白水美佳さんの最終奨学生レポート

2005年度奨学生の白水美佳さんからレポートが届きました!!

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JICの皆様、ご無沙汰しております。大変遅ればせながら、最終のレポートをお届けしようと思います。年次総会にご出席の皆様には、稚拙なビデオレターで 失礼してご挨拶させていただいたとおり、私は8月に入った今も、まだイリノイに滞在しています。5月、UIUCの学期を終了して即始めたインターンシップ も残りあと1ヶ月未満。Color Change Corporationという会社で、毎日、その名のとおり温度によって色が変わるインクの研究開発をして働いています。

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<近況報告>
せっかくこうしてまだアメリカにいるので、まずはキャンパスを離れてのインターン生活について触れてみたいと思います。現在住んでい るのはSchaumburgという市で、住環境のよさではシカゴ郊外地域の中でも有名なのだそうです。前回のレポートでご紹介したように、私はそこでホー ムステイのような形で、普通のご家庭に一部屋を借りて暮らしています。3人の子供たちもすぐにすっかりなじんでくれて、家にいる間はとにかく ’Mika,Mika,Mika,Mika!!!’ 始終遊び相手に借り出されてしまいます。

休日には、ダウンタウンシカゴにもよく行く ようになりました。シャンペーンからだと、近いといいつつ3時間のドライブ、まして車のない私は前もってシャトルバスを予約して、と、やはりいくとなれば 一仕事という感じでした。それが今では電車で40分。往復5ドルもそれなりにリーズナブルです。東京で同じくらいの時間をかけて毎日大学に通っていた経験 のある私は、これくらいなら近いと感じてしまいます。やはりシカゴは大都市だけあって面白いイベントも多く、あるいはUIUCにはシカゴ郊外出身の学生も 多かったため、何人かとは会ったりもできました。

この一年、私には「アメリカにいるのだからアメリカらしく暮らしたい」という思いが何と はなくありました。イリノイ大学でも、常に「留学生」ではなくあくまで「UIUCの一学生」としてありたいと思っていました。典型的学部寮生活を満喫し、 更にアメリカ人の育つ典型的環境ともいえる郊外住宅地域での暮らしにもすっかりとけ込んで、それは十分達成できたように思います。

Host mother(?)のRobiさん自身、大学卒業後日本(静岡市役所)で数年間働いていた際、関根さんという方のところにホームステイしていたのだそうで す。それから10年近くになる今も、その家族の方々が折につけ訪ねてきたり、誕生日にはカードを交換したりなどしているそうで、子供たちも関根さんを「お ばあちゃん」と呼んでいるのがほほえましく思えます。その逆の立場で、今度は私とRobiさん家族が、この縁をこの先も長く続けていけそうなことを、本当 に幸運だと思います。実際一年半後のお正月に一家が東京の私と静岡の関根さんを訪ねに日本に来る、というプランがもう出来上がっています。育ち盛りの 1,3,5歳の子供のこと、どれだけ大きくなっているかみるのが今から楽しみです。

先々月、Glenさん(Host father?)方の親戚一同が集まってパーティがあるというので、一家に同行してミネソタまで週末旅行をしてきました。一日がかりのドライブの末 Glenさんのお姉さんのお宅にようやく到着。その時、用意された客室で眠りに落ちながら、ふと不思議な感慨を覚えたものです。いろいろな「縁」が重なら なければ、イリノイから更に離れたミネソタで、私はちなみにミネソタまで足を伸ばしたのはそれが初めてでした、車のドアを開けた途端に(つまり名乗ったり もする前に)’Hi,Mika!!’と迎えてくれる人があるなんていうことが、どうしてあったでしょうか。この森と湖に囲まれたミネソタの、この suburb areaの、このご家庭を訪れて、その一室で眠るというようなことが、私の一生でどうしてあったでしょうか。多くのめぐり合わせに支えられて今私がここに いるのだと、漠然と思ったことでした。

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<インターンシップ>
インターンシップを通して思ったこと:
1. 化学者は化学だけしているのではない
2. 仕事はそううまくいかない
3. それでもやはり私は研究職につきたい

1. これは会社に入ってすぐに実感したことでした。役職が’Research Chemist’ だったので、毎日白衣を着て実験、というようなものを想像していたのですが、実際はその段階に行き着く前にしなければいけないことが山 ほどあるのでした。考えてみれば当然なのですが、一つ試験実験をしようと思えば、まずプランをたて、必要な試薬は取り扱っている化学会社を探して、価格や パッケージサイズをききに電話をかけることから始めなければいけません。ガラス器具一つにしても、普段のプロダクションに使わないものは裏にしまってある ので、積まれた箱の中からまるで宝探しのように探し出さなくてはならないのです(数十Lの反応フラスコや奇妙な蒸留装置など、面白いものが次々出てくるの は確かに楽しかったのですが。)試薬が整然と棚に並び、器具も設備もそこにある、という今までの大学の環境が、むしろ特別に恵まれた環境なのだと、初めて しみじみと思いました。
2. 実際仕事を始めてみると、frustratingなことが本当に多いのです。実験してみて思うような結果が得られない、というようなら「それがなぜか」と 考えることはむしろ面白いのですが、慣れていないために最初は稚拙なプランしかたてられなくて「話にならない」とつき返されたり、プロバイダにコンタクト を取ろうとすれば「調べてから返事をします」といっておいてそのまま連絡が途絶え、それが私の仕事能率の低さになってしまったり。よく言われるように「能 力社会のアメリカ」だからかどうかは、日本での経験はないのでわかりませんが、働いて稼ぐということがいかにシビアなものか、身をもって感じました。最初 他に二人いたUIUC化学工学科のサマーインターンはわずか2週間程度で’poor work’といって解雇されてしまいましたし、私も仕事のquality とquantityによってサラリーが加減されるのです。例えば大学の試験で多 少成績が振るわなかったからといって、多少落ち込むとしても「まあ仕方ない、次は頑張ろう」という気がしますが、給料が少しでも下がったら、働いているの も自活しているのも一時的なもので、まだ「学生」という特権的な(と思います)身分を持ち合わせている自分でさえ、言い難いショックを覚えます。それがも し自分が家族を養っていたりしたら、と考えたりします。自分の能力をこうもダイレクトに評価されることは、経験してみなければわからなかったと思います。
3. そんなことがいろいろありつつも、私はやはりR&D、研究職、に就きたい、ということがこのインターンを通じて確認できました。自分はもとからそれを志望 していましたが、現場で他のいろいろな職種を見、人手の足りないときは手伝ったりもして、なおかつ研究職がいいと思うのだから、向いているのだろうと思う のです。一つのプロジェクトを任されると、そこに論理的な筋道を自分で立てることが出来て、目標に向かって前進している実感がわきやすいからというのもあ ります。そして何より、前述のような長いプロセスを経て、実際の試験をしている時、データをまとめている時、そしてそこから何かの発見があった時、純粋に 楽しいと思えるのです。オファーを取るの自体も難しかった状況の中、希望する職種のインターンをすることが出来て、本当に幸運だったと思います。

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<留学生活の総括>
キャンパスにいたのは5月まで、「随分前のことに思える」だけでなく実際随分前になってしまいました。「いい経験でした」とまとめるのは簡単ですが、具体的に何をどう学べたのか、自分なりに留学した意義を再確認する意味でも、振り返ってみたいと思います。

1. Career Decision
私 がまず挙げたいのは、この一年で、自分が将来キャリアとして何をしたいのか、確信を持って方向性をつかむことが出来たということです。私にとって、JIC プログラムの最大の魅力は、自由に学ぶ科目を選べたことでした。私は東京大学で理学部化学科を選びましたが、それは主に学ぶ分に化学が好きだったからで、 職として化学者になりたいのかどうか、見定められずに迷っていました。それで、いろいろな分野を見聞きして、その上で本当に興味のある分野を決めたいと 思ったのです。そうして、実際様々な科目に手を出したイリノイでの9ヶ月。特に食品科学には興味をひかれて、重点をおいて勉強してみました。
そし て、結論として。自分は別に「食品」にこだわるわけではなく、単に応用的・実用的な化学の研究がしたいのだというところに行き着きました。具体的には、廃 食油をディーゼル燃料に利用するなどの研究にひかれたことから発端して、もともと人口増加に伴う食料危機・エネルギー危機がテクニカルに何とかしなければ ならない問題だと思っていたこともあって、いわゆる「循環型社会」に必要な技術を開発できれば、と思ったりしています。あまりエンジニアには向いていない ような気がするので化学工学とも少し違うのですが。当初言っていた食品科学者とは違うじゃないか、と、はたから見ればそうなのですが、リサーチアシスタン トや大学院セミナーや学部の授業を通してかじってみなければ、いまだに迷っていたかもしれないのですから、それらの経験の意義はいずれにせよ大きかったと 思っています。
こうして探していた進路が見えて、次の目標が見えた今の私は、またそこに向かって走り出したい気持ちです。道筋としてはもちろん、 何よりまず化学科に戻ったら化学を本気で勉強して、学ぶべきことを学んで学部を卒業することだと思うので、インターンで手がけているプロジェクトにめどを つけたいのが先ではありますが、そろそろ’Now, it’s time to go back’という気がしてきています。得たかったものが大方得られたら、それ以上一所にとどまっていたいとは思わない性質なのかもしれません。その後はお そらく大学院に進むと思いますが、どこに行くかについては慎重に調べる必要がありそうです。アメリカの学生の本当に熱心に勉強する姿にも意識の高さにもタ フさにも刺激を受けた今なら、何にせよこれまで以上に頑張れる気がします。

<行動力、実行力、計画性>
一年の留学生活で、全般的 に、「行動力」と「実行力」が磨かれたと思います。行動力というのは、何かやってみよう、挑戦してみよう、と積極的に思うこと。例えば冬休みのメキシコへ の留学も、いろいろな場所への旅行も、自分から興味を持ってしたことです。実行力というのは、それを実現するためにどんなステップが必要か、自分で調べて 着実に処理すること。旅行の例なら情報収集に始まって飛行機やホテルを予約したり、一緒に行く友人と打ち合わせしたり。当然のことのように今なら思えるそ れも、留学前にはそう簡単に出来ていなかったことも事実です。外国を数週間一人旅してきたという友人が、「大変なことを一人でやっている」というように思 えていました。
そして、自分のこれからの課題は「計画性」を身につけることだと思っています。上記二つとも関連して、積極的なのはよいのですが、 私はとかくやりたいことが見えて大方の道筋が見えると、すぐに行動したくなってしまうのです。いわゆる「やらないで後悔するよりやって後悔したほうがい い」というものに近いかもしれません。やってみて、どうにもうまくいかなかったらその時点でまた立ち止まって修正すればいい、というようなところがありま した。それがうまくいくときもありますが、それだけではだめだ、と、これは主にインターンシップを通して学んだことです。やってみて修正するというので は、ビジネスになりません。何をするにもコストがかかっているのですから、自分の知りえる範囲で「これならうまくいくはず」という確信の持てるプランでな いと、実行に移してはならないのです。行動力、実行力は、そうしたプラン(方向性)がなければ、逆に大きな危険因子になってしまいます。一方で機を逃さず に行動するのも大切なので、まとめると、あらゆる可能性を事前に考え、ベストなプランを短時間に提案する計画能力が必要なのだと思います。今後様々な面で 心がけ、それを伸ばしていきたいと思っています。

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思 うことをつづっているうちに例を見ない程長いレポートになってしまいました。しかし実際、一年を振り返るとまだまだ思い出されることはたくさんあり、本当 にユニークな経験をしてきたことだと思います。帰国後、またの機会にぜひ皆様にお会いし、改めて感謝とご報告を出来ますことを楽しみにしております。
それでは、あと三週間、イリノイで頑張ってきますので、日本もすっかり暑いことと思いますが、おかわりなくお過ごしください。

一年間支えてくださった全ての方々に感謝して、

2006年8月6日
2005年度JIC奨学生 東京大学理学部化学科
白水 美佳

<写真>
1. インターンシップ
2&3.UIUC大学院生の友人と数週間前にグランドキャニオンとラスベガスに旅行してきた時の写真です。
4. Independence Dayに、Taste of ChicagoというイベントにUIUCのドームメイトとでかけ、毎年恒例という花火を見てきました。