鈴木博達さんの2010年度1月分奨学生レポート

JICの皆様、その後いかがお過ごしでしょうか?2009年度奨学生の鈴木博達です。今回は前回のレポートに引き続き、「ホリデーシーズン」を中心にこちらの様子をご報告させていただきたいと思います。

【ハロウィーンパーティ】
10月の後半になると、アメリカの「ホリデーシーズン」と呼ばれる期間に入ります。「ホリデーシーズン」の由来は、Halloween(10月31日)、Thanksgiving(11月末)、Christmas(12月25日)、New Year(1月1日)と立て続けにイベントが起き、町全体が浮き足立つことにあります。そんなホリデーシーズンの始まりとなるイベントがハロウィーンです。

最近は日本でも徐々に浸透しつつあるハロウィーンのイベントですが、やはりこちらは本場で、10月に入ると学生たちはハロウィーンの仮装の準備で盛り上がります。シャンペーンの中心部にはそんな仮装の衣装を扱うコスチュームショップがあり、当日の1週間前くらいにそこへ行くと、ハロウィーンの衣装を買いに来た学生たちで店はごった返していました。

ハロウィーン前日、私は友人の家でのホームパーティに参加しました。ここぞとばかりにそれぞれが工夫した衣装で登場し、パーティは大いに盛り上がりました。ちなみに私は昔からの念願であった、ハリー・ポッターの衣装でパーティに参加しました(笑)

【初のストライキ体験】
ハロウィーンが終わってThanksgivingの休みに入ろうかという頃、Public Speakingの授業を担当していた大学院生のInstructorから、ストライキの知らせがありました。その内容は、次年度の契約内容に関する衝突から、学部レベルの授業を教えている大学院生をまとめる組織であるGEOがストライキを行う予定である、というものでした。GEOがストライキを行うと大学院生が担当する授業は、数日間全く行われなくなります。

この知らせが入った後、この話題は学生同士の間で大いに取り上げられました。学生の反応は様々でしたが、基本的にはネガティブなものが多かったと思います。「学費を払っているのだから、授業というサービスを受けられるべきだ」「これで成績が下がった場合、大学はそれを保障してくれないだろう」というのが理由の大半で、こうした論理的な反応は実にアメリカらしいと今でも感じます。

そんなネガティブな学生たちの反応に関わらず、結局ストライキは決行され、授業は2日間尾紺割れませんでした。ストライキを交渉の道具として使うだけで、結局決行はされないだろうと内心考えた私は、このストライキ決行にはかなり驚きました。授業のスケジュールに影響が出て、特にスペイン語のクラスではその週の内容を自習することを余儀なくされましたが、ストライキというものを実際に体験したことは貴重だったかなとも今は感じています。事実周りの学生にも聞いてみたのですが、アメリカの大学といえどストライキが起こることは非常に稀なようでした。

【Thanksgiving休暇】
アメリカの大学の多くでは、11月の第4週がThanksgivingとして休暇になります。Thanksgivingは元々その年の収穫に対する感謝を表す休日です。日本にもほぼ同じ時期に「勤労感謝の日」がありますが、勤労感謝の日が1日だけの休日であるのに対し、こちらの大学では21日~29日(9日間)が丸々休暇になる点が大きく異なります。余談ですが、カナダに留学している友人と話したところカナダのThanksgivingは10月にあり、日本と同じように1日だけを休みにする学校が多いようです。

実家がそばにあるアメリカの学生の多くは、この休暇には実家に帰りのんびりしたり、12月のFinal Examの準備をして過ごす学生が多いようです。しかし私たち留学生の多くは、この休暇を利用してどこかへ旅行に出かけます。私が住んでいるSherman Hallは留学生のことを考えてかこの期間も開いていましたが、他のたいていの寮ではこの期間寮は閉まってしまうので、寮に残って過ごすことは基本的にできません。

私はThanksgivingの休みを利用して、米領プエルトリコへと3泊4日の旅行をしてきました。プエルトリコはキューバの隣にある島で、冷戦体制(キューバ危機等)のなかその地理的特性から米国政府の優遇を受けて今に至る地域です。プエルトリコの島民は米国の市民権が与えられており、米国本土との行き来も自由にできますが、あくまでも植民地として大統領選挙への選挙権は与えられていません。その代わり彼らには米国連邦税の納税義務はありません。入国審査は米国国土安全保障省(U.S. Department of Homeland Security)が代行し、米国本土からの飛行機は国内線扱い、という政治的には非常に微妙な状態にります。

今回ここを訪れた理由は、世界遺産に登録されたOld San Juanの街並みを見てみたかったことと、せっかく履修しているスペイン語を使ってみたかったことです。しかし結論からすると、スペイン語を使う必要はほとんどありませんでした。

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いざプエルトリコについてみると、現地の人々の大半は全く問題なく英語を話します。特に観光に関係する職業に就いている人は英語もネイティブスピーカーであり、むしろ自分の英語の心配をしているような状態でした(笑)詳しく話を聞いてみると、現在では初等教育の段階からスペイン語に加えて英語「で」も教育が行われており、現在の教育制度の下で育った人々は英語とスペイン語のバイリンガルになっていくようでした。実際にガイドに英語とスペイン語のどちらが得意なのかを尋ねてみましたが、答えは「どちらでもかわらないよ。君と話すときは英語にするし、地元の人たちと話すときはスペイン語に切り替えるかな」との事でした。これを聞いたときには正直、うらやましい限りだったことを覚えています。

Old San Juanの町並みは、ラテン文化の影響が色濃く残った鮮やかなものでした

El Yunque国立公園にて
(ガイドの説明によると、アメリカでは唯一の熱帯雨林だそうです)

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【期末試験】
30℃ほどのプエルトリコを後にし、シカゴに戻ると気温は0℃近くなっていました。休暇が終わるといよいよ期末試験が始まります。とは言うものの私が取ったクラスの多くは、授業内の発表や小テストの比重が高かったため、いわゆる期末試験はスペイン語の1つのみでした。

とはいえ、1日に2つのスピーチ/発表が重なるなど、12月の1週はかなり忙しく過ごしました。アメリカの大学では事前に成績の評価方法が十分に知らされているので、何を用意すればよいのかがわかりやすいのは、非常に良い点だと思います。12月15日にその試験を終え、冬休み期間へと突入します。

【冬休み】
冬休みはシャンペーンの街は学期間と一変し、ゴーストタウンと化します。アメリカの学生はほとんどが地元の実家に帰り、留学生の多くは帰国するか旅行に出かけるためです。私もその例に漏れず、冬休みにはSan Diego → Chicago → New York → Vancouver → Seattle → Chicagoとアメリカ中を飛び回りました。

San Diegoはカリフォルニア州の国境近くにある都市です。カリフォルニア州らしく、店に入ると初対面なのに関わらず、”Hey, what’s up?”と挨拶してくるようなフレンドリーさが印象的でした。しかしメキシコ国境に近いこともあり、治安はやや悪化しつつあるという話も現地の警察官より耳にしました。事実サイレンの音を聞く機会はシャンペーンよりは多かったと記憶しています。12月24日の飛行機(クリスマス・フライト)でシカゴに戻ると、街は思ったよりもがらんとしていました。ホステルの人と少し話し、一緒にシカゴのジャズバーへ行くことにしました。こうしたRandomな出会いも、旅の醍醐味の一つだと思います。

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しばらくシャンペーンでのんびりと過ごした後は、1月3日の飛行機で再びNew Yorkへと旅立ちました。New Yorkは「世界経済の中心」の名にふさわしく、人々が忙しく行き来している大都市です。そういった点では東京と似ているものの、New Yorkの人種・文化の多様性はアメリカの中でも突出しており、東京と比べると遥かに多様性豊かな都市である点が印象的でした。

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Seattleでは先学期に会い、Microsoft社に就職した友人がMicrosoftの本社を案内してくれました。その後は何と回転寿司店(!)へ連れて行ってもらい、久々の寿司に舌鼓を打ちました。しかしそこはやはりアメリカで、テレビにはアメリカンフットボールが映り、回っている寿司の半分は巻物といった少しアメリカナイズされた点も興味深く感じました。

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現在は1月17日に長かった旅から帰路に着き、再び学期が始まったところです。次のレポートでは、この春学期について詳しく書きたいと思います。実際にアメリカに暮らし、様々な経験をさせていただく機会をくださったJICの皆様には、心より感謝しております。皆様もお体にお気をつけてお過ごしください!