西村崇さんの7月分奨学生レポート

2006年度奨学生の7月レポート第3弾は西村さんです。春休み前の忙しいファイナルや、Krannert Centerでのコンサートなど、シャンペーンの風景が懐かしく思い出されるAllumniの方々も多いではないでしょうか。

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JICの皆様、ご無沙汰しております。先日の総会では久しぶりに皆様とお話させていただき、大変嬉しく思いました。私は5月の半ばに帰国し、現在は大学院 進学を念頭において日々の生活を送っています。シャンペーンでの夢のような生活を終えてから2ヶ月、留学生活への不安を感じながら日々を過ごしていた去年 の夏ももはや1年前のことであると思うと、時の流れの早さを感じずにはいられません。最後のレポートでは、留学生活最後の1ヶ月の日々と留学生活全体の総 括についてお伝えしたいと思います。

<最後の1ヶ月>

(学期編)

私が今学期に登録した全ての授業 は、Final Weekの1週間前に全ての課題が終わるようにスケジュールが組まれていました。そのため、春休みが過ぎてからは一般的な学生より早く準備をしなければな らず、学業以外の活動との折り合いをつけるのが大変な日々を過ごしました。2007年度以降の奨学生の方々への参考の意味も含めて、ある1日の生活をここ で披露したいと思います。

4月14日(土)

朝の8時30分に起床。週末のためPARの住人はまだ誰も起きていないようだが、ラウンジで次週に期限の課題に関連した文献を読み込む。

11時30分頃、この時間ぐらいになるとフロアメイトも起き出して来るので、友人を誘って昼食へ。お喋りをしながらの食事だと、1、2時間はあっという間に過ぎていく。

午後は再び課題に取り組む。パソコンに向かって、ひたすらレポートの打ち込み。日常生活を詳細に描写した調査報告書を書くのに苦労しっぱなし・・・

夕食後は、奨学生同期の佐藤さんも参加しているBlack Chorusが7時30分からあったので、フロアメイトとKrannert Centerへ。今まで見たことのあるコンサート・演劇の中でもベストテンに入るくらいの、パワフルなステージに圧倒される。

コンサート終了後、佐藤さんや他の友人も交えてGreen St.沿いのカフェでお喋り。午前1時に店が閉まった後も、Sherman Hall、次いでPARに移動してひたすら話し込む。

結局は徹夜。朝の7時45分には、Illini Union前で別のグループと集合して人生初のSkydivingへ。

寮に戻ってきたのは夕方頃。夕食を手短に切り上げて、宿題を再開。必死の思いでパソコンにレポートの続きを打ち込み続ける・・・

さ すがに春学期最後の1週間はほとんどの時間を勉強に割いていましたが、そのことも含めてイリノイ大学では1年間を通して本当に密度の濃い生活を送ることが 出来ました。4月末には髪に白髪が数本混じっているのを発見したので、体には結構な負担をかけていたようですが(笑)

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旅行編)

全ての課題が終わり、授業からも日々の大量の宿題から解放されて晴れて自由の身になった後は、Boston、 Washington、Niagara Fallsをめぐる約1週間の旅に出かけました。Bostonでは幸運にも入手できたボストン・レッドソックスVSシアトル・マリナーズの試合を観戦して 日本人メジャーリガーの活躍に勇気付けられ、Washingtonではアーリントン国立墓地や連邦議会議事堂の厳粛さに心を打たれ、Niagara Fallsでは自然の雄大さに改めて感嘆し…と旅行中に訪れた場所一つ一つについて語り始めたらいくらスペースがあっても足りないのではないかと思うぐら いに、どこも素晴らしい場所でした。Final Weekに向けた勉強で忙しくしている友人達に多少の申し訳なさを感じましたが、1年間頑張った自分へのご褒美ということで、日々を思い切り満喫していま した。

また、単に観光地巡りとして楽しんだというだけでなくアメリカの社会に住んでいるということ実感する上でいくつか貴重な経験も ありました。例えば、Niagara Fallsを訪れた時には、国境がもつ意味の重さを痛感させられました。Niagara Fallsはアメリカとカナダの国境沿いに位置しており、どちらの国側からも滝を見ることが出来ますが、滝の全体を見渡すことが出来るカナダ側からの眺め のほうがよいとされています。私もその眺めを楽しみにしていましたが、結局カナダ側には渡りませんでした。なぜなら留学生用のVisaの一部を寮に置いて きてしまったために、短時間といえどもカナダ側に越境すればアメリカ国内に戻れない可能性があったからです。たった一枚の紙を忘れてきたがために、徒歩で 10分もかからない距離を進むことが出来ない。自分がこの国では外国人であることを改めて思い知らされる出来事でした。(留学生活最後の1週間)

旅 行から帰ってくると寮の友人の一人が既に帰国しており、他のフロアメイトも退寮に向けて荷物の整理を始めているなど、UIUCでの生活が終わりに近づいて いることを実感しました。それからの数日間は、キャンパス中の写真をとったり友人達との雑談に時間をあてたりして、ここでの生活に思い残しが無いように日 々を過ごしました。そのおかげで部屋の整理はズルズルと先延ばしになり、退寮期限の最終日にはまだ半数ほど残っていたフロアメイトの一人として徹夜明けの 体で部屋の整理をしていました(笑)全ての荷物の整理が終わりガランとした部屋―PARに自分が入居した時とまったく変わらない姿を見せているその部屋を 見たときには、過ぎ去った時間が二度と戻ってこないことを思い、非常に寂しいものがありました。

退寮後は友人の院生寮に一晩泊めさせ てもらい、翌朝オヘア空港に出発しました。空港でクリスマスの時にもお世話になった寮の友人Coryとその家族に大きな荷物を預かってもらい、冬休みの短 期留学中に仲良くなったDerekの家を訪ねるため、コロラド州Grand Junctionという町に必要最低限の荷物を持って向かいました。そして、そこでもまた素晴らしい日々を過ごしました。アメリカを発つ前にGrand Canyonのような内陸の自然美に恵まれた地に一度は行きたいと考えていた自分にとっては、東側を緑豊かなロッキー山脈に、西側をMonument Valleyを中心とした砂漠地帯に囲まれたGrand Junctionはまさにうってつけの街でした。ドライバー兼ガイドとして滞在中ずっと付き添ってくれた友人の助力もあり、帰国前にいい思い出をつくるこ とができました。

Grand Junctionを離れてシカゴに戻った帰国前日は、再びCoryの家に一晩泊めてもらい、彼と散歩をしたり夜遅くまで語り合ったりして過ごしました。寮 の一番の友人であった彼とUIUCの一年間を振り返りながら過ごしたその時間は、心地よい感覚と同時に、明日帰国するのだなということを実感させる時間で もありました。翌日は彼の父親にオヘア空港まで送ってもらい、私の留学生活はようやく終わることとなりました

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<留学の総括>

一言で言えば、今までの人生で最高の10ヶ月でした。その理由は沢山ありますが、以下の3つに集約されると思います。

(出会い)

留学中は様々な人々、特に日本で過ごしていたらまず会うことのなかっただろう人々に沢山出会いました。特に、人種も国籍も多様な多くの友人達に恵まれたことを嬉しく思います。

Freshman ながら分厚い歴史書を愛読するなど熱心な勉強家であったCory、多少皮肉屋ながらRA(寮のフロア長)としてフロアメイトの尊敬を集めていたJin、物 理学と国際開発学のどちらでも才能を発揮したDerek、敬虔なイスラム教徒で様々な社会問題に対して常に真剣に憂いていたShazani、日本文化を深 く愛し誰よりも誠実であったNik、日本の一流大学を中退して単身渡米し、将来の夢を実現すべく頑張っているNao…、お互いに助け合い刺激しあった奨学 生同期のみんな…スペースの都合上全ての友人達を紹介することができないことを残念に思うくらいに、みな魅力に溢れた友人達でした。この中の友人達の幾人 かとは、残念ながらもう二度と会うことがないかもしれません。しかし、今もアメリカで、あるいは地球のどこかで彼らが自分の夢に向かって頑張っていると思 うと、それだけで十分に励まされるし、自分も負けていられないなと思います。

(「広さ」を知る)

精神的な面でも空間的な面でも、世の中の「広さ」を知る。これが二つ目の貴重な経験でした。

精神的な面としては、上に述べた多様な人々と交流していくなかで自分のものの見方・考え方が一面的なものでしかないことを知らされました。このことに関して、10月のある週末にJinと話した時の内容を今でも覚えています。

そ の日は珍しく彼にサシ飲みに誘われ、二人でキャンパス街の中では比較的静かなBarで飲んでいました。私が日本人、彼が韓国人というであったせいか、東ア ジアの国々の現状や将来といった話に自然とトピックが移っていったのですが、そこで日本の話が出てきた時のことです。社会学という学問を専攻している者の 性質上、私は日本の現状に対して批判的な意見を披露しました。しかし、彼はその意見に対して「それでも日本は大国じゃないか」ということを言ったのです。 彼が言うには、機会とお金さえあればさっさと海外に出て行きたいと多くの人々が願っている韓国は、世界に通用する大学や企業がいくつもあり、貧富の格差も まだ小さい日本には到底かなわず、これからのアジアを率いる可能性があるのは中国ではなく日本だろうとさえ述べたのでした。日本に対してこれ程までに肯定 的な見方が日本人の口から出たのではなく、日本をライバル視することの多い国から来た友人から発せられたことに大変衝撃を受けました。寮に帰った後で彼の 発言を改めて振り返り、そしてあることに気がつきました。それは、日本に対してネガティブな印象を抱きがちだった自分にとっては、世界から見た場合の日本 の姿という視点が欠けていたことでした。彼の意見が韓国人一般の意見だとは思いませんが、自分の考えが内向きであったことに気がつかせてくれた友人に今で も感謝しています。

この他にもキリスト教徒やイスラム教徒の世の中の見方、繁栄を享受する一方で多くの人が貧困に苦しむという先進国 アメリカの現実、母国のため・自身の成功のため雪崩を打って海外に進出するアジア人達の現状など、自分の世界観を広げる上で文字通り「体感」する機会を多 く得られたことを嬉しく思います。

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空間的な面とは、単純に、「世界はまだまだ広い!!」と実感したことでした。Derekと共に登ったMt.Garfieldの頂上では、それまで見たこと も想像したこともない光景が広がっていました。何も遮るものがない澄み渡った青空の下、眼前には広大な砂漠と赤茶色の地肌をむき出しにした険しい山々が、 そのすぐ脇には青々とした畑が広がり、後方には雄大なロッキー山脈がひかえている…言葉で言い尽くせないほどのその雄大さは、無論自分の人生で一番見事な 景色でした。この景色を目にするまでは、休暇の時間の多くを割いてアメリカ国内を出来る限り周遊してきたつもりだったので、まだまだ引き出しの多いアメリ カという国の広大さを帰国直前にして改めて思い知らされました。加えて、今まで滞在してきたアメリカという国も、更に自分がこれまで旅してきた地域を加算 しても、世界の中ではたった一部分にしか過ぎないことを、Mt.Garfieldの頂上から遥かに広がる地平線を眺めながら実感していました。「自分は、 これからの人生で一体どれだけの地域を訪れることが出来るのだろうか?」そう自問自答したうえで、まだまだ多くの可能性があることを思うとわくわくしま す。

(自分を再発見する)

今回の留学生活は、自分の特徴や可能性を知る上で最適な機会でした。

留 学中は「一分一秒たりとも無駄にしない」をモットーに活動していました。そうした生活を10ヶ月続けていくなかで、「自分」という人間に対しての再発見が 何度もありました。例えば、睡眠時間に関して。留学前は、健康維持に必要な睡眠時間は最低でも一日平均6時間で、徹夜なんて滅多にするものではないと思っ ていました。ですが、今では平均5時間以下でも何とかなると思っています(笑)大量の課題の処理と課外活動を両立させるために留学中は徐々に睡眠時間を 削っていったのですが、その内に好奇心さえ満たされていれば自分の体が動くということに気がつきました。このように、今まで限界だと思っていた事柄のいく つかに関しては、実際の自分は思っていた以上にタフだということに気がつきました。更に、多くの多様な経験をすることで、自分がどういう人間であるかとい うことが以前以上にはっきり分かるようになりました。このことが、帰国後にどんな進路に進んでいくかを真剣に再考していくなかで大いに役立っています。

<最後に>

現在では、多くの時間を自宅での勉強に費やす生活しています。刺激的な出来事にほぼ毎日遭遇していたイリノイ大学での生活に比べれば、単調な生活の中で全ての予定を自律的に立てなければならない分、精神的負担が少なくない日々を送っています。

し かし一方で、留学生活によって自分という人間に対して自信をー本当にささやかな自信ですがー得られたことで、留学前は夢のままで終わらせようと思っていた 大きな目標に対して実際にアプローチする方法を考えるようになりました。これから苦しい日々が続くと予想していますが、前途に対してあまり悲観視はしてい ません。イリノイでの留学生活を『人生最高の2年間』ではなく『人生を最高にする「ための」2年間』にすべく、これからも勉強にその他の活動に励んでいき たいと思います。

最後に、奨学生選考合格後から留学生活終了までに関わった全ての人々に、特に2006年度JIC奨学生に多大な支援 をくださったJICの方々に感謝の意を込めて最後の奨学生レポートを終えたいと思います。今まで本当にありがとうございました!そして、これからもよろし くお願いいたします。

2007年7月21日

西村崇
東京大学文学部
行動文化学科社会学専修課程4年

<写真>

1、Illinois Japanese Association(IJA)のポットラックパーティーにて
2、ロッキー山脈にて
3、全ての片づけが終わった後の寮の自室
4、Mt.Garfieldにて