JICメンバー各位、
大田(’01-02 LAS)です。
JIC奨学生の篠原史温くんからのレポートが届きましたので、皆様にフォワード致します。高度9448メートルの雲の上で書かれたレポート。文章の中に、留学を通して感じたこと・学んだことがぎっしり濃縮されています。人間的にひとまわりもふたまわりも大きくなって、しかもIMPEでの肉体改造もすすんだという?!篠原くんにまたお会いする日が楽しみです。篠原くん、レポートありがとうございました。
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2004年 5月分レポート
篠原史温
東京大学システム量子学科修士課程一年
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ご無沙汰しております。篠原史温です。時が経つのは早いもので、奨学生レポー
トも今回が最後となってしまいました。現在僕は高度9448メートルの雲の上で
このレポートを書いています。今回はこの留学生活の総括として、「僕がイリ
ノイに来た本当の理由」「9ヶ月間で感じた自分の中の変化」「様々な枠を超
えた友情」の3本立てで行きたいと思います。かなり長く書いてしまったので
どうかごゆっくりとお楽しみください。
「僕がイリノイに来た本当の理由」
ほとんどの日本人がそうだと思いますが、僕は小さい頃から映画を通じてしか
アメリカを知りませんでした。「アメリカ→何となくかっこいいイメージ」と
いう何とも具体性に欠けた僕のアメリカ観を決定的に変えたのは2001年3月に
ボストンに1ヶ月間語学留学をしたときです。一言でいってしまえば、あのボ
ストンでの生活はあまり楽しいものではありませんでした。語学留学という性
格上、現地のアメリカ人と知り合う機会はあまりなく、ホストファミリーは僕
に対して「~はしてはいけない」とか言うだけでとても友情を築き上げるどこ
ろではありませんでした。その上、語学学校に行く途中のバスの中で体中にピ
アスをしたアメリカ人にからかわれたり、運賃を不当に請求したと抗議したら
バス運転手に逆切れされたりと、僕の中の「ナイスでフレンドリーなアメリカ
人」像は音を立てて崩れていきました。
帰国してから「なにがいけなかったのか?」を自分なりに考えてみました。その結
果、二つの理由が思い浮かびました。
1. 語学学校の学生はアメリカ人と「対等に」接する機会が少ない。
2. 僕の英語力(コミュニケーション能力)が不十分。
一つ目は僕の接したアメリカ人は、皆「先生」や「ホストマザー」だったりし
て普通の人間関係を築けなかったということです(でも今から考えたらアメリ
カでは先生や少しばかり年の離れた女の人とでもフレンドリーな関係になれま
すが…)。二つ目は、単純に僕のコミュニケーション能力の問題です。自分の
考えていること、言いたいことがしっかりと口に出せないようではアメリカで
はやっていけません。そういう意味での「英語力」に欠けていたと思います。
この二つの原因を解消する方法として思いついたのが、語学留学ではない「普
通の留学」をすることでした。ここでいう普通の留学とは、アメリカ人の大学
生と対等な立場で同じ授業を受ける環境に身を置く留学のことです。その意味
で、JICのプログラムは完璧でした。一年間という非常に限られた期間、アメ
リカの大学生と同じ授業が受けられる。さらに僕は、学部時代、特に一年生と
二年生のときにあまり勉強をしっかりやらずにいたことを後悔していました。
アメリカの大学は入ってからが厳しいらしい。もし1年間みっちりそういう環
境で勉強したら大学1、2年のときの「遅れ」を取り戻せるかも。。。そういっ
た経緯でJICのプログラムに申し込み、非常にありがたいことにこんな僕を選
んでいただきました。本当にほんとうに、感謝の念が絶えません。
「9ヶ月間で感じた自分の中の変化」
1. 性格
この9ヶ月で僕の性格は非常に良い方向に変わりました。主なものとして、積極的、
能動的になったということです。例えば
● ディスカッションの授業中に手を挙げて自分の意見を堂々と言えるようになった
● オフィスアワーに出向いていってTAに徹底的に質問できるようになった
● パーティーなどを企画して実行できるようになった
● 大学や公共のサービスで「これはフェアじゃない」と感じたら質問したり抗議で
きるようになった
ここに挙げたどれも、元々こういうことが出来る人から見たら、「何を言って
るんだ。こんなこと出来て当然じゃないか」とお叱りを受けてしまいそうです
が、こっちに来る前の僕はこんな当然のことすらしっかりとできない人間でし
た。でも「声を上げなきゃ、自分から始めなきゃ何も始まらない」というアメ
リカ社会の良き(?)風習のおかげで自分の欠点を改善することができたこと
は非常に嬉しいです。
2. スキル
「英語能力、コンピュータ能力以外で身につけたスキルは何か?」と聞かれた
ら、一つ目はCritical Thinking Skillだと答えると思います。どの授業も「~
は~だ」と教えられるのではなく、「~は~だから~だ」というように教えら
れました。つまりただ単に現象面、事実を追うのではなくその根本にある原因
にまで深く言及していたのです。ペーパーを書くときも、プレゼンをするとき
も、試験の答案を書くときも論理の流れは非常に重要視されていたと思います。
二つ目はプレゼンテーション能力です。秋学期にスピーチのクラスをとり、強
制的に6回もクラスの前でスピーチをさせられたという辛い(?)経験を通し
て得たものはかなり大きいと思います。最初は、「アメリカの大学生は自分の
スピーチを聴いてどう思うんだろう?」とか「本当に伝わっているのだろう
か?」とか迷いはあったのですが、途中から吹っ切れて人前に出て言いたいこ
とを思いっきり言えるようになりました。今学期のコンピュータ倫理の授業で
最終プレゼンテーションがあったのですが、40点中39点をいただきました。
自分でもまだまだ山のように改良の余地があると分かってはいるものの、この
結果にはかなり大きな驚きと喜びを感じました。
三つ目は社交スキルです。こっちの社会の性格上(?)、ほぼ毎日のように”
I’m Shion. Nice to meet you.”を言っていました。おかげで「自己紹介→
スモールトーク」の流れはほぼ完璧になりました(ただしその後会話を面白く
維持できるかはまだまだ改良が必要ですが)。
四つ目は聞き上手になれたことです。もともと人の意見を聞くのは好きなので
すが、イリノイに来てからそれがさらに深まり、友達と夜遅くまで語ることも
しょっちゅうでした。特にルームメートとはありとあらゆる分野にわたり意見
を交換したように思います。この間、彼に「いつもしっかり聞いて、適切なア
ドバイスをくれてありがとう」と言われたときかなり嬉しかったです。
3. 身体
他のJICの奨学生メンバー(江崎さん、中村さん、砂子さん)は知っていると
思いますが、「篠原史温」と「肉体改造」は切っても切れない関係にあります。
学部のときに少林寺拳法を3年間半やってたときから筋肉トレーニングは割と
好きだったのですが、イリノイに来てからそれが見事に「開花」してしまいま
した。始めは多すぎる寮の食事を燃焼させるために何となくIMPE(キャンパス
内のジム)に通っていたのですが、凝りだしてしまいいつの間にかほぼ毎日の
ように通うことになってしまいました。さらに春休み前くらいからは毎日外を
走っていました。結果的に「トレーニング好き」で知られているのアメリカ人
よりよっぽどトレーニング好きになってしまいました。でも僕がトレーニング
に励んでいた理由は実はもう一つあります。それはアメリカ人の「典型的な日
本人像」を壊したかったからです。背が(比較的)低めで、(アメリカ人と比
べれば)やせ気味で、眼鏡をかけている(人もいる)。僕はたまたま普通の日
本人より(またたいていのアメリカ人より)背が高いのであとは筋肉をしっか
りつければ良いだけでした。僕のせいでアメリカ人が「ああ、こんな日本人も
いるんだな」と思ってくれれば良いなと思っていました。「日本人は~だ」
「アメリカ人は~だ」という過剰な一般化は国際社会において百害あって一利
無しだと思います。その点で僕は国際交流に少しばかり貢献したと自負してお
ります(ちょっと言い過ぎです。実はそんなに思っていません)。
「様々な枠を超えた友情」
イリノイに来て何よりよかったと思うことは多くの友人、それもイリノイに来
ない限り絶対に作れなかったであろう友人を作れたことです。僕はもともと友
達作りがそんなに得意ではないのですが、イリノイの空気が僕を開放的にして
くれて本当の意味で良い友達ができました。
まず、JICの奨学生メンバーの江崎さん、中村さん、砂子さんです。イリノイ
に来る前は僕だけ男だということもあり、かなり不安でした。ある意味あきら
めていたようにも思えます。さらに追い討ちをかけるように僕の住んでいる寮
は他の三人が住んでいる場所からはかなり遠かったので、最初の1ヶ月くらい
はかなり「距離」を感じました。でも、9月末に僕の誕生日パーティーを開い
てくれてからちょくちょく会うようになって、夜まで話し込んだり、お互いの
悩みを打ち明け合ったりしているうちにいつの間にか強力な絆が生まれました。
こんな関係は4人でアメリカに留学をしない限り生まれないと思います。さら
にそれぞれのメンバーの「似通っている部分」と「違う部分」がうまく機能し
て化学反応が起こっていたように思います。この3人には本当に感謝していま
す。さらにみんな出身が関西地域ということもあり東京育ちの僕の喋りが関西
訛りになってしまったということにも感謝の意を表したいと思います。
寮の友達は主にアメリカ人学生です。ルームメートを始めとして多くの人と友
達になりました。少し驚いたのはかなり多くの人が日本に興味を持っていると
いうことです。”Kill Bill Vol. 1”、“The Last Samurai”、“Lost in
Translation”の三つの映画が僕たちの滞在期間に公開されていたという事実
からもアメリカにおける密かな日本ブーム(?)を感じました。日本語の授業
をとっている友達も何人かいて、日本語と英語の違いについて議論したことも
何度となくあります。彼らと「対等に」接することで生身の「アメリカ人」の
姿を見れたことは僕の今後の人生に大きな意味を持つと思います。というのは、
日本でしばしば「アメリカが~だから」論理で正当性を主張する議論がよくあ
るからです。アメリカが全て正しいわけじゃない。日本が全て間違っているわ
けでもない。そういった相対的なものの見方が出来るようになったのも彼らの
生き様(?)を生で目撃したからだと思います。そうでなかったら、いつまで
たっても「アメリカコンプレックス」みたいな感情を持ってしまったかもしれ
ません。彼らは非常に多くのことを僕に教えてくれました。でも一番強く感じ
たのは彼らも殆ど僕らと同じであるということです。来る前はアメリカと日本
の考え方は正反対だと思っていたのですが、それは表現方法すなわち表面的な
違いであって中身はそっくりであると気付きました。
留学生の友達も、とくに韓国人の友達がたくさん出来ました。隣の国、韓国の
人とはるばる太平洋を渡ってさらに陸地をかなり行ったところにあるイリノイ
の地で出会い友情を深めるなんてよく考えたらとても凄いことだと思います。
しかもお互い話す言葉は英語という外国語。それでもみんな巧みに自己表現を
してお互いを理解し合えるというのはある種芸術の域に達しているとさえ思い
ます。片方がネイティブスピーカーならもう片方の人が喋ることについて予想
が出来るので比較的簡単ですが、お互いがノンネイティブだとそうもいきませ
ん。ジェスチャー、想像、フィードバックを駆使しながら深める会う友情もな
かなか味のあるものです。こうやって英語を通じて世界中の人と友達になれた
らとても幸せなことだと感じました。その「世界中の人」が英語を話せるとい
う条件付きなのが少し難点ですが。。。
9ヶ月を振り返るつもりで徒然なるままに書いていて、気がついたらWordで5
ページ目に突入してしまいました。ここまで辛抱強く読んでくださった方、本
当にありがとうございます。でも本当は僕の5ページの作文なんかではまるで
収まらないくらい日々多くのことを感じて、考えて、行っています。江崎さん
のレポートにもあったようにこの留学を100点満点で採点するなら、僕は9
0点をつけると思います。本当は100点といいたいところですが、「自分が
満点なんか取れるわけがない」と考えているのでちょっと控えめに(?)90
点です。でも普段僕は自分にかなり厳しいので90点は相当満足な点数です。
こんなにまでも満足な留学生活が送れたのも、JICの皆様が僕を選んでくださ
り、いろいろな面で支えてくださったからです。これからは僕が奨学生を支え
る番だと思っています。また、JICの様々な活動に参加したり、JICの組織自体
に貢献したりすることもとても楽しみにしています。
これからは行動を通してこの感謝の気持ちを表現できたらと思います。いまま
で本当にありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。