佐藤 真莉子さんの2007年1月奨学生レポート

2007年1月の奨学生レポート第3弾は佐藤 真莉子さんです。佐藤さんはカリフォルニアに行ったり、イスタンブールで短期留学したりと、パワフルに留学期間を楽しんでいるようです。みなさんはもう世 界に勉強しに行っているのだなあと、つくづくJICの奨学生の行動範囲が広くなっているのに感心しました。では佐藤さんのレポーをお楽しみください。

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JICの皆様、ご無沙汰しております。お元気でお過ごしでしょうか?
私は前回のレポートから今回のレポートの間、かなり風邪に悩まされましたが、そんななかでも一日も無駄にはできない!ということで、アクティブにすごしていました。
今回はサンクスギビング後から冬休み、そして新学期の授業についてレポートしたいと思います。

① 怒涛の2週間~誕生日

サンクスギビングの旅行から帰ってきてからの2週間は、ひたすらレポートとテストに追われていました。実は私はファイナル期間中に一つもファイナルが無 く、すべてレポートとin class examだったので、人より一週間早くテストから解放されるというラッキーな状況だったのですが、そのぶんその2週間は寝る間もなく机に向かっていまし た。サンクスギビング中に風邪をひいたため、ファイナル期間中には咳と格闘しながらレポートを仕上げる羽目になりましたが、たった2週間!!と言い聞かせ ながらがんばりました。

いざ全ての課題が終わると、ものすごい達成感でした。勉強した、という達成感を味わったのは大学1年生の学年末 試験以来のような気がします。それからの一週間は、ひたすら友達とランチ、ディナーの連続でした。ここではランチ、カフェ、ディナー、バー以外にすること がないので、友達、特にこのセメスターが終わったら帰ってしまうInternational Studentの友達と毎日外へ出かけていました。課題が終 わって最初の2日間くらいはゆっくりできることに浸っていましたが、3日目からはすることがなくてつまらない・・・と感じるようになりました。友達とのお しゃべりの時間が一番の楽しみでした。

そしてついについに、21歳の誕生日を迎えることができました!誕生日は12月16日、 Finalの最終日だったので、ほとんどの友達は皆Finalを終えており、15日の夜からパーティーでした。とても仲のよかったポルトガル人の友達が 16日に帰ってしまうということで、15日の夜にほとんどのInternational StudentがBrothersに集まり、一緒に過ごせるシャ ンペーン最後の夜を楽しみました。私はDanielsで友達とDVDを見てからBrothersに乗り込んだので、入ったときには12時を回っており、 Technically21歳でした。すると、Cover chargeをとっていた入り口のお兄さんが「Happy Birthday!」といってリス トバンドを巻いてくれて、しかもカバーを払わずに入れてくれました!わーい!!思い出の初リストバンドとなりました。

誕生日当日は、 Cosmoに住んでいるYoung Jaeが私の誕生日のために韓国料理を作ってくれました!Cosmoに住んでいるみんなと、私の友達を呼んで、 Cosmoでささやかな誕生日ディナーを楽しみ、最後にはSharylが焼いてくれたケーキのろうそくを吹き消して願い事をしました☆そのあとは Downtown Champaignへと繰り出し、初めて手にスタンプを押してもらいました。日本にいたら21歳になる、というと「あ~年を取っ た・・・」とネガティブになりそうですが、ラッキーなことにアメリカにいるので、21歳になれたことを本当に嬉しく思います。日本では20歳の誕生日を盛 大に祝いますが、アメリカではそれが21歳。20歳と21歳の誕生日、2回も盛大に誕生日を祝えたこと、そして一緒に祝ってくれる友達がいたことに感謝で す☆

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② カリフォルニア旅行

誕生日の次の日からクリスマスまでのあいだ、ここでの一番の仲良しだったオーストラリアからの留学生BeiNa と二人で、ロサンゼルスとサンフランシスコを旅行しました。ロサンゼルスでは慶應からUCLAに留学している友達にも再会し、その友達のライドのおかげで かなりLAを楽しむことができました。というより、その友達がいなかったらロスでの楽しみが半減していたと思います。ロサンゼルスはイリノイ以上に車がな いと移動が不便です。

ロスの初日はディズニーランド。入り口の目の前のホテルに泊まっていたので、ランドまで徒歩2分という最高のロ ケーションでした。日本を出発する前に行った以来、半年振りのディズニーランドはとても楽しくて、なんと朝の10時から夜中の12時まで、10時間以上 パークの中にいました!ここには小学校4年生のときにきたことがあったのですが、その時のお気に入りの乗り物だったボブスレーがいまだ健在で、なんとなく 嬉しかったです。

2日目は友達のドライブでロスを横断しました。サンタモニカで久々の海に触れ、UCLAのキャンパスを訪れてキャンパ ス内に坂と階段があることに感動し、ビバリーヒルズを通り抜けてロデオドライブでウィンドーショッピング(とてもとても買える値段ではありません!!)、 そして最後はハリウッド、というロサンゼルス満喫の一日でした。しかし、ハリウッド自体はあまり治安が良いわけではなく、夜に女の子二人で歩くのは少し怖 かったです。

ロスに比べ、サンフランシスコは治安もよく交通の便もよくて、町並みもとても素敵でした。ものすごい坂道が急で、少し歩く だけでも意気がきれました。サンフランシスコではバスやトロリー、電車を駆使していわゆる観光地をめぐり、毎日最後にはショッピングをする、という女の子 二人旅としては最高の楽しみを味わいました。

ゴールデンゲートブリッジは想像以上に大きく、荘厳でした。青い空に朱色の橋というコント ラストが目に焼きついています。そして一番思い出に残っているのがアルカトラズ島の刑務所ツアー。アルカトラズは脱獄不可能といわれた刑務所として使われ ていた島で、Pier41からわずか30分ほどのクルーズ。刑務所の外から見るサンフランシスコの町並みは絶景で、あの夜景を見ることができるのに街まで 行くことができないことがわかっている囚人たちの気持ちを考えると、ものすごい絶望感だろうな、というのが容易に想像できました。

BeiNaにとってアメリカ最後の夜は、私たち二人にとって一緒に過ごす最後の日でもありました。8月のInternational Illiniのイベ ントで知り合ってからどんどん仲良くなり、ほぼ毎週金曜日のお昼に一緒にランチをし、アメリカについての悪口や恋バナで盛り上がったのがいい思い出です。 こうしてみると、4ヶ月はあっと言う間だったなぁ、と感じます。別れの朝には電車の改札口で二人で大泣きし、それぞれの道へと別れていきました。こんなに 別れるのが悲しいと思える友達ができたことを嬉しく思います。

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③ クリスマス

せっかくアメリカにいるからにはアメリカのクリスマスが体験したい!という話をアメリカ人の友達としていたら、なんとその 友達がクリスマスに家においで、といってくれたので、お邪魔することにしました。CoryとはInternational Reportingのクラスで 知り合い、日本語を勉強しているということで一気に仲良くなりました。アメリカでのクリスマスは日本におけるお正月のような行事で、家族みんなが家に集ま り、のんびりする、というものです。

そしてクリスマスの朝はなんと7時半起床!!みんなで早起きしてクリスマスツリーの下にあるプレゼン トをあけます。年の若い順に開けていくので、私は4番目!なんとCoryの家族は私のためにも大量のプレゼントを用意していてくれたのです!!シカゴの Snow Dorm、シカゴの観光ガイド日本語版、Illinoisパーカー、本、チョコレートなどなど、本当にいろいろいただきました!!これからクリ スマスは毎年アメリカにいなくちゃ、と思うくらいです。実はCoryはGlobal Crossroadで西村君と同じ寮のフロアメイト。Coryの家に は西村君と一緒に滞在させていただきました。世界は狭いです!!

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④ トルコへの短期留学

クリスマスの次の日から3週間は、イスタンブールへ短期留学をしました。冬休みだけのUIUCのプログラムで、トルコの歴史からEU加入問題についてまでを勉強する、というものでした。

実はプログラム自体はよく構成されていなくて、何度も道に迷ったり、いざ大学についてみると私たちのための教室が用意されていなかったのでカフェテリアで 勉強することになったり・・・と様々なハプニングが起こりましたが、トルコの文化とアメリカの文化を一度に体験できる、という私にとっては最高の環境でし た。トルコでは携帯電話はもちろん、インターネットも思うように使えず、使えるのは国際電話のみ。周りにはアメリカ人の学生とトルコ人しかおらず、日本語 を話せる人はいません。こんなに日本語を話さず英語だけを話す環境にいたのは初めてだったので、とてもいい勉強になりました。

トルコは 今までに見たことのない景色が広がっていました。なぜなら私にとってイスラム教の国を訪れるのは初めてだったので、町中にモスクがある、という光景が不思 議でした。外から見るモスクもとてもきれいでしたが、一歩中に入ると神聖な空気がピーンと張り詰めていて、祈りの場であることを感じました。中にはステン ドグラスやシャンデリアがあり洋風な面もありながら、アラビア語のカリグラフィーなども一緒に存在していて、独特の雰囲気をかもし出していました。ハギア ソフィアはかつてキリスト教の教会として使われており、その後イスラム教のモスクとして使われ、現在は博物館になっている建物です。そこは全てがミックス されていて、時代の流れを感じました。

トルコ料理はとてもおいしかったです。町中どこにいってもケバブだらけ!実はかなり脂っこい料理 もあるのですが、久々に新鮮な魚介類にありつけたり、ロカンタでは様々な種類の料理を手ごろな値段で食べられたり、スイーツの専門店で甘いもの三昧を楽し んだり・・・と、トルコ料理を満喫しました。私は両親が料理屋を営んでおり、両親はその土地の食べ物にとても興味があります。小さい頃から旅行をするたび に両親はその土地ならではの料理を食べ、スーパーマーケットを訪れていました。その影響か私もローカルな食べ物にとても興味があるようで、私のカメラには 気づいたら料理の写真がいっぱい入っていました。食べ物はその国の文化や風習をとてもよく表しているので、とても面白いです。

New  YearはTaxim SquareというNYのTimes Squareのようなところにみんなで出かけました。なんと歩いている途中、ほとんどの女の 子が痴漢にあうというハプニングがあり、みんなトルコ人男性に対してCrap!を連発していました。トルコ文化を学んだ瞬間です。しかし実はトルコと日本 はとても友好的な関係を気づいており、トルコ人は日本人が大好きです。観光地に行くと、ほとんどの商売人が日本語を話せます。英語がほとんど通じない中、 これだけ日本語が通じることに驚き、感動しました。

実は一緒に留学した仲間はまさに「アメリカ人」で、彼らは英語が通じないことに関して フラストレーションを感じているようでした。なんで英語が通じないのか、なぜレストランに英語のメニューがないのか、なぜレストランにフレンチフライがな いのか、怒っている彼らを見て、あぁ、これがアメリカ人は傲慢だといわれる所以なのかな、と感じました。でも彼らとは本当に楽しい時間を過ごすことがで き、シャンペーンに戻ってきてからも2週間に一回くらいのペースで一緒にご飯を食べています。こんなに集中して「アメリカ人」の友達と一緒に生活し、勉強 し、遊んだことはなかったので、とてもいい経験になりました。

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⑤ 新学期

今学期は先学期よりひとつ授業を減らし、4つの授業と2つのお楽しみ授業という形にしました。ジャーナリズムのクラスに関し てはPre-requisitsが多く、専門的な授業はほとんど取ることができません。コンピューターサイエンスなどは日本で勉強した、といえばけっこう 簡単に400番台のクラスを履修することができるようなのですが、ジャーナリズムに関してはここのプログラムにそっていないと履修できない授業が多いの で、来年以降ジャーナリズムを学びたいと思っている方がいたら要注意です。結局一番取りたかったTelevision Journalismのクラスは取 ることができませんでした。さらにReportingという授業もジャーナリズムメジャーの生徒が優先されるので、留学生の私たちはひたすら誰かがドロッ プするまで待つしかありません。私は毎日のようにオフィスに通い、何度もNoといわれ続けましたが、やっとの思いでその授業を履修することができました。 その授業が取れなかったら今学期何をしよう、と全くモチベーションがあがらなかったのですが、そんなときに頼りになったのも友達です。何度も友達に励まし てもらったので、その授業が履修できたときには何人もの友達に報告しなくてはならないという嬉しいハプニングに見舞われました。

今学期 はJOUR400 Reporting1、JOUR480 Investigative Reporting、COMM320 Popular  Culture、SPCM101 Public Speaking、それにBlack ChorusとBalletIIIを履修しました。

こちらのジャーナリズムの授業は日本の授業に比べてより実践的なので、今からわくわくしています。今学期もとことん勉強し、とことん遊び、残りの留学生活を充実させたいと思います。