後藤直樹さん2011年5月分レポート

JICのみなさま、レポートを読んでくださっているみなさま、こんにちは。今、日本に向かうこの機内で、第三回目の奨学生レポートを書いています。空っぽになった寮の部屋を見たときも、LEXバスに乗りキャンパスを発ったときも、いまいちわかなかった寂しさが、機内で撮りためた写真をスクロールしているうちに、今更になって押し寄せて来ています。

前回のレポートでは、Spring Semesterの始まりまで書きました。こちらに来て半年が過ぎた今期は、英語にも生活にもなれ、以前より余裕を持って時間を過ごせた時期になったと思っています。まず今回は印象に残った授業を二つ、ご紹介したいと思います。

 Media Ethics

授業を担当していたProf.Christiansはとても個性的で魅力的な教授でした。大分お年を召された白髪の先生で、しゃべるスピードはゆっくり、でも話し方に緩急があり、不思議な存在感がありました。生徒のことを本当に良く見ている先生で、30人近くの生徒の名前をすぐに覚え、顔だけを見て出席をつけていました。前回居なかった生徒が授業にくると、そっとその生徒に近づいて行ってプリントを手渡す姿を何度も見ましたが、今思い返してみると凄いことです。

授業自身もとても印象的なものでした。Media Ethicsという名の通り、Journalismにおける倫理が授業のテーマだったのですが、いままで抽象的にのみ論じられて来た倫理を、どのように現実的な問題に応用するかというのが彼のやっていた試みでした。

授業では毎回ケーススタディが取り上げられ、例えばある授業の回では、ホテルルワンダという映画が題材になりました。ルワンダで起こったフツ族過によるツチ族の大虐殺の最中に、あるホテルで起こった史実をモデルに作られた映画ですが、授業ではそこに描かれているジャーナリストたちにフォーカスが置かれます。

虐殺が起こる前から、ホテルルワンダには多くのジャーナリストたちが宿泊していました。映画では虐殺が起こり始めた後、危険をさけ帰国するジャーナリストと、それを引き止める難民の姿が描かれています。自らの命を守る義務と、現地で起こっていることを報道する責務という、二つの異なる義務にジャーナリストたちが引き裂かれる時、彼らはどう行動することが一番よいのか。

ここで教授が取り上げるのはアリストテレスの中庸の倫理です。中庸の倫理というと大げさですが、簡単に言えば行き過ぎでも過小でもなく、その中間のどこかに一番の美徳が存在するという考え方です。この理論をこのケースに当てはめるなら、何もせずその場を離れる選択も、命の危険を顧みずその場に残る選択もどちらも最善ではなく、その中間あたり、例えば一時的にその場を離れるにしても国境付近で取材を続ける、などという選択が最善ではないかという示唆が得られます。

いくつかのEthical Principlesがあり、それぞれのケースについて一番妥当なprincipleが存在し、それを適用すれば一番妥当な行為かが決まる。もちろんここまではっきりとしたことは言ってませんでしたが、そうした白黒をつけるきらいがこの授業にはありました。授業を受けている間、そんなに簡単に良いこと悪いことが決まる物なのか、という疑問はずっと消えなかったのですが、途中から少し考えを改めることにしました。

現実世界では、良い選択という抽象的なものがどこかに浮いているのではなく、常に決断と実行が隣り合わせで進んで行っているのだということを、アメリカに来てからことさら強く感じる様になりました。Principleを用意するということは、それが凝り固まった原理になるということではなく、少しでも良い選択を、迅速に、実際に、実行に移すために、基準を用意するということではないかと今では思っています。Journalismとはもともと日々の記録という意味を持っています。そこまで遡るまでもなく、Journalismが要求するのは、日々刻々と変化する現実のなかで、その都度決断をして行くことであるのは明らかです。

深く考えることと迅速に動くことの二つを両立することの難しさと、それにしっかりと向き合うことがアメリカでの生活に与えられて課題だとおもっています。答えは出ていませんが、この授業は考えることと行動することを両立するために自分の中にPrincipleを用意すること、その大切さを教えてくれたように思っています。

History of Anthropology

一番心に残った授業です。この授業を担当したProf. Ortaの授業は先学期にも取っていて、その人柄と充実した授業に惹かれて今期も受講しました。先学期と比べ10人ちょっとのクラスで人数も少なく、先生との距離も生徒同士の距離もぐっと近くなりました。

授業の内容はHistory of Anthropologyという名の通り、人類学の学説史です。シラバスには明確にこの授業の目的が書かれていて、そこには現代の人類学の研究成果を歴史的な視点で読み込めるようになること、とあります。

文化人類学や社会学、経済学は社会科学として19世紀に誕生しました。この授業で特に感じたのは、このルーツを知ることの大切さです。19世紀は自然科学の発展がドラスティックに社会を変化させ、科学や発展ということに対する信頼が強かった時代です。こうした時代の中、自然と同じように社会も科学的な分析が出来るという信仰のもと、社会学や経済学といった学問は、社会”科学”として出発しました。今まで当たり前に受け入れていた社会学における見方や区別も、遡ればある時代のある特定の見方に端を発していることを再確認しました。

なぜ学説史をやるのが重要なのか、その感じた所をきちんと言葉にするには難しいところがあります。単純にこの授業のReadingが面白かったということもありますし、圧縮した形で積み重ねられて来た成果を学ぶことが出来るという利点もあります。自然科学と違い人文科学の研究成果は、必ずしも新しいものが以前の物を乗り越えているとは言い切れない所があります。学説史を学ぶことによって、いま注目を浴びている考え方が、ある特定の時代、文脈に於いて光を浴びているに過ぎないということを念頭に置きながら、最新の文献を読む視点を与えられました。

僕自身の専攻は社会学ですが、人類学の授業で社会学の古典を読むことになったように、人類学と社会学はとても近いところにある学問です。でもUIUCの授業にはHistory of Anthropologyはあっても、History of Sociologyはありませんでした。これはたぶんUIUCに限らず社会学全体の傾向ではないかと思っています。こちらで社会学の授業をざっと見て感じたのは、この分野での領域の細分化でした。家族社会学、科学社会学、政治社会学、犯罪社会学・・・いくつもの分野に枝分かれをしながら、では社会学全体としてのIdentityはどこにあるのか、という質問にはどうも答えを得られそうにありません。逆に人類学はかろうじてその学問としての全体性を維持できていることを知れたことは、大きな意味があったように思います。

アメリカと日本の大学

一番初回のレポートで日本の大学教育とアメリカの教育の違いについてこれからも考えて行きたいと書きました。あの時感じたことと少し考えも変わっていますが、今もう一度ここで日米の教育の違いについて少しだけ考えを書いておこうと思っています。もちろん僕が経験して来たアカデミックな教育は人文社会科学に限られますし、大学もUIUCと京大だけなので当然一般化することは出来ません。でもその限られた経験の範囲内で二学期に渡る授業を終えて思ったのは、どっちが良いという以前に、両方経験できてほんとうに良かったなという実感です。

京大では、君は好きなことをやりなさい、私も好きなことを話すから、徹頭徹尾そういうスタイルで全てが進んで行きました。僕はこの雰囲気が好きでした。好きなことをやっている方がモチベーションもあがります。UIUCでは逆に、これをやりなさい。これくらい知っとかないと恥をかくよ、とその分野の常識を叩き込まれた気がします。教授はその分野における常識を生徒に伝えるために、じっくりとシラバスを練り、効率的にその分野において知っておかなければならないことを教えてくれました。こちらではやらなければいけない物が押し付けられるので、モチベーションを保つのには苦労することがあります。その時に教授やTAとの個人的な繋がりが、モチベーションの維持に繋がったことは前にも書いたように思います。僕に取っては、このどちらのタイプも経験したことが自分の糧になったと思います。

教育は意図された通りに働く訳ではなく、ほんとうに劣悪な環境がかえって人の成長に役立つというのはよくある話です。だから良い教育とはなにか、という大風呂敷を広げた議論は困難なのだと思います。でも個人のレベルではそんな難しい話ではないと思っています。この留学を終えた今確かに言えることは、両方経験してみるということが一番良いということです。アメリカにいる最中は、こんな大変な授業は一年で良いや、これを四年やり抜く留学生はすごい、なんて思っていましたが、終わってみればもっと続けたい気持ちが湧いて来たりします。

「どっちが食べたい?」「両方!」って言うのがいちばんおいしい体験であったりするように、今回の留学は二つの世界を教えてくれたという意味でほんとうに貴重な体験だったと思っています。そして両方選択することの出来た環境に置かせて頂いた自分は本当に恵まれていたんだと今、思い返しています。

まじめな話ばかりになってしまいましたが、今回の留学を無事終えることが出来、たくさんの気付きを頂けたのも、この留学を支えてくださったJICのみなさま、家族、友人、先生方の存在があってのことです。再び感謝の気持ちを記して、第三回目の奨学生レポートを終わらせて頂きたいと思います。