鈴木博達さんの帰国後奨学生レポート

JICの皆様、いかがお過ごしでしょうか?遅くなってしまいましたが最終の留学レポートを報告させていただきます。今回は留学期間の終わりと、今になって振り返った感想を書かせていただきたいと思います。

留学期間を終えて

5月にテスト期間の終わりは同時に、イリノイ大学での留学生活の終わりでもありました。最後のテストが終わるとすぐに、1年間でたまった荷物をまとめ、小さな引越しの準備が始まりました。もっともアメリカの学生も夏休みには実家に帰るので、彼らにとっても引越しのシーズンであり、キャンパスには大量の荷物を積んだ大型車があふれていました。

5月15日にキャンパスを後にし、数日間友人の家で過ごした後、ニューヨークのニューアーク国際空港を発ち、アメリカを後にしたときには、やはり感慨深いものがありました。幸い最後の日まで携帯電話は使えたので、空港のセキュリティゾーンから友人たちに電話していたのを覚えています。

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シカゴの町並み; 出発前

ヨーロッパ旅行

アメリカを後にしてからは、かねてから行ってみたかったヨーロッパをじっくり回ろうと思い、1ヶ月以上かけてヨーロッパの10カ国以上を周遊しました。実は留学に行く際、このヨーロッパ旅行のことも考えて世界一周旅行券を買っていたのです。アメリカで大量の食事に慣れていたせいで、心なしかレストランでの食事が少なめに感じました。

ヨーロッパ旅行の中で、スペインに立ち寄り、そこでは昔のルームメートと再会することができました。彼には彼の友人とバレンシアを案内してもらうことができ、家に泊めてもらったうえにパエリアまでご馳走になりました。1年学んだだけの私のスペイン語では、彼の友人や家族とはなかなか意思疎通が困難なこともありましたが、非常に楽しい時間をすごすことができると共に、やはり留学してよかったな、と感じました。

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バレンシアでのルームメートとの再会

始まりとしての留学

そんなわけで私の海外での10ヶ月間(と、その後のヨーロッパでの1ヶ月間)に終わりを告げるときがやってきて、7月1日の夕方に飛行機は成田空港に到着しました。うれしく思ったことは、イリノイ大学の留学をきっかけに出会った友人と今でも交流があることです。JICの総会をはじめとして、夏休みの間に何度もイリノイ大学であった友人と会い、共にイリノイ大学を懐かしみました。また近いうちに再び、イリノイ大学の友人たちを訪れるだろうと思います。

経験を通して得たもの

10ヶ月間の留学を終えた今、その経験を振り返ると、一番変わったのは、自国文化以外に「日常」を感じることができるようになったことだろうと思います。大学への留学というものは、海外でその国の社会の一部として暮らすという点において、海外赴任や語学学校への留学などとは異なります。私は2007年にフィリピンで1ヶ月間語学学校に通いましたが、そのときには当然「外国人としてどれだけ英語が話せるようになるか」ということで評価をされました。しかしイリノイ大学にいる期間は、「文化・言語等の背景は別として、イリノイ大学の学生として、どれだけ授業内容が理解できているか」が問われました。両者のステータスの違いを考えればまったく当然のことではありますが、一時でも他の文化圏の構成員として生活したことで、「外国」というものが「非日常」ではなくなりました。

この留学を始める前から、大学生活を通して海外を旅しその土地の文化に触れてきましたが、それはあくまでも「非日常」を体験することで、その文化を外から眺めるのが目的でした。先に書いた通り、イリノイでの留学生活が終わった後、ヨーロッパを1ヶ月間強旅行しましたが、そこでもその文化に浸ったわけではなく、やはり「どんなものだろうか?」とそれを覗いていたような気がします。自国文化の外の文化に「浸かる」には、同じ土地に一定期間滞在し、その土地の人と同じように扱われることが不可欠なのでしょう。

「その土地の人と同じように扱われる」ということは、留学のような機会以外になく、それはキャリアを形成していく上で徐々に困難になっていくでしょう。旅行や出張で海外に行ってホテルに泊まる機会はこれからもきっとありますが、イリノイ大学の寮で大学の友人と雑魚寝するような機会は少ないと思うのです。この10ヶ月間はそれだけ貴重だったのだな、と今改めて実感するとともに、そのような機会を与えてくれたJICの皆様に、改めてお礼申し上げ、レポートを締めくくらせていただきたいと思います。ありがとうございました。

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ウィスコンシン到着時の様子

鈴木博達さんの2010年4月分奨学生レポート

JICの皆様、ご無沙汰しております。こちらはイリノイの厳冬も終わり、毎日清清しい天気の中、残りほとんどないキャンパスでの日々をすごしております。前回のレポートよりかなり時間がたってしまいましたが、その間の出来事を中心にご報告させていただきます。

【春学期の授業】
春学期の授業は、Globalization and Workers, Personal Finance, Intermediate Spanish, Intro to Japanese Cultureと4つの授業を履修しました。

最初の2つの授業は、専門である経済に関連した授業ということで受講を決めました。
Globalization and Workersはグローバル化が進む中での多国籍企業と労働者の関係の変化を
中心に扱うもので、教授は中国とイギリスを行き来しているので授業自体はオンラインで行われました。オンラインで行われるディスカッションのレベルはかなり高く、各々の学生と教授が、様々な観点からGlobalizationの影響を論じていました。内容もさることながら、自分の意見を論理的かつ端的にまとめるという点においても、大変勉強になりました。

College of Business で開講される授業は、通常は交換留学生は受講できないのですが、Personal Financeだけは留学生にも受講が許可されていたので、この授業を受講することに決めました。Personal Financeは個人の合理的な経済活動をテーマにしており、具体的には税金の管理や、401(k)を使った投資活動など、かなり実践的な内容を学習しました。課税体系や現在割引価値の算出について日本でも少しは学んでいましたが、米国の課税体系は個人が確定申告を行うことを前提にしている点で多少異なり、両者の比較が興味深かったと感じています。

Introduction to Japanese Cultureでは、日本の近代史と現状について主に文化的な側面から学習しました。アメリカから見た日本、ということで、日本で通常習う内容とは異なった観点からそれらを学習できました。例えば女性の権利の進展についてより重きが置かれており、戦後女性が参政権を得る前に、大正時代にもそれに向けた動きがあり、実際に衆議院ではその法案が可決していたことなどを新たに習いました。

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春の気候の中のIllini Union

【2月週末と春休み】
留学も後半ということで、2月の週末と春休みを使って、メキシコシティやラスベガス、シカゴを訪問しました。春休みにはシカゴで初のDeep Plate Pizzaを体験し、楽しいリラックスした時間を過ごすことができました。

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シカゴスタイル・Deep Plate Pizza

【Japan House】
4月にオープンハウスがあったため、日本館にも再度お伺いすることができました。小山八郎氏が送られたという枝垂桜がちょうど花咲いており、アメリカに滞在していることが信じられないくらい日本を感じられる雰囲気でした。オープンハウス前日の前祝いでは、Personal Financeを担当されている教授の方にもお目にかかりました。そのほかにも様々な日本館を支援してくださってる方にお会いしました。将来自分も何らかの形で日本館やイリノイ大学に貢献できることを願っております。

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花咲く枝垂桜と記念碑

【Vernon氏のご家庭訪問】
また今学期には、小山八郎氏の記念文集の原稿を執筆する関係でお世話になった、Alice Vernon氏のご家庭を訪問する機会をいただきました。Alice Vernon氏はとても気さくな方で、ご家庭でも大変親切にさまざまな話を聞かせてくださり、夕食までご馳走になりました。ご主人のEd. Vernon氏には、ボートで家に面した湖を見せていただき、大変楽しい時間を過ごさせていただきました。

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Vernon氏のご家庭訪問時の様子

【留学生活の最後】
そんなイベントがたくさんあり、今学期は先学期にも増してあっという間に時が過ぎたような気がしています。イベントが一通り終わると、休む間もなく期末試験開始となりました。荷物を詰めている自分が信じられない気分でいます。そのような充実した時を過ごさせていただいたイリノイの大学関係者と友人、そしてJICの皆様には改めて感謝しております。

鈴木博達さんの2010年度1月分奨学生レポート

JICの皆様、その後いかがお過ごしでしょうか?2009年度奨学生の鈴木博達です。今回は前回のレポートに引き続き、「ホリデーシーズン」を中心にこちらの様子をご報告させていただきたいと思います。

【ハロウィーンパーティ】
10月の後半になると、アメリカの「ホリデーシーズン」と呼ばれる期間に入ります。「ホリデーシーズン」の由来は、Halloween(10月31日)、Thanksgiving(11月末)、Christmas(12月25日)、New Year(1月1日)と立て続けにイベントが起き、町全体が浮き足立つことにあります。そんなホリデーシーズンの始まりとなるイベントがハロウィーンです。

最近は日本でも徐々に浸透しつつあるハロウィーンのイベントですが、やはりこちらは本場で、10月に入ると学生たちはハロウィーンの仮装の準備で盛り上がります。シャンペーンの中心部にはそんな仮装の衣装を扱うコスチュームショップがあり、当日の1週間前くらいにそこへ行くと、ハロウィーンの衣装を買いに来た学生たちで店はごった返していました。

ハロウィーン前日、私は友人の家でのホームパーティに参加しました。ここぞとばかりにそれぞれが工夫した衣装で登場し、パーティは大いに盛り上がりました。ちなみに私は昔からの念願であった、ハリー・ポッターの衣装でパーティに参加しました(笑)

【初のストライキ体験】
ハロウィーンが終わってThanksgivingの休みに入ろうかという頃、Public Speakingの授業を担当していた大学院生のInstructorから、ストライキの知らせがありました。その内容は、次年度の契約内容に関する衝突から、学部レベルの授業を教えている大学院生をまとめる組織であるGEOがストライキを行う予定である、というものでした。GEOがストライキを行うと大学院生が担当する授業は、数日間全く行われなくなります。

この知らせが入った後、この話題は学生同士の間で大いに取り上げられました。学生の反応は様々でしたが、基本的にはネガティブなものが多かったと思います。「学費を払っているのだから、授業というサービスを受けられるべきだ」「これで成績が下がった場合、大学はそれを保障してくれないだろう」というのが理由の大半で、こうした論理的な反応は実にアメリカらしいと今でも感じます。

そんなネガティブな学生たちの反応に関わらず、結局ストライキは決行され、授業は2日間尾紺割れませんでした。ストライキを交渉の道具として使うだけで、結局決行はされないだろうと内心考えた私は、このストライキ決行にはかなり驚きました。授業のスケジュールに影響が出て、特にスペイン語のクラスではその週の内容を自習することを余儀なくされましたが、ストライキというものを実際に体験したことは貴重だったかなとも今は感じています。事実周りの学生にも聞いてみたのですが、アメリカの大学といえどストライキが起こることは非常に稀なようでした。

【Thanksgiving休暇】
アメリカの大学の多くでは、11月の第4週がThanksgivingとして休暇になります。Thanksgivingは元々その年の収穫に対する感謝を表す休日です。日本にもほぼ同じ時期に「勤労感謝の日」がありますが、勤労感謝の日が1日だけの休日であるのに対し、こちらの大学では21日~29日(9日間)が丸々休暇になる点が大きく異なります。余談ですが、カナダに留学している友人と話したところカナダのThanksgivingは10月にあり、日本と同じように1日だけを休みにする学校が多いようです。

実家がそばにあるアメリカの学生の多くは、この休暇には実家に帰りのんびりしたり、12月のFinal Examの準備をして過ごす学生が多いようです。しかし私たち留学生の多くは、この休暇を利用してどこかへ旅行に出かけます。私が住んでいるSherman Hallは留学生のことを考えてかこの期間も開いていましたが、他のたいていの寮ではこの期間寮は閉まってしまうので、寮に残って過ごすことは基本的にできません。

私はThanksgivingの休みを利用して、米領プエルトリコへと3泊4日の旅行をしてきました。プエルトリコはキューバの隣にある島で、冷戦体制(キューバ危機等)のなかその地理的特性から米国政府の優遇を受けて今に至る地域です。プエルトリコの島民は米国の市民権が与えられており、米国本土との行き来も自由にできますが、あくまでも植民地として大統領選挙への選挙権は与えられていません。その代わり彼らには米国連邦税の納税義務はありません。入国審査は米国国土安全保障省(U.S. Department of Homeland Security)が代行し、米国本土からの飛行機は国内線扱い、という政治的には非常に微妙な状態にります。

今回ここを訪れた理由は、世界遺産に登録されたOld San Juanの街並みを見てみたかったことと、せっかく履修しているスペイン語を使ってみたかったことです。しかし結論からすると、スペイン語を使う必要はほとんどありませんでした。

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いざプエルトリコについてみると、現地の人々の大半は全く問題なく英語を話します。特に観光に関係する職業に就いている人は英語もネイティブスピーカーであり、むしろ自分の英語の心配をしているような状態でした(笑)詳しく話を聞いてみると、現在では初等教育の段階からスペイン語に加えて英語「で」も教育が行われており、現在の教育制度の下で育った人々は英語とスペイン語のバイリンガルになっていくようでした。実際にガイドに英語とスペイン語のどちらが得意なのかを尋ねてみましたが、答えは「どちらでもかわらないよ。君と話すときは英語にするし、地元の人たちと話すときはスペイン語に切り替えるかな」との事でした。これを聞いたときには正直、うらやましい限りだったことを覚えています。

Old San Juanの町並みは、ラテン文化の影響が色濃く残った鮮やかなものでした

El Yunque国立公園にて
(ガイドの説明によると、アメリカでは唯一の熱帯雨林だそうです)

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【期末試験】
30℃ほどのプエルトリコを後にし、シカゴに戻ると気温は0℃近くなっていました。休暇が終わるといよいよ期末試験が始まります。とは言うものの私が取ったクラスの多くは、授業内の発表や小テストの比重が高かったため、いわゆる期末試験はスペイン語の1つのみでした。

とはいえ、1日に2つのスピーチ/発表が重なるなど、12月の1週はかなり忙しく過ごしました。アメリカの大学では事前に成績の評価方法が十分に知らされているので、何を用意すればよいのかがわかりやすいのは、非常に良い点だと思います。12月15日にその試験を終え、冬休み期間へと突入します。

【冬休み】
冬休みはシャンペーンの街は学期間と一変し、ゴーストタウンと化します。アメリカの学生はほとんどが地元の実家に帰り、留学生の多くは帰国するか旅行に出かけるためです。私もその例に漏れず、冬休みにはSan Diego → Chicago → New York → Vancouver → Seattle → Chicagoとアメリカ中を飛び回りました。

San Diegoはカリフォルニア州の国境近くにある都市です。カリフォルニア州らしく、店に入ると初対面なのに関わらず、”Hey, what’s up?”と挨拶してくるようなフレンドリーさが印象的でした。しかしメキシコ国境に近いこともあり、治安はやや悪化しつつあるという話も現地の警察官より耳にしました。事実サイレンの音を聞く機会はシャンペーンよりは多かったと記憶しています。12月24日の飛行機(クリスマス・フライト)でシカゴに戻ると、街は思ったよりもがらんとしていました。ホステルの人と少し話し、一緒にシカゴのジャズバーへ行くことにしました。こうしたRandomな出会いも、旅の醍醐味の一つだと思います。

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しばらくシャンペーンでのんびりと過ごした後は、1月3日の飛行機で再びNew Yorkへと旅立ちました。New Yorkは「世界経済の中心」の名にふさわしく、人々が忙しく行き来している大都市です。そういった点では東京と似ているものの、New Yorkの人種・文化の多様性はアメリカの中でも突出しており、東京と比べると遥かに多様性豊かな都市である点が印象的でした。

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Seattleでは先学期に会い、Microsoft社に就職した友人がMicrosoftの本社を案内してくれました。その後は何と回転寿司店(!)へ連れて行ってもらい、久々の寿司に舌鼓を打ちました。しかしそこはやはりアメリカで、テレビにはアメリカンフットボールが映り、回っている寿司の半分は巻物といった少しアメリカナイズされた点も興味深く感じました。

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現在は1月17日に長かった旅から帰路に着き、再び学期が始まったところです。次のレポートでは、この春学期について詳しく書きたいと思います。実際にアメリカに暮らし、様々な経験をさせていただく機会をくださったJICの皆様には、心より感謝しております。皆様もお体にお気をつけてお過ごしください!

鈴木博達さんの2009年度10月分奨学生レポート

 JICの皆様、ご無沙汰しております。シャンペーンに到着して2カ月が経ち、最初のころは欠かせなかったクーラーが、今ではすっかりヒーターに置き換わっています。日本でもそろそろ寒くなってくるころかと存じますが、いかがお過ごしでしょうか? 第一回の奨学生レポートとして、こちらでの生活に関することをお送りさせていただきます。

出国とオリエンテーションラッシュ
私はアメリカの前にトロントに立ち寄る予定だったため、出国は奇しくも終戦記念日の8月15日でした。成田空港第一ターミナルの保安検査場。今まで何度も通ったゲートなのに、1年先までここを通ることはないと思うと、ゲートをくぐる時になぜか緊張したことを覚えています。トロントまでの14時間、日本で1週間にわたる送別会ラッシュを開いてくれた友人たちを懐かしむ気持ちと、新しい生活へ期待する気持ちが一緒になって、頭の中はなんだかもやもやとしていました。そんな気分もナイアガラの絶景の前に洗い流され、17日にはミルウォーキーからAmtrakを乗り継いでシャンペーンへ到着。ベッドリネンがないので同日にTargetへ買い物に行く、というなかなかのハードスケジュールでしたが、なんとかこなすことができました。

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(到着したWisconsinの風景)

到着した翌日以降は、休む間もなく各種登録に追われることになりました。土地勘がない状態でISSS、SAO、McKinleyなどの建物を探すのはなかなか大変でしたが、オリエンテーションで友人を作れたのは大きな収穫でした。特に留学生同士は同じような状態で来ているため、簡単に打ち解けあうことができました。

授業
シャンペーンに到着した4日後、8月21日に授業は始まりました。最初の1週間は建物の場所もわからなかったり、本屋で買う本を間違えたりとなかなか物事がスムーズに進みませんでしたが、周囲の友人と情報交換しながらなんとか乗り切ることができました。特にElementary Spanishのクラスはオンラインの教材も使うもので、E-Bookの仕組みを理解するまでに時間がかかってしまいました。ただその過程でクラスメートが気を利かせて課題の期限の前に電話してくれ、アメリカ人のフレンドリーさに触れることができたことに感謝しています。最終的に、他にPublic Speaking、Intro to Advertisement、Intro to Academic Writingの授業を受講することに決め、今学期の授業は4つになりました。

Intro to Advertisementを除いた他の3つのクラスは20人程度の小規模なものです。私が受講している授業に限らず、UIUCの授業の多くは小規模で、教師と生徒の距離は非常に近いものが多いです。特に語学にかかわる授業では、積極的にアクティビティに参加することができる少人数のクラスは非常に効率的だと思います。

また、授業の双方向性という点にもアメリカの大学の素晴らしさを感じました。100人程度の比較的大規模な授業であっても、教授が学生に積極的に質問を投げかけ、それに学生も積極的に応じる、というスタイルは、日本の大学のそれとは大きく異なっています。私を含むアジア圏から来た留学生は、最初はそのスタイルに慣れずに圧倒されてしまいましたが、2カ月ほどが経過した最近では徐々にそれに慣れてきて積極的に授業に参加できるようになり、自分の成長を実感しています。

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(イリノイ大学の風景)

キャンパスライフ
アメリカにある大学の多くはResidentialで、留学生だけでなくほぼすべての学生がキャンパスの中に暮らしています。UIUCもキャンパスが1つの街を構成していて、娯楽も含めほとんどの用事がその中で完結してしまいます。(そのためキャンパスは「キャンパスタウン」と呼ばれています)

ボーリング、ビリヤード、アイススケート、エクササイズジムなどはすべて大学が運営しているため、学生はいつでも気軽にそれらを利用することができます。また大学が運営するIllini Unionの中にはフードコートまであり、Jamba JuiceやChick-fil-Aといったアメリカの代表的なファーストフードを利用することができます。昼時には混み合うIllini Unionですが、友人と一緒に食事に行ったり、ジュースを買いに行ったりと、常時お世話になっています。

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(ボーリング場にて)

キャンパスタウンの中心にはGreen Streetと呼ばれる通りがあり、この通りにはさらに多くの飲食店、クラブ、バーがひしめき合っています。幸い私が暮らしているSherman Hallは非常にこの通りに近く、ここにあるStarbucksには、2カ月の間に行かなかった日が10日程度しかなかったほど頻繁に利用しています(笑)

シャーマンホール
「大学に近い一人の空間もある寮」ということを念頭に置き、出国前から住む場所はSherman Hallに すると決めていました。結果的にこの選択は正解で、非常に快適に生活することができています。キッチンは共同のものしかないのですが、週末にはそこで日本 食パーティーを開くなど、施設を有効に利用させていただいています。アメリカに来て以降、日本食は自分で作るしかなくなったため、意図せずとも料理がうま くなった気がします(笑)
Sherman Hallでは部屋を共有するRoommateはいないのですが、トイレ・バスを共有するSuite-mateがいます。私のSuite-mateはスペイン人で、お互いの国の音楽を聞かせあうなどして楽しい時間をすごしています。

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(Sushi Party)

Sherman Hallは基本的に大学院生向けの寮なのですが、留学生は学部生でも暮らすことができるため、非常に国際色豊かな寮になっています。すぐに思い浮かぶ友人だけでも、スペイン、スコットランド、オランダ、インド、中国、韓国など出身国はそれぞればらばらです。

Choosing the Battlefield
最後になりますが、イリノイで今まで過ごした2カ 月から学んだことについて書きたいと思います。留学初期はどうしても「自分が人よりもできないこと」に目が行きがちで「一人前」として見られようと努力し ていました。自分が生まれ育った言語・文化圏の外に出ると、幾度となく小さなトラブルを経験することになります。例えばコーヒーの注文がうまくできなかっ たり、買う予定のものを間違えたりと、その多くは取るに足らないつまらないことなのですが、これらが積み重なることをストレスに感じていました。(アメリ カのカフェでは注文の際にミルクを入れるか、など細かなことを聞かれたりします(笑))

旅行であればその 文化が自分のものと「違う」ことだけを認識すればいい一方、留学ではその違う文化の中で「暮らす」ことになります。だからこそその違う文化のなかで一人前 として認められたい。そんな気負いもあって、「自分の長所を活かすこと」よりも「自分の弱点を補強すること」に気を使っていることに気付きました。

しかし一人前として扱われるためには、「自分が周りよりもできないこと」よりも、「自分が周りよりもできること」に目を向けるべきだと、今は思っています。TOYOTAが世界で認められたのはFordに追いつこうとして大型のSUVを開発したからではないし、Sonyが成功したのはGEに 習って大型家電を開発したからではありません。言語一つをとっても、思春期以降に英語圏に暮らした人間がネイティブ・スピーカーになることは決してないの だから、その文化の中で育った人間に追いつこうとするだけでは、結局のところ、中途半端な二番煎じで終わってしまうと思うのです。

世界で認められる 国際競争力をつけるには、「自分の弱点を補強すること」よりも「自分の長所に磨きをかけ、表現できるようにする」ことのほうが重要である、ということを認 識できた点は大きな収穫でした。何も自分が苦手とする分野で戦おうとすることはなく、自分が育ってきた環境から自分の長所を見つけ、それを表現できる「戦 場」で戦うことが、国際的に「一人前として認められる」上で不可欠なのだと思います。

全てが思い通りに進むわけではないですが、だからこそ異文化の中で暮らすことからは、得られるものがたくさんあります。この貴重な機会を与えてくださったJICの関係者の方と、周囲の家族・友人に感謝しつつ、これからもたくさんのことを学んでいきたいと考えております。今後ともなにとぞよろしくお願いいたします。