塚本美由紀さんの2000年5月分レポート

長かったファイナルの期間も終わり、ようやく一段落することができました。今、大学ではサマーセッションIの時期ですが、私は休みを取って、LAサンタモニカに来ています。こちらはイリノイと比べて日差しは強いものの、海が近いせいか、乾燥した気持ちのいい気候です。

さて、今回の留学を振りかえってみると、密度が濃く、余りに早く9ヶ月が過ぎたことに驚きです。特にspring semesterでは、前学期よりも高 いレベルのクラスを取ったこともあり、課題に追われたまま、いつの間にか学期が終わってしまったというのが正直な感想です。

Majorの 広告の授業では”Advertising research method”, “Advertising creative strategy and tactics”という広告に欠かせない授業を2つ取りました。両方ともグループワークを含む課題があり、貢献はほとんど出来ませんでしたが、 Lectureだけでは味わえない体験をすることが出来ました。特に、 creativeのラボの授業は思い出深いです。一番最初の授業では、新しいアイディアを出すことの大切さと難しさを知るために、”nail file” の新しい使い方を考えるという課題を即興でやったのですが、私は ”nail file”自体が何だか分からないという始末でした。ただ、大学院生のTAやクラスメートが親切で、分からないことがあると教えてくれたので、学期中に 困ったことはありませんでした。アメリカでは「求めれば与えられる」というのは本当だと実感しました。この授業では、様々な媒体(プリント、ラジオなど) の広告を実際に作った上で、批評しあうので実践的で役に立ったと思います。また、マックのQuark-Xpressを使うので、コンピュータのスキルを思 いがけず上達させることが出来ました。

他に印象に残った授業は、POLS 241 “Emerging Nation”です。私は日本の大学では政治学科だったこともあり、興味を持って履修しましたが、日々のリーディングに加え、エッセイが6回、タームペー パーが1回とかなりの勉強量でした。このクラスは帝国主義の歴史に始まって、現代の第三世界の問題点を様々な角度から分析するという内容でした。時代的に は400年、地理的には旧ソ連を除いてほとんどの世界を扱うので、とても壮大ですが、その分第三世界共通の問題を、大きな枠組みで捉えることが出来るよう になりました。更に、基本的かつ必須の情報を頭に入れた上で、それをツールとして議論に使うことの大切さをこの授業では学びました。この授業が私に与えた 影響は大きく、将来的にはボランティア活動などを通じて、授業で得た知識を、現状を改善するために使いたいと思わせる内容でした。

私は日 本の大学を既に卒業しているので、今年は大学生5年目の年だったのですが、このような授業に出会えて、イリノイでの勉強は大きな財産になりました。生活面 では、寮に暮らしたこともあり、多様な人間に出会えたことが大きいです。これは単に人種だけではなく、性格や考え方の違い、ライフスタイルの違いを含みま す。一例としては、障害者やゲイの人達などです。障害者については、私の後期のルームメイトが車椅子を使っていたこともあり、身近な存在だったのですが、 彼女は一度も障害者というのを感じさせることはありませんでした。健常者と全く変わらないので、私も特に意識せず接していました。ただ、冬に2回ほど降っ た雪は大敵だったようです。歩道の雪は除雪されるので問題はないのですが、今度は除雪された雪が車道と歩道の境界にたまっていて通りにくいという話を聞き ました。大学では建物のバリアフリーが進んでいますが、それでも健常者が気づかないところで障害者に不便なところが出てきてしまうという現状を目の当たり にしました。

その他の点では、友人は、数多くは出来ずに焦ったこともありましたが、かえってその分何人かとは深いつきあいが出 来、最終的には良かったと思っています。生活の場が近いと、自分をさらけ出さないで済ますというのは不可能で、日本よりもある意味、他人に「本当の自分の 姿」を見せていたような気がします。イリノイの寮生活は、私の留学生活で欠かせない部分であり、これからの人間関係を考える上で、大切な経験になったと思 います。

最後に、このような貴重な1年を過ごす機会を与えてくださったJICの皆様に深く感謝したいです。ありがとうございまし た。今後の予定としては、サマーセッションを受講した後、アカデミックトレーニングのビザを使って、こちらでインターンシップをしたいと考えていますが、 まだ雇用してくれる企業が見つからないので、どうなるか分かりません。引き続き、企業に履歴書を送って反応を待つという作業を続けていくことになりそうで す。

2000年 5月19日