2008年度奨学生レポート(椿 晴香)

JICの皆様、日本は例年より少し暖かいと言われているようですが、それでも寒い季節、いかがお過ごしでしょうか。前回のレポートから数カ月経ち、イリノイでの生活がすっかりしみついてしまいました。毎日のように氷点下の世界で、考えてみると決して過ごしやすい土地ではないのですが、冬休みの間イリノイを離れシカゴの空港に戻ってきて寒い空気に触れたとき、何とも懐かしい気持ちになった自分に気づきました。授業の教室がどこか出先の建物の一室のように感じていた初秋にはここまでの感情の変化がは想像していませんでした。きっかけは最初の2ケ月にあったのだと思いますが、いろいろなことが起こったその後の3か月ほどの一部をご報告いたします。

☆研究室
Department of Plant Biologyはじめ、イリノイ大学の多くの学科には学部生対象に研究室に所属して研究の過程を体験するというシステムがあります。専攻によっては日本の大学の卒論にあたる研究がないようで、学部生のうちに研究室に入ることはあまりないため、Undergraduate researchの経験は大学院進学の時に有利とされています。私の入れていただいた研究室では4~5人の学部生が大学院生の研究の分析補助をしています。日本で卒論のための研究室を選ぶ前に休学してイリノイに来たため比較はあまりできませんが、朝は8時前から始まり夕方は4~6時頃には帰宅という研究スタイルは良いなと思いました。日本ではともすると夜遅くまで残っていることが美徳とされがちなのに対し、とても健康的です。私は授業が半日ない曜日にまとめて週12時間ほどを研究室で過ごしています。帰国後自分の研究を始めたときに、ここで身につけた試料の処理法がそっくりそのまま役に立つことはありませんが、一つ一つの試料を丁寧に扱うことは共通していますし、データとして見るだけでは思いもよらない地道な作業が研究の裏にはあることを実感しました。

研究自体も面白いのですが、広い大学の中で学問的興味が近い研究室メンバーと知り合えたことも大きな収穫です。バーベキューや先生のお宅でのパーティーもあり、料理を持ち寄り、普段はそれほどできない会話をし、楽しい時間を共有できました。PhDの学生にとって将来家庭を持ったらどう研究と両立させるか、配偶者の就職先によって研究場所をどうするかなど日本と変わらない悩みがここにもあるのだなと、考えさせられました。何より助かったのは、自分の興味に即した研究室を選んだため、関連する授業でレポート課題が出たときに、英語のチェックをしていただけたことでした。初めの頃こそ長時間の分析に疲れてしまうこともありましたが、気さくな方ばかりで今では大切な居場所になっています。

☆Crazy fish lover lives here.
10月のある日、いつものように授業後に研究室で試料袋をならべて測定準備をしていたところ、研究室に隣接するResearch Assistantさんの部屋(office)からかん高い声が聞こえてきました。彼女はそこで飼っている魚にそのように語りかけてかわいがっています。その日はそれがいつも以上に長く、ついに一緒にいた学部生がofficeのドアに何やら貼り紙をしました。何だろうと思って顔をあげると、「Crazy fish lover lives here.」と。思わず吹き出し、さらに「We have to warn people.」などと言うもので、笑いが止まりませんでした。

箸が転がっても可笑しいと言われる年頃が過ぎても日本にいたときはよく笑っていたのに、イリノイに来てからその日までは笑うことがほとんどありませんでした。アメリカ人の学生たちは友達同士で談笑していましたし、Illini Unionで開かれたコメディショーでは一緒にいた他の人は笑っていたので、大学内に面白いことが全くないわけではないのです。それにも関らず楽しめなかったのは、リスニングは得意な方だと思っていたもののコメディーはスラングも多く、学生同士のおしゃべりでたまに聞き取れたことが下品なことだったりするとそれ以上聞きとる気力を無くしてしまったためかと思います。毎日のあいさつやThank you!は笑顔でと心がけていたのでほほ笑むことはありましたし面白い授業はあったのですが、心から笑える体験がありませんでした。

それが、Crazy fish loverの一件の後、何となく気が軽くなりました。リスニング力が多少向上したこともあったのでしょうか。じっくり聞いていると、周りの人たちが実に面白いことを話しているのがわかり、一緒に笑えるようになりました。以前のように思い出し笑いをすることもあり、精神的に余裕が出てきたのを自覚しました。ふと、大学に着いた最初の日のオリエンテーションで、外国に行き異文化に接したときには、初めは「あばたもえくぼ」と夢見心地で受け入れるものの、次第に憂鬱になり、紆余曲折を経たのち最後には自分の新しい故郷と感じる、という段階を経ると聞いたことを思い出しました。早く故郷と思える段階になるには周りの人との関わりが大切だとのことでした。ちょうど遊びに誘われる時間が研究室の時間と重なることが多く、なかなか寮の友だちとの時間がとれていませんでしたが、学年も近い研究室の人たちとのつながりが私にとって大きな意味を持っていたのだなと、学術的なメリットしか考えていなかった研究室の意外な面を発見することができました。

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☆日本館
今年は大学にある日本館が設立10周年にあたり、10月の最後の週末には記念行事が開かれました。そこで、友だちを誘ってお茶会や飴細工、手品を見に行きました。日本庭園や和室を見て、飾ってある額には何と書いてあるか、お茶の時には何をしているところなのかをできる範囲で彼らに説明しました。ただ、お茶は10年くらいぶりでかすかな記憶しかなく、日本紹介の使節としてではなく理系の学部生としてアメリカに行くのだから新たに日本文化の知識をつけて行かなくてもよいだろうと、日本にいる間にあまり勉強していかなかったのを少し後悔しました。それでも、面白いわと言ってくれ、私自身も久しぶりに日本文化を楽しむことができました。夕方にはピクニックがありました。JICの方々数名にもお会いして励ましのお言葉を頂き、改めて多くの方々のお世話になってイリノイに来ることができたことを実感しました。普段の生活では日本人と会うことはほとんどなく、主に自分のパソコンや書物でしか日本語にも触れない環境で2か月以上暮らしてきた後のことだったため、きちんと日本語でご挨拶ができるかさえ心配でした。実際は流石にそんなことはなく、この週末を機に日本出身であること、日本からたくさんのサポートを頂いていることを感謝する、よい機会となりました。後にアジア系アメリカ人の友だちとどうして中国館・韓国館はないのだろうという話になったときには文化交流のための日本館があることを誇りに思い、また設立・維持に関わっておられる方々に感謝の念でいっぱいになりました。

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☆Thanksgiving break
11月の最終週、丸一週間の休みがありました。多くの科目でここぞと宿題が出、また期末試験も近かったので寮が閉まっても自宅に帰省して勉強したいだけできるアメリカ人が少しうらやましかったです。しかし叶わぬこと、みんなができないことをしたいと思い、ちょうど国立公園の植物・自然についての課題が出ていたので気候のよいフロリダ南端にあるBig Cypress National Preserveを選び、現地へ観察に行くことにしました。出身の関東にもイリノイ中部にもない熱帯と温帯の植物が両方見られ、文献だけではわからないことを見つけることもできました。結局この課題は同じ科目の以前のレポート課題ほど好成績ではなかったのは残念でしたが、読んでいただいた研究室の先輩は褒めてくださり、専門外だった湿地の生態学や植物学の専門書も読み漁り、楽しいレポート作成になりました。

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感謝祭の直前にイリノイに戻り、その後は教会の勉強会で知り合った方のお宅に泊めていただきました。そのお宅で感謝祭の食事は食べられなくなるまで食べる食事だと聞き、そんな食事が日本にはあるかと聞かれました。いつもとは違うごちそうをたくさん味わうのはお正月ではないかと答えました。家族で祝う祝日であること、翌日にはセールがあることも似ていると思いました。そして、そのような大切なお祝いに私を交えてくださったのは本当にありがたいことでした。

休み明けは国立公園の課題含め二つの学期末のレポートとその口頭発表に続き期末試験もあり、大変慌ただしくなりました。この頃から本格的に雪が降り始め、過ごしにくくなったもののきれいな雪景色は眺めるだけで気晴らしになりました。

☆冬休み
前半2週間ほど親戚もいる西海岸で過ごしたのち、冬休み最後の1週間はYMCA内の団体であるASB (Alternative Spring Break)の主催するボランティア旅行に参加しました。行先は昨年度の八尾さんと偶然同じく、テキサス南部にあるメキシコからの移民のための施設です。多くの人が農業に従事しているということで関心を持ち選んだ行先でしたが、旅行前の班ごとの勉強会で日本の農村とその抱える問題とは異なることがわかりました。不当な労働条件のため低所得で、アメリカ国内で最も貧しい地域の一つにあたり、非舗装の公道、トレーラーや小屋のような住宅は衝撃的でした。普通の大学生活では感じることのない移民問題や貧困を目の当たりにし、施設の方に言われるまでもなくアメリカの皆で考えていかなければならない問題であることを実感しました。

また、このボランティアを通して多くの人との出会いがありました。メンバー11人中10人が女性ということもあり、11月頃から週1回あったミーティングや募金活動に始まりシャンペーンから24時間近いドライブと現地での6日間で仲を深め、今後も親しくしたい友人に出会うことができました。現地では施設で働いている方と、まだまだなのという英語と私の本当に片言のスペイン語とでお話し、交流もできました。他のアメリカ人のメンバーが施設の人たちとなかなか打ち解けられないと言う一方、私は英語のわからないつらさから共感できたのは皮肉なことですが、よかったのかなと思いました。しかし、今度来るときはスペイン語がもう少しできるようになっているね、とも言われ予備知識全般ともども勉強不足だったことを後悔しました。

昨年度と同じくウィスコンシンとアイオアからの大学生も同じ時期にボランティアに来ていました。グループの皆とも言い合っていたことですが、アルコール禁止で少なめの予算で自炊をするイリノイのASBはボランティア活動に専念できるよい団体だと思います。寮の掲示や留学生オフィスからのメールでもお知らせがありましたので、来年度以降来られる方々で関心をお持ちの方はぜひ参加なさることをおすすめします。

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ここには書ききれないくらい他にも授業内外でイリノイでしかできない様々な体験がありましたが早いもので、留学生活も後半に入りました。1月19・20日とMartin Luther King Jr.誕生日と初の黒人大統領就任式が続き、世の中も変わりつつあります。この歴史的な瞬間にアメリカにいることができること、ただ滞在しているだけではなくイリノイ大学という素敵な環境で学ぶことができることを感謝しつつ、私自身もまた成長して変わることができるように、今学期も精一杯頑張ります。今後ともどうぞよろしくお願いいたします。

東京大学理学部地球惑星環境学科4年 椿晴香

(写真1:SouthQuad…10月24日にしてもう紅葉)
(写真2:Research farm:10月末に交換留学生対象で大学の牧場の見学に行きました。胃の中を研究するための穴に腕を入れさせてもらったところ。)
(写真3:Florida…カヌーでマングローブの中に入ったところ)
(写真4:SanJuan:メキシコ移民の人たちの住んでいる地域)