2008年度奨学生レポート(武友 浩貴)

イリノイ大学での留学生活を終えて約2週間が経ちました。あっという間の1年でしたが、僕がこの留学生活を通じて得たものは計り知れません。アメリカを出る直前は悲しさも混じり、非常に感慨深いものになりました。1年間の総括そしてスプリングブレイク以降の生活についてレポートさせて頂きます。

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<スプリングブレイクからファイナルまで>
スプリングブレイク後は、もうすぐ帰国だという現実が自分の中で大きくなってきました。それ以前はわかってはいるもののなるべくそれには目を向けずにいた自分がいました。しかし残り2ヶ月をきったくらいから、残された留学生活を出来る限り満喫したいという気持ちは願望から、義務のようなものに変化した気がします。そのため昼間は図書館で思い切り勉強しました。というのも論文の締め切りが4月の終わりに迫っていたにも関わらず、まだ10ページ以上書かなくてはならなかったですし、他のクラスもファイナルへ向けホームワークが増え、非常に忙しくなったためです。特にコンクリートデザインのコースはファイナル直前の週に教授が30ページ以上の宿題を出し、私たち学生は苦笑いでした。学べるだけ学ぼうという姿勢でファイナルまでは頑張って追い込みをかけました。論文のほうは締め切りに何とか間に合い、提出することができました。教授からもいい評価を頂き、初めてで未熟ながら少し満足の行くものが仕上がったと感じています。論文提出後はファイナルに向けての勉強を開始しました。ファイナルがあったのはコンクリートデザインのクラスと、構造分析の2つだけでしたが、どちらも内容が複雑ですのでかなりの勉強量を要求されました。しかしずっと勉強ばかりしていたわけではなく、毎日ジムに行き、プールで泳いだり、ウェイトトレーニング、ランニングもしていました。ARCというすばらしい運動施設が大学にはあるのですが、学生は無料で利用可能ですので、1年を通じて本当によく通いました。また友人たちともなるべく一緒に食事などともに過ごす時間を持ちました。特にSherman Hallの友人たちとはともに勉強したり、ディナーを食べたりと残された時間を存分に過ごせるよう努めました。ちなみにキャンパスに新しくSushi Rockと呼ばれる日本食レストランがオープンしました。ヨーロッパから来た友人たちはあまり日本食を食べたことが無かったので、みんなで行こうということになりました。みんなお箸の使い方はぎこちなかったですが、みんな日本食はおいしいと言って喜んでくれたのでよかったです。ファイナルはともに三時間の試験でした。最終日のコンクリートデザインの試験を受けた直後に僕はシャンペーンを出ました。最後の日は僕の人生で最悪の天候と言ってよいほど、雷と豪雨でした。シャンペーンでの最後の日がこれかと、心の中で微笑していた自分を今でも思い出します。1年という短い期間でしたが、シャンペーンでは多くの人に出会い、多くを学ぶことができました。出発する瞬間は本当に感無量でした。

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<ファイナル後から帰国まで>
シャンペーンを出てから僕はセントルイスに向かいました。ここではWashington University in St.louisにいる友人たちの卒業式に出席しました。アメリカの大学の卒業式に出席したことは非常によい経験になりました。また著名人たちからのスピーチも非常にすばらしいものでした。著名人の中の一人に、Teach for Americaというアメリカではとても有名な慈善団体の創設者がきていました。女性にして、プリンストン大学卒業と同時にこのTeach for Americaを設立したという敏腕リーダーとして世界的に有名です。簡単にTeach for Americaについて説明すると、有能な教師を育成し国内の貧しい地域に彼らを送り、そこで子供たちに学業を教えるということを目的にした団体です。このプログラムに参加することは非常に難易度が高く、選ばれることはとても名誉なことです。彼女が何のために、そして如何にこの団体を造り上げ、成功を導いたかということについてスピーチをしたのですが、僕を含めほとんどの学生が非常に感銘を受けたと思います。この留学生活ではWashington Universityで過ごした時間も非常に長かったため、この大学に別れを告げるのも少し淋しい感じがしました。卒業式終了後は、シカゴ大学、そしてノースウェスタン大学の友人を訪れるためにシカゴへ向かいました。シカゴ大学には以前も泊めて頂いたことがあるため今回が二回目の訪問になります。シカゴ大学、そしてノースウェスタン大学はセメスター制ではなくクオーター制ですので彼らの卒業式は少し遅い6月半ばということになります。そのため友人たちも授業があったのですが、幸いなことに僕と出発前の最後の時間をともに過ごしてくれました。友人が僕のためにわざわざ自転車を用意してくれたので、アメリカ出国の前日に、シカゴ大学からダウンタウン、そしてミシガン湖沿いを通り、北部にあるノースウェスタン大学まで行ってきました。途中シカゴ大学のビジネススクール、そしてノースウェスタン大学ケロッグビジネススクールへ案内してくれるなど本当に充実したサイクリングでした。天候も快晴で、シャンペーン最後の日とは全く対照的なすばらしい天気でした。ノースウェスタン大学では友人たちが僕のためにバーベキューをしてくれるなど、本当に楽しかったです。その日の最後に一つ貴重な経験をしました。その日は少し帰るのが遅くなってしまったため、友人がいわゆるスラム街、つまり少し治安の悪い場所を通って帰らなくていけなと言いました。シカゴ大学の周辺は治安のよくない場所がおよそ2ブロックくらい先にあります。そのスラムを自転車で通過するのは本当に恐怖でした。とくに何も起きませんでしたが、ひたすら前をみて自転車をこぎ続けました。そして5月21日、友人たちに別れを告げ、O’Hare空港に向けて朝早く出発しました。アメリカを出るという現実に対し、あまり実感も持てず、きっとまたすぐに戻って来られるというように考えることで淋しさから逃れようとしていた自分を今でも思い出します。しかし日本に帰って友人や家族に会うことを楽しみにもしていました。とにかくいよいよ帰るんだと思って搭乗した飛行機でしたが、アメリカは僕を返したくはないようでした。というのも飛行機が24時間、つまり丸一日延期されたのです。その理由は、最初は機械に不備があるということでしたが、二回目に搭乗した時はファーストクラスの食事が上手く用意できなかったといういかにもアメリカの航空会社らしい理由でキャンセルになりました。僕も含め他の乗客も不満を爆発させていました。しかししょうがないとあきらめ、航空会社が手配したホテルに1日滞在しました。次の日の朝は、前日に同じ不幸にあったアメリカ人老夫婦たちと朝食をともにしました。わざわざお金まで払ってくれたので、本当に感謝の気持ちでいっぱいでした。翌日は予定通り飛行機が出発し、無事日本に帰国しました。

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最後まで色々なことがありましたが、沢山の人に出会い、色々な文化や風土を感じ、あらゆることにチャレンジしたすばらしい留学生活でした。これはJICのみなさんを初め、家族、友人たちのおかげです。本当に感謝しております。日本に帰ってもこの留学生活で学んだことを忘れず、日々学ぶ姿勢で精進して行きたいと考えております。最後になりましたが、このようなすばらしい留学のチャンスを与えて下さったJICのみなさまに感謝を述べたいと思います。ありがとうございました。

武友 浩貴

写真1枚目と2枚目:イリノイ大学友人たちとQuadにて
写真3枚目:ノースウェスタン大学の友人たちと、ノースウェスタン大学のキャンパスにて