後藤直樹さんの2010年10月分レポート

JICの皆様、こんにちは。気がつけば8月15日にシャンペーンに着いてから、もう二ヶ月半の時が過ぎようとしています。

こちらについた日のことで今でも鮮明に覚えているのは、キャンパスへ向かうLEXバスから見た一面に広がるコーン畑です。ちょうど日が沈む時間帯のバスに乗ったため、沈む夕日にコーン畑が紅く染められていく瞬間を見ることができました。その時まで地平線なんてテレビの中以外で見た記憶がありませんでした。素朴な風景でしたが、ここが紛れもない異国の地だということの確証を得たようで、なぜかとても自由を感じたのを覚えています。

写真1:リス(NewYork育ち)

1.地平線ってこんな感じです(夕焼けはご想像ください)

<生活編>

もちろん、そんな自由もほんの束の間の話で、キャンパスに着いたあとしばらくは、とにかく生活に馴れるのに必死でした。奨学生の仲間や、ルームメイトに助けられてようやくちゃんと生きていけるかもと思えたのは、数週間たったころでしょうか。

思えばルームメイトのzeeには随分と助けられました。テキサスからの19歳、transfer studentと経歴だけ聞いて想像していた人物とは全然違い、まったく19歳には見えない彼は、着いた日の深夜に初めて会ったその足で、僕をWalmartに連れて行ってくれました。睡眠不足でもうろうとした頭で、車を運転する彼を見ながら、日本帰ったら免許取ろうと固く決心したような気がします。

そんな怒濤の数週間もあっという間に過ぎ、はじめ全然聞き取れなかったルームメイトの英語も、はじめ全然聞き取って貰えなかった僕の英語も(特にSUBWAYの注文!)、時が経つにつれなんとかなるようになっていきました。あれほど頼りに思えたルームメイトも、部屋は常にmessy、土日は夕方の六時まで寝ているなど、実は相当lazyなことも分かり、気がつけば僕は散らかったゴミを捨て、ゴミ箱のゴミを替え、洗濯物が臨界点に達した時は、”Zee, its time to do the laundry”なんて言い、いつの間にかまるで息子の面倒を見る母親になっていました。

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2.RoommateのZee。みんなでアイスを食べにいくところ

実はそのあと、僕はSherman Hallという寮の一人部屋に移り、いろいろな事情があって彼もテキサスに帰る事になり、実際に一緒に居たのは一ヶ月半ほどだったのですが、思えばいろんな経験をさせて貰えました。寮を移る時、”I am worrying about my son’s future life after I move to Sherman”と言うと、”If you are not an exchange student from Japan, I’ll say ‘fuck you’”みたいな事を笑いながら言われたのを覚えています。それでも母は息子のことがやはり心配で、今でも時々大丈夫かな、と思い出したりします。

生活に落ち着いたのも束の間、授業が始まると課題に追われる日々が続いて、あまりいろいろな事をする余裕がない日々が続いています。ただ日本に居る時から聞いていた通り、このキャンパスには本当にいろんなResourceがあるんだなということは朧げながら実感することが多いです。

Krannert CenterやArt Museumでは毎日いろんなコンサートやイベントをやっていますし、ボブ・ディランやイツァーク・パールマンなどの大物がさりげなく来ていてびっくりすることもしばしばです。出不精な性格も手伝って、こんなすばらしいResourceもまだ全然活用できていないのですが、次回の奨学生レポートまでにはこんなResourceをもっとたくさん発掘して、ご紹介したいと思います。

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3.夜のKrannert Art Museum

<講義編>

噂に聞いていた通り、アメリカの授業は本当に大変なものでした。授業が始まったばかりのころは単位が取れなくて日本に強制送還になるのでは、と本当に心配になるほどでしたが、二ヶ月たった今は、少し余裕を持って授業のことを振り返る事もできるようになったかと思います。これをよい機会に、いろんな部分で日本の大学とは大きく異なっているこちらの授業について、少し思っている事を書かせていただきました。

・SOC 364 Impacts of Globalization

こちらに来て本当に取ってよかったなと思える授業です。僕の個人的な印象ですが、日本ではグローバリゼーションと言うと、なんにでも使えるマジックワードとして機能するか(とりあえずグローバリゼーション)、抽象的な理論として語られることが多いように思うのですが、Prof. Dillの授業はずっと具体的な事例を軸にして講義が組み立てられています。

例えば国をまたがって経済活動を行う、TNCs(Trans National Corporations)がどのように個々の国家の政策を利用して経済活動を行っているのか、世界中に広がったCommodity Chain(下請け企業の連なり)をどのようにコントロールしているのか、このCommodity Chainが途上国の発展や人々の生活にどのような影響を与えているか、などが授業の素材になっています。国家レベルの政策で企業をコントロールすることが難しくなってきている、という事はよく言われることですが、具体例を通してそれを強く実感する機会となりました。

Prof. Dillは、講義自体が上手いのはもちろん、緻密な授業計画や、生徒の名前を全員覚えているなど、本気で講義に関わっていることがひしひしと伝わってくる教授です。とりわけ、セメスターで4回出されるリアクション・ペーパーという課題は、授業のreading課題を読み、それを要約、批判的検討、そして自分の考えを述べるというかなりしんどい課題ですが、これがある回はやはり内容の理解が深まっていることを感じられ、よい仕組みだなと感じています。

もう一つこの授業をとってよかったな、と思えるのは、クラスの中で友達ができたことです。隣に座っていた、よく発言するなぁと思っていた友人に、ある日ペン貸して、と言われて貸したのが仲良くなるきっかけでした。授業後、彼は僕にペンを借りた事を忘れて熱心に教授に質問しているので、僕はそれが終わるまで待っていたのですが、そのおかげで、なんとはなしにご飯いこうかということになり、それから連絡を取り合う仲になりました。ちょうどその頃、アメリカ人の友達全然出来ないなぁ、授業全然わからないなぁ、と打ちのめされていた時だったので、彼の登場には本当にすくわれました。彼のことは、またいつかのレポートで報告できたらと思います。

・ANTH 230 Sociocultural Anthropology

もう一つお気に入りの授業は、この人類学の授業です。ですが講義の面白さが分かるようになったのは、講義が大分進んでからでした。

はじめEthnographyを読む授業との事で興味を持ち受講を決めたのですが、授業の初回から人類学の学説史の講義がはじまり、その時は取る授業を間違えたのかと思いました。退屈な学説史は数回続き、一瞬ドッロプしようかと迷った時すらありましたが、そのあとethnographyの読解が始まると、教授がなにを思って授業を組み立てているのか分かるようになり、それ以降、講義自体がずっと面白く感じられるようになってきました。

この講義では全部で三冊のethnographyを読むのですが、あの退屈な学説史はそのethnographyを読む上でのcontextとして必要なものなのでした。単純にethnographyを読むだけでなく、そのethnographyが書かれた時期ににどんな理論的問題や葛藤があり、それがそのethnographyにどんな影響を与えているかを踏まえて読んでいこうというのが、Prof. Ortaの狙いのようでした。そういう計画を事前に練っている緻密さを見ると、やはりがんばろうという気になります。

この授業では、TAにもいろいろと助けてもらい、それがモチベーションにもなっています。ディスカッションのクラスではTAのすぐ側に座り、助けてオーラを出していたのが功を奏したのかも知れません。実際、どの授業も前の方に座る事にしていますが、前に座ると教授もTAもすぐに存在を認知してくれるので、いいことがたくさんあるように思います。

・こちらでの授業の特徴

Prof. DillもProf. Ortaもそうですが、こちらの授業ではシラバスがかなり重要で、それが緻密に練ってある授業は良い物が多いのではという印象を抱いています。

実は、セメスターの最初の頃、Population Issuesという授業を取っていたのですが、その講義はDropし代わりに別の授業をとるという選択をすることがありました。その授業をDropした理由は、スライドが一切ない、授業内容がかなりランダム、などと留学生にはきついだろうと思えるいろんな理由があったからなのですが、今思えばこの授業では授業計画もmidtermの前までの物しか配られることがありませんでした。

シラバスはその教授の授業へのスタンスが如実に現れるもので、実は熟読吟味する価値のあるものではないかと最近思っています。講義でのReading Assignmentをどこから選ぶかという点だけ見てみても、テキストブックを中心に出す物から、広範囲の文献から細かくpick upしているものまで講義により様々です。一概には言えませんが、テキストブックを一つ簡単に選ぶのよりも、さまざまな文献から拾い集める方が、ずっと時間も労力もかかるでしょうから、ここからも教授の講義へのスタンスが見て取れるように思います。

こうして振り返ってみると、様々なところで自分が親しんできた日本の大学教育とこちらでの教育の違いに気づきます。どちらが良い悪いかではなく、この違い自体に面白さを感じています。日本にいる頃は、日本の教育は出鱈目でよろしくない、アメリカの方がずっと良い、とよく言われましたし、僕もそんな風にずっと思っていました。表面上は(課題量の多さ、シラバスの細かさ)確かにそうかもしれないのですが、決して一概にそうとは言えないとだろういう事もこちらに来て感じるようになりました。

この日米の教育のスタンスの違いは、もちろんごくごく狭い経験の幅の中からしか語れない物ですが、この留学を通して自分なりに考え続け、レポートの中でも少しずつ書いていけたらと思っています。

<最後に>

こちらアーバンナ・シャンペーンでは、嘘のように暖かい日が続いていたのですが、ここ数日はめっきりと冷え込み、昨日の夜には早くも氷点下を記録いたしました。ただ寒いのは嫌いですが、冬の朝の凛とした空気は好きなので、実はキャンパスの冬をすごく楽しみにしています。

この奨学生レポートを書きながら、ふと一年前のことを思い出しました。ちょうど一年前のこのころ、過去の奨学生レポートを読みながら僕は、その経験談に憧れつつも、どちらかというとむしろ圧倒され、奨学金に応募する事すらためらっていたのを覚えています。実際こちらに来てからも、こうでありたい自分と、日本にいたころからの相変わらずの自分のギャップに、落ち込む日々が続いていました。

けれど、そんな日に限って、話したことのないクラスの友達が話しかけてくれたり、TAや教授が話しかけてくれたりして、たったそれだけのことで随分と救われたりしました。こちらの教授やTAは、みんなフレンドリーで、例えそれがマックのお姉さんの笑顔とおんなじで、僕にだけ向けられた愛ではないにしても、積極的に勘違いして喜ぶようにしています。まだ留学生活は四分の一しか過ぎていない中、総括する段階には全くありませんが、それでもこのキャンパスとここでの生活が少しずつ好きになってきている事だけは、ここでご報告させて頂きたいと思います。

このような素敵な機会を戴けたことを、JICのみなさまに感謝するとともに、後押しをしてくれた両親と叔父、暖かく送り出してくれた研究室とサークルの友人たち、マックの笑顔はできなくともうれしいメッセージをくださった指導教官、何処の者とも知れぬ学生に一筆書いてくださったある尊敬する先生に、感謝の気持ちを述べさせて頂き、第一回目の奨学生レポートを終えたいと思います。

4.Quad。冬のQuadも必ず撮ります

4.Quad。冬のQuadも必ず撮ります
2010年10月30日

京都大学人間環境学研究科 修士一回

後藤 直樹