柳潤子さんの2010年1月分奨学生レポート

JICの皆様、お無沙汰しております、2009年度JIC生の柳 潤子です。最初、課題の多さに戸惑い、ついていけるか不安だった秋学期の授業、冬休みが終わり再びシャンペーンにもどっての春学期が始まりました。気がつけばもう日本を発ってから5カ月が過ぎていることになります。あっという間に感じる時間の中に、考えられないような豊かな経験や出会いがあることを実感する日々です。サンクスギビングのあたりから春学期までのことについて書かせていただきたいと思います。少し長くなってしまったのですが、お時間があるときに、楽しみながら読んでいただければ幸いです。

1.    サンクスギビング
サンクスギビングは中国人の友人7人とともに、フロリダ・シカゴを旅行しました。彼ら7人は中国から渡米したばかりのフレッシュマンで、1人がドームの同じフロアに住んでいたため今回の旅行に誘ってもらったのがきっかけです。私はホテルの予約やお金の計算まですべてお任せしていた上に、参加のためにレジュメを書いていたボストンキャリアフォーラムがフロリダ・シカゴ旅行に被っていることに後から気付き、航空券の変更をお願することにまでなってしまいました。いくら相手が中国語で旅行のスケジュールを立てているため、参加しようにも言語の壁があるとはいえ、ここまで頼るのは申し訳ないと思っていたところ、シカゴ滞在予定のホテルにフレッシュマンの彼らの年齢では予約ができず、私のパスポートが必要なことが1週間の旅行で一度だけありました。最初、彼らは私を彼らと同じようなフレッシュマンであると思っており、ホテルの予約ができずに困っていたようで、私の年齢を知ると、驚くとともに「よかった~」と言われ、一度でも私(のパスポート)が役に立つことがあって私自身もよかったと感じました。高校卒業後すぐに親元を離れ、中国から言語・文化の違う国へ来て、自分たちで旅行の計画を立て実際に観光をし、ブラック・フライディというサンクスギビング中に行われるバーゲンのイベントで家族へのプレゼントを一生懸命選ぶ姿は大変頼もしく思いました。

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写真1 フロリダのビーチで(一番気を利かせて旅行の取りまとめをしてくれている旅行メンバーの一人が撮影したため、彼が写っていないのが残念です)

2.    秋学期の授業について
ネイティブのアメリカン人に交じって、スピーチをするのが非常に心配だったCMN321 Persuasive Speakingは、いざクラスメートの前に立って発言すると緊張から流暢にスピーチができず、練習の割にはうまくできたり、準備に時間をかけたにもかかわらずうまくいかなかったりでした。それぞれの興味も専攻も様々のクラスメートが持ち寄るスピーチのテーマは非常に面白く、また、インストラクターの方も「こんなに良いクラスが持てて今学期は本当にラッキーだ」とおっしゃられるくらいアットホームな雰囲気で授業そのものを楽しむことができました。授業の中では、本番のスピーチのための練習として、クラスメートの前で、即興で内容を考えて短いスピーチをする機会もありました。クラスメートが、まったく躊躇することなく、積極的に手を上げてあたかも本当であるかのよう(即興のスピーチでは、話し方の練習のため、本番のスピーチには欠かせない自分の主張を裏付けるデータや記事を勝手に捏造して話すため、内容もジョークがあったりして面白い。)にスピーチをする姿も見られ、ただ圧倒されるばかりでした。あともう少しアメリカの文化と英語力があればもっと理解できるのにと思うこともしばしばありましたが、毎回刺激的で楽しい授業に出会えたことが非常に嬉しかったです。LLS220 Mexican & Latin Am Migrationもまたクラスメートに恵まれた授業でした。この授業では10ページほどのレポート課題が出ました。私は、日本で所属していたNGOの活動で移民の子どもをみていたことから、この授業への興味が始まったため、日本とアメリカでの移民の人々のアイデンティティやコミュニティの違いなどについて書きました。日本についての文献を英語で探すのが非常に苦労しましたのが印象的でした。2つの言語の授業、SPAN122 Elementary SpanishとCHIN305 Advanced Chinese Ⅰでは日本での典型的な言語の学習とは違い、学生側にかなり積極的なクラスへの参加が求められ、speakingやcommunicationが重要視されていたように思います。CHIN305 Advanced Chinese Ⅰは毎日授業があり、中国語に触れる機会が多く持つことができ、授業の内容も中国人の友人と話すときの共通の話題になるようなよいトピックを、先生が選んでくださっており充実しておりました。日本の大学で中国語を学んでいたときには感じなかったのですが、自分自身が日本語のネイティブであることが中国語学習においては大変大きなアドバンテージとなって、テストなどが他の言語がネイティブである学生と比較してはるかに負担が少なく感じました。その分、毎日授業がある割には中国語に接する時間が少なく、結局のところあまり中国語の能力が向上したとは感じられず、そのあたりは今学期の課題ではないかと感じております。

3.    iDream & Women’s Resources Center
Dream Act
前回のレポートでDream Actという移民のための新しい法律について書かせていただいたのですが、その後、la corectivaのメンバーとしてDream Act制定を促すためのRallyやla corectivaの活動をより多くの人たちに伝えるための活動にかかわっています。週一度のミーティングに出席しているのですが、これまでこういた政治団体に所属したことがなかったことと、そもそもイリノイ大学の他の組織のことをよく知らないため議論の内容についていくのさえかなり危うい感じです。私が初めてRallyを見たときにはメンバーの中心が移民問題と直接かかわっているような人たちだったため、日本から来たあまりアメリカの移民問題とは直接関係のない留学生の自分が仲間として活動に参加できるのか不安だったのですが、かなりオープンで歓迎していただき、本当に嬉しく思っています。サンクスギビング前に大変忙しくしばらくミーティングに行けないときもあったのですが、その後に行ったRallyにはメンバーとして参加させていただきました。今学期はもう少し議論に加わり、活動にももっと積極的に参加できたらいいなと思っています。

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写真2 Rallyの後でla corectiva の記念写真

Women’s Resources Center
Women’s Resources Centerは昨年の初めにイリノイ大学の中に、新しくできた組織で、偶然ボランティアとインターンを募集しているということで、秋学期はボランティアとして、今学期はインターンとして活動に参加させていただいております。日本の大学でジェンダーの授業を受講したことがあり、ジェンダーの問題に大変興味があったので、実際に活動に参加させていただけることを大変幸運に思っています。またボランティアの担当の方がとても温かく迎えてくださるので、Women’s Resources Centerに行くことそのものがとても楽しみになっています。アメリカに来る前、Women’s Resources Centerを訪ねる前まではアメリカは日本よりもかなりジェンダーについては進んでいると思っていたのですが、実際に活動してみるとまだまだ不十分なところもたくさんあるのだと感じています。一度Lesbian, Gay, Bisexual, Transgender Resource Center (LGBT)のメンバーである友人に誘われて、セクシャル・マイノリティーの人たちの話を聞くイベントに参加したとき、実際に話を聞いてみると、想像していたよりもずっと難しい周りの環境との問題があるのだと感じました。特にアメリカの場合、大学で寮やフラタニティーなどに入るときや教会と関係の中で問題が生じてくるようです。思い返してみると私たちが普通に生活している前提として異性を恋愛対象にするということが多くあり、そうでない人たちにとっては随分と住みにくい環境であると思いました。
Women’s Resources Centerはできたばかりなのですが、セクシャル・マイノリティーの問題から女性の差別問題、その他の人権問題に関わる様々なイベントがあり、今学期はWomen’s Resources Centerの存在やイベントを多くの人に知ってもらえるような活動ができたらと思っております。

4.    冬休み
冬休みには、メキシコに住む友人の妹の15歳の誕生日パーティに出席するためメキシコに1週間滞在し、その後イリノイ大学の留学制度を利用し3週間イスラエルに留学をいたました。
メキシコ
メキシコの友人とは2年前にカナダで知り合いました。その後、私のイリノイ留学が決まった際、再び会おうということで、今年の夏イリノイに来る前に彼女のメキシコにあるおうちに2週間滞在させていただきました。そのときに彼女の妹の15歳の誕生日パーティが12月にあるということで、再び招待を受け、メキシコに行くことになりました。メキシコでは女の子の15歳の誕生日パーティはQuinceañeraといい、大人になる節目の年とされ、結婚披露宴のような豪華なパーティが催されます。家族にとっても親戚にとっても、もちろん本人にとっても人生の中の大切なイベントで、私が夏に友人の家に滞在したときにはパーティ会場の予約もされ、当日着るドレスも大切に保管されていました。私の友人のほうは、彼女が15歳だったときパーティよりも旅行が好きであったためQuinceañeraは開かれず、ヨーロッパ旅行をしたそうです。そのため妹のパーティは家族にとって最初で最後のQuinceañeraでした。そんな大切な家族のイベントに参加させていただき、友人と一緒に妹のQuinceañeraを祝えたことが本当に嬉しかったです。夏にお世話になった友人の親戚や一緒に遊んだ友人の友人とも久しぶりの再会をしました。またクリスマスが近かったため、メキシコの伝統的なクリスマスも味わうことができました。友人や友人の家族とイリノイ大学での出来事やお互いの文化についてのんびり話し、おいしいメキシコ料理を食べてリラックスしとても楽しいメキシコ滞在となりました。アメリカに留学していると、日本に簡単に帰ることはできないのですが、このように家族のような存在が近くにあるのは本当に心強く、感謝しています。

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写真3 メキシコにてパーティの主役である友人の妹と

イスラエル留学
イスラエルへはイリノイ大学のcourse abroadというプログラムを利用して留学させていただきました。イスラエルの大学に留学するわけではなく、イリノイ大学の授業がイスラエルで行われるというイメージの方が近いと思います。秋学期の後半8週間、週1回1時間の授業が実施され、イスラエルの移民問題や民族問題などについての基本的な事柄を学びました。そして、冬休みにはイスラエルへ行き、実際にそこに住む人たちや移民問題に関わる人の話を直接聞き、ホロコースト博物館やアラブ人の住む街、モスクや教会を見学し、それぞれのプロジェクトを進めるといった内容でした。学習方法として非常に面白かったのは、イスラエルで異なる3つの場所でobservationという課題が出たことです。これは街や人々の雰囲気を観察して、そしてイスラエルの人に実際にインタビューをするものです。次の日にはクラスの中で何を見て何を考えたかを発言し、先生がそれに対して現在イスラエルで問題になっていることなどを話してくださるというものでした。初めに何に着目するかがほとんど伝えられず、かなり自由な課題だったのですが、以前に来たことのある場所であったとしてもobservationとなると新しい発見があるのが非常に面白く感じました。イスラエルは“ユダヤ人の国”というイメージが強く、政府側も率先して海外に住むユダヤ人をイスラエルへの移住を促すような政策をとっているのですが、人口の20%アラブ人となっています。同じ国に住みながら、それぞれが離れた地域に住んでいるため接触が少なく、宗教の違い、歴史的背景も加わって、理解し合えないような状況が見られました。その一方で今回の留学では、イスラエル唯一のアラブ人の村にある、アラブ人とユダヤ人が一緒に通う学校の見学もさせていただきました(マイノリティーであるアラブ人がユダヤ人の学校に通うことは見られますが、マジョリティであるユダヤ人がアラブ人の住む地域の学校へ行くということは普通、起こりません)。こちらの学校では、全てのクラスにアラブ人とユダヤ人の先生が配置され、ユダヤ人の言語であるヘブライ語とアラブ人の言語であるアラブ語の両方が平等に使われるように考慮してありました。アラブ人とユダヤ人の子どもがお互いに理解が深めあえるようにそれぞれの家を訪ねるような宿題が出され、それぞれの聖書の中でストーリーが共通している部分については一緒に宗教の勉強をする時間もあるそうです。この学校は幼稚園から小学校くらいまでの6年間の学校なのですが、どんなにプログラムを組んでも、子どもは大きくなるにつれてどうしても同じオリジナリティーを持つ友人と遊ぶようになるそうです。中学校や高校の設立について計画はあるもののうまくいかないかもしれないと校長先生がおっしゃられておりましたが、理想通りにはいかない現実も見た気がしました。
最後の週末には先生のご家族の住むおうちに招待していただきました。先生のご家族はアルゼンチンから移住してきており、アルゼンチン・バーベキューをごちそうになりました。秋学期の後半に行われた全8回のクラスでは一度もクラスメートと親しく話すこともなく、3週間、18人のアメリカ人の中のたった1人の留学生としてうまくすごすことができるか非常に不安に思っていました。そんな不安な気持ちを抱えオヘア空港へ行き、飛行機を待っていると大雪のために飛行機はキャンセルとなりイスラエルへは2日後に出発することが伝えられました。簡単にキャンパスのドームに戻ることができない私は、そのまま、それまで一度も話したことのなかった1人のクラスメートのおうちに2泊することになりました。突然、2日間滞在することになったにもかかわらず、クラスメートの家族には、映画に連れて行ってもらい、クリスマスの残りのクラッカーを一緒に楽しみ、最後には空港で食べるスナックの心配までしていただくなど、本当に温かく迎えていただきました。イスラエルにいる間はかなり自由時間があったため、それぞれがグループになって観光をしたりする機会が多くありました。ときどきコミュニケーションがうまくいかずにじれったく思うこともあったのですが、自分が興味のあるときにはくっついて行って、疲れたときにはそれを伝え部屋で休めばいいんだ!という結論に達すると意外と気楽にクラスメートとhang outしながら楽しく過ごせたように思います。また、イスラエル人の先生と2人のときには、先生自身がアメリカに留学したときの話をしてくださり、自分のアメリカ留学を通して感じたことと重なる部分もあって興味深かったです。

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写真4 イスラエル (見る景色全てがとても新鮮でした。)

このイスラエルへ留学するにあたっては留学するメンバー全員が特別の奨学金をいただきました。アメリカのcitizenshipを持たない私が奨学金を受け取るにあたっては他の学生とは異なるプロセスが必要であったのですが、丁寧に対応していただき、また、visaの問題についても先生やstudy abroad officeの方に気にかけていただきました。1年間の留学プログラムで来ているにもかかわらず、他の学生に交じって、こうして第三国に留学できるのは本当に幸せなことだと感じております。こういったことができるのもJICの方々が今まで築いてこられたイリノイ大学との関係からと思うと本当に感謝の気持ちでいっぱいです。いつもありがとうございます。

いよいよ折り返し地点に来たと思うと、なんだかまだまだやりたいことがたくさんあって毎日毎日が非常にもったいなく思っています。今学期は日本での自分の専攻にかかわりのある授業や、また、アメリカに来て興味の出てきた分野の授業もとることにしているのでさらに充実した学習ができるのではないかと期待しています。また前学期に新しく知り合った人たちとさらによい関係が築いていけたらと思っています。

柳 潤子

鈴木博達さんの2010年度1月分奨学生レポート

JICの皆様、その後いかがお過ごしでしょうか?2009年度奨学生の鈴木博達です。今回は前回のレポートに引き続き、「ホリデーシーズン」を中心にこちらの様子をご報告させていただきたいと思います。

【ハロウィーンパーティ】
10月の後半になると、アメリカの「ホリデーシーズン」と呼ばれる期間に入ります。「ホリデーシーズン」の由来は、Halloween(10月31日)、Thanksgiving(11月末)、Christmas(12月25日)、New Year(1月1日)と立て続けにイベントが起き、町全体が浮き足立つことにあります。そんなホリデーシーズンの始まりとなるイベントがハロウィーンです。

最近は日本でも徐々に浸透しつつあるハロウィーンのイベントですが、やはりこちらは本場で、10月に入ると学生たちはハロウィーンの仮装の準備で盛り上がります。シャンペーンの中心部にはそんな仮装の衣装を扱うコスチュームショップがあり、当日の1週間前くらいにそこへ行くと、ハロウィーンの衣装を買いに来た学生たちで店はごった返していました。

ハロウィーン前日、私は友人の家でのホームパーティに参加しました。ここぞとばかりにそれぞれが工夫した衣装で登場し、パーティは大いに盛り上がりました。ちなみに私は昔からの念願であった、ハリー・ポッターの衣装でパーティに参加しました(笑)

【初のストライキ体験】
ハロウィーンが終わってThanksgivingの休みに入ろうかという頃、Public Speakingの授業を担当していた大学院生のInstructorから、ストライキの知らせがありました。その内容は、次年度の契約内容に関する衝突から、学部レベルの授業を教えている大学院生をまとめる組織であるGEOがストライキを行う予定である、というものでした。GEOがストライキを行うと大学院生が担当する授業は、数日間全く行われなくなります。

この知らせが入った後、この話題は学生同士の間で大いに取り上げられました。学生の反応は様々でしたが、基本的にはネガティブなものが多かったと思います。「学費を払っているのだから、授業というサービスを受けられるべきだ」「これで成績が下がった場合、大学はそれを保障してくれないだろう」というのが理由の大半で、こうした論理的な反応は実にアメリカらしいと今でも感じます。

そんなネガティブな学生たちの反応に関わらず、結局ストライキは決行され、授業は2日間尾紺割れませんでした。ストライキを交渉の道具として使うだけで、結局決行はされないだろうと内心考えた私は、このストライキ決行にはかなり驚きました。授業のスケジュールに影響が出て、特にスペイン語のクラスではその週の内容を自習することを余儀なくされましたが、ストライキというものを実際に体験したことは貴重だったかなとも今は感じています。事実周りの学生にも聞いてみたのですが、アメリカの大学といえどストライキが起こることは非常に稀なようでした。

【Thanksgiving休暇】
アメリカの大学の多くでは、11月の第4週がThanksgivingとして休暇になります。Thanksgivingは元々その年の収穫に対する感謝を表す休日です。日本にもほぼ同じ時期に「勤労感謝の日」がありますが、勤労感謝の日が1日だけの休日であるのに対し、こちらの大学では21日~29日(9日間)が丸々休暇になる点が大きく異なります。余談ですが、カナダに留学している友人と話したところカナダのThanksgivingは10月にあり、日本と同じように1日だけを休みにする学校が多いようです。

実家がそばにあるアメリカの学生の多くは、この休暇には実家に帰りのんびりしたり、12月のFinal Examの準備をして過ごす学生が多いようです。しかし私たち留学生の多くは、この休暇を利用してどこかへ旅行に出かけます。私が住んでいるSherman Hallは留学生のことを考えてかこの期間も開いていましたが、他のたいていの寮ではこの期間寮は閉まってしまうので、寮に残って過ごすことは基本的にできません。

私はThanksgivingの休みを利用して、米領プエルトリコへと3泊4日の旅行をしてきました。プエルトリコはキューバの隣にある島で、冷戦体制(キューバ危機等)のなかその地理的特性から米国政府の優遇を受けて今に至る地域です。プエルトリコの島民は米国の市民権が与えられており、米国本土との行き来も自由にできますが、あくまでも植民地として大統領選挙への選挙権は与えられていません。その代わり彼らには米国連邦税の納税義務はありません。入国審査は米国国土安全保障省(U.S. Department of Homeland Security)が代行し、米国本土からの飛行機は国内線扱い、という政治的には非常に微妙な状態にります。

今回ここを訪れた理由は、世界遺産に登録されたOld San Juanの街並みを見てみたかったことと、せっかく履修しているスペイン語を使ってみたかったことです。しかし結論からすると、スペイン語を使う必要はほとんどありませんでした。

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いざプエルトリコについてみると、現地の人々の大半は全く問題なく英語を話します。特に観光に関係する職業に就いている人は英語もネイティブスピーカーであり、むしろ自分の英語の心配をしているような状態でした(笑)詳しく話を聞いてみると、現在では初等教育の段階からスペイン語に加えて英語「で」も教育が行われており、現在の教育制度の下で育った人々は英語とスペイン語のバイリンガルになっていくようでした。実際にガイドに英語とスペイン語のどちらが得意なのかを尋ねてみましたが、答えは「どちらでもかわらないよ。君と話すときは英語にするし、地元の人たちと話すときはスペイン語に切り替えるかな」との事でした。これを聞いたときには正直、うらやましい限りだったことを覚えています。

Old San Juanの町並みは、ラテン文化の影響が色濃く残った鮮やかなものでした

El Yunque国立公園にて
(ガイドの説明によると、アメリカでは唯一の熱帯雨林だそうです)

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【期末試験】
30℃ほどのプエルトリコを後にし、シカゴに戻ると気温は0℃近くなっていました。休暇が終わるといよいよ期末試験が始まります。とは言うものの私が取ったクラスの多くは、授業内の発表や小テストの比重が高かったため、いわゆる期末試験はスペイン語の1つのみでした。

とはいえ、1日に2つのスピーチ/発表が重なるなど、12月の1週はかなり忙しく過ごしました。アメリカの大学では事前に成績の評価方法が十分に知らされているので、何を用意すればよいのかがわかりやすいのは、非常に良い点だと思います。12月15日にその試験を終え、冬休み期間へと突入します。

【冬休み】
冬休みはシャンペーンの街は学期間と一変し、ゴーストタウンと化します。アメリカの学生はほとんどが地元の実家に帰り、留学生の多くは帰国するか旅行に出かけるためです。私もその例に漏れず、冬休みにはSan Diego → Chicago → New York → Vancouver → Seattle → Chicagoとアメリカ中を飛び回りました。

San Diegoはカリフォルニア州の国境近くにある都市です。カリフォルニア州らしく、店に入ると初対面なのに関わらず、”Hey, what’s up?”と挨拶してくるようなフレンドリーさが印象的でした。しかしメキシコ国境に近いこともあり、治安はやや悪化しつつあるという話も現地の警察官より耳にしました。事実サイレンの音を聞く機会はシャンペーンよりは多かったと記憶しています。12月24日の飛行機(クリスマス・フライト)でシカゴに戻ると、街は思ったよりもがらんとしていました。ホステルの人と少し話し、一緒にシカゴのジャズバーへ行くことにしました。こうしたRandomな出会いも、旅の醍醐味の一つだと思います。

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しばらくシャンペーンでのんびりと過ごした後は、1月3日の飛行機で再びNew Yorkへと旅立ちました。New Yorkは「世界経済の中心」の名にふさわしく、人々が忙しく行き来している大都市です。そういった点では東京と似ているものの、New Yorkの人種・文化の多様性はアメリカの中でも突出しており、東京と比べると遥かに多様性豊かな都市である点が印象的でした。

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Seattleでは先学期に会い、Microsoft社に就職した友人がMicrosoftの本社を案内してくれました。その後は何と回転寿司店(!)へ連れて行ってもらい、久々の寿司に舌鼓を打ちました。しかしそこはやはりアメリカで、テレビにはアメリカンフットボールが映り、回っている寿司の半分は巻物といった少しアメリカナイズされた点も興味深く感じました。

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現在は1月17日に長かった旅から帰路に着き、再び学期が始まったところです。次のレポートでは、この春学期について詳しく書きたいと思います。実際にアメリカに暮らし、様々な経験をさせていただく機会をくださったJICの皆様には、心より感謝しております。皆様もお体にお気をつけてお過ごしください!

中川貴史さんの2010年1月分の奨学生レポート

JICの皆様、ご無沙汰しております。ここシャンペーンでは肌寒い日々が続き、摂氏-20℃以下となる日も決して珍しくありません。趣味がスキーというだけに寒さには強いと自負していた私ですが、シャンペーンの未経験の寒さには圧倒されるばかりです。寒さのあまり毎朝ベッドから体を起こすのが億劫で、午前中の授業が大変なハードルに感じられて仕方ありません。とはいえ、忙しく授業へと足を運ぶ生徒達を横目にふと立ち止まってみて、美しい雪化粧をしたキャンパスを眺める瞬間には言葉で表現し切れない感動があります。大雪の後に時折現れる真っ青の空をバックに、真っ白のクワッドが足下に広がり、目の前には荘厳なユニオンがそびえています。凍えるような真冬の澄み切った空気を吸い込む度に、何とも言い表せない爽快感が感じられます。

こちらに到着してから早いものですでに6ヶ月、時間経過の早さに驚きと共に焦りを感じつつ、今回の報告を書きつづる次第です。期待と不安に満ち溢れつつ意気揚々と新たな生活へと飛び込んでいった最初の3ヶ月とは異なり、生活や授業、人間関係にも順応して過ごした次の3ヶ月はやや印象の違ったものとなりました。その幾らかをご報告させて頂けたらと思います。

・ハロウィーン
日本ではこれと言った印象の無いハロウィーンですが、こちらでは思いがけなく非常に印象的なハロウィーンを過ごすこととなりました。数週間前からハロウィーンの衣装で話題が持ち切りになり、いかに個性的で面白い衣装を発掘できるか創意を凝らす姿勢には度々呆れさせられる程でした。ハロウィーンの当日には皆が思い思いのコスチューム姿で道を歩き回り、夜のグリーンストリートには大勢のゾンビが出現するという摩訶不思議な情景が見受けられました。
ハロウィーンの前日には、友人の誕生日も兼ねつつ親友宅でパーティを催したのですが、滑って誕生日ケーキを落としてしまうというハプニングもあり忘れられない思い出となりました。結果として60人以上の人が集まる活気溢れるパーティとなり、参加者それぞれが互いに新たな人と出会い、人と人の輪が広がっていくのを見るのが何よりも嬉しく感じられました。こちらに来てから人との出会いの大切さを痛感させられる中で、このような貴重な機会を提供できたことを大変喜ばしく思っています。

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・サンクスギビング
サンクスギビング休暇に参加したボストンキャリアフォーラムでは、停滞する景気の中で参加企業は半分以下に減少し、落胆の様相で帰路につく学生達が多く見受けられました。とはいえ、陸の僻地と言ってもよいシャンペーンで半年間を過ごした私とっては、企業との面接や企業・市場分析を通して絶え間なく変化する世界の改めて身近に感じられたことは大きな意義があったように思えます。残りの半年間のアメリカでの生活をいかに過ごし、今後社会に出るに際して有用な能力をどれだけ磨けるか、この留学に対する思いを新たにすることができました。また久しぶりに大勢の日本人を一度に目にする機会となった今回のフォーラムでは、日本にワープしたかのような感覚に陥り、懐かしさと共に日本独特の文化、とりわけ企業文化に気づかされる良い機会となったように思います。
フォーラム後には空いた時間を利用しボストン観光を楽しみ、アメリカ独立以前から長い歴史を持つボストンには歴史ある建築が立ち並び、風情溢れる街並みは私のお気に入りでした。

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・ファイナル
サンクスギビング休暇から帰宅してからは、レポートに期末試験にと勉強に追われる日々となりました。こちらの授業は日頃からの出席に加え複数回レポート・テストがある為か、期末試験に合否が大きく依存する日本の大学の試験に比べ、期末試験前の負担は少ないように感じられました。また充実した施設に助けられ集中して勉強に取り込むことができたことも、その要因のように思えます。こちらに来て日本の24時間営業のコンビニの存在がいかに便利か痛感させられたものですが、24時間利用可能な図書館の存在にはそれ以上に助けられることになりました。新たに建設されたスポーツ施設ARCではバトミントンや水泳を楽しみ、勉強で蓄積したストレスを解消することができました。
勉強に追われ慌ただしく過ぎ去っていった期末試験の時期ですが、この時期は同時に「別れの時」ともなりました。半年間のプログラムで参加していた留学生の仲間達、卒業して別の町へと旅立つ仲間達との別れは、非常に考え深いものとなりました。異なる国の異なる環境で生まれ育ちここシャンペーンで偶然にも出会い、ともに過ごした時間はお互いにとって掛け替えのない貴重な経験となったように思います。Facebookといった文明利器があるとはいえ、数千キロの距離と国境に隔てられ再び会うことができないかもしれないと思いつつ別れの言葉を言うのは辛いものでした。一期一会という言葉がありますが、今回の友人との別れによって、出会いの大切さを再認識しつつ、出会いと別れを繰り返しながら生活をしていく私たちの生き方そのものについて再考させられることとなりました。

・冬休み
待ちに待った冬休みには、夏に訪れたバンクーバーに再び戻り休暇を満喫することができました。バンクーバーはアジア人の町と呼ばれる程アジア系移民が多く、日本人の多さに改めて驚かされることとなりました。ここシャンペーンでは日本人はごく少数で日本語を聞けばまず間違いなく友達である程なので、バスや電車で日本語を聞く度に違和感を覚えざるを得ません。バンクーバーはシカゴと比較すると小規模で、日本でいう中規模の地方都市といった感じでしょうか、自然に囲まれアットホームな住みやすい町という印象があります。オリンピックを控え活気に満ちた町では、新たなマンションの建設や交通機関の整備などオリンピックムード一色といった様子でした。

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当初はカリフォルニアに旅行に行く予定だったのですが、あまりの居心地の良さに結局日本人の奥さんを持つメキシコ人の友人宅に1カ月ほども居候させて貰うこととなってしまいました。現地の大学や語学学校に通う日本人をはじめ、日本語を習う大学生や留学生まで友達の輪が広がっていき、多くの友達に囲まれ毎日充実した日々を送ることができました。

・最後に
新たな学期が始まり早ひと月が経過し、こちらでの生活も残すところ3ヶ月程となってしまいました。意識しない限り時は矢の如く過ぎ去ってしまいます。JICの皆様にこうやって与えて頂いた貴重な時間を最大限に活かせるよう残りの期間を有意義なものにしていきたいと思います。

東京大学法学部4年 中川貴史

写真1:ハロウィーンパーティ 落としてしまったケーキ
写真2:ボストン ハーバード大学構内
写真3:バンクーバー 私のフェアウェルパーティー

針谷彩花さんの2010年1月分の奨学生レポート

JICの皆様、ご無沙汰しております。いかがお過ごしでしょうか。2009年度奨学生の針谷彩花です。前回のレポートから3か月が経ち、季節も秋から冬へと移り変わりました。イリノイは気温が氷点下を下回る毎日が続いています。天気が悪いと寒さも相まって気分が沈みそうですが、留学生活も半分が過ぎ、本当にようやく毎日が勉強・人間関係共に充実して楽しく過ごせるようになってきたところです。それでは、第二回目のレポートをお届け致します。

【学習について】
Finals
幸運にも(?)、秋学期に履修した科目はFinalらしいFinalのない科目ばかりでした。CMN101はスピーチ、ESL115はResearch paper、SPED117はGroup project、そしてEIL489はTake-home examでした。唯一”Exam”とつくEIL489は第二言語習得について10題の問題の中から5題を選んでそれぞれ2ページ以内で解答するというもので、問題の内容としてはいろいろ考えさせられとても興味深かったのですが、様々な本や論文に当たることを求められ、かなり苦戦しました。しかし友人の協力もあり(図書館で一緒に徹夜したのも良い思い出です)、なんとか無事期限内に提出することができました。

Spring Semester
春学期は秋学期同様、4科目12単位を履修することにしました。

EALC250 – Introduction to Japanese Culture
EIL422 – English Grammar for ESL Teachers
HDFS220 – Families in Global Perspective
LING225 – Elements of Psycholinguistics

前学期と同様の科目数・単位数ではありますが、前学期と違うのはディスカッションが含まれる点です。前学期は自分の語学力の拙さからディスカッションのある授業を履修することが憚られたのですが、今学期は最後の学期でもあるので、勇気を出して履修することに決めました。また、400番台の授業を再び履修することにしたのも私にとっては挑戦です。前学期のEIL489の経験から400番台のクラスはほとんど殺人的なまでの量のReading assignmentが課されることはわかっていたのですが、EIL422は興味を持っている文法教育についてのクラスであるということ、そして授業を担当される先生が言語学の分野では最も有名であろうNorm Chomskyと一緒に仕事をしたことがあるというとてもすごい方なので、履修することに決めました。春学期が始まって2週間足らずなので授業の内容が今一つ掴みきれないのですが、講義を受けた感触ではどの授業も面白そうなものばかりです。次回のレポートでは、授業の内容についてより詳細な報告ができればと思います。
どのクラスもかなりの量のReading assignmentを課す授業で、既に手帳には学期末までのReading assignmentの予定がびっしり書き込まれています。大変な学期になりそうですが、どれも興味のある科目ばかりというだけでなく、いま勉強すればするほど、将来教師になった時に生徒により良い指導ができると思うので、めげずに頑張りたいと思います。

【休暇について】
Thanksgiving Break
Thanksgiving Breakには、NYへ初の一人旅を敢行致しました。3泊4日という期間はNYを回るには短すぎる期間でしたが、自由の女神やいくつかの美術館を訪ねて素晴らしい芸術に触れたり、ブロードウェイやタイムズスクエアを歩いて都会のパワーに圧倒されたり(キャンパスに引きこもっていたので新鮮な感覚でした)、また私は映画が好きなので「もしかしてあの映画のあのシーンはこの場所で撮影されたのでは?」という場所をいくつも見つけて嬉しくなったり、とても楽しい時間を過ごしました。宿泊場所がハーレムにあるユースホステルだったり、日が落ちた後にセントラルパークを一人で突っ切ったりと今思えばかなり危険なこともしましたが、初めての一人旅は「自己責任」というものを文字通り身をもって体験できた良い経験であったと思います。

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Winter Break
さて、実は諸事情ありまして、Winter Breakは日本へ一時帰国しておりました。実家へ帰って家族と共に過ごしたり、久しぶりに友人や大学の先生、アルバイト先の同僚や生徒たちに会ったりと、慣れ親しんだ日本の生活に戻ってゆっくり体を休めることができました。
留学から学べることは語学や専門分野の知識だけではなく、母国の良さや家族・友人の大切さなど、普段の生活では意識していないけれど実はとても大切なものもあると思います。一時帰国中は再び家族や友人と過ごせる時間を大切にし、一分一秒を大切に惜しんで過ごしました。
そして一時帰国を終えてアメリカに戻る飛行機が離陸した時、8月に日本を離れた時のことを鮮明に思い出しました。あの時は期待よりも不安が勝り、離陸した瞬間不覚にも目頭を押さえましたが、今回は逆に不安よりも期待が圧倒的に勝り、8月から今までの自分の成長をこれまでになく実感することができました。友人たちには「1年しかいないのに日本に戻るのはもったいない!」と散々言われながらの一時帰国でしたが、5月の本帰国に向けて頑張る原動力を得ることができ、私にとってはとても有意義なものになりました。

あっという間に1月が終わって2月になり、5月の帰国まで残り3か月になってしまいました。夏の総会で少しでも成長した姿をお見せできるよう、残された僅かな時間を有意義に過ごしたいと思います。JICの皆様、これからもご指導よろしくお願い申し上げます。

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群馬県立女子大学 国際コミュニケーション学部 英語コミュニケーション課程 3年
針谷 彩花

【写真解説】
1.    NYにて。
2.    1月22日(金)のIlliniteにて。フラダンスとタヒチアンダンスのパフォーマンスをしました。実はフラダンスの方は19日(火)に練習を始め、1日1時間の練習を3日間続けただけで観客の前で踊るという事態に。案の定、何度か間違えて恥ずかしい思いをしました……。