お世話になっております、小山八郎奨学金奨学生39期の小松です。帰国してから約1ヶ月を経て、このレポートを書き始めます。
以下、春学期の授業を簡単に振り返り、留学の総括を行います。
■今学期の授業について
ACE 310 Natural Resource Economics
森林・鉱物・漁獲などの資源について、経済学的側面から理解を深めました。時間を通じた資源配分が大事であること、そして「コモンズ」と呼ばれる資源が搾取を防ぐべくどうマネジメントするかが主な論点でした。負担は重くないものの、毎週小テストや課題があり、尚且つ3回に渡ってテストが行われました。留学前はこの形式を見ると、拒絶反応を示していました。しかし実際に受けてみると、試験一発勝負に比べて失敗するリスクが小さく、頑張った分だけ評価されるシステムだと実感しました。当然、試験一発勝負と積み上げ型の評価形式は両者一長一短があります。一発勝負にめっぽう弱い私にとっては、アメリカのシステムが合っているのかもしれません。…そう信じたいです。
ACE 451 Agriculture in International Development
農業が経済発展においてどのように貢献するのか、私の関心が一致した授業でした。授業は農業を中心として、新興国の開発問題を広く扱う内容でした。貧困を測定方法から始まり、産業構造の転換、人的資本の重要性、農業市場の制度整備、支援のあり方など…。アフリカのマラウィの農家に対する肥料の補助金政策について、世界銀行のコンサルタントとして、どう評価しどういった代替案を出すかという政策メモを書く課題もありました。農業と開発について総合的に理解を深めることができた授業であり、勉強して一番ためになった科目に違いありません。
ECON 471 Introduction to Applied Econometrics, ACE 261 Applied Statistical Methods
これまでの不勉強ゆえ避けてきた統計を、アメリカに渡り性根を入れて勉強し直しました。実際にプログラミングを回してデータを分析する課題が多く出され、統計解析ソフトRを独学で必死に体得しました。理論・実践両面で統計分析の理解を深められたのは、大きな収穫でした。実際に数字を弾き出し、そこからどのような経済学的示唆を得られるのか。正しく計算することはもちろん、データの解釈も重要であることは言うまでもありません。そうした力を伸ばす上で良い授業でした。
写真1: 当初は飽々しながら食べていた食堂の食べ物も、最後の方は呼吸をするように食べていました。郷に入りては郷に従え、食生活もすっかりアメリカに馴染んでしまいました。
■留学を終えて思うこと
日本に降り立った直後は、日本人のみの同質的な空間に違和感を覚えていました。帰国から1ヶ月経た今も、日本にいながら違和感もしくは焦りを感じる瞬間があります。日本が心地良すぎる故にその環境に甘えてしまい、日々成長できていないのではないかと。留学先では、言葉は通じない、人間関係も一から構築せねばならない、授業への不安など、居心地の悪い空間だったことは間違いありません。その状況は、留学をまさに終えようとしていた5月でも変わりませんでした。しかし、そうした負荷のある環境の方が学ぶことが多いのではないのか。色々と物事を考えることができるのではないか。日本にいながら、毎日そう思います。
英語については、出国当初よりは上達したのは間違いないでしょう。とは言え、完璧には程遠く、話せるようになったのではなく、聞き取れない話せないことに慣れた、と言う方が正しい気がします。留学当初は「全部聞き取らなきゃ!正しい英語喋らなきゃ!」と気張っていました。…それは続きませんでした。水は低きに流れるという言葉通り、最後の方は「だいたいこんなこと言ってるんだろう」「とりあえず言いたいこと簡単に言ってしまおう。ま、こんなもんで通じてるんじゃないかな」と横着するようになりました。とはいえ、英語に関してはこれで満足という水準はありません。現時点の私の英語の実力については不満しかありません。今後日本に軸足を置きながらどう英語を伸ばすかが課題です。私の場合、英語の力をkeepするのではなく、improveし続けなければなりません。
英語について、加えて思うことがありました。英語ができないことを自分自身の勉強不足の言い訳にしていなかったか、ということです。以前シアトルでホームステイ中に、アベノミクスについてどう考えるかと聞かれたことがありました。このとき、経済学を学んでいるにも関わらず満足いく説明ができず、歯がゆい思いをしました。同時に、何か頭を打たれたような衝撃を覚えました。これは、日本語でも決して説明できない話題であると。「英語ができない」というのは、自分の不勉強の言い訳として機能していたのだなと。己の勉強不足を恥じました。言語に関係なく、あらゆることについて学ばなければならない。当たり前のことですが、このことに気づいていませんでした。仮に気づいていたとしても、頭で分かっていることと実践できていることの間には大きな壁があります。
日本に帰国し、日本語を話す機会が圧倒的に増えました。母国語ですから、日本語で話をするのは楽です。その心地よさを享受する一方、話の中で「これは英語でもちゃんと話すことができるのだろうか?外国の人に伝えることができるのだろうか?」というのはいつも意識せざるを得ません。
最後にも書きますが、留学を終え今後の過ごし方が決定的に重要であると日々実感しています。居心地の悪い環境はないか、求めている自分がいるようです。
ひとまず今は、留学から帰ってきたという名分を使い様々な人と会う約束をし、話に花を咲かせることができています。これは非常に楽しく、有意義です。大学5年生として、勉学にこれまで以上に励むことはもちろん、アンテナを張りフットワークを軽くして色々な活動に参加してみます。
写真2: 1年間住んだ寮の部屋。汚くて恐縮です。ルームメイトと写真を撮るのをすっかり忘れてました。彼とここでひたすら話をしていました。
■果たして留学をしてよかったのか
「なぜかよくわからないが、とにかく留学しよう」と2年前に決意しました。果たして、今回イリノイ大学へと留学したことは良かったのでしょうか。自身の人生にどのような意味を持つのでしょうか。この問に対しては、現時点では答えることができません。留学をして半年経ち、1年経ち、5年経ち、10年経った後振り返ってみて、初めて評価できると思います。
このように書くと、なんだ今回の留学は失敗だったと感じているのか、そのための言い訳を並べているのか、と指摘されるかもしれません。現実は、多くの人の縁に恵まれました。普通に留学していては味わうことができない体験も数多くありました。日本にいるときの倍以上は勉強しましたし、物思いにふける贅沢な時間も沢山ありました。自身の留学へ行きたいという意志は間違っていなかったと信じたいのです。アメリカで経験したことはかけがえのない財産であったと信じたいのです。
今回の留学が良かったと言い切るためには、今後も継続的な努力は欠かせません。留学を通じて多少はましになった英語 (しかし完璧にはあまりにも程遠い…) の向上はもちろん、自分の専門性、そして人格全体としてさらに成熟していかなければなりません。そうしなければ、イリノイ大学への留学を推挙していただいたJICのみなさん、家族、なにより自分自身への説明がつきません。「留学に送り出したはいいものの、結局大成しなかったな」と後々言われるのはとても、とても悔しい。数年経って初めて今回の留学を評価できると書いたのは、今後の精進を怠らない決意表明のためでもあります。
「言うは易し、行うは難し」です。文面による決意表明はここまでにして、今後は自身のレベルアップのため、実践あるのみです。「小松を留学に送り出してよかったかどうか」は、数年後の私自身から発せられる言葉ではなく、どういうキャリアを歩み、どういった成果をあげ、そしてどういった雰囲気がにじみ出ているかを見て、判断していただきたく思います。
改めまして、JICのみなさま、そして家族には本当にお世話になりました。この留学を通じて受けた恩を今後何らかの形で、少しずつ返していきます。本当にありがとうございました。
写真3: イリノイ大学を去るバスに乗る前に撮影した、朝方のQuad。じんわりと感動した記憶があります。