近藤千鈴さん2011年5月分レポート

JICの皆様、こんにちは。2010年度奨学生の近藤千鈴です。
このレポートを書いている現在は既に学期も終わっているのですが、今学期のことを思い出しながら、第三回目のレポートをお届けしたいと思います。
まずは、今学期に履修した授業のファイナルまでの総括をお話しします。

繰り返しになりますが、今学期に履修した授業は以下の通りです。

  • AAS258 Muslims in America
  • AAS315 War, Memory, and Cinema
  • ANTH363 Anthropology of Dance/Movement
  • ART191 Experimental Photography
  • UP204 Chicago: Planning Urban Life

AAS258 Muslims in America

今 学期、非常に楽しんだ授業のひとつです。授業への参加、2回のプレゼンテーション、2回の持ち帰り試験、そして最終課題で評価が決まります。この授業で は、教授が意識的にテーマも調査方法も違う文献を、課題として取り入れているのが印象的でした。具体的には、歴史学者が書いた、奴隷貿易時代にアメリカに 連れて来られたムスリムが、新大陸での生活に適応するまでの研究、同じ奴隷貿易時代に関する文献でも、社会学者によるムスリムのアイデンティティーの問題 を扱った研究、また人類学者の9.11後の女性のムスリムの現状を調査したエスノグラフィーなどです。おかげで、授業内でムスリムに関する様々な研究を幅広く学ぶことができました。
9.11のテロは、世界中のムスリム研究の流れを完全に変えました。そういった意味で、ムスリム研究というのは、今非常にHotで、重要な分野と言えます。9.11後の文脈の中、研究の中心地とも言えるアメリカで、現地の学生と議論し、学ぶ機会が持てたということは、私にとってとても意義のあることでした。

AAS315 War, Memory, and Cinema

当初の印象通り、discussionに重点が置かれた授業でした。出席、授業中の発言、プレゼンテーション、毎回の宿題や映画に関する提出課題が評価対象です。300番台、400番台にdiscussion中 心の授業は数多くありますが、生徒の議論への参加度、また全体としてのディスカッションの充実度、という意味ではこの授業は非常に質が高かったです。基本 的に、履修している40人ほどの全ての学生が、一回の授業で少なくとも2-3回は発言の機会を与えられます(というより、発言させられます笑)。当初は、 リスニング面の不安から、議論の細かい内容が把握できず、教授に”Kondo?”と発言を促されるのを戦々恐々たる気持ちで待っていることもありました。それでも回を追うごとに、他の学生の議論に対する疑問を元々の自分の解釈に加え、授業で発言していく、という良い循環が作れたように思います。
授業で扱ったのは、広島を舞台に、戦争の記憶と忘却を描く仏映Hiroshima, Mon Amour、アルジェリア独立運動の思想的指導者であるファノンの著作と、独立戦争を基にした映画、ポルポト政権時にアメリカに逃れたカンボジア難民のその後の強制的な国外追放を扱ったドキュメンタリー等、どれも興味深いものばかりでした。

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1.授業で観たカンボジア難民のドキュメンタリー”Sentenced Home”

ANTH363 Anthropology of Dance/Movement

今学期、唯一履修した文化人類学の授業です。評価基準は、授業の出席、課題の文献をまとめる計10回の課題、それに期末試験です。授業は、フィールドワークやエスノグラフィーといった人類学の方法論の再考から始まり、どのようにダンスなどの人の「動き」を記録するのかという問題、また教授の専門分野であるアメリカの先住民Nakotaの人々の使うPST (Plain Sign Talk)という言葉とジェスチャーが混ざり合った会話法などを学びました。2週間に一度のペースで提出する課題があるのですが、もともとの指示に加え、教授が毎回文法・内容にともに細かい添削をして返してくれるので、評価基準が分かりやすかったのは助かりました。
興 味深かったのは、ダンスや手話を初めとする身体文化が比較的研究されてこなかった背景には、西洋の二元論的な考えがある、ということです。つまり、概念や 理論の形成といった精神の活動こそが高次的で重要なものであり、それに対し身体というのは一段低い、研究対象として取るに足らないものと見なされてきたと いうことです。より概念的で抽象的な主題の方が人気がある、ということは他の授業でも感じていたことだったので、そういった従来とは違う視点から切り込む この分野は、ある意味チャレンジングでまだまだ可能性がある研究だと思いました。

ART191 Experimental Photography

今学期、予想以上に準備と課題に時間を費やした授業です。一週間にフィルム1本のペースで撮影し、暗室でフィルムを現像、最終のプリントまで行ってくる、というのが典型的な一週間の課題でしたが、十分な時間を割かないと、授業前の週末に困り果てることになりました。
カメラは主にDianaと いうトイカメラを使い、白黒写真を撮りました。プラスチック製のレンズを使い、作りは非常に原始的で単純ですが、光の加減をちゃんと調整することさえでき れば、十分良い写真を撮ることができます。この授業では、いかに写真を撮るか、ということ以上に現像段階での技術を学ぶことが重視されました。最終のプリ ントで得られるコントラストの強さや、影の部分の濃淡、明るさの違う二つの被写体などを、自分でどのように調節するかということですが、これがなかなか難 しく、半日以上暗室に籠もって作業することも度々ありました。最終の成績を決めるのは、二回のポートフォリオと生徒の自己評価のエッセイです。

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2.FollettsBookstoreの一角を借りて行った写真展

UP204 Chicago: Planning Urban Life

都市計画というものは、私にとって未知の分野だったのですが、シラバスを見てよく計画された授業だという印象を受け、受講しました。毎週のデータ解析や地図 作製ソフトを使ったちょっとした課題やレポート、ディスカッションへの参加、中間テストと学期末のレポートが評価対象です。
シ カゴをケーススタディとして、街の成立から水上・陸上輸送の要地としての発展、現在の街の原型を作った19世紀の大火後の都市の再建や、それに続く都市問 題、さらには戦後の人口流出に伴う危機をどう乗り越えたか、という街の発展において重要な契機を、時間軸に沿って学びました。さらに、シカゴを通してアメ リカの都市の抱える課題を考察することも授業の目標でした。
授業は毎回興味のある内容というわけではなく、週一回のディスカッションの授業も正直あまり助けにはなりませんでしたが、カリキュラムがよく練られしっか りしていたので、一学期の間に重要なトピックを包括的に学べたと思います。個人的にはアメリカの都市と郊外の発展、それに伴うスプロール現象、その後の衰 退と問題の顕在化までの背景が学べたことが収穫でした。

東 日本大震災に際して私は友人からのメールで第一報を受け取り、その直後はわけがわからず、ただ流れてくるニュース映像に圧倒され、驚愕し、自分の無力さを 感じるばかりでした。その後の1週間は、友人や教授を含め、会う人会う人に家族や友人は大丈夫なのかと聞かれました。海外にいると、私の他に日本人の知り 合いがいない周囲の友人にとって、私はある意味日本そのもののようで、彼らは私を通して日本のことを考え、話をしているところもあったのだと思います。彼 らの心遣いや素朴な見舞いの言葉をありがたく感じると同時に、私は幸いながら地震で被害を受けた身内や友人などはいませんでしたが、このように繰り返し聞 かれるのは、知り合いが被災された人にはつらいだろうとも思いました。
地 震の発生直後の学校新聞の記事では、募金をしようと考えている人が全体的には非常に少ないということでしたが、日本人学生が中心となって行った募金活動 や、日本館の献茶のイベントでは多くの人が集まって募金しているのを目にし、アメリカに根付くチャリティー精神を感じました。

今学期は最後の学期でもあるので、授業以外では、色々な機会を逃したくないと授業の合間をぬって、イリノイ大卒業生でもある著名な映画評論家Roger Ebertの主催する映画祭に友人と出向いたり、先学期から顔を出していた写真部の展覧会に参加したりしました。また今学期は写真の授業のために、被写体を求め当てもなくシャンペーン・アーバナ地区を歩き回ったので、町の様々な場所を発掘したように思います。
そ の一方で、授業が忙しくなればなるほど個々の友人と会って話す、ということが億劫に感じることがありました。そういう意味で寮の友人は、別段会おうと努力 しなくても顔を合わせ、一緒にご飯を食べて雑談ができる、貴重な存在でした。人と話すのは苦ではなくても、慣れてうち解けるには時間のかかる性分なので、 正直もう少し時間をかければ、もっと多くの友人と良い関係を築けた気もしますが、イリノイで特に親しくしていた友人とはこれからも連絡を取っていきたいと 思います。

授業が中心の内容になりましたが、今回のレポートは以上です。次回のレポートではファイナルや留学のまとめなどをお伝えできればと思います。

最後に、留学の間遠い日本から応援してくれた家族と友人達、そして貴重な機会を与えて下さったJICの皆様にもう一度感謝の気持ちを述べて、第三回のレポートを締めくくりたいと思います。

後藤直樹さん2011年5月分レポート

JICのみなさま、レポートを読んでくださっているみなさま、こんにちは。今、日本に向かうこの機内で、第三回目の奨学生レポートを書いています。空っぽになった寮の部屋を見たときも、LEXバスに乗りキャンパスを発ったときも、いまいちわかなかった寂しさが、機内で撮りためた写真をスクロールしているうちに、今更になって押し寄せて来ています。

前回のレポートでは、Spring Semesterの始まりまで書きました。こちらに来て半年が過ぎた今期は、英語にも生活にもなれ、以前より余裕を持って時間を過ごせた時期になったと思っています。まず今回は印象に残った授業を二つ、ご紹介したいと思います。

 Media Ethics

授業を担当していたProf.Christiansはとても個性的で魅力的な教授でした。大分お年を召された白髪の先生で、しゃべるスピードはゆっくり、でも話し方に緩急があり、不思議な存在感がありました。生徒のことを本当に良く見ている先生で、30人近くの生徒の名前をすぐに覚え、顔だけを見て出席をつけていました。前回居なかった生徒が授業にくると、そっとその生徒に近づいて行ってプリントを手渡す姿を何度も見ましたが、今思い返してみると凄いことです。

授業自身もとても印象的なものでした。Media Ethicsという名の通り、Journalismにおける倫理が授業のテーマだったのですが、いままで抽象的にのみ論じられて来た倫理を、どのように現実的な問題に応用するかというのが彼のやっていた試みでした。

授業では毎回ケーススタディが取り上げられ、例えばある授業の回では、ホテルルワンダという映画が題材になりました。ルワンダで起こったフツ族過によるツチ族の大虐殺の最中に、あるホテルで起こった史実をモデルに作られた映画ですが、授業ではそこに描かれているジャーナリストたちにフォーカスが置かれます。

虐殺が起こる前から、ホテルルワンダには多くのジャーナリストたちが宿泊していました。映画では虐殺が起こり始めた後、危険をさけ帰国するジャーナリストと、それを引き止める難民の姿が描かれています。自らの命を守る義務と、現地で起こっていることを報道する責務という、二つの異なる義務にジャーナリストたちが引き裂かれる時、彼らはどう行動することが一番よいのか。

ここで教授が取り上げるのはアリストテレスの中庸の倫理です。中庸の倫理というと大げさですが、簡単に言えば行き過ぎでも過小でもなく、その中間のどこかに一番の美徳が存在するという考え方です。この理論をこのケースに当てはめるなら、何もせずその場を離れる選択も、命の危険を顧みずその場に残る選択もどちらも最善ではなく、その中間あたり、例えば一時的にその場を離れるにしても国境付近で取材を続ける、などという選択が最善ではないかという示唆が得られます。

いくつかのEthical Principlesがあり、それぞれのケースについて一番妥当なprincipleが存在し、それを適用すれば一番妥当な行為かが決まる。もちろんここまではっきりとしたことは言ってませんでしたが、そうした白黒をつけるきらいがこの授業にはありました。授業を受けている間、そんなに簡単に良いこと悪いことが決まる物なのか、という疑問はずっと消えなかったのですが、途中から少し考えを改めることにしました。

現実世界では、良い選択という抽象的なものがどこかに浮いているのではなく、常に決断と実行が隣り合わせで進んで行っているのだということを、アメリカに来てからことさら強く感じる様になりました。Principleを用意するということは、それが凝り固まった原理になるということではなく、少しでも良い選択を、迅速に、実際に、実行に移すために、基準を用意するということではないかと今では思っています。Journalismとはもともと日々の記録という意味を持っています。そこまで遡るまでもなく、Journalismが要求するのは、日々刻々と変化する現実のなかで、その都度決断をして行くことであるのは明らかです。

深く考えることと迅速に動くことの二つを両立することの難しさと、それにしっかりと向き合うことがアメリカでの生活に与えられて課題だとおもっています。答えは出ていませんが、この授業は考えることと行動することを両立するために自分の中にPrincipleを用意すること、その大切さを教えてくれたように思っています。

History of Anthropology

一番心に残った授業です。この授業を担当したProf. Ortaの授業は先学期にも取っていて、その人柄と充実した授業に惹かれて今期も受講しました。先学期と比べ10人ちょっとのクラスで人数も少なく、先生との距離も生徒同士の距離もぐっと近くなりました。

授業の内容はHistory of Anthropologyという名の通り、人類学の学説史です。シラバスには明確にこの授業の目的が書かれていて、そこには現代の人類学の研究成果を歴史的な視点で読み込めるようになること、とあります。

文化人類学や社会学、経済学は社会科学として19世紀に誕生しました。この授業で特に感じたのは、このルーツを知ることの大切さです。19世紀は自然科学の発展がドラスティックに社会を変化させ、科学や発展ということに対する信頼が強かった時代です。こうした時代の中、自然と同じように社会も科学的な分析が出来るという信仰のもと、社会学や経済学といった学問は、社会”科学”として出発しました。今まで当たり前に受け入れていた社会学における見方や区別も、遡ればある時代のある特定の見方に端を発していることを再確認しました。

なぜ学説史をやるのが重要なのか、その感じた所をきちんと言葉にするには難しいところがあります。単純にこの授業のReadingが面白かったということもありますし、圧縮した形で積み重ねられて来た成果を学ぶことが出来るという利点もあります。自然科学と違い人文科学の研究成果は、必ずしも新しいものが以前の物を乗り越えているとは言い切れない所があります。学説史を学ぶことによって、いま注目を浴びている考え方が、ある特定の時代、文脈に於いて光を浴びているに過ぎないということを念頭に置きながら、最新の文献を読む視点を与えられました。

僕自身の専攻は社会学ですが、人類学の授業で社会学の古典を読むことになったように、人類学と社会学はとても近いところにある学問です。でもUIUCの授業にはHistory of Anthropologyはあっても、History of Sociologyはありませんでした。これはたぶんUIUCに限らず社会学全体の傾向ではないかと思っています。こちらで社会学の授業をざっと見て感じたのは、この分野での領域の細分化でした。家族社会学、科学社会学、政治社会学、犯罪社会学・・・いくつもの分野に枝分かれをしながら、では社会学全体としてのIdentityはどこにあるのか、という質問にはどうも答えを得られそうにありません。逆に人類学はかろうじてその学問としての全体性を維持できていることを知れたことは、大きな意味があったように思います。

アメリカと日本の大学

一番初回のレポートで日本の大学教育とアメリカの教育の違いについてこれからも考えて行きたいと書きました。あの時感じたことと少し考えも変わっていますが、今もう一度ここで日米の教育の違いについて少しだけ考えを書いておこうと思っています。もちろん僕が経験して来たアカデミックな教育は人文社会科学に限られますし、大学もUIUCと京大だけなので当然一般化することは出来ません。でもその限られた経験の範囲内で二学期に渡る授業を終えて思ったのは、どっちが良いという以前に、両方経験できてほんとうに良かったなという実感です。

京大では、君は好きなことをやりなさい、私も好きなことを話すから、徹頭徹尾そういうスタイルで全てが進んで行きました。僕はこの雰囲気が好きでした。好きなことをやっている方がモチベーションもあがります。UIUCでは逆に、これをやりなさい。これくらい知っとかないと恥をかくよ、とその分野の常識を叩き込まれた気がします。教授はその分野における常識を生徒に伝えるために、じっくりとシラバスを練り、効率的にその分野において知っておかなければならないことを教えてくれました。こちらではやらなければいけない物が押し付けられるので、モチベーションを保つのには苦労することがあります。その時に教授やTAとの個人的な繋がりが、モチベーションの維持に繋がったことは前にも書いたように思います。僕に取っては、このどちらのタイプも経験したことが自分の糧になったと思います。

教育は意図された通りに働く訳ではなく、ほんとうに劣悪な環境がかえって人の成長に役立つというのはよくある話です。だから良い教育とはなにか、という大風呂敷を広げた議論は困難なのだと思います。でも個人のレベルではそんな難しい話ではないと思っています。この留学を終えた今確かに言えることは、両方経験してみるということが一番良いということです。アメリカにいる最中は、こんな大変な授業は一年で良いや、これを四年やり抜く留学生はすごい、なんて思っていましたが、終わってみればもっと続けたい気持ちが湧いて来たりします。

「どっちが食べたい?」「両方!」って言うのがいちばんおいしい体験であったりするように、今回の留学は二つの世界を教えてくれたという意味でほんとうに貴重な体験だったと思っています。そして両方選択することの出来た環境に置かせて頂いた自分は本当に恵まれていたんだと今、思い返しています。

まじめな話ばかりになってしまいましたが、今回の留学を無事終えることが出来、たくさんの気付きを頂けたのも、この留学を支えてくださったJICのみなさま、家族、友人、先生方の存在があってのことです。再び感謝の気持ちを記して、第三回目の奨学生レポートを終わらせて頂きたいと思います。