中山明子さんの2005年最終レポート

第三回レポートを書いた後すぐに帰国しましたので、今回すぐ後に提出致しましたことをお許しください。今回は私の常日頃気になっている戦争のことについて 触れ、私の全レポートを終わらせていただきたいと思います。まず、私が今回の留学で一番感じたことは、どんなに文化や考え、宗教までも違う人同士でも、何 か決まるとき話し合いによってお互いにとって最良の解決方が見つかるのだということでした。今の世界を見つめたとき、悲しくもいまだに戦争の空しさや悲し さに飽きずに、軍隊を出したり、自国内の異なる宗派の間で戦っている国が見受けられることが悲しくてなりません。おそらく理性を失い、感情のみで動いてい るような行為が世界のあっちこっちで起こっています。自分の体裁のみを保つため、または自分がトップに君臨している間は利益を得ることだけに専念し、政治 自体をいい加減にしている政治家やリーダーの多さにもびっくり致します。どんな交渉や会談でも一歩でも平和的な解決に進むよう、妥協案や折衷案を考えたり と、現実改善につながるように努めるべきだと思います。世界は核の存在の脅威や人口増大でもう大変です。これからは世界の国々や人々が互いに理解しあっ て、一緒に手を携わって生きていかなくては、もう安心できる時代ではなくなってきたのかもしれません。その意味で、まず異なる文化の飛び交うキャンパスで も多くの人と仲良く楽しくやっていけるUIUCでの生活と同じく、どの国も自由に、自分の文化を愛し、他人の文化を尊重して生活していかなくてはならない 時代だと思います。自分の利益よりも自分の友達のために助け合ったりすることの方が大事だと思われるように、自国の経済や安全とともに、国家間の友好関係 に最多の努力を払い、どの国も国民のために強く、かつ弱い国とも友好であるべきだと思います。自分もまず身近からできること、援助したり、贅沢や無駄遣い をやめたりと、なにか貢献できることを始めたいと思います。

21世紀はインターネットの普及に伴い、なんでも地球規模で起こったり、世界の人々がひとつの”地球文化”をシェアしたりすることも多くなりましたが、一 方で是非祖先が残してくれた自国の伝統や文化をなくさないようにもしていきたいと思います。特に、若者は盲目的に流行を追うだけで、自分の国を愛さない、 自己主張のない大人になってほしくないです。孫子の兵法に「知己知彼、百戰不殆」という有名な言葉がありますが、文字通り己の文化や自分自身を知り、他人 のことも理解できたならば、戦わずしてうまく解決できるものだと思います。まず一人一人が自分の意見をもって、かつ理解や尊重のし合える会話ができるな ら、ますますすばらしい社会になるのだと思います。

最後に、JIC奨学金生として自分自身を、そしてJICをとても誇りに思っています。今まで私の稚拙なレポートを読んでくださった皆様や、応援をしてくださった皆様、本当に心から感謝致します。

イリノイ大学日本同窓会が1976年に日本館へ寄付した桜

イリノイ大学の室賀三郎名誉教授から,1976年にJICがイリノイ大学へ寄付した桜の木の現在に関する情報をいただくとともに,写真をお送りいただきました.以下,室賀先生からのメールを引用いたします.

桜とplaque

1976年に日本に戻った同窓生が桜を何本かとそれを 寄付した同窓生の名を刻んだ真鍮製のplaqueを大きな 石に取り付けたものがEnglish buildingとLincoln Hallの間 に置かれていました。

本日わかったことは7年前に日本関係のものは一カ 所にまとめた方がよいということで、日本館に移さ れたそうです。写真をここに示します。

日本館の門と日本館の間のコンクリートの左にしだ れ桜が見えますが満開の時は見事です。そのすぐ下 にplaqueがあります。写真を取りましたが、御覧のよ うに汚れているためよく読めません。

これで皆さんの探求に御答え出来て嬉しく思いま す。1964年以来イリノイ大学に奉職した者として皆様の御関心を誇りに思います。

室賀三郎

日本館へ植え替えられた桜

1976年にJICが桜の木をUIUCに寄付した時の寄贈者銘板

キャンパス内English Building横の桜

イリノイ大学に桜咲く

Chemistryの三好一久様が,2005年4月8日にQuad西側のEnglish BuildingとLincoln Hallの間に咲く桜の写真を送ってくださいました.どうぞお楽しみ下さい.

三好様,素敵な桜の写真をどうもありがとうございました.

イリノイ大学の桜

イリノイ大学の桜

イリノイ大学の桜

古川愛季子さんの2005年4月分レポート

こんにちは。ここUIUCは三月後半から突然夏のように暖かくなったと思ったら、ま
た冷え込むということを未だに繰り返し、ようやく春(というかいきなり夏)が訪れ
た感じです。前回のレポートから3ヶ月余りの様子についてお伝えします。とはいい
ましても、もうファイナルウィークに入ってしまい、自分の気持ちはもう留学の総括
に向かっていますが、それとは別に、この特定の期間にもいろいろなことを経験した
ので、思い出しつつレポートに取り組んでいる次第です。具体的には、授業のこと
と、それ以外のことに分けてお伝えします。

(授業のこと)

私はコーラスを含め5つの授業をとりましたが、興味の中心は学期を通して前回お
伝えしたものと変わりありませんでした。よって、同じ二つについて、その後どう
なったかをレポートします。

RHET233:Critically Queer
始めたころは、いきなりESLのライティングから200番台のアメリカ人向けのレト
リックに変えて大丈夫か不安でしたが、結果、この留学を通じて一番とって良かった
と思える授業のひとつになりました。基本テーマはsex, sexualityなのですが、特に
queer politicsの考え方を中心に、Michel FoucaultのHistory of Sexualityから、
現在メディアや私たちの日常で起こっている出来事までを、criticalに、そして
academicに考える、というとても斬新で刺激的な授業でした。よって授業に上る話題
はFoucault哲学から、sex education, 宗教、人種問題、テレビドラマのWill and
Grace、ひいてはアイドル歌手Jessica Simpson (!) に至るまで本当に多種多様でし
た。イリノイ大学で最も前衛的(?)な授業のうちの1つに入るのではないかと思い
ます。日本では、口に出すことすら禁忌であるような(この中西部の白人、クリス
チャン中心のミュニティーであるUIUCでももちろん)こと、でももっと語られる必要
があることを敢えて、先生自身、人種、sexualityのダブルマイノリティーの立場で
行う、ということ自体大変意味深い授業でした。わたしがこの授業で一番、技術的に
学んだと思うことは、文章でも、口頭でも常にcritical なargumentをすることの大
切さと、(まだまだできませんが)その仕方の基礎知識だと思います。それから、
「マイノリティーの視点」という、生活面では抑圧された不利な立場でも、批評理論
上は強い武器になる(と私は思う)「ものの見方」に生まれて初めて触れたことも重
要です。更に、人文系にありがちな(と言われることの多い)陥穽として、自分の学
問以外のこと(特に今現在世の中で起こっていること)に疎くなってしまうところが
自分にはあったので、(もちろん学問を追及する人はそれでいいと思うのですが)こ
の授業での、学問的な理論と日常、特にメディアを結びつけるという作業はリベラル
アーツとしての勉強をする私には、これから社会に出る上でとても必要だったと思う
し、その作業自体エキサイティングなものでした。

MUS 261:Black Chorus
前回は始まったばかりで、たしか “It’s just amazing!”と表現したはずです。
今、commencementでのパフォーマンス一回のみを残した状態で思うことは、本当に素
晴らしい経験になったということです。しかし、この素晴らしいクラスが、大きな悩
みの種の一つとなっていたのも事実です。コースカタログには、「black music全
般」を取り扱うと記述されていましたが、実際はspiritual, gospelと言われるジャ
ンルのものが9割以上という状態でした。ということで、もちろん歌詞の内容は全て
Jesus Christに関するものです。更に、おしえ方も、先生が “Feel Jesus”,
“You have to mean what you mean!” というようなことを熱心に言われることが多
く、非キリスト教徒の私には歌詞で歌っていることと、自分自身の矛盾に苦しみまし
た。今振り返ってみると、この授業をとる前の段階では、“Choir”という簡単な単
語の本質的意味さえも分かっていなかったのだと唖然とします。しかし、悩みつつ
も、半年間やめずに続けて本当によかったと今では思っています。全ての曲(数え切
れないほどの曲数を学びました)は素晴らしいとしか言いようが無いし、更に二回の
Krannertでのコンサート(二度目はsold outでした!)や、地元Champaignの教会で
のコンサート、更にシカゴでの会議に招かれて、皆で旅(?)をして歌った経験など
全ていい思い出です。指揮者、そして現役のソプラノ歌手であり、さらにAfrican
Americanの女性として現在の地位を自らの努力で達成した、“self made”という言
葉にぴったりのDr. Davis自身の存在も大変inspiringだし、自らその成功を、特にま
だまだ苦境にあるAfrican Americanの生徒らに示すという点においても意味深い授業
でした。来年は “black music defines MUSIC of Illinois”という大きな目標のも
とに、更にblack chorus自体躍進していく予定です。去るのは悲しいけど、これから
は遠くから応援したいと思います。

(その他生活について)
上記のような経験を経て、ここイリノイで、自分はマイノリティーだと痛感するこ
とがしばしばでした。さらに他のクラスで勉強したことも含めて、アメリカにおける
構造的な(?)差別に気付き、ショックを受けることもよくありました。元々、私の
無知が原因なのですが、更に私はGlobal Crossroadという学部寮のインターナショナ
ルで、全ての人種が混ざり合って住むという、理想上のアメリカを体現したような場
所に住んでいるため、外とのギャップに苦しんだわけです。例えば、フレッシュマン
で日本人の友人は「レトリックの101、102には白人が一人もいない」という状
況に出くわしました。Diversityを謳う学校における、黒人系とアジア系だけのレト
リックのクラス。いままでの私ならそこで、「へぇ~」としか思わなかったのです
が、更に聞くと、それはそのセクションだけではなく、全体的に言えることだそう
で、そのクラスの先生が「あなたたちがここにいるのは、他の人たちより劣っている
わけではなく、“コミュニティーによる学校のresourceの格差”がある社会のあらわ
れなのです」と、初回の授業で言われたといいます。だから、UIUCのマジョリティー
である、suburbの良いハイスクールを出た白人は初歩クラスに一人もいないという事
態が起こるわけです。更に仲良しのblackのフロアメイトは、「他にもそんなことは
いっぱいある。私は高校で化学を三年間取ったけど、実験が一度もなかった。私たち
の学校(south side Chicagoのblack communityにある高校)は1つの薬品も買うこと
ができなかったんだ」と言います。それでも、ここ中西部はまだ他に比べて、最悪で
はないはずです。そんな状況を「機会の平等」と言ってしまえるアメリカってなんな
んだろう。。。と考え込むことがよくありました。英語の語彙が増えたせいで、その
ような議論をできるようになったのはいいのですが、あまりに悲しい現実です。しか
しそんななかでたくましく生きるマイノリティーと呼ばれる人々に敬意を払わずには
いられません。Black chorusでよくDr.Davisが生徒に「絶対に諦めるな」と励ましの
スピーチを毎回練習後に長い時には30分以上されることがあり、「早くかえりたい
なぁ」と思ったこともありましたが、そうせずにはいられない状況がある、というこ
とを知りました。

更に二・三月にかけては、近隣アジア諸国の日本に対する批判が相次ぎました。そ
の中で、個人の意見は別として、やっぱり溝は深いんだなと悲しくなることがしばし
ばでした。更にここUIUCは少なくとも学部レベルでは日本人が少なく、そして日本を
批判している国の人たちがたくさんいます。そしてCNN headlineでも毎日報道がされ
ていました。その中で、本土から来たと見られる中国人の方々を見るたびになんだか
びくびくしている(これは返って失礼かもしれませんが)自分がいたり、特にデモの
事に関して話している人を見ると聞き耳を立てている自分がいたり、更にたくさん
の、そのような国から来た私の友達は、本当のところそう思っているのだろう、と、
辛い日々でした。そんな中で一緒に来た留学生や、同じ寮の数少ない日本人の友達と
は立場を分かち合い本当に助けられました。今2005年でもこの状況ですから、過去に
ここで学んでいかれた先輩方はどんなに大変だったか想像もつかず、尊敬せずにはい
られません。

(まとめ)
このように冬休み以降の三ヶ月間は、今までのように沢山の友達に励まされつつ
も、イリノイの冬空のように重苦しく悩むことがたくさんあり、辛い時期でした。こ
れまで二回のレポートでとても前向きなことをお伝えしてきたので、レポートを書く
のをためらったのも事実です。先学期とは違って、英語にも困らなくなり、いろいろ
なことが分かるようになったのはよかったのですが、そのせいで、「アメリカの知り
たくなかった部分」にも沢山気付きショックの連続の日々でした。でもそんな中、他
の奨学生や沢山の友達に励まされつつ、いままでここで勉強されてきた先輩もみんな
経験したのかな、と受け入れた感じです。いまとなっては、冷静に振り返って、「こ
れも良い経験だ、留学の醍醐味(?)かもしれない」と思えるので、心配しないでく
ださいね。全体的なことは近いうちに最終レポートでまとめたいと思います。最後に
なりましたが、この留学の機会を与えてくださり、感謝しています。ありがとうござ
います。あとほんとにわずかなので、楽しんで帰ってきます。

古川 愛季子
お茶の水女子大学 文教育学部
言語文化学科 英語圏言語文化コース 3年

梶恭子さんの2005年4月分レポート

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JICの皆様、いかがお過ごしでしょうか。シャンペーンは再び寒気に包まれて、昨日今日と、最低気温1度という冷たい風が吹き荒れています。思えばシャン ペーンには春と秋という気候がないように感じられます。8月から留学される皆さんは、夏のシャンペーンでも服装に気をつけていただきたいと思います。

しかし、一月ほど前には、ようやく春の兆しが見受けられ、色とりどりの花があちこちで咲き誇り、それは見ていて楽しい景色が広がって いました。この時期、わたしはまた、「ああ、わたしはは日本人だなあ。」と感じることがあったのでそれについてお伝えしたいと思います。それは、わたしの 中での「桜」事変といわれるものです。

富山の実家の裏の山では、春には何千本という桜がいっせいに咲きみだれ、山全体がピンク色に染まり ました。わたしが通う一橋大学は、駅から大学の門まで続く桜並木知られ、春は桜のアーチの下を歩くだけでもうため息がでます。桜と春、春と桜は一心同体の 間柄。そして、冬は-15度にもなったシャンペーンにもようやく春が訪れ、20度を越す日も増えてきたころ、わたしはあることに気が付きました。 「イリノイには・・・・・・・・・さくらが無い!!!!」 桜を見ない春なんてまるでカレールーのないカレーのようです。桜を見ずに春を実感することができないのです。チューリップもパンジーもマグノリアも素敵で すが、やっぱりわたしは桜で目で愛でたいのです。そんな中ようやくキャンパス内で一本よれよれと咲く桜を見つけ、大はしゃぎしていると友達が、不思議そう な顔をしていたのでわたしは桜の魅力を力説しました。カラオケソングで一番多いタイトルは「さくら」百円玉にも「桜」、日本の国花「桜」、夜に散る桜の花 びらを見て芸術家はいく つもの詩を詠みました。日本人ならとにかく「さくら」「さくら」「さくら」、と。 そこで花見の説明をしたら彼が一言。「Public Spaceでお酒を飲むのは、法律違反じゃないのか!?」8ヶ月間で初めて文化の差というものに打ちのめされそうなった瞬間かもしれません。さくら禁断症 状が出ていたわたしは、アメリカ人の友達にも尋ねてみました。すると、春は桜、とまでは言わなくても、アメリカでも桜で有名なところがあるし、総括してア メリカ人も桜が好きとのこと。ワシントンDCの春は桜で街がピンク色にもなるとのこと。さらに彼が言うには、DCの桜は日本人が友好の印として植えたもの だそうです。日本人ほど桜が好きな民族は希少のようですが、桜はイギリスにも韓国にも名所があるということが後日わかり、シャンペーンにも桜が増えたらす ばらしいな、と思いました。

バスケットボール

皆様ご存知の通り、今学期のUIUCはバスケットボール一色に染ま りました。キャンパス中がオレンジ色になったというのは全くおおげさではありません。どのお店の窓にも「Fighting Illini」(バスケットボールチームの名前)の文字が躍り、バスケットボールフィーバーは5月5日の、NCAA決勝戦(日本で言えば、甲子園の決勝で しょうか)で頂点に達しました。皆様ご存知のAlma Mater像も決勝前にはチームのユニフォームに衣替えし、片手にはバスケットボールを持ってキャンパスの盛り上がりを体現するほどまでになりました。結 果は残念ながら準優勝になりましたが、みな口々に”We are still No.1!!!”と叫び、決勝戦の後のグリーンストリートは、深夜までオレンジ色のTシャツを着た数千人の学生たちで埋め尽くされました。わたしも Illini Unionの大スクリーンで声をからして応援しました。そのときの一体感は今 まで経験したことのないもので、スポーツの力がいかに偉大なものかを実感しました。Fighting Illiniと書かれたオレンジ色のTシャツは、一生の思い出になりそうです。

幼稚園でのアルバイト

今学期は、 少し生活にも余裕がでてきたこともあり、学期初めからキャンパス内の幼稚園でアルバイトを始めました。3歳から5歳までの子どもたちの食事を世話したり、 一緒に遊んだり、授業を手伝ったり、お給料をいただくのが申し訳ないくらい楽しいお仕事で、次の授業に向かうバスを何度か逃してしまうこともありました。 最近ではキャンパス内にある去年できたばかりの新しい美術館で、子どもたちとフィールドトリップに行ってきました。到着するとすぐ、美術館の係員の人が一 言。 「今日はみんなで『ちーぐいーるいーえー』 を作ります。日本のアートです。こうやって薄い紙をちぎって、重ねて糊で貼ってBEAUTIFUL!!!!」 それは「ちぎり絵」でした。 昔幼稚園でわたしも体験したものです。先生たちがHopesと呼ぶ子どもたちも色とりどりの紙と糊を手に必死で格闘していました。糊を使わずに単に重ねて 喜んでいる子もいれば、 一点集中して紙を重ね続ける子や ひたすら紙をちぎっているだけの子や、糊だけ塗っている子など様々。このアルバイトを始める前は、子どもはあまり得意ではなかったのですが、色んな発見が あって毎日新しいことに気づかされたり、忘れていたことを思い出したり。非常に貴重な体験をさせていただき、今学期が終わると同時に子どもたちに会えなく なるのがとても寂しいです。

現在は始まった期末試験の勉強に終われる毎日ですが、これが終わればあとは帰国するのみになりました。 今までやりのこしたこともたくさんありますが、その分予想していなかった新しいことにも挑戦でき、結果としては満足しています。総括は5月中旬になる最終 レポートでお知らせいたします。それまでみなさまお身体にお気をつけください。

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Illini Unionで決勝戦を観戦するUIUC学生

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試合後のグリーンストリートを数千人の学生が練り歩く

中山明子さんの2005年4月分レポート

JICの皆様、いよいよ梅雨の季節が到来する時期となりましたが、いかがお過ごしでしょうか。UIUCで忙しかったファイナルも終わり、いよいよ帰るとき が来ました。前回のレポートからは特に大きな変化はなく、比較的穏やかな生活を送ってきました。もうすぐ帰ることもあり、いろんな友達とお別れパーティを したり、寮のみんなと一緒に見たバスケットボールの試合やシカゴでメジャーリーグのゲームを見たりと、とても楽しく過ごしています。この夏は残念ながら UIUCに残って研究や勉強をすることにはなりませんでしたが、これまでの7ヶ月間だけでも色んな楽しい体験や、きびしい体験、とても一言では語り尽くせ ない思い出が沢山出来たので、今回の留学には大満足しています。この7ヶ月間には、本当に以前は考えられなかった多くの白人や黒人、インド人などの多くの 友達が出来、最後は別れがとてもつらく、ファイナル期間中にもかかわらず、いろんな友達とお別れパーティをしたり、お酒も一緒に飲みに行ったりしました。 これからの人生の中でもずっと友達でいられるよう、ずっと連絡を取っていきたいと思います。

シカゴで見た野球の試合は、シアトルマリナー ズのイチロー選手とホワイトソックスの高津選手の2日本人選手が目当でしたが、彼らの堂々とした活躍を見て、私もこういう風に国際舞台に立ったときに、堂 々と勝負したいなあと思いました。最近Newsweek誌で21世紀は中国の世紀だという記事を読んだこともあり、中国との関係がこれから日本、そして世 界の国々にとっても大事だなと思いました。中国で何年か滞在したこともあり、とても親しみを持っています。これからは中国関連の活動を通して、多くの人と 出会い、文化をシェアしていきたいと思います。今回は期間が短かったこともあり、この辺りで終わらせていただきたいと思います。