向修一君の2000年6月分レポート

この留学も、あっという間に終わってしまいました。これまでの一年は JIC の方々のお力があってのものであり、感謝を忘れることはできません。今後はこれからの奨学生のために、自分の任務を果たしたいと思います。

この一年間が、これからの人生の中でどのような意味を持つことになるのか、現時点では予測もつきませんが、今の自分にできる範囲で総括し、ご報告したいと思います。

まず、学業ですが、これは残念ながら成功したとは言えないでしょう。帰国中にお目にかかった室賀先生の、大学の成績とその後は必ずしも比例しないという趣旨のお言葉を、心のよりどころとしたいと思っております。

し かしながら、今後のキャリアに道筋がついたことは、おそらくこの一年間で最大の収穫です。留学前は、いや、留学の半ば過ぎまでは、「とりあえず IT関係の修士号を取る」という極めて漠然とした短期的な目標しか持っていなかったのですが、今年の 2 月にたまたま運よく外資系の IT 企業に就職することが決まり、自分の将来への方向性が固まってきた気がしています。それは単にこれからの職業選択ということにとどまらず、自分の社会に対 する使命感を認識し始めた、というところまで含めてです。

また、この留学の、副産物というには余りに大きな収穫が、今までに知り合えた数 々の友人、恩人です。特に、良識ある何人ものアメリカ人と沢山の話ができたことは、私のなかで見えない財産となるでしょう。それが将来役に立つかどうかは 別として、経験はいろいろできたと思います。

$1,600 で買った車は高速道路で突然止まりました。鹿をひきそうにもなりました。ネズミ捕りにも遭いました。(Urbana の Lincoln Avenue では要注意です!)電話会社の請求書でトラブルがあり、メールで議論したものの結局言いくるめられました。ヤオハン (当時; 現ミツワ) で買って来たウナギを同居人のインド人に食べられました。(もちろん彼にも悪気はないのです。むしろ彼が勝手に食べたことは友情の証明だったと今では思い ます。)多くの教訓が得られましたが、まとめれば “Make no assumptions.” の一言に尽きるでしょう。今では、何事も確かめる習慣を意識的につけているつもりです。

留学当初から、いつかは英語を自然に話せるようになりたいという野望がありました。結論を急ぐなら、これはどうやら一生の課題になりそうです。米国に一年近く住んでみて、進歩の見えない自分に焦りを感じもしますが、実際進歩していないのならばしょうがありません。

こんなところでしょうか。個人的な話ばかりでしたが、最後にここ一年間のChampaign のキャンパスタウンの主な出来事を書いて私の報告書としたいと思います。(情報にはかなり偏りがあります…)

Green St. のランドマーク的存在だった CO-ED シネマは、昨年 7 月に閉館し、今年になってついに取り壊されました。跡地には “600 Technology Plaza” と呼ばれる Beckman Institute に似た建物ができ、レストランや小売店、それにハイテク企業などが入居することになっています。

その向かいに昨年の春、 Gouliard’s というハンバーガー中心のレストランが開店し、評判もよかったのですが、11 月に突然閉店してしまいました。高い家賃が原因との憶測が聞かれました。店長だった Gouliard さんは、最近開店した Downtown Champaign の Farren’s というレストランのキッチンにいるようです。

3 月にキャンパスタウンのバー「Mabel’s」が「女性ダンサーによる大人向け娯楽」を企画するも、学生団体や地元商店主などの反対やそれを受けた Champaign 市条例の改正もあって、中止に追い込まれました。

Champaign の Willard 空港とシカゴの O’Hare 空港を結ぶ American Eagle の路線に、今年中にジェット機が就航します。定期便では初めての就航です。また、Champaign – St. Louis 線を運航する Trans World Express も、飛行機が大型化しました。

Illinois Basketball は Big Ten Tournament では昨年に続いて Michigan Stateに決勝で破れ、NCAA Tournament では二回戦で Florida に破れました。相手はいずれも、今年 NCAA のファイナルに進んだチームです。 (Michigan State が優勝)5 月になって、コーチの Lon Kruger は辞任し、NBA のアトランタ・ホークスのヘッドコーチに就任しました。後任探しが急がれています。

Illinois Football の春のキャンプを締めくくる Spring Game (紅白戦) が4 月 15 日に行なわれ、QB の Kurt Kittner はパスの正確さにやや課題を残すも、随所でロングパスを決めるなど、全体として非常に期待の持てる仕上がりでした。今年の秋は、ホームに California と Michigan を続けて迎えるなど、楽しみな日程になっています。

以上

塚本美由紀さんの2000年5月分レポート

長かったファイナルの期間も終わり、ようやく一段落することができました。今、大学ではサマーセッションIの時期ですが、私は休みを取って、LAサンタモニカに来ています。こちらはイリノイと比べて日差しは強いものの、海が近いせいか、乾燥した気持ちのいい気候です。

さて、今回の留学を振りかえってみると、密度が濃く、余りに早く9ヶ月が過ぎたことに驚きです。特にspring semesterでは、前学期よりも高 いレベルのクラスを取ったこともあり、課題に追われたまま、いつの間にか学期が終わってしまったというのが正直な感想です。

Majorの 広告の授業では”Advertising research method”, “Advertising creative strategy and tactics”という広告に欠かせない授業を2つ取りました。両方ともグループワークを含む課題があり、貢献はほとんど出来ませんでしたが、 Lectureだけでは味わえない体験をすることが出来ました。特に、 creativeのラボの授業は思い出深いです。一番最初の授業では、新しいアイディアを出すことの大切さと難しさを知るために、”nail file” の新しい使い方を考えるという課題を即興でやったのですが、私は ”nail file”自体が何だか分からないという始末でした。ただ、大学院生のTAやクラスメートが親切で、分からないことがあると教えてくれたので、学期中に 困ったことはありませんでした。アメリカでは「求めれば与えられる」というのは本当だと実感しました。この授業では、様々な媒体(プリント、ラジオなど) の広告を実際に作った上で、批評しあうので実践的で役に立ったと思います。また、マックのQuark-Xpressを使うので、コンピュータのスキルを思 いがけず上達させることが出来ました。

他に印象に残った授業は、POLS 241 “Emerging Nation”です。私は日本の大学では政治学科だったこともあり、興味を持って履修しましたが、日々のリーディングに加え、エッセイが6回、タームペー パーが1回とかなりの勉強量でした。このクラスは帝国主義の歴史に始まって、現代の第三世界の問題点を様々な角度から分析するという内容でした。時代的に は400年、地理的には旧ソ連を除いてほとんどの世界を扱うので、とても壮大ですが、その分第三世界共通の問題を、大きな枠組みで捉えることが出来るよう になりました。更に、基本的かつ必須の情報を頭に入れた上で、それをツールとして議論に使うことの大切さをこの授業では学びました。この授業が私に与えた 影響は大きく、将来的にはボランティア活動などを通じて、授業で得た知識を、現状を改善するために使いたいと思わせる内容でした。

私は日 本の大学を既に卒業しているので、今年は大学生5年目の年だったのですが、このような授業に出会えて、イリノイでの勉強は大きな財産になりました。生活面 では、寮に暮らしたこともあり、多様な人間に出会えたことが大きいです。これは単に人種だけではなく、性格や考え方の違い、ライフスタイルの違いを含みま す。一例としては、障害者やゲイの人達などです。障害者については、私の後期のルームメイトが車椅子を使っていたこともあり、身近な存在だったのですが、 彼女は一度も障害者というのを感じさせることはありませんでした。健常者と全く変わらないので、私も特に意識せず接していました。ただ、冬に2回ほど降っ た雪は大敵だったようです。歩道の雪は除雪されるので問題はないのですが、今度は除雪された雪が車道と歩道の境界にたまっていて通りにくいという話を聞き ました。大学では建物のバリアフリーが進んでいますが、それでも健常者が気づかないところで障害者に不便なところが出てきてしまうという現状を目の当たり にしました。

その他の点では、友人は、数多くは出来ずに焦ったこともありましたが、かえってその分何人かとは深いつきあいが出 来、最終的には良かったと思っています。生活の場が近いと、自分をさらけ出さないで済ますというのは不可能で、日本よりもある意味、他人に「本当の自分の 姿」を見せていたような気がします。イリノイの寮生活は、私の留学生活で欠かせない部分であり、これからの人間関係を考える上で、大切な経験になったと思 います。

最後に、このような貴重な1年を過ごす機会を与えてくださったJICの皆様に深く感謝したいです。ありがとうございまし た。今後の予定としては、サマーセッションを受講した後、アカデミックトレーニングのビザを使って、こちらでインターンシップをしたいと考えていますが、 まだ雇用してくれる企業が見つからないので、どうなるか分かりません。引き続き、企業に履歴書を送って反応を待つという作業を続けていくことになりそうで す。

2000年 5月19日

竹田智君の2000年4月分レポート

竹田 智
東京大学工学部土木工学科
建設マネジメント/開発システム研究室
(2000年3月28日卒業)

イリノイ大学での1年間の留学も終わりに近づいてきました。暖かい春の日差しを背中に
感じながら、工学部の建物まで通っています。達成できたこと、達成できなかったこと沢
山ありますが、全体として初めてのアメリカでの生活は私にとり有意義であったと感じて
います。今年の2月には日本に戻り、私の通う大学にて卒業論文の発表を行いました。無
事に4年間の大学生活にピリオドをうつことができました。イリノイ大学で学ぶこと、そ
して卒業論文を書きあげて卒業すること、この2点を同時に達成することが昨年と今年前
半にかけての目標でした。最も充実し、またハラハラとした時期でありました。達成でき
なかったこともあります。まず自動車の免許をとる時間を見つけられなかったこと。そし
て専門である土木・環境工学の研究室へ配属できるような方向にもっていくことができな
かったこと、この2点です。(旅行もできなかったかな。)これは、今年、来年の目標に
なるのかもしれません。

夏期の授業はとることなく、イリノイからは離れることになります。5月は素晴らしい時
期であると聞いているので、すこし残念な気もしますが。しかし、まだ日本には戻りませ
ん。次なる目的地は中南米諸国です。前号の最終行で「秘密」として触れなかったのです
が、幸運にも、日本のある建設会社から中南米での調査・研究の承諾を頂くことができま
した。土木工学を学ぶ私にとり、国際建設プロジェクトに関する研究は魅力的なもので
す。そして今回その現場を見てまわること、また日本人技術者とそのカウンターパートの
方々へのインタビューをする機会を得たのです。1ヶ月から2ヶ月に及ぶ調査になりま
す。イリノイ大学で出会うことのできた中南米の友人、そして今学期、継続して学んだス
ペイン語が大きな助けになることを祈っています。その後は、南米諸国を見聞し、イリノ
イ大学で出会った友人と連絡をとり再会をする予定でいます。そして10月から大学院生
として再び研究生活に入ることになります。
最後に、学部の間にこうした海外の大学で学べることができたことは、私にとり大きな財
産になりました。アカデミックな部分と、それ以外のローカルな話題を同時に吸収できる
良い機会でありました。大学院においても、共同研究などの形で、どこか海外の大学に滞
在できることを祈っています。まだまだ英語は未熟でありますが、じっくりと、焦ること
なく、慌てることなく学ぶことができればな、と思っています。他の国の言語に関しても
学んでいきたいと強く思っています。そして日本語を、また日本を、自分自身を、見つめ
る機会となれば、と強く願っています。
このような素晴らしい機会を与えてくださったJICの方々、そして忙しい中、最後まで連絡
など暖かく見守って下さった庄司様に深く感謝申しあげ、報告といたします。

田村篤司君の2000年3月分レポート

留学報告書4 (00.03)
東京大学法学部
イリノイ大学での専攻:経済学
田村 篤司

こちらに来てからもう少しで7ヶ月になります。特に4ヶ月を越えてからは、時間が飛ぶように過ぎて行くような感覚を覚えるようになりました。そして、やや淡々と毎日の生活を送っている気がします。
とはいえ、今学期に入って一つ大きな楽しみがありました。それはインドアサッカーの大会に参加したことです。サッカーは自分の最も好きなスポーツで、東京でもチームに所属しているのですが、こちらではこれまでプレイする機会がなかったので特に楽しむことができました。

さて、今回は少し日本とアメリカを比較しながら、最近の話題で自分が考えていたこと、友達と話していたことを(あくまで個人的な感覚によるものでしかないのですが)書こうと思います。
最近、東京都の石原知事が都議会に提出した大手銀行への外形標準課税導入問題が世間を騒がせています。この課税案についての妥当性についてはいろいろと問題を含んでいますが(たとえば税法上の「公平性」をめぐる議論等)、ここで意見することはいたしません。
ただ、彼のような政治家は日本では珍しく、やや「硬直的」とも言われる政治システムになにかしら新しい風を吹き込むことんになるのではと興味深く思っています。

現代日本は、強いリーダーシップが発揮できにくい政治風土を持つといわれていますが、「権力」の中心にいる幹部層の発言力は極めて強いというのがその民主主義の特徴のように個人的には感じています。
そ れに対して、アメリカでは大統領が絶大な権力を持っているように見えることもありますが、実際には、議会は大統領の政策をあからさまに却下することが度々 ありますし(日本ではこれは考えられない)、また、その地域的分権性も手伝って、全体として極めて分権的な政治風土をもっています。社会からの支持が大統 領の権力の源であるとも言われ、そうであるから常に社会に対して意見を投げかけ、支持を得ようとします。

石原知事も、今回の件で 中央政府に言い分があるなら公の場で討論をしたいと言い、古臭い密室での根回し政治を批判していました。そのやり方は一見独裁的なようで、実際には討論と 決定の場を公にすることによって、民主的な意思形成が行われる契機をより含んでいるようにもとらえられます。そして、この意味において、これはアメリカの 民主制により近いものではないかと。そう個人的には思っています。
もちろん、アメリカの政治システムと日本の政治システムは異なるもので(優劣が あるというのではなく)、アメリカの民主制に似ているから「良い」システムだということでは全くありません。ただ(ここで多くを語ることはできないのです が)、多くの人が日本の政治には実質的議論の空間が欠けていること、あるいはそれが透明になされていないことを指摘していることに個人的には問題意識を もっています。

一方、市民の側の言説を見てみると、極端にふれる議論が通ってしまう雰囲気があるように感じています。今回の課税問題でも 都民には賛成派が多いようですが、その中には高い給料をもらいながら金融危機を招き、公的資金(税金)の注入を受けるなど「甘やかされている」銀行相手に よくやったという「懲罰的」(けしからんから課税する)雰囲気を感じています(説明は省きますがそれは妥当ではない)。他に例をあげれば、オウムの移転問 題でも「国民総村八部状態」ともいえる雰囲気が生まれそうで、彼等の信教の自由あるいは移転の自由という基本的人権との衡量が十分に行われていないように も感じられます。
もちろん、その一方で各種出版物に見られるように国際比較的にも日本では高いレベルでの意見が市民の側から投げられているように感じています。ただ、それをどう政治決定のレベルに結実させるかは制度的にも多くの問題を抱えているように感じています。

こ の長い不況と改革の波の中で、日本社会は「民主主義」「資本主義」「自由主義(個人主義)」といった基本的な原理のあり方から議論がなされています。この 契機を無駄にせず(少しずつなのでしょうが)、新しいよりよい日本の形をしっかり築きあげることができるか、大きな歴史の転換点にあると認識しています。

向修一君の2000年1月分レポート

わたくしは、JIC 派遣留学生として昨年から今年にかけてお世話になっております、向 修一と申します。昨年の 3 月に東京大学理学部地球惑星物理学科を卒業し、4 月から都内にある IT 関連の小さな会社でアルバイトをしていました。U of I では主にコンピュータ・サイエンス (CS) の基礎を勉強して、帰国後にその分野で大学院へ進学する準備とし、同時に英語力を大幅に延ばそうと目論んでおります。

夏学期は、CS の科目を 2 つと、中国語、それに ESL を受講しました。 CS は「データ構造とソフトウェア・プリンシプル (CS 225)」、「オペレーティングシステム(CS 323)」の 2 つです。

ご 承知の通り、U of I の CS Department は、米国内でも最も入学の難しい学科の一つです。そこで学ぶ機会を頂けたことは、この上なく恵まれたことだと感謝しております。授業で周囲を見渡す限り、 学生はアジア人の比率が比較的に高く、また 9 割以上が男性であるのが特徴です。(余談ながら、これは直感的には理解可能でも、実際には社会的要素の絡み合った、深い問題だと思います。)

CS の授業は、非常に「実践指向」であるという印象を受けました。CS 225 はプログラミング中心の授業で、頻繁に「real world では」という表現を耳にしました。教師も実務経験に基づいた方法論を強調する一方で、学生の側も「授業 (アカデミックの世界) ではこういう扱いをしているが実際の職場ではどうなのか」といった情報を多く期待しているように見受けられました。 CS 323 もオペレーティングシステム理論の授業とはいいながら、先生の専門の関係もあってか、マルチメディア関連の例を盛んに持ち出し、学生の興味にかなり沿った 講義が行われていました。

ずっと Green Street の北側 (理工系キャンパス) にいると息が詰まってしまいそうなので、気分転換に中国語を取ってみました。私が選択したのは漢字をいっさい教えない初習者向けコースで、少人数だったこ ともあり、かなり楽しい経験でした。(中国語が身に付いたかは別として…) 漢字を使わない教え方というのは、日本では得難いに違いない面白い学習形態でしょう。

ESL については、さほど驚きはありませんでした。教授法は全て日本で触れたことのあるものばかりでしたし、(リスニングとスピーキングを強化したかったのにもかかわらず) ライティングの授業を取らされてしまったので、ただ無難にこなしたのみです。

冬 休みは、フロリダにフットボールの試合を見に行ったあと (近年の動向をご存じの方は信じられないかも知れませんが、Fighting Illini が MicronPC.com Bowl に出場し、Virginia を圧倒して、最終的にランキング 25 位に入ったのです) 、Y2K 問題 (?) でチケットが安かったこともあり、日本に帰国しました。(その後に IAP-66を紛失し、学校から FedEx で送ってもらうという失態を演じてしまうのですが…)

春学期ですが、(初めは満員で全然取れなかった) CS の授業が、学期開始後に滑り込みで登録できて、とりあえず一安心といったところです。それから、英語が余り上手くなった実感がないので、もっと使うようにせねば、と思っています。

以上、簡単ですが、近況報告とご挨拶まで。今後ともよろしくお願いいたします。

竹田智君の2000年1月分レポート

1999-report-takeda.jpg

こんにちは、東京大学土木工学科建設マネジメント/開発システム研究室に所属しております、竹田智と申します。こちらイリノイ大学では、土木・環境工学科 の授業をとり、4年生あるいは大学院生1年生向けの授業に出席しています。前学期は「忙しい」の一言につきます。でも日本人の1人の友人(彼は大学院生) は、研究室を訪れ、担当教授につくということまでしていました。自分にはそこまで行うだけの能力はまだないな、と思うとまだまだ学ぶことだらけだという気 がします。こちらではnon-degreeの形での留学ですが、今年10月から修士課程に進む際に単位互換が出来る可能性も残っています。前学期の結果は 大事にとっておこうと思っています。

さて、前学期を通じて本当に多くの友人に恵まれました。学問に負けず劣らず、今回のイリノイ大学の生 活の中で最も貴重なことだったのではないかと思っています。試験後は多くの友人が次々と家族の家、あるいはそれぞれの国へと帰っていきました。さすがにこ み上げてくるものもありました。特に中南米から1学期間の交換留学で来ていた人々との交流は、自分の将来のこと(土木技術者としてこの付近での仕事、プロ ジェクトに携わりたいと思っています。)を考えると大きな財産になりました。彼らから学んだことは数知れません。自分の器量の小ささを実感させられました し、他人に対し、芯から思いやる気持ちを学ぶことが出来ました

冬休み。多くの留学生はアメリカ国内の旅行、あるいは母国に帰って行きまし た。しかし、卒業論文の提出が迫りつつある私は、12月19日から12月24日にかけてNEW ORLEANSを訪れること、そして12月26日から31日にかけて、会議に参加しにINDIANAPOLISに行くのがやっとでした。しかし、NEW ORLEANSの2人旅(シンガポール出身の方)は非常に思い出深いものになりましたし、会議の方も、多くの大学の人たちと知り合え、非常に有意義なもの でした。クリスマスに日は、教会で仲良くなった御夫婦に招かれ、一緒に過ごしました。閑散とした大
学街には雪だけが残り、寂しい時であっただけに 本当にうれしく思いました。大晦日はカウントダウンを友人宅でし、いよいよ2000年1月1日から…そうです、卒論の草稿が始まったのでした。1月 17日までの17日間は別の意味で心に残ります。日本語の論文を打ちながら、友人と英語で会話し、ときにはスペイン語も加わり、と「自分は
はて何をしているのか?」と頭の中は3つの言葉が入り乱れていました。

し かし、時は去り、2月一杯日本に帰り、卒業論文の発表をし(2月28日)、いよいよ大学4年間が終わりを告げるわけです。学部生という段階でアメリカの大 学で学ぶことは、修士課程などの時に来る時とは違うと思います。即ち、まだ発展途上の段階と、自分の目的を確立してからの段階で周りを見、受け止めること は、全身で感じる刺激が違うと思うのです。それだけに貴重な体験であると思います。(大学院で留学する場合は、研究室、担当教授も勿論決まってることが望 ましいと思いますが。)更なる計画も今、熟考しております。それは今は秘密です。

体にだけは留意し、両親の温かさ、そしてJICの方々の思いやりに感謝を述べまして筆を置きたいと思います。またお会いできる日まで。

2000年1月25日 竹田 智

田村篤司君の1999年11月分レポート

ここでの生活も僕にとっては二ヶ月半になりました。早いもので、もう今学期も残りわずかになってきています。イリノイの秋は今年、とても暖かかったと感じ ました。ただ最近、冬の到来を感じさせるように少しずつ寒くなり、日も短くなり、木の枝からは茶色く染まって美しかった木の葉も姿を消していっています。
九月後半に日本に三週間帰ったこともあって、十月前半は授業に追いつくことと中間試験の勉強とでやや忙しかったのですが、十月後半から十一月初 旬まではのんびりと留学生活を楽しみました。東大法学部と違って緊張感のないところですし、今学期は友達をつくったり、アメリカの生活を味わおうという気 持ちがあったので、あまり勉強に集中していたとはいえません。寮の同じ階の仲間が金曜の夜によく映画に連れて行ってくれます。フラティニティのパーティー に行ってみたり、ハロウィーンのダンスパーティーに行っていみたり、フットボールやアイスホッケーの試合を見にに行ったりと週末はなにか予定をいれ、また はゆっくりとすごしました。
ただ、最近はもっと勉強をしなければ、もっと勉強をしたい、という気持ちが強くなったのと、授業のペースが速くなっ てきたり、リサーチペーパの課題が締切間近になってきたのとで、勉強にかける時間がかなり多くなってきました。それでも東京にいる時と比べて気持ちが緩ん でいるので、最近よく反省をしています。
この留学は英語と経済のインテンシヴのように捉えているのですが、今学期は Microeconomics, Macroeconomics,という経済学の基本を勉強し、さらにアメリカの政治社会の仕組みを知ろうとAmerican Governmentという 政治の授業を受講しました(その他に英語のライティングのコースも取っています。)。どれも100レベルなので比較的簡単です。
そしてつい最 近、来学期の授業の登録をしたのですが、来学期はMicroeconomics, Macroeconomics, Economic Statistics, Accounting,(さらにできればEuropean Economics)という授業を取ろうと思っています。全く希望どおりの登録ができました。今学期と比べると格段に大変になるはずです。

友達関係は、八月、九月の時と比べてやはり寮の同じ階のアメリカ人と仲良くなったという点で気が楽になってきましたが、まだ英語の壁は高く、「溶け込めて いる」とまでは表現できません。「混じっている」という感じでしょうか。ただ、このオグリズビー11階というところは、とても気に入っています。この階の 住人とOBとで作ったフラッグフットボールチームは、最近イントラミューラルの大会で優勝し、そして今はペニーウォーというどの階が一番多く募金を集めら れるかというイベントがあっているのですが、ここ六年間一番だそうで、今年も十分集まったと言っていました。同じ階でもいくつかのグループに分かれ、まっ たくコミュニケーションのない人も多くいますが、自分自身のまわりにいる人は比較的親切です。
英語の方は、まだまだ自信がありません。今週テレビを買いました。まだ日本語で考えている時間が多いので、もっと英語にふれようとおもっています。三ヶ月~六ヶ月目に変化が現われてくると言われてきたのですが、どうでしょうか。

Thanksgivingの大部分は勉強しますが、冬休みは1ヶ月、Chicago、Atlanta、Florida、NYとアメリカを旅行する計画を立てています。

塚本美由紀さんの1999年11月分レポート

こちらに来てから、3カ月余の月日が経ちました。初めはキャンパスの広さに圧倒されて、地図が手放せませんでしたが、今ではすっかり慣れて行動範囲も広がってきました。遠方にあるJapanHouseも、イベントがあるたびに訪れています。

授 業の方は、希望通りの授業が取れ、満足しています(広告2教科、統計、ESL)。まだまだ先生の言葉を一字一句理解するには至りませんが、教科書で予習を してから授業に出るので、全体的な内容は理解できます。OHPを使う先生も多いので今のところはそんなに問題もないです。ただ、宿題とテストの多さには当 初やはり驚きました。特に統計の授業では、Marardというプログラム(←パソコンがここまで普及しているというのがアメリカらしいところなのですが) を使ってオンラインで提出する宿題が毎週あり、平日は課題に追われる毎日です。また、広告の授業では、アメリカの広告事情について教授が具体例をだしなが ら説明をしてくれるものの、広告主が何を作っている会社なのかという予備知識がないので苦戦することが今だにあります。テレビを見るのも勉強のうちとして 少しずつ慣れていきたいと思っています。 広告という、文化に関係する分野を勉強しているからかもしれませんが、こちらに来て「1つの国に長く住むことの 意味」を考えさせられるようになりました。日本にいる時は、日本に住むことについて、別に何の価値も見い出さなかったのですが、離れてみて日本に20数年 暮らしてきた履歴というのが、1つの貴重な財産であることに気づきました。毎日何気なく暮らしているようでも、メディアを通して社会の様子を知り、それを 1つの知識として蓄積し、周りの人と同じ文化を共有するということはすごいことです。例えば、こちらだとジョークを理解するのにも、背景の知識がないので 分からず、笑えないということがよくあります。アメリカに長く暮らしているわけではないので、これは仕方のないことなのですが、同じ文化(狭い意味での文 化ではなく、娯楽なども含めた広い意味での文化)を共有していたら、コミュニケーションがどんなにスムーズで深い内容のものになるかと思うことがよくあり ます。 ただ、折角こちらで勉強する機会を与えていただいたわけですから、文化の違いを楽しめるようになっていきたいと思います。ここでの生活は、本当に 「国際的」な点が魅力的です。留学生も世界各国から集まっていて、アメリカにいながらさまざまな文化に触れられる点がすばらしいと思います。アメリカ人で も、キューバからの移民の人など、多様な人間が揃っていて、今まで聞く機会のなかった話が多く勉強になります。逆に私の方も日本人の代表のような扱いを受 けることが多いので責任が重いですが、自分ができる範囲で日本について語るようにしています。

今、唯一抱えている問題は寮(SnyderHall)についてです。undergraduateの寮なので、周りにアメリカ人がいるという点では恵まれているのですが、私の
場合、ルームメートが日本人になってしまい、あまり生活の変化が実感できない点が残念です。今、部屋の変更願いを出しているところですが、寮が満室状態なので、今学期中は移動できなさそうです。来学期に期待したいと思います。

最近は時間が過ぎるのが、とても早く感じられます。Thanksgiving(今週の水曜日からの授業がお休みです)が過ぎると、今セメスターはほぼファ イナルを残すのみになります。留学生活もこのままだとあっという間に過ぎてしまいそうですが、時間を大切にして、吸収できるものは全て吸収する位の勢い で、欲張りに行動していきたいと思います。

田村篤司君の2000年1月分レポート

留学報告書3 (00.01)
東京大学法学部3年
専攻 経済学
田村 篤司

あけましておめでとうございます。そしてついに新しい千年紀ですね。千年紀を単位に話しをすることなど僕にはできませんが、来る年一年一年がよりよい年であってほしいと思います。

今回はあらためて自己紹介をするようにということなので、それから始めさせていただきます。生まれは佐賀で、まもなく長崎県佐世保市へ、それから福岡県久 留米附設中・高を卒業してと、九州北部で育ちました。友達からよく「おまえは九州男児やね」(性格のこと)と言われます。
東大では法学専攻ですが、マクロ経済にも興味があります。また一方で教育・犯罪といった問題についてもよく話しをします。中央銀行を含め、官庁への就職を考えています。
趣味はサッカーをすること、ジャズをひたすら聞くこと、メールを書くこと、買物をすることです。

秋学期の最後の数週間は、勉強と試験とに集中しました。結果はまずまずといったところです。
冬休みは日本に帰らず、クリスマス前後の1週間ほどを留学生のためのあるプログラムに参加しメリーランドのある一家で過ごさせていただいた後、同じように 留学している高校時代のクラスメートと会い、アメリカ東部をあちこちと旅行しました。贅沢なことだと思いますが、やはりいろいろといい勉強にもなったし、 楽しい思い出にもなりました。今回はそのことについて書きたいと思います。

メリーランドに滞在していた時の一番の見所はワシントンDC でしたが、意外な発見だったのがアナポリスでした。十ヶ月間だけ合衆国の首都だったこの港町は、アメリカの古い町並みをそのままに残していて、とても小さ な街だけれどやさしく美しい街でした。ちょうどクリスマスシーズンだったこともあり、かわいくて小さなお店でのショッピングが楽しかった。きっとボストン もこういう都市なのだろうと想像しています。
アトランタでは、アメリカの光と陰がくっきりと意識されました。危険な匂いのするダウンタウンは、 イリノイにはなかなかない黒人独特の文化が感じられ、一歩離れると荒廃した寂しいストリートになります。その一方、郊外のミッドタウン以北には白人の中上 流階級が安全でクリーンな街を形成していて、豪華で大規模なショッピングモールが賑わいをみせています。企業のオフィス群もダウンタウンからそうした郊外 へ移っているように思えました。 またアトランタではたまたま、ノルマン・ロックウェル展がやってきていて、さっそく見に行きました。アメリカ人に広く愛 された彼は自分にとって最も大好きな画家でもあり、あまり絵画を解しない自分にとっても十分以上に楽しむことができました。
世界一のテーマパーク大国オーランドでは、童心に戻って疲れるまで遊び(しかも半袖でOK)、アメリカ人の創造力(想像力)の豊かさ、そして「人を楽しませる、笑わせることの上手さ」にあらためて感心させられました。
ニューヨークでは、ミュージカルが一番の楽しみでした。ミュージカルを見るのは初めてで、Catsを見たのですが、思っていたよりずっと面白くて、「あわ てて」次の夜もまた見に行くことにしました。それが旅行最後の夜だったのですが、なんと第一列目のまさに真中の席というチッケットにあたり、Miss Saigon の迫力のある舞台を十分に楽しめました。そのほか、エンパイアステートから見る夜のNYの美しさには圧倒されました。ここでは日本料理も毎日食べにゆき、 お腹も満足したというところです。

というわけで、この冬休みは十分楽しむことができました。なお、塚本さんとはボルティモアとNYとで二回、全く偶然に出会い、驚きました。
ただ一方で、日本の友達からは就職活動を始めたという話(昨年内に就職の内定が出たという話も)や、国家公務員試験や司法試験の話などが届いていて、自分 だけモラトリアムを一年延ばしていることの贅沢さを感じています。新しい学期が始まりますが、今学期はもっとしっかり勉強しようと思っています。