野村友香さんの2016年7月分奨学生レポート

こんにちは、小山八郎奨学生第40期の野村友香です。と言って留学の報告レポートを書くのもこれが最後と思うと寂しさがこみあげてきますが、同時にイリノイで過ごした時間が私の中で一つの思い出としてしまわれていく感覚に捉われます。

 

5月20日に帰国してから、東京での新居探しや引っ越しの準備に追われており、ゆっくりと振り返る時間をとれていませんでした。帰ってしばらくはまだ心はアメリカにいるようなふわふわした感覚で、もう今はアメリカにいないんだという感情的な寂しさにまみれた日々を過ごしていました。実家から東京に引っ越して大学の授業が始まるとやっと元の生活に戻ったというような感覚になりました。

 

10ヶ月を振り返ると、本当にたくさんの貴重な体験をすることができました。日常はキャンパス内での勉強や週末のハングアウトがほとんどですが、その他にも休みごとには様々な場所を訪れ、留学前は行くだろうとも予想していなかったような大陸を超えた場所へ行き、本や映像の中だけで知っていた世界を実際に目の前にすることができました。とりあえずずっと日本にいたくない!留学行きたい!!という思いから決心して切符を手に入れた小山八郎奨学金でしたが、イリノイに来て大切なことにたくさん気づきました。

無題

(写真1 日本館の桜)

 

将来何をするか。もともと大学に入るときも、進学後に学部を決めるときも人生をかけてやりたいことや達成したい目標というものはなく、なんとなくこっちに行っとけばうまくいくかなー、なんてノリであらゆる決断を乗り切ってきました。ですから3年生になって今後に対する漠然とした焦りは少しありました。ここで一回足踏みといいますか、留学期間をはさむことでゆっくり将来について考えることができて、新しい目標を見つけることができました。アメリカでは卒業後すぐに働いたり大学院へ行くのではなく少し時間をとってその間に仕事を見つけたりする人も結構いました。いい意味でのんびりしているというか、自分が成し遂げたいことをするためなら時間をかけてでも最終的に達成できればいいやと考えている人が多いように感じました。だけれどそうした人も決して歩みを止めている訳ではなく、目標の下で必要な時間をとっているようにみえて、私も大して焦る必要はないなと思いました。達成するための努力は必要ですが。

 

アメリカという、多様性を受け入れる国。特にイリノイ大学は留学生の数が多いこともあり、日本・アジアから来たからといって差別されることは決してありませんでした。一つの家族の中でもたくさん国にルーツがあることも多いので、多様性が身近に当たり前にあるのでしょう。ある時友達の家族とごはんを食べに行く機会があったのですがそこで家族の話題が、我が家にどこどこの国の血は流れているのか、実はおばあさんのおばあさんはどこどこの国にいたからこの国にもルーツがある、というような話になりました。私は完全に親類は全員日本だしたぶん元をたどっても全部日本人だろうし、そもそもあまり人種を気にしたことがありませんでした。こうした話題が小さい頃から日常にあるから、自然と外の国にも目が向くようになるのだろうなと思いました。しかし多様性があるからと言って全員が完全に混ざり合っているとは言い難く、たとえば大学内でときどきBlack peopleによる抗議のようなものが行われていました。それに対してfacebook上でイリノイ白人会なるものが結成されていて(すぐに削除されましたが)、大学が介入してこの騒動を止めていました。人種によるグループは顕在化していなくともそこらじゅうにあり、完全な人種のサラダボウルと呼ぶにはまだ疑問が残る部分もありました。

 

勉強に集中する環境。田舎にあるイリノイ大学はとても落ち着いた雰囲気で、勉強に最適の環境だと思います(平日は特にでかける場所もないし。)図書館はもちろん24時間空いていて、個人用の仕切られたスペースの他にもグループワーク用のスペース、大きなスクリーンやホワイトボードが設置された個室など、議論しながら学びを深めていく環境が作り上げられていました。春学期の遺伝の授業で、最終課題はinfographicをグループで一つ作るといったものだったのですが、授業が終わってからもこの縁をつなげていきたい、もっといろんなことを知りたいという声があがってウェブサイトを作ってその授業メンバーによるstudent organizationまで立ち上げてしまいました。(現在進行中なのでウェブサイトが公開できるようになったらシェアしたいと思います。)こうした自由な雰囲気の中で、なんでもやってみよう!それいいね!とアイディアがすぐ形になる勢いとエネルギーをたくさん感じられたのがよかったです。

写真2

(写真2 制作したinfographic)

 

素敵な人に本当にたくさん出会いました。春学期特にお気に入りだった教授(遺伝学)は、私が遺伝に興味があると伝えたら役に立つサイトや論文をたくさん(消化しきれないほど)教えてくださいました。教授のお兄さんもどこかの大学で教授をしているみたいで、一度授業に来たこともありました。JICの生徒であるという理由だけで、たくさんの方にお会いしてお話を聞かせていただける機会もありました。日本館設立に大きく関わった、日本文化を代表する人であるような佐藤先生からは私が知らないディープな日本のことについてたくさん学ばさせていただきました。何度かお家へ伺い、貴重な資料を拝見させていただきました。ほとんど毎日のように一緒に図書館で勉強してくれた友人、私のグルメ開拓に付き合ってくれた友人、頻繁に家に呼んでくれてどうでもいい話から真面目な将来の話までたくさんのことを話した友人。よくわからない不安で心が影ってきたときは周りの人に頼ることでいつでも元気でいることができました。ここでの縁はいつまでも大切にしたいですし、今後も大変なことがあったときはアメリカでがんばっている友達を思い出せば自分もがんばれる気がします。

写真3

(写真3 いい友達に恵まれました)

 

実のところはアメリカに渡るまでずっと休学してまで行く必要があるのかよくわからないけれど、とりあえず行ってみようと思って一歩を踏み出しましたが、今は心から行ってきてよかったと言えます。のんびりした場所で長い期間好きなことをして贅沢に時間を使ってきたので東京の忙しさに慣れてしまうのはもったいないですが、また次のステップに向けていろいろな経験をしていきたいです。最後になりますがJICの奨学金制度のおかげで本当に充実した留学を実現することができました、このような素敵なチャンスを与えてくださりありがとうございました。JIC40期の素敵なメンバーにも感謝しています。また特に何も口をはさまずにいつも見守ってくれている家族に本当に感謝しています。この経験を糧にまた新しい道を切り開いていきたいです。

 

2016年6月

小山八郎40期奨学生 野村友香

高濱萌子さんの2016年7月分奨学生レポート

JICの皆様、ご無沙汰しております。第40期奨学生の高濱萌子です。第40期生として綴る最後のレポートとなりました。

写真1 日没後

(写真1 日没後のシャンペーン)

 

本レポートは、

  1. 春学期の授業
  2. 課外活動について
  3. 留学全体のまとめ

について書かせていただきます。

 

  1. 春学期の授業

UP204 Chicago: Planning and Urban Life 授業形態Lecture50min×2, Lab50min×1

 授業以外には期末テストとfinal projectの課題がありました。Final projectのテーマは、「地図アプリを利用してシカゴの都市問題を考える」というものでした。自由に2~3人のグループを作るのですが、隣の席に座っていた中国人の男の子とペアを組みました。私たちのグループは、シカゴの自転車利用促進プロジェクトについて発表しました。シカゴは現在、自転車用道路の整備、シェアバイクの普及に力を入れています。ラッシュ時の交通渋滞の緩和や自動車所有にかかるコスト削減のためにも自転車には数多くの利点があります。Arc GISと呼ばれる地図アプリを利用したのですが、問題が起きている場所を視覚的に捉えることができるので、発表を聞く側としてとても理解しやすかったです。この授業ではTAの方が非常に丁寧に面倒を見てくれたのが印象に残っています。

 

ACE430 Food Marketing 授業形態Lecture 80min×2

 後半は毎週のグループワーク+ゲストスピーカーによる講義でした。グループワークの課題の中で特に面白かったのが、キャンパス周辺の5つのスーパーマーケットを回って、外観や店内設備などについて比較するものです。どの店舗が最も効率よく運営されているのか、メインターゲットは誰か、などをグループで予想しました。この授業のグループワークは読み物・調べ物の量が膨大で、1週間ではとても消化しきれず苦戦しました。ですが、先生がアップロードしてくださる読み物は面白いですし、実際に足を運んでデータを集めるのも日本ではあまり経験がなかったので、とってよかったと思います。

 

ACE431 Agri-food Strategic Management 授業形態 Lecture 80min×2

スライドを使った講義形式の授業+同じグループで4回グループワーク課題に取り組みました。回数を重ねるうちにメンバーそれぞれの性格もわかってきて、だいぶやりやすくなりました。グループワーク課題では、食品・飲料を扱う実存する企業(Chipotle, PepsiCoなど)の問題点・改善点を提示します。最後の日の発表では、Q&Aで、私の担当箇所への質問が重なりました。とてもどきどきしましたが、質問されそうなことを予測し事前に調べていたのでなんとか答えることができました。終わってからほっとしたのをよく覚えています。

 

GCL125 It’s Toxic! 授業形態Lecture 80min×2

春休み明けからはグループにわかれての学習になりました。3つのテーマから好きなものを1つ選びます。私のグループは、イリノイ東部に広がる帯水層の上に有害物質を含むゴミ処理場を建設することの問題点を調べ、発表しました。毎回授業でやるべきこと、次の授業までの課題がはっきり示されているので、進めやすかったです。最後の日は先生が持ってきてくださったお菓子を食べながら3チームが発表を行いました。

 

RST351 Cultural Aspects of Tourism 授業形態Lecture&Discussion 80min×2

 特に楽しかったのは、food tourismの一環で、クラスでChampaign-Urbanaのレストラン巡りをしたことです。名物のBBQ屋さん、韓国料理屋さん、メキシカンアイスクリーム屋さんなど7つのお店を回りました。普段は席が遠くて話すことがない人とも会話するきっかけが生まれました。Final Projectは2人組でChampaignのPRビデオを作りました。私たちは「キャンパスライフ」を軸に、キャンパス内で観光客誘致に魅力的だと思うものを撮影しました。全てのビデオを見て、他のチームの完成度の高さに本当に驚きました。ビデオ作りは初めての経験で、初心者らしい仕上がりでしたが、なんとか形になりました。

 写真2 レストラン巡り

(写真2 レストラン巡りのときの集合写真)

 

AGCM199 Ag and Environmental Photography 200min×1(春学期後半)

後半から始まったカメラの授業です。毎週テーマが設定されていて、数枚の写真を提出します。最後には「ストーリーのある写真」というテーマで5枚の写真を出しました。毎週授業中に先生・生徒全員で課題の写真の批評を行います。人の写真をゆっくりとみることで新たに気が付くことがたくさんありました。旅行の際にカメラをもっていったのですが、本当にきれいにとれてカメラの魅力にはまりそうです。週1回の息抜き・趣味としておすすめの授業です。

 

授業全体のまとめ

春休みが終わってからは毎日が風のように時間が過ぎていきました。春学期は最大の18単位をとっていたこともあり、授業・課題・テニス・遊びをしているうちに気がついたら5月を迎えていたというのが感想です。春学期後半は習ったことをベースに「自分の頭で考える」機会が多かったです。特に食品業界について実例を用いて学ぶことで、将来働くときのイメージがほんの少し掴めたのではないかと思います。

 

  1. 課外活動について

【テニスクラブの活動】

外のコートに移ってからは、週に2回練習に参加していました。自転車での往復は景色がよくてとても気持ちよかったです。練習に1年間参加したことで、テニスコートが安心する場所になりました。気分が落ち込んでいても練習に行けば誰かがいて、みんなで打ち合えばストレス解消になりました。最後の練習では、もう一生会えない人もいるのだろうか、と感傷に浸りそうになりました。

テニスクラブでの活動を振り返ってみると、イリノイでテニスをしたことで、私のテニスに対する姿勢に変化があったように思います。私は日本の大学の部活でテニスをしているのですが、常に真剣に練習するべきという雰囲気があります。私はそれも重要であるし、真剣に取り組むからこそ得られるものも大きいと考えています。でも、真剣すぎて時にテニスが楽しいという気持ちを忘れてしまうことがありました。反省ばかりして、良いところに気が付きにくくなったり、自分のだめなところに目が行きがちになってしまったりします。イリノイでは、純粋に楽しむためにテニスをする時間を持つことができました。そして私にとってテニスはただのスポーツではなく、人と人をつなげる大きな役割を果たしていることがよくわかりました。チームメイトに対してたまに適当すぎるのではないかとツッコミたくなることもありましたが、楽しく練習するべきだという考え方は素敵だと思います。テニスがもっともっと好きになりました。

写真3 テニス

(写真3 ウィスコンシン大学での試合後の一枚)

 

  1. 留学全体のまとめ

私は私であり、9カ月異国の地で暮らしても、あまり大きな変化はなかったように思います。正直に申しますと、留学を通して180度考え方が変わったとか、人生の指針ができた、ということはありません。日本の友人に会っても、口を揃えて「変わってないね」「ずっとここにいたみたい」と言われます。しかし成長しなかった、多くを吸収できなかったというネガティブなことではなく、今回は留学前からしっかりと心構えができていたのだと考えています。また、私が今は変わっていないと思うだけで、きっと何かの機会に「あのときの留学があったからこそ今がある」と思うときもくるのでしょう。確実に、今後の進路の選択肢は大きく増えたと思います。自分がどのような道に進むのか、想像をめぐらすだけでワクワクします。

今回の留学で大きな自信になったのは、自分の誠意は、時間はかかるかもしれないけれどあきらめなければ相手に伝わる、ということです。留学後半はグループワークに苦しめられました。苦手に感じる理由を考えてみると、英語のハンデを言い訳に司会役は無理と決めつけ、そして相手の意見に同調してばかりだったからだと思います。受け身で、しばしばただそこにいるだけの存在になっていました。話し合いが停滞しているときも黙って誰かが発言するのを待っていることもありました。きっとグループのみんなも「この子は何の意見もないんだ」「貢献してくれなそう」と思っていたと思います。はじめのうちはストレスがたまる一方でした。しかし回数を重ねるうちに、コツコツと取り組む姿勢は相手に信頼感を与え、そして英語をしどろもどろになりながらもなんとか話そうと試みる姿勢は相手の協力を得ることにつながることがわかりました。グループワークのメンバーもだんだんと私のことを理解してくれたようで、「これはどう思う?」と私の意見を聞いてくれるようになりました。グループワークを通して、意見は言う、でも周りの意見も尊重する、そうした主体的かつ協調的な姿勢を持つ大切さを学びました。つたない英語ながらも誠意を持って、そして行動をすればいつか受け入れてもらえることを確かめられました。誠意をもって人と接する、これは私が日本でも日々の目標としていることです。言語や文化の違いを除いて、私という人間が日本以外の国でも受け入れてもらえたことに小さな喜びを感じました。

留学を通して、性別・人種に関係なく本当に心の優しい人にたくさん出会いました。どうして見ず知らずの私に優しくしてくれるのだろうと考えてしまうほどです。留学は、人の親切により敏感になる機会を与えてくれました。こんなにもたくさんの素敵な方々に出会えるとは想像もしていませんでした。私たちの周りは無限の可能性に溢れていて、探し求めにいきさえすれば手に届くのだということを学びました。

留学前は「キャンパス以外に何もないよ」というお話を頻繁に耳にし、少し心配していましたが、私にとっては毎日が刺激的でした。好奇心のままにいろいろなことに挑戦していたら、あっという間に時間が経っていきました。広大なキャンパスは四季折々で表情が異なり、自転車で散策したり、ランニングをするのが大きな楽しみの一つでした。青い空の下、芝生に寝転んでぼうっとしている時間が何より幸せでした。イリノイ大学が、こんなにも思い入れのある場所になるとは思いませんでした。

キャンパス最後の日の過ごし方は、留学生なら誰しも考えることでしょう。私は、荷造りをほぼ終えた最後の日は、一人ランニングに出かけました。キャンパスの中の自分のお気に入りの場所を走りました。日本館、以前住んでいたPAR、テニスコート、サウスクアッド…とても良いお天気で、私のイメージするUIUCにぴったりの日でした。いつか必ず戻ってきたいと思いますがしばらくは来られないので、しっかりと目に焼き付けました。日本に戻ってきてからも、様々な場所でUIUCの景色を浮かべています。そうすると不思議と心が落ち着きます。

 

最後になりますが、このような素晴らしい機会を与えてくださった関係者の皆様にこの場を借りてお礼申し上げます。JICの歴代の先輩方が長い時間をかけて築いてこられた信頼のおかげで今の私たちがいることを何度も感じました。本奨学金制度に応募するに至った経緯も、第40期に選んでいただいたことも、私にとっては奇跡・幸運の連続でした。この感謝を忘れず、常に向上心をもって進むべき道を見つけていきたいと思います。

写真4佐藤先生と

(写真4 佐藤昌三先生のご自宅のアトリエにて。大好きな40期との一枚。)

 

2016/06/26

第40期 高濱萌子

 

番外編 〜日本(東京)に帰ってきて気がついたこと〜

帰国して1ヶ月が経ち、すっかり日本の生活に戻った気がします。日々白米の美味しさをかみしめています。アメリカでの生活を経たからこそ、日本に帰ってきて感じたこと、実は日本特有であるという発見を、忘れないうちに記録しておきたいと思います。

 

  1. 声が小さくなる

周りの目を気にしすぎなのでしょうか。日本ではつい声量を抑えてしまいます。

  1. 目からたくさん情報が入ってくる

広告の量が多いです。

  1. 人が多い(多すぎる)

さすが東京です。どこにいっても人がいます。

  1. 観光客が増えている

私の家の近くでも外国人旅行者らしい人をよく見かけます。

  1. コンビニの品揃え・清潔感に感動する

帰国後空港でコンビニに入ったときの感動は忘れられません。

  1. 女性の細さに驚く

おそらく自分が大きくなったのも原因ですが。

  1. 年齢確認されることがほぼない

アメリカでは必ずパスポートを携帯していました。

  1. なにもかもキッズサイズに見える

とくにサーティワンに行った時に感じました。

  1. 座るところがない

日本にはベンチが少ないです。

  1. 満員電車(バス)でもさらに乗り込む

キャンパスを走るバスは日本人から見るとまだ乗る余裕があっても、運転手さんに扉を閉められてしまいます。

 

 

喬博軒さんの2016年7月分奨学生レポート

留学を終えて約一月半が過ぎました。本稿がこのJICホームページに載る奨学生として最後のレポートだと思うと、感慨深く、そして感謝の念に浸る思いです。この「かけがえのない」という言葉では足りないくらい輝きに満ちた10か月を振り返ると、JICを通して出会ったたくさんの皆様の顔が浮かびます。この報告書を書き上げた今、多くの方の愛情に支えられた私の留学は幕を下ろします。

現在系、進行形で語られていたこれまでとは違い、最終レポートは日本に腰を下ろし、遠く離れたシャンペーンの日々を想起して書かれるためにどうしても違った趣になっていると感じます。私は帰国後すぐに、かの地から携えたゆったりと流れる時間を「矯正」するために都内の病院で長期の実習を行いました。じっとりとまとわりつくような湿気、コンパクトな建造物、速くて正確な鉄道、人があふれる交差点の中にあって、幾度かその環境に静かな眼差しを向けました。再び日々に追われ新たなスタートを切った私は、せわしなくまわる大きな歯車の一部に戻ったような感覚にあります。きっとここにもすぐに慣れてしまうでしょう。留学中のあの高揚感がノスタルジックに思い出されます。できるだけはやく慣れなければいけません。半ば強引に自分をこの環境に順応させた次は、やるべきことに一生懸命取り組みます。目の前のことを全力でやることが、あのマヤの村やクリーブランドの病院、そしてその先へと直につながっているのです。国内外に関わらず今私のいる場所で信念を持って行動を積み重ねます。そうすることこそ私がこの留学で学んだことです。

最終レポートとして、春学期の講義、フィールドワーク、最後の振り返りをここに報告させていただきます。

写真1 大切な写真:佐藤先生アリスさんそして愛すべき40期の皆

(写真1 大切な写真:佐藤先生アリスさんそして愛すべき40期の皆)

 

<講義ついて>

履修した講義

ENG498         Sustainable Development Project

GCL188         Doctor and Patient

MCB320        Mechanism of Human Disease

MCB246        Anatomy and Physiology
・ENG498           Sustainable Development Project

留学中の私の集大成といえる講義です。後半は主にリサーチプロジェクトのポスター発表に向けてグループで現地での調査内容を具体的に詰めていきました。年齢も人種も専門も異なる構成の集団で、共通のビジョンをもってプロジェクトを前進させていくためにはどうすればよいかというオリエンテーションを経たにもかかわらず、私のチームにはいくつもの困難がありました。途中1人メンバーがいなくなり、2度教授から解消の提案がされ、数えられないほどの涙が流れました。皮肉にも、理論とその実践は全く別のことなのだと痛い程学ぶことになりました。最終的にはかろうじて発表までこぎ着けましたが、発表の5分前まで私は「もう止めだ」と反発し合うメンバーの間を取り持ち説得し続けました。はっきり言って私たちのグループは持続可能ではありませんでしたが、忘れられない講義となりました。

 

・GCL188          Doctors and Patients

今期の中でとても楽しみな時間でした。課題が少し多くて大変と感じることもありますが、先生のチョイスがピカイチなのか、

文学作品の読解・ディスカッションの他に、後期は製薬会社のコマーシャルに関してのレポート、プレゼンテーションを行いました。日本をはじめ多くの国で制限されている医薬品のコマーシャルがアメリカでは日常に溢れています。ユニークなものからシリアスなものまで、そのアプローチの仕方は様々ですがいずれも人間の健康への欲求に訴えるものでした。健康や病気が市場原理の中でどのように存在するのか、その特徴や問題点を探るのは新鮮でした。医療という世界は医師という職種以外にも多くの病院スタッフはもちろん、製薬や機器、さらに自治体や国というように多くのキャストが携わっています。さらに「病気」というものへの一般的な認識はその地域や時代によって大きく異なっているのでした。広い視点で医療や人間というものを見つめる視点は私にとって貴重でした。

写真2 シカゴにて:ピカソのオブジェの上

(写真2 シカゴにて:ピカソのオブジェの上)

 

・MCB320          Mechanism of Human Disease

前回に引き続き講義毎に一つの疾患を扱っていきました。Premedの授業ですが、実際にカール病院で臨床や研究を行っている現役の脳神経内科医の講義が6コマほど続きました。Medical schoolでも教えていると言っていたのでおそらく同じスライドをつかっているのでしょう。普段MCBの細かい基礎生物学や基礎医学の講義をたくさん受けている学生たちにとって、このように臨床的な視点を持った講義はモチベーションにつながるだろうと思います。どうしても日本の医学部の講義と比較してしまうのですが、この先生は本当にプレゼンが上手でした。普段から多方向からの評価に曝されていること、また授業時間が短いことが要因の一つでしょうか。エネルギー溢れる講義は、90分は続けられないだろうなと思う程毎回がエキサイティングでした。

 

・MCB246          Anatomy and Physiology

前回同様、後半は免疫系や血液、泌尿器や生殖器の解剖生理を学びました。以前も載せたようにFollingerというキャンパス最大のホールで行われます。アメリカの大学の特徴として、このような講義中心の大規模な講義でも必ず実演の時間やグループワークを取り入れようとます。質問がしづらい分、メールでの質問に加え教授のブログにコメントする形で質問やディスカッションが行われ、常にネット教材を使った演習問題が課されます。特にブログを通した教授のレスポンスが本当に早く、試験前は多くの学生が利用していました。トランスファーしてきた友人が、教育に対する熱心なサポートが特にこの大学は強いんだと言っていました。

 

 

<国際保健の現場へ~Guatemalaフィールドワーク~>

4月末に私はグアテマラのマヤの村々を訪ねました。今心に残っているのは「本当に素晴らしい人たちは現場にいる」というOrganizerの先生の言葉です。念願であった国際保健の現場に待ち受けていたのは失敗の数々、悔しさと無力感でした。大きなスケールで物事を考えれば考えるほど、大事なのは矮小な個人のレベルでの行動なのだと感じました。

大学病院のGlobal Health Trackと国際NGOの合同プロジェクトに同行、一週間という短い期間でマヤの女性たちの健康状態の調査を行い、報告書をまとめ発表を行いました。今、多くの開発プロジェクトは「持続可能」であることを大前提に、現地の人々のニーズを徹底的に調査し、さらに現地の人々が主体となってそれらの課題を解決するシステムを構築すること、そのチームの一員となることが求められています。このようにいうと聞こえはいいですが、論文やディスカッションで学ぶこととその実際の間にはまだまだ大きなギャップがあり、さらに言えば、本当の意味でこの理想の開発を実現することの難しさはおそらく「現場」にいる専門家たちが一番実感しています。

写真3 マヤコッミュニティにて:できることを全力で

(写真3 マヤコミュニティにて:できることを全力で)

 

グアテマラではチームメンバーに入れていただき、血圧や脈拍酸素飽和度の測定という簡単な仕事を与えてもらいました。毎日のログの作成、報告書のデータをまとめることが私の仕事でした。普通は立ち入れない文字通り山奥の村に行って肌でその「現場」を感じてくることはできました。たくさんの人と話をし、直接触れ合いました。しかし「できたこと」はここまで。数え切れないほどの「できないこと」を学びました。今思い返しても、私は常に現実の厳しさ、迷い、疑問、そして無力感の渦の中にいた感じがします。土だらけになってホテルに戻っても頭に靄がかかったように考えを消化できず悶々としました。自分が今まで学んできた知識、Evidenceや統計学では太刀打ちのできない大きな壁を感じました。現地の人々はそんな私を、アメリカから来た医療チームの一員として最大の敬意を払って接してくれました。ときにその視線が痛い程に自分がここにいることへの責任を感じました。訪れた2つ目の村に、13歳のダニエロという名前の少年がいました。優しく礼儀正しい彼は週末は村を出て中心街で音楽を学んでいます。マリンバが得意で将来はマエストロになりたいと少し照れながら言っていました。彼のおそらくビタミン欠乏が原因の脊椎の湾曲に、私は姿勢の矯正やマッサージを勧めることしかできませんでした。毎日の畑仕事や暗い学校で過ごす彼の生活環境の中で、私のアドバイスは彼にとってどれほど意味のあることでしょうか。どれほどの影響を与えるでしょうか。それでも私が一番なにか貢献していると感じたのは、その地の子供たちを笑わせたとき、彼らの話を聞き前向きにそれを後押ししたときでした。今の私にできるのはここまででした。

何もできなかった「現場」で感じた無力感が今回の留学の楽しさを思い出すその裏に常に付き纏い、現在でも常に私の行動を規定しています。この悔しさ、敗北感のさきに何があるかわかりません。それでもどんな場所でもその最前線で行動し続けていきたい、そう思うには十分な体験でした。

 

<留学を終えて>

初めてキャンパスに来たときに感じた未知への期待や不安の中にいた自分と明らかに地続きのその先に今の自分がいます。どちらかと言えば、一生懸命になり目の前が見えなくなった折に、過去の自分を道標に何とか歩みを進めてきたという実感があります。振り返るとそこは自分だけの個性的な物語に満ちていて、その積み重ねの先にだけ確かな行動があるのです。昨年、初めてのレポートで私は次のように述べています。

 

(この留学が)どのような結果になろうとも、それは成功や失敗だとか、点的な概念や客観的な指標で測れるものではありません。私だけの事実を伴った経験として、私の中に凛とあり続けるのだろうという確信があります。

 

過去の事実が「今」という新たな道に繋がっています。”Carpe diem”とは映画のセリフとしても有名ですが、元々古代ローマの詩人の言葉です。紀元前から儚い人生を憂い今この瞬間を楽しもうという前向きな概念があったことに人間の本質を考えさせられます。過去の自分に何かが加わったとすれば、今その瞬間で限りなく全力を尽くすことを学んだことかもしれません。

巨大な時間の流れの中の一点として現在の自分を取り出してみると、そこには一見して平凡な自分がいます。日本だろうとアメリカだろうと継続して勉強することは変わらないのだという感覚が強く、私は具体的に何を得たのだろうかと疑問を持つほどに冷静です。このことをずっとお世話になってきた大学の先生にお話しすると、留学から無事帰ってきたねという労いの言葉のすぐあとに「バカモノ」と言われてしまいました。そう思っている時点で留学前のあなたとは全く異なっているよと。日本に帰ってきて、アメリカ留学に対するただの憧れが自分への反省と実質的な行動の重要性に変化していることを指摘してくれました。

先生はまた、同時にこの留学の経験を単なる感謝の言葉以上のものとして家族に伝えてみたらどうだいと優しく言ってくれました。こんな言葉をかけてくれる人が周囲にいることが私の誇りであり、私を私足らしめてくれます。

この恩師の他にも、私たちの成長した姿をみるのが生きがいとまでおっしゃってくださるJIC会長、現地や日本で惜しみない支援を続けてくださったイリノイ関係者の皆様、いつも心配してくれた家族、日本やイリノイで出会ったかげがえのない友人達、皆様のおかげで私は改めて今の自分を肯定したいと思えます。このような人々に囲まれていることを本当に幸運に思います。止むことなく歩みを続けていきます。本当にありがとうございました。

写真4 アンテロープにて:どこまでも真っ直ぐな道の先

(写真4 アンテロープにて:どこまでも真っ直ぐな道の先)