田中豪君の2011年6月分レポート

JICの皆様、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。田中豪です。現在は既に学期も終わっているのですが、学期中のことを思い出しながら、第3回レポートをお届けいたします。

今学期は、この奨学生レポートに書けるほどの面白い課外活動を経験していないこと、また、僕自身も、奨学金の応募の際だけでなく、アメリカに来て授業の選択を考える際に、過去の奨学生のレポートを参考にしたという理由から、未来の奨学生の参考になればという思いをこめて、先学期のレポート以上に、授業について具体的に書いていこうと思います。

春学期は、以下の7つの授業を受講しました。アメリカでの授業に慣れてきたこともあり、夏学期よりも授業の数を増やし、かつレベルも少し上げてみました。その分、大変なことも多かったですが、間違いなく勉強は先学期よりも充実していたと思います。

1. PS 230: Introduction to Statistics for Political Science Majors
2. PS 318: Interest Groups & Social Movements
3. PS 410: Neighborhoods & Politics
4. LLS 238: Latina/o Social Movements
5. GLBL 296: Critical Human Rights in Global Perspective
6. LAS 490: Translation in European Union
7. LAS 490: UN Terminology and Procedures (3-day Seminar)

1. PS 230: Introduction to Statistics for Political Science Majors

Rという統計ソフトを使って、政治のデータを分析する授業です。New York Timesがこのソフトウェアを特集した記事(2009年1月6日)の中でも書いているように、アメリカでも使用する人が徐々に増えているようです(参考:http://www.nytimes.com/2009/01/07/technology/business-computing/07program.html)。

せっかくなので、ここで、日本とアメリカの政治学科で学部生が勉強できる内容での違いについて、僕が感じたことを2点触れようと思います。僕が日本で所属している東京大学法学部は、法律学科に加えて政治学科を含んでいるのですが、政治の授業としては、国際政治や比較政治(地域研究)、政治哲学が一般的です。日本政治、ヨーロッパ政治史、アジア政治外交史、発展途上国の政治、政治学史などが授業の名前になり、歴史をベースにした、地域研究、あるいは西洋政治哲学の授業がメインになっていると思います。

一方で、イリノイでのPolitical Scienceの授業は、日本で開講されているような比較政治や哲学的な議論に加えて、CongressだったりInterest Groupだったりと、(民主)政治現象を国境に関係なくNeutralに観察して、その政治の主体や現象面を中心に扱う授業も少なくありません。先学期に僕が受講したReligion and Politicsや、今学期のInterest Groups &Social movementsもその一例だと思います。

そして、もうひとつの違いが、定量分析です。授業で読む論文の中には、経済の論文ほどではありませんが、数式が書かれていたりします。統計データを解析するようなものもあります。アメリカのPolitical Scienceの流れとして、とくにAcademicな領域では、数学的な、統計的な分野の開拓が進んでいるようです。ただ、アメリカでも、学部レベルでこうした定量分析を教える授業は少ないようで、UIUCでもこの授業だけです(もちろん、統計学科には、統計の授業はたくさんあります)。ということで、この授業を受講しています。ちなみに、政治学科のある教授は、Political Scienceの学部生教育と大学院教育の断絶を嘆いていました。アメリカの大多数のPolitical Scienceの学生にとっては、目標とする大学院は、政治学のPh. D ではなく、Law school (J.D.)であるようで、Lawを目指す学生の多い学部レベルでは、定量分析のニーズは小さいことが、その背景にあるようです。
さて、このPS 230という授業では、SyllabusにComputer Scienceの知識を持っていることが好ましいと書かれてあっただけに、データをソフトに読み込んだ後は、自分でCodeを入力してCommandを指定しながら、データを加工していきます。そして、最終的には一つを独立変数に、もう一を従属変数として、二つの変数をy=ax+bの形で表すことで、両者の関係を説明します(回帰分析)。

日本では、統計の基礎すら勉強したことがなかったので、はじめはMeanやMedianの違いを学ぶことからスタートし、統計という考え方自体に戸惑い、係数の大小で関係性の強さを評価するという定量分析的な手法に違和感がありました。それでも、自分が高校までそれなりに数学を勉強していたこともあって、そんなに苦労することなく授業にはついていける一方で、クラスメートのアメリカ人たちが苦労していたので、これこそが僕の生き残る道だと思って、授業にはまじめに取り組みました。笑 個人的には、大学入試のために勉強した微分や積分といった関数の問題のほうが数学的には、ずっと難しいような気がします。クラスメートのアメリカ人による教授やTAへの質問を聞いていると、一次関数の基本すら分かっていないのではないかと思うことも多く、日本の普通の学生であれば、大きなアドバンテージがあると、一般的に言えるのかもしれません。

週2回の授業と週1回のTAによる補講で構成され、授業では、毎回自分のPCを持ち込み、与えられた課題をこなします。TAと教授が教室の中を歩き回るので、分からないことがあれば、その場で質問できることになっています。毎回、新たなデータセットが与えられ、教授が作った質問に答えていきます。1学期の間に、アメリカの大統領選挙のデータ、1945年以降の全世界の紛争・戦争のデータ、アメリカの貧富の格差のデータ、世界の民主化度合を比較したデータ、など様々なデータセットに触れ合うことができ、定量分析を切り口に、政治学の様々なトピックをかじることができたのはラッキーでした。金曜日に行われていた、TAによる補講では、その週の復習がメインになります。

評価は、毎回の出席と課題の提出、学期末のFinal Paperによる合算です。教科書は結構難しく、予習には苦労しましたが、授業の課題は、教授やTAによる丁寧な誘導に何度となく助かりました。余談ですが、TAの方は、日本人のPh. Dの女性の方で、僕の大学の先輩でもあり、オフィスアワーでは、授業のことだけでなく、アメリカでの生活や、日本人としてアメリカの大学院に出願することの苦労など、色々なことを学ぶことができました。

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2. PS 318: Interest Groups & Social Movements

GPAとこれまでの取得単位数が一定以上でないと選択できないクラスだったのですが、Political ScienceのDepartment Officeに行って、留学生である旨を伝えたところ、履修することができました。成績によって足切りを行っている理由の一つは、クラスの目的の一つが、研究であることです。毎学期、Political Scienceのうちの二つの授業がこのカテゴリに入れられ、学生と教授が細かく相談できる環境が用意されています。人数は15人以下で(実際は10人程度)、かなり面倒見のいいクラスになっています。教授の丁寧なアドバイスを受けながら論文を書いてみたいという人にとっては、おすすめなので、各学期、どの授業がこのシステムの指定を受けているか探してみるとよいと思います。

評価は、2回のテストと学期末のPaperのはずでしたが、2回の中間テストが非常に簡単だったため、アメリカ人の学生が徒党を組んで、学生はテストを希望すると教授に直訴し、無記名のクラス投票を行ったところ1人を除いて全員が、テストを選んだので、最終的にPaperとテストの選択になりました。ちなみに、その1人は僕でした。笑 研究すること(Paperを書くこと)が主目的の授業でありながら、学生の抗議によってその主目的が曲げられてしまうことに驚きましたが、Final Projectに取り組んだ学生が僕一人だったこともあり、教授もすごく目をかけてくれ、文字通り、マンツーマンで指導を受けることができました。リサーチに行き詰ってメールすると、その日のうちに返信があり、オフィスアワーに関係なく、次の授業までに必ず面談の時間をもらうことができました。先学期は、オフィスアワーに顔を出した経験も数えるほどしかなかったのですが、この授業では、教授とのInteractionがすごく有意義だったので、恥ずかしがっているだけでは何も得るものはなく、教授に自分のやる気を見せつけて、かわいがってもらうことが重要なのだと痛感しました。

3. PS 410: Neighborhoods & Politics

大学周辺のNeighborhoodを調査対象にした授業で、大学院生との合同になっています。教室では、都市計画、政治学、社会学などのJournalや本を学際的に読んでいきます。回帰分析を用いて書かれた論文を授業内で数多く読まされたのですが、PS230で学んだ知識が役に立ちました。アメリカで政治学を勉強したいのであれば、自分でモデルを作って数値を出すことはできずとも、論文を理解するくらいの統計の知識はあったほうがよさそうです。

授業内では、人々が集まれる場所の存在が、人々の政治参加促すという理論(Robert Putnam)であったり、小さい犯罪を放置することが、治安悪化を招くという理論(Fixing Broken windows)であったりを学び、そういった一般的な理論が本当に大学周辺でもあてはまるかどうかを確かめることが授業の最終目的になっています。教室の外での活動として、数人のグループを作り、割り当てられた大学周辺のエリアを調査し、学期末のPaperを書く際の素材となりそうなデータ(道の形や住んでいる人の様子、インタビューなど)を集めました。政治学を日本で勉強していましたが、自分の足で実際にデータを集めながら調査を進めていく社会調査のようなことはしたことがなかったので、とても興味深く取り組むことができました。

4. LLS 238: Latina/o Social Movements

LLSはLatino Latina Studiesの略で、この授業では、アメリカにおけるラテン系移民の社会運動の歴史を学びました。先生はもちろん、学生もほとんどがLatino/Latinaだったのが最大の特徴だったと思います。African American Studiesの授業に顔を出せば、黒人の学生が多く、こうしたEthnicな授業は、自分のIdentityを見つけるために勉強している人も多いのではないかというのが僕の推測です。

そして、もう一つの理由は、こうした学部が、Main streamから抑圧された自分たちの歴史を学びながら、差別をいかに是正し、社会を変革するかを真剣に考える環境となっていることが挙げられると思います。たとえば、この授業ではSocial Movementが授業のTitleに入っているように、Latino/Latinaの中でも、組織を作り、実際に活動している人がほとんどでした。おそらく、大学で最大の問題となっているのは、Undocumentedと呼ばれる、市民権を持たない移民の学生です。イリノイ州は伝統的に移民に寛容であるため、市民権を持たなくても州民としての学費を払うだけで通学することができますが、Undocumentedである限りは、Social Security Numberをもらうことができず、自動車免許を取得したり大企業で働いたりすることは、困難になっています。こうした現状を変えるために、立ち上がっている学生が、僕のクラスには多く、4月には、僕のクラスメートの1人でもあったAndrea Rosales(大学四年生の女の子)が、ジョージア州で座り込みを行ったために拘留され、教室から姿を消しました。その様子は、CNNをはじめとするテレビやニュースメディアにも大きく取り上げられ、自分のクラスメートがJanne Da Arcのように扱われている様子に驚きました(参考:http://www.iyjl.org/?p=2073)。

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5. GLBL 296: Critical Human Rights in Global Perspective

春休みまでの、半学期で1単位の授業でした。政治学では国内的なことばかり勉強していたので、アメリカ人が国際問題をどうとらえているのかも知りたくなって、Global Studiesの授業を受講しました。

教授からのLectureという意味での授業はなく、毎回が個人や各グループの発表会で、学生同士の意見交換に大きな比重が置かれていたと思います。僕がおもしろいと思ったのは、異なるバックグラウンドを持ったアメリカ人同士の鋭い意見の対立です。ボランティアなどにも積極的にかかわり、南米の人権系NPOなどでインターンした経験のある学生も多く、世界各国で起こっている人権侵害に共感する人も多い(ほとんどが女性)一方で、イラクのAbu GhuraybやキューバのGuantanamoの基地での虐待や拷問がトピックになると、ROTCとして軍の訓練を受けながら勉強もしている学生や、大学に行く前には従軍し前線に派遣されたことのある学生(ほとんど男性)からは、アメリカの正義と安全保障を理由に、テロリストとアメリカ国民にまったく同じ人権を保障することへの違和感、すなわち、拷問の一部を正当化する意見も提起され、もはや埋めようのない意見の対立がありました。

この授業からは、アカデミックな意味では、特に深く得るものもありませんでしたが、アメリカ人とプレゼン資料を作るときに、パワーポイントでは、事実の適示にとどめ、それぞれの価値観に触れるような表現を避けようと心がけていましたが、たとえば、アジアでの南京大虐殺をめぐる議論のように、ときには事実を統一することも難しく、この授業の準備でも苦労する場面は多かったです。また、安全保障と人権を比較したときに、安全保障のほうがはるかに大切だと明言するアメリカ人クラスメートが、外交官を目指して勉強しているのを見て、アメリカと世界の将来に少し不安を覚えたことも思い出です。

6. LAS 490: Translation in European Union

以下のLAS 490の二つの授業はTranslation Studiesという学科で開講されている授業です。英語とスペイン語の通訳や翻訳といった、該当する二か国語が流暢でないと履修できなさそうな極めて実践的な授業から、通訳の理論や研究を学ぶアカデミック寄りの授業まで、ある程度の幅を持った講座がこの学科では提供されています。

春学期の最初の半分で、GLBL296が終わってしまい、別の授業を取りたいと思ったので、春休み後から開講され、空席もあったこの授業を受講しました。特別にTranslationへの関心が高かったわけではありませんが、複数言語を話すアメリカ人たちをこのクラスでは発見することができました。一般的に、アメリカ人は英語しか話すことができないと揶揄されることも多く、僕の寮でも、自分のethnicityとは異なる外国語をまじめに勉強している学生を見つけることはほとんどなかったのですが、ここでは、クラスメートのほとんどが、英語以外に2か国語を話すTrilingualやそれを超えたMultilingualばかりで衝撃を受けました。その中でも、Alphabet言語を3つという組み合わせではなく、日本語・アラビア語・中国語といった非ヨーロッパ言語とスペイン語、フランス語、イタリア語などのヨーロッパ言語の組み合わせの人が半分以上で、自分の知らなかったアメリカを見つけることができました。

授業では、EU域内での通訳・翻訳ビジネスの現状や将来予測を学習したり、域内の言語に起因する社会問題を扱ったりしました。授業はあまり練られておらず、場当たり的な講義が多かったですが、学生の多くはプロの通訳や外交官を目指していて、授業にまじめに取り組んでいたのが印象的でした。

7. LAS 490: UN Terminology and Procedures (3-day Seminar)

上の授業とセットで取るとよいとすすめられた講座でした。金曜夕方、土・日は朝から夕方までの3日間コースで、国連でフランス語とロシア語を英語に通訳していた人のセミナーでした。国連の文書の中でどういう単語や表現が使われているかを学ぶことがセミナーの目的で、30人のクラスが10人×3グループに分けられて、それぞれのグループに異なるポジションを与えられます。そのポジションに基づき、議論を通じて、一つの共同提案にまとめ上げるというのがセミナーでした。今回のセミナーでは、大学の学費を下げるというテーマのもとで、過激なこと(学長の解任など)を主張するチームから穏健派まで、3つのグループが、3日間かけて、一つの合意を作り上げました。議論の中では、合意を作るために、強い単語は弱い単語に、あっきりした表現はあいまいな表現に変わっていきます。

僕自身は、Nativeではなく、表現の強弱や明瞭さという観点でアメリカ人と英語で議論を戦わせることができるほど英語を流暢に話せるわけではないので、細かい表現の違いがよく分からず、蚊帳の外に置かれたような気分を感じたことは何度かありました。と同時に、チームに何らかの形で貢献しないと貴重な3日間が無駄になると思い、2日目に(勇気を振り絞って)隣に座っていたアメリカ人の女の子をランチに誘って友達になり、常に隣の席を確保して、僕の主張を、休憩中であれば口頭で、議論中であれば筆談で伝え、僕の代わりにその子に流暢に説明してもらうことで、僕の意見を最終合意にねじこんでもらったりしました。

全体的な話をすると、春学期は、クラスでの英語での議論にも慣れてきて、言語で苦労する場面は少なくなっていただけに、英語の表現でこの授業で苦労したことはいい薬になったと思います。すこし過激な言い方をすれば、「英語なんてコミュニケーションのツールなのだから通じさえすればいい」というのは、非ネイティブの負け惜しみであって、妥協せずに、英語そのものをまだまだ勉強しないといけないと強く感じています。

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以上が、授業のまとめです。次回で最後となるレポートでは、この1年間を通じて、僕が学んだ内容を、具体例よりも一段階上の視点から振り返ることで、留学全体の総括としたいと考えています。

2011年6月17日
東京大学 法学部 4年
田中 豪

近藤千鈴さん2011年5月分レポート

JICの皆様、こんにちは。2010年度奨学生の近藤千鈴です。
このレポートを書いている現在は既に学期も終わっているのですが、今学期のことを思い出しながら、第三回目のレポートをお届けしたいと思います。
まずは、今学期に履修した授業のファイナルまでの総括をお話しします。

繰り返しになりますが、今学期に履修した授業は以下の通りです。

  • AAS258 Muslims in America
  • AAS315 War, Memory, and Cinema
  • ANTH363 Anthropology of Dance/Movement
  • ART191 Experimental Photography
  • UP204 Chicago: Planning Urban Life

AAS258 Muslims in America

今 学期、非常に楽しんだ授業のひとつです。授業への参加、2回のプレゼンテーション、2回の持ち帰り試験、そして最終課題で評価が決まります。この授業で は、教授が意識的にテーマも調査方法も違う文献を、課題として取り入れているのが印象的でした。具体的には、歴史学者が書いた、奴隷貿易時代にアメリカに 連れて来られたムスリムが、新大陸での生活に適応するまでの研究、同じ奴隷貿易時代に関する文献でも、社会学者によるムスリムのアイデンティティーの問題 を扱った研究、また人類学者の9.11後の女性のムスリムの現状を調査したエスノグラフィーなどです。おかげで、授業内でムスリムに関する様々な研究を幅広く学ぶことができました。
9.11のテロは、世界中のムスリム研究の流れを完全に変えました。そういった意味で、ムスリム研究というのは、今非常にHotで、重要な分野と言えます。9.11後の文脈の中、研究の中心地とも言えるアメリカで、現地の学生と議論し、学ぶ機会が持てたということは、私にとってとても意義のあることでした。

AAS315 War, Memory, and Cinema

当初の印象通り、discussionに重点が置かれた授業でした。出席、授業中の発言、プレゼンテーション、毎回の宿題や映画に関する提出課題が評価対象です。300番台、400番台にdiscussion中 心の授業は数多くありますが、生徒の議論への参加度、また全体としてのディスカッションの充実度、という意味ではこの授業は非常に質が高かったです。基本 的に、履修している40人ほどの全ての学生が、一回の授業で少なくとも2-3回は発言の機会を与えられます(というより、発言させられます笑)。当初は、 リスニング面の不安から、議論の細かい内容が把握できず、教授に”Kondo?”と発言を促されるのを戦々恐々たる気持ちで待っていることもありました。それでも回を追うごとに、他の学生の議論に対する疑問を元々の自分の解釈に加え、授業で発言していく、という良い循環が作れたように思います。
授業で扱ったのは、広島を舞台に、戦争の記憶と忘却を描く仏映Hiroshima, Mon Amour、アルジェリア独立運動の思想的指導者であるファノンの著作と、独立戦争を基にした映画、ポルポト政権時にアメリカに逃れたカンボジア難民のその後の強制的な国外追放を扱ったドキュメンタリー等、どれも興味深いものばかりでした。

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1.授業で観たカンボジア難民のドキュメンタリー”Sentenced Home”

ANTH363 Anthropology of Dance/Movement

今学期、唯一履修した文化人類学の授業です。評価基準は、授業の出席、課題の文献をまとめる計10回の課題、それに期末試験です。授業は、フィールドワークやエスノグラフィーといった人類学の方法論の再考から始まり、どのようにダンスなどの人の「動き」を記録するのかという問題、また教授の専門分野であるアメリカの先住民Nakotaの人々の使うPST (Plain Sign Talk)という言葉とジェスチャーが混ざり合った会話法などを学びました。2週間に一度のペースで提出する課題があるのですが、もともとの指示に加え、教授が毎回文法・内容にともに細かい添削をして返してくれるので、評価基準が分かりやすかったのは助かりました。
興 味深かったのは、ダンスや手話を初めとする身体文化が比較的研究されてこなかった背景には、西洋の二元論的な考えがある、ということです。つまり、概念や 理論の形成といった精神の活動こそが高次的で重要なものであり、それに対し身体というのは一段低い、研究対象として取るに足らないものと見なされてきたと いうことです。より概念的で抽象的な主題の方が人気がある、ということは他の授業でも感じていたことだったので、そういった従来とは違う視点から切り込む この分野は、ある意味チャレンジングでまだまだ可能性がある研究だと思いました。

ART191 Experimental Photography

今学期、予想以上に準備と課題に時間を費やした授業です。一週間にフィルム1本のペースで撮影し、暗室でフィルムを現像、最終のプリントまで行ってくる、というのが典型的な一週間の課題でしたが、十分な時間を割かないと、授業前の週末に困り果てることになりました。
カメラは主にDianaと いうトイカメラを使い、白黒写真を撮りました。プラスチック製のレンズを使い、作りは非常に原始的で単純ですが、光の加減をちゃんと調整することさえでき れば、十分良い写真を撮ることができます。この授業では、いかに写真を撮るか、ということ以上に現像段階での技術を学ぶことが重視されました。最終のプリ ントで得られるコントラストの強さや、影の部分の濃淡、明るさの違う二つの被写体などを、自分でどのように調節するかということですが、これがなかなか難 しく、半日以上暗室に籠もって作業することも度々ありました。最終の成績を決めるのは、二回のポートフォリオと生徒の自己評価のエッセイです。

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2.FollettsBookstoreの一角を借りて行った写真展

UP204 Chicago: Planning Urban Life

都市計画というものは、私にとって未知の分野だったのですが、シラバスを見てよく計画された授業だという印象を受け、受講しました。毎週のデータ解析や地図 作製ソフトを使ったちょっとした課題やレポート、ディスカッションへの参加、中間テストと学期末のレポートが評価対象です。
シ カゴをケーススタディとして、街の成立から水上・陸上輸送の要地としての発展、現在の街の原型を作った19世紀の大火後の都市の再建や、それに続く都市問 題、さらには戦後の人口流出に伴う危機をどう乗り越えたか、という街の発展において重要な契機を、時間軸に沿って学びました。さらに、シカゴを通してアメ リカの都市の抱える課題を考察することも授業の目標でした。
授業は毎回興味のある内容というわけではなく、週一回のディスカッションの授業も正直あまり助けにはなりませんでしたが、カリキュラムがよく練られしっか りしていたので、一学期の間に重要なトピックを包括的に学べたと思います。個人的にはアメリカの都市と郊外の発展、それに伴うスプロール現象、その後の衰 退と問題の顕在化までの背景が学べたことが収穫でした。

東 日本大震災に際して私は友人からのメールで第一報を受け取り、その直後はわけがわからず、ただ流れてくるニュース映像に圧倒され、驚愕し、自分の無力さを 感じるばかりでした。その後の1週間は、友人や教授を含め、会う人会う人に家族や友人は大丈夫なのかと聞かれました。海外にいると、私の他に日本人の知り 合いがいない周囲の友人にとって、私はある意味日本そのもののようで、彼らは私を通して日本のことを考え、話をしているところもあったのだと思います。彼 らの心遣いや素朴な見舞いの言葉をありがたく感じると同時に、私は幸いながら地震で被害を受けた身内や友人などはいませんでしたが、このように繰り返し聞 かれるのは、知り合いが被災された人にはつらいだろうとも思いました。
地 震の発生直後の学校新聞の記事では、募金をしようと考えている人が全体的には非常に少ないということでしたが、日本人学生が中心となって行った募金活動 や、日本館の献茶のイベントでは多くの人が集まって募金しているのを目にし、アメリカに根付くチャリティー精神を感じました。

今学期は最後の学期でもあるので、授業以外では、色々な機会を逃したくないと授業の合間をぬって、イリノイ大卒業生でもある著名な映画評論家Roger Ebertの主催する映画祭に友人と出向いたり、先学期から顔を出していた写真部の展覧会に参加したりしました。また今学期は写真の授業のために、被写体を求め当てもなくシャンペーン・アーバナ地区を歩き回ったので、町の様々な場所を発掘したように思います。
そ の一方で、授業が忙しくなればなるほど個々の友人と会って話す、ということが億劫に感じることがありました。そういう意味で寮の友人は、別段会おうと努力 しなくても顔を合わせ、一緒にご飯を食べて雑談ができる、貴重な存在でした。人と話すのは苦ではなくても、慣れてうち解けるには時間のかかる性分なので、 正直もう少し時間をかければ、もっと多くの友人と良い関係を築けた気もしますが、イリノイで特に親しくしていた友人とはこれからも連絡を取っていきたいと 思います。

授業が中心の内容になりましたが、今回のレポートは以上です。次回のレポートではファイナルや留学のまとめなどをお伝えできればと思います。

最後に、留学の間遠い日本から応援してくれた家族と友人達、そして貴重な機会を与えて下さったJICの皆様にもう一度感謝の気持ちを述べて、第三回のレポートを締めくくりたいと思います。

後藤直樹さん2011年5月分レポート

JICのみなさま、レポートを読んでくださっているみなさま、こんにちは。今、日本に向かうこの機内で、第三回目の奨学生レポートを書いています。空っぽになった寮の部屋を見たときも、LEXバスに乗りキャンパスを発ったときも、いまいちわかなかった寂しさが、機内で撮りためた写真をスクロールしているうちに、今更になって押し寄せて来ています。

前回のレポートでは、Spring Semesterの始まりまで書きました。こちらに来て半年が過ぎた今期は、英語にも生活にもなれ、以前より余裕を持って時間を過ごせた時期になったと思っています。まず今回は印象に残った授業を二つ、ご紹介したいと思います。

 Media Ethics

授業を担当していたProf.Christiansはとても個性的で魅力的な教授でした。大分お年を召された白髪の先生で、しゃべるスピードはゆっくり、でも話し方に緩急があり、不思議な存在感がありました。生徒のことを本当に良く見ている先生で、30人近くの生徒の名前をすぐに覚え、顔だけを見て出席をつけていました。前回居なかった生徒が授業にくると、そっとその生徒に近づいて行ってプリントを手渡す姿を何度も見ましたが、今思い返してみると凄いことです。

授業自身もとても印象的なものでした。Media Ethicsという名の通り、Journalismにおける倫理が授業のテーマだったのですが、いままで抽象的にのみ論じられて来た倫理を、どのように現実的な問題に応用するかというのが彼のやっていた試みでした。

授業では毎回ケーススタディが取り上げられ、例えばある授業の回では、ホテルルワンダという映画が題材になりました。ルワンダで起こったフツ族過によるツチ族の大虐殺の最中に、あるホテルで起こった史実をモデルに作られた映画ですが、授業ではそこに描かれているジャーナリストたちにフォーカスが置かれます。

虐殺が起こる前から、ホテルルワンダには多くのジャーナリストたちが宿泊していました。映画では虐殺が起こり始めた後、危険をさけ帰国するジャーナリストと、それを引き止める難民の姿が描かれています。自らの命を守る義務と、現地で起こっていることを報道する責務という、二つの異なる義務にジャーナリストたちが引き裂かれる時、彼らはどう行動することが一番よいのか。

ここで教授が取り上げるのはアリストテレスの中庸の倫理です。中庸の倫理というと大げさですが、簡単に言えば行き過ぎでも過小でもなく、その中間のどこかに一番の美徳が存在するという考え方です。この理論をこのケースに当てはめるなら、何もせずその場を離れる選択も、命の危険を顧みずその場に残る選択もどちらも最善ではなく、その中間あたり、例えば一時的にその場を離れるにしても国境付近で取材を続ける、などという選択が最善ではないかという示唆が得られます。

いくつかのEthical Principlesがあり、それぞれのケースについて一番妥当なprincipleが存在し、それを適用すれば一番妥当な行為かが決まる。もちろんここまではっきりとしたことは言ってませんでしたが、そうした白黒をつけるきらいがこの授業にはありました。授業を受けている間、そんなに簡単に良いこと悪いことが決まる物なのか、という疑問はずっと消えなかったのですが、途中から少し考えを改めることにしました。

現実世界では、良い選択という抽象的なものがどこかに浮いているのではなく、常に決断と実行が隣り合わせで進んで行っているのだということを、アメリカに来てからことさら強く感じる様になりました。Principleを用意するということは、それが凝り固まった原理になるということではなく、少しでも良い選択を、迅速に、実際に、実行に移すために、基準を用意するということではないかと今では思っています。Journalismとはもともと日々の記録という意味を持っています。そこまで遡るまでもなく、Journalismが要求するのは、日々刻々と変化する現実のなかで、その都度決断をして行くことであるのは明らかです。

深く考えることと迅速に動くことの二つを両立することの難しさと、それにしっかりと向き合うことがアメリカでの生活に与えられて課題だとおもっています。答えは出ていませんが、この授業は考えることと行動することを両立するために自分の中にPrincipleを用意すること、その大切さを教えてくれたように思っています。

History of Anthropology

一番心に残った授業です。この授業を担当したProf. Ortaの授業は先学期にも取っていて、その人柄と充実した授業に惹かれて今期も受講しました。先学期と比べ10人ちょっとのクラスで人数も少なく、先生との距離も生徒同士の距離もぐっと近くなりました。

授業の内容はHistory of Anthropologyという名の通り、人類学の学説史です。シラバスには明確にこの授業の目的が書かれていて、そこには現代の人類学の研究成果を歴史的な視点で読み込めるようになること、とあります。

文化人類学や社会学、経済学は社会科学として19世紀に誕生しました。この授業で特に感じたのは、このルーツを知ることの大切さです。19世紀は自然科学の発展がドラスティックに社会を変化させ、科学や発展ということに対する信頼が強かった時代です。こうした時代の中、自然と同じように社会も科学的な分析が出来るという信仰のもと、社会学や経済学といった学問は、社会”科学”として出発しました。今まで当たり前に受け入れていた社会学における見方や区別も、遡ればある時代のある特定の見方に端を発していることを再確認しました。

なぜ学説史をやるのが重要なのか、その感じた所をきちんと言葉にするには難しいところがあります。単純にこの授業のReadingが面白かったということもありますし、圧縮した形で積み重ねられて来た成果を学ぶことが出来るという利点もあります。自然科学と違い人文科学の研究成果は、必ずしも新しいものが以前の物を乗り越えているとは言い切れない所があります。学説史を学ぶことによって、いま注目を浴びている考え方が、ある特定の時代、文脈に於いて光を浴びているに過ぎないということを念頭に置きながら、最新の文献を読む視点を与えられました。

僕自身の専攻は社会学ですが、人類学の授業で社会学の古典を読むことになったように、人類学と社会学はとても近いところにある学問です。でもUIUCの授業にはHistory of Anthropologyはあっても、History of Sociologyはありませんでした。これはたぶんUIUCに限らず社会学全体の傾向ではないかと思っています。こちらで社会学の授業をざっと見て感じたのは、この分野での領域の細分化でした。家族社会学、科学社会学、政治社会学、犯罪社会学・・・いくつもの分野に枝分かれをしながら、では社会学全体としてのIdentityはどこにあるのか、という質問にはどうも答えを得られそうにありません。逆に人類学はかろうじてその学問としての全体性を維持できていることを知れたことは、大きな意味があったように思います。

アメリカと日本の大学

一番初回のレポートで日本の大学教育とアメリカの教育の違いについてこれからも考えて行きたいと書きました。あの時感じたことと少し考えも変わっていますが、今もう一度ここで日米の教育の違いについて少しだけ考えを書いておこうと思っています。もちろん僕が経験して来たアカデミックな教育は人文社会科学に限られますし、大学もUIUCと京大だけなので当然一般化することは出来ません。でもその限られた経験の範囲内で二学期に渡る授業を終えて思ったのは、どっちが良いという以前に、両方経験できてほんとうに良かったなという実感です。

京大では、君は好きなことをやりなさい、私も好きなことを話すから、徹頭徹尾そういうスタイルで全てが進んで行きました。僕はこの雰囲気が好きでした。好きなことをやっている方がモチベーションもあがります。UIUCでは逆に、これをやりなさい。これくらい知っとかないと恥をかくよ、とその分野の常識を叩き込まれた気がします。教授はその分野における常識を生徒に伝えるために、じっくりとシラバスを練り、効率的にその分野において知っておかなければならないことを教えてくれました。こちらではやらなければいけない物が押し付けられるので、モチベーションを保つのには苦労することがあります。その時に教授やTAとの個人的な繋がりが、モチベーションの維持に繋がったことは前にも書いたように思います。僕に取っては、このどちらのタイプも経験したことが自分の糧になったと思います。

教育は意図された通りに働く訳ではなく、ほんとうに劣悪な環境がかえって人の成長に役立つというのはよくある話です。だから良い教育とはなにか、という大風呂敷を広げた議論は困難なのだと思います。でも個人のレベルではそんな難しい話ではないと思っています。この留学を終えた今確かに言えることは、両方経験してみるということが一番良いということです。アメリカにいる最中は、こんな大変な授業は一年で良いや、これを四年やり抜く留学生はすごい、なんて思っていましたが、終わってみればもっと続けたい気持ちが湧いて来たりします。

「どっちが食べたい?」「両方!」って言うのがいちばんおいしい体験であったりするように、今回の留学は二つの世界を教えてくれたという意味でほんとうに貴重な体験だったと思っています。そして両方選択することの出来た環境に置かせて頂いた自分は本当に恵まれていたんだと今、思い返しています。

まじめな話ばかりになってしまいましたが、今回の留学を無事終えることが出来、たくさんの気付きを頂けたのも、この留学を支えてくださったJICのみなさま、家族、友人、先生方の存在があってのことです。再び感謝の気持ちを記して、第三回目の奨学生レポートを終わらせて頂きたいと思います。