめなおし、本当にやりたいことは何なのかを真剣に考えるいい機会だったのですが。10月のはじめ頃に体調を崩してし まったのもペースが崩れてしまった原因のひとつです。休んで早く治さなくてはという気持ちと、一方で課題は容赦なくたまっていき焦る気持ち。体が資本とは このことだとまさに身をもって実感しました。ちなみに当初日本から持ってきた風邪薬を飲んでいたのですが、一週間たっても症状は改善しません。おかしいな と思いMcKinley(学校の保健センター)に行ったところウィルス性の風邪とのことで、抗生物質を処方してもらいなんとか回復しました。(この頃キャ ンパス内でも風邪が大流行していて、McKinleyの予約は二日先までいっぱいになるほどでした。ユニオンでは風邪薬キットが配布されるほど!)日本に いるときは安静にしていれば治るような風邪でも、環境も違い、思っている以上に体がストレスを感じていることもあるので(もしかしたらウィルスの種類も違 うかも?)、無理せずに早めに診察してもらうことをお勧めします。アメリカの薬は強すぎるといいますが、服用頻度下げることで私には特に問題はありません でした。

そんな状態でも友達や家族に支えられ、なんとか無事にファイナルを終えることができました。そしてその後迎えた冬休みは、私に とって貴重な期間となりました。ひとつには、旅のほとんどを自分で計画したことがあります。これまで全て友達任せにしていたので、ホテルや交通手段の予約 や交渉などを一人でやることで英語力と行動力に自信がつきました。さらに、その後日本に帰ったことで常にどこか張り詰めていた緊張感から開放されたのも大 きな要因だったのでしょう。冬休みがあけてキャンパスに戻ってみると、確実に英語力がついていることを実感しました。特にリスニング力は驚くほど上がり、 先学期の後半になってもまだ半分しか聞き取れずに焦っていた講義も、今学期にはほぼ理解できるようになりました。

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*冬休み~アムトラックの旅~*

上に述べたようにとても充実した冬休みを過ごすことができました。ファイナルが終了したその日に中根さん とメキシコに発ち(写真1:パレンケ遺跡)、その後はサンフランシスコ(写真2)、シカゴ、とかなり盛りだくさんです。その中でも特にお伝えしたいのはな んといってもアムトラック(長距離列車)での旅。就職を控え学生生活最後の旅行となる友達と、せっかくだから何かしようということになり、サンフランシス コ~シカゴ間はアムトラックの中でも絶景との言葉に惹かれこれしかない!と迷わずに決定しました。地図をお持ちの方はお気づきかと思いますが、サンフラン シスコからシカゴまではその間ロッキー山脈を越えアメリカ国土の三分の二を横断することになります。しかも寝台車ではなく、普通車で二泊三日の旅ですか ら、誰に言っても「そんなのcrazyだ」という反応がかえってきました。が、実際乗ってみると意外と快適で(というのもアメリカサイズの座席は、日本人 の小さな体にとってはファーストクラスのシート並みに大きいのです)、その景色の壮大さは、飛行機では味わえないものがあります。出発地はあいにくの雨で したが、数時間すると雲の隙間から青空がのぞき、小さな丘と緑の平原が広がります。一日に数駅、しかも10分程度しか停車しないため、一日に進む距離も長 く、雪山から乾いた荒野、赤土のいかにもロッキー山脈といった岩の連なりと、景色が次から次へと変化します(写真3)。そのどれをとっても、さえぎるもの が何も無くとにかく果てしなく広いのです。一面の窓から景色を望める展望車には、常に人が集まります。キャンパス内で会うのは何かとアカデミックな分野に 関係のある人ばかりだったので、さまざまなバックグランドを持つ人たちと話すのはとても新鮮でした。なかでも、アムトラックの歴史(ゴールドラッシュ時に 建設されたこの列車にはさまざまな歴史があります)を通して移民やネイティブアメリカンの問題などを話してくれたAllenさんとの出会いによって、この 旅はとても印象深いものになりました。何も知らなければ広大な平野にただ感動していただけですが、そこに追いやられる形で貧しい生活をしている人たちがい ることを知ってからでは、感じるものは全く違ってきます。このように人と出会い交流できるのもアムトラックの旅の魅力のひとつです。冬の景色は雪や枯葉の 色で少し寂しかったですが、春から夏にかけてはもっと素晴らしい景色が望めるそうなので、ぜひお勧めしたいと思います。

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*Housing問題と交渉*

先学期にさかのぼりますが、寮を決める際に留学生は他の生徒よりも申し込み開始が遅く、直前までどの寮に入 れるかもめたうえ、結局学部生の寮に入ることは出来ませんでした。そこで今学期は他の寮に移ろうと決めていたのですが、ここにきてまたもやトラブルが。例 のごとく引越しの二週間前になってもなんの音沙汰もなく、連絡してみたところ「Sharman(希望していた寮)には空きがないから」と勝手に他の寮に移 されていたのです。しかも、契約をキャンセルするにはお金($1000!)払えとのこと。ここに着た当初の私なら、あきらめて寮に入っていたでしょう。し かしここは自己主張の国アメリカ。この数ヶ月で、納得いかないこと、困っていることがあればとにかく納得の行くまで交渉する術を身に着けました。いちいち 確認しないと対応がいい加減なことも多いのです。逆に言えば、多くの場合交渉の余地が残されているということ。働きかければその分のサポートが返って来 る、これは授業や留学生へのサポート体制などこちらの生活全般に言えることだと思います。

*Sutton Place*

そ んなわけで、無事に寮のキャンセルもでき、今学期からはSutton Placeというところに住むことになりました。ここは甲田さんの住むコスモの隣に位置し、同じく20人ほどがキッチンやリビングなどはシェアして共同生 活をしています。違うところといえば、教会の運営している家なのでハウスメートのほとんどがクリスチャンということでしょうか。もちろん私の様にクリス チャンでなくても温かく迎えてくれます。正直、アメリカに来るまで、宗教という言葉にあまりいいイメージを抱いていなかったのですが(日本で宗教が取り上 げられるのは何か事件が起きたときが多い、というのも一因です。このことについてはまたの機会にお話したいと思います)、そんな心配も杞憂に終わり快適な 毎日を送っています。先日は大掃除ということで、人生初のペンキ塗りに挑戦しました。いろいろペンキまみれになりながらも、担当である天井を無事仕上げ満 足です。いまどき業者に頼まず自分たちの手で家のメンテナンスをするなんて、素敵だなぁと思います。ハウスディナーでは毎週誰かが夕食を作ってみんなで食 べ、時間があるときは映画をみたり、ケーキを焼いたり、とてもアットホームな環境です。引っ越してまだ二週間ですがすっかり仲良くなれました。前回の寮は ほとんどが一二年生だったのに比べ、こちらは院生や社会人も多く、進路の話を聞くことができたり、勉強を教えてもらえたりというありがたい(!)特典もあ ります。前回お話したChicago Weekendで出会った仲間のうち何人かは先学期で留学を終えてそれぞれ帰ってしまい(写真4:thanksgiving@ Harvard University)、寂しいこともありますが、ハウスメートに恵まれたおかげで楽しくやっています。

このように、授業や生活にも余裕 ができ、いい形でのスタートをきることができました。次回は今学期履修している授業の話などをお伝えしたいと思います。この五ヶ月は、新しい体験と共に、 これまでにないほど自分を見つめなおすことができました。年も改まり、心新たに残りの4ヶ月間を満喫したいと思います。遅くなってはしまいましたが、今年 度もどうぞよろしくお願いいたします。