喬博軒さんの2016年3月分奨学生レポート

40期奨学生の喬博軒(きょうひろき)です。
シカゴへ行く電車を待ちながらこの文章を書いています。休暇に入りいつものバスのダイヤが変わったことに気づき、予定より早く家を出て駅まで歩くことができたのはむしろ幸運だったのでしょう。それでも延々続く乾いた平地の上を吹き抜けこの町に辿り着いた風は、ベッドから起きたばかりの身には特別冷たく感じられました。3月のイリノイ州は、春のような陽気の日々にときどきひんやりした朝からはじまる一日が訪れます。眠そうにしているアフリカ系の駅員、どこかへ旅立つ娘との別れを惜しむのは見るからに中西部に住む家族、階段を駆け上がってきたのはアジア系のカップルです。駅という場所にはいろんな人がいます。サンダル、革靴、寝巻のような格好からビジネススーツまで。こうして多様な人種や生活背景の人々を眺めて物珍しがることができるのは、私が際立った均一な社会の出身だからでしょうか。早朝の駅で押し黙っていた人々は始発の到着を告げるベルと同時に、息を吹き返したように立ち上がり出発の準備を始めます。当たり前ですが、皆行き先が決まっているのです。ひとりひとりその時にやるべきことを求めて自発的に、それでいて列車のベルに急かされるような唐突さをもって。待合室からは列車の到着を見ることができません。聞こえるのは気持ちばかりのアナウンスだけです。次の目的地へと経由するためだけに作られた大きな箱のような空間を後にして、どの方向からやってきたのかもわからない巨大な生き物の一部のような電車に乗り込みます。動き出した向きから方角を確認し、ほっとしたように少しばかりの列車の旅に思いを馳せます。僕はシャンペーンからシカゴまでの道程が好きです。

 

ここに来た頃はうまく聞き取れなかった係員のアナウンスが以前よりもわかる気がするのは、僕の聴く力が伸びたというよりむしろ、気持ち的にここに「慣れた」ことが大きいのでしょう。拡声器を通して音が割れていても、周囲の雑踏が邪魔していても、言葉を話す人の空気感や駅の状況をはるかに親密に感じられます。「科学的に」言おうとするなら、なにが起こるのか少しだけ予想できるために、情報を受け入れる体制が整っているからなのかもしれません。今考えると(そのときはそのときで必死でした)はじめは言葉を聞こうという意思も無く、自分は留学にきたんだという非生産的な甘えがあったように感じます。

いま、「留学」という言葉に抱いていた憧れや聞こえのいい万能感がやっと自分の中で消費され、それを反省し現実的に動き出せている感覚があります。利己的な甘えも遅すぎる成熟も全部含めて自分と受け入れ、目の前のことを楽しむことにしようという開き直りのような清々しさを感じています。

 

始発のアムトラックのほとんど人がいないパノラマ車両からは、運が良ければ朝陽が望めます。ほぼ視界をガラスに囲まれたこの車両は、暗くてどこか地下室のような閉塞感のある座席車とは趣を異にしています。柔らかく差し込む朝陽は、無機質なはずの列車の内部を温かく優しく照らし出し、その季節のその瞬間にしか訪れない不思議な空間を作り上げます。私は安心しきった胎児のようにまどろみながら、静かで広大な景色を目の前に、自分のいる位置を改めて確認するのです。正しい方向に少しずつ近づけていると信じて。

 

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(アムトラックからみえる朝陽: 荒野と風力タービン)

 

 

<講義ついて>

今学期履修している講義は以下の通りです。

ENG498         Sustainable Development Project

GCL188         Doctor and Patient

MCB320        Mechanism of Human Disease

MCB246        Anatomy and Physiology

 

前回のレポートの意気込んでいたように、今期は思考していることを「表現する訓練」に力を入れたいと考え、プレゼンテーションやグループワーク、ディスカッションの比較的多い講義をとりました。(上の2コマ)それ以外にいずれ挑戦したいことに繋がる「インプット」のための講義を2コマ受講しています。(MCB=Molecular Cellular Biology)

 

・ENG498           Sustainable Development Project

Engineering(ENG)専攻を中心としたプロジェクト系の講義です。(この講義は今年度のイリノイ大学を代表する国際プロジェクトとして選ばれ大学代表として全米大会でプレゼンが行われる模様です)ENG専攻のプロジェクト系講義には他にも様々な内容のものがあり、いずれも情熱的な講師や学生が多いときくので履修の際は確認されることをお勧めします。今期から新たに始まったこの講義では①イリノイ大学のプロジェクトチーム、②NGO団体であるEWB(Engineer Without Border)のスタッフ、③現地のthe Universidad San Fransisco de Quitoのコーディネーターや学生と協働してつくる新たなプラットフォームを通して、エクアドルのLumbisiという都市で灌漑プロジェクトのためのResearchを作成します。UIUCのチームにはEngineering, Community Heath, Urban Planning, Global Studies and Anthropologyから教授・学生が参加しています。希望者はSummer Sessionの単位認定講義としてエクアドルのフィールドワークに実際に参加、実地調査を継続できます。いわゆる諸学提携のグループワークを通して、ディスカッションのみならず実際のプロジェクトのためのリサーチを実施するので大変スピード感があり、かつやりがいがあります。私の班員は実際に職務経験もある院生が多く、自分の専門をうまくアピールし、チームで存在感を示すことにとても苦労しています。院生の友人、そして情熱あふれる教授からの紹介という偶然の出会いでしたが、私にとって理想的なテーマ、授業形式なので、控えめに言って今期の中で特別精力を注いでいる講義といえます。チームごとにリサーチテーマは異なり、大きくTechnical, Social, Politicalといったテーマをそれぞれ扱っています。私のグループはSocial Spatial な側面から調査を始めています。具体的な内容については次回の報告でお伝えさせていただきます。

 

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(グループメンバーのホームパーティ:フィンランドから来たゲストスピーカーを囲んで)

 

 

・GCL188          Doctors and Patients

講義の名前ではニュアンスは伝わりませんが、各国の文学作品を題材に、患者-医師関係、そして「病気」というものに対する私たちの捉え方、その文化的・歴史的な相違を考察しようと試みる講義です。教授は文学の専門家で、学生は工学科、獣医学科、community heathや文学科など様々な専門の生徒がいます。カミュやカフカ、大江健三郎、その他中東文学からアメリカ文学に至るまで多様な小説や戯曲、評論を扱い、主に授業に先立ってリーディングを課され、講義時間中はディスカッション形式で作品を読み進めていく形です。授業ごとのペーパーとともに、定期的にプレゼンや、作品のスキットを行います。思っていた以上に楽しい今期のダークホース的存在です。

 

・GCL(Grand Challenge Learning)とは2015の秋学期からスタートしたばかりの試行プログラムで、Art, Humanities, the sciences, social science, behavioral science, quantitative reasoning の分野横断的に様々な側面から一般教養を学ぼうとする講義です。この講義はGCLの中でも”Health & Wellness”というPathway のうちの一つです。他にも面白いinterdisciplinary な講義が多く、その多くが少人数制かつ参加型の形式をとっているので、これから留学される方は要チェックと思います。私のクラスはなんと学生が10人しかいないので、80分の講義のなかでスモールディスカッション以外に、発言機会が幾度もあり、表現の練習になっています。大江健三郎や日系作家のGail Tsukiyamaを扱うときに日本からきているということで再三意見を求められました。もともと本が好きということもあって、今までに受けたことのない類の講義は大変興味深くスリリングで、自分で驚くほど楽しんでいます。詳しくは最終レポートでご報告できればと思います。

 

・MCB320          Mechanism of Human Disease

名前が如実に内容を反映しています。分子・細胞レベルでの異常がどのように機能や構造に病理としてあらわれるかを学びます。臓器部位別に、とくにアメリカで罹患率の高い疾患を取り扱っている印象です。各講義でだいたい1疾患しか扱わないので数としては少ないですが、その分予想していたよりもしっかりとした内容で、一つの疾患についてリスク因子や病態、予後、治療までたいていの事柄を網羅している印象です。罹患率やリスクの人種間格差や地域差などを当たり前のように扱うのは、多民族国家であるアメリカならではでしょう。特にCystic Fibrosisなど、日本ではほとんど学ばない遺伝性疾患等が出てくることがありためになっています。

 

・MCB246          Anatomy and Physiology

解剖・生理学の講義です。週2回Foellinger Atriumというキャンパスでも随一の大講義堂に300名以上の学生が集います。主にレクチャー形式の講義ですが、それ以外にグループワークとしてある特定の疾患について、その病理・治療・最新の情報について調べ発表を行います。個人的に卒後受験予定の試験の準備として受講していますが、生化学や組織学などの内容も想像以上に詳細に扱うという印象で、全体として人間のからだのしくみを学びたいという学生には専攻に関係なく面白いと思うので、選択肢としてあってもいい講義ではないかと思います。

 

 

<息抜き>

・The Super Bowl

フットボール界、いやアメリカの全スポーツファンにとって最も大事な日といっても過言ではないでしょう、スーパーボウルをホストファミリーと過ごしました。スポーツは大好きですが、フットボールに関してはルールからしてうろ覚えで、どちらかというとラグビーのほうが…というフットボールアマチュアの私です、友人たちに聞いていた通り、プレイよりもハーフタイムショーや合間のコマーシャルを楽しみました。

 

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(ホストファミリー: ポラロイドカメラの一枚)

 

・High School Musical

ホストファミリーの長男の通う高校の(今年は初の2校共同開催ということでした)ミュージカルを見に行きました。台本はディズニー映画のリトルマーメイドということで文化祭レベルのものだろうと腹をくくっていくと、アリエルや王子様はワイヤーアクションで宙を舞い、また海の生き物たちの歌やダンスはかなりレベルが高く驚かされました。会場はダウンタウンシャンペーンにあるVirginia Theatre です。定期的に舞台や映画などを上映しているのでぜひチェックしてみてください。

 

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(Virginia Theatre)

 

・Art Theatre

同じくシャンペーンにある私の一押しスポットはArt Theatreです。日本でいうところの大手シネコン以外のミニシアター系のものや過去の名作を上映しています。時に無料上映をやっており、私はこれまでに「ロッキーホラーショー」、「マッドマックス」、「思ひ出ぽろぽろ」を鑑賞しました。100年以上の歴史のある古い劇場は一見の価値ありです。

 

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(Mad Max鑑賞後の一枚: 嫌いな映画は容赦なくけなす映画好きの面々)

 

 

<課外活動・所感>

・病院実習、MPHの集中講義、現場へ

冬季休業の最初の2週間は旅行、残りの2週間は病院実習をさせていただきました。サンクスギビングの際にお世話になったClevelandのCase Medical Centerで再び実習を、今回はさらにCase Western University、Master of Public Health(MPH)の冬季集中講義にも特別に参加させていただきました。これは実習先の教授が、今回の集中講義にあたって「Global Healthの現場において重要な外科技術、必要なトレーニング」についてお話しされたのがきっかけで、その講義が終わっても特別に主催の先生のご厚意で丸1日聴講の機会を頂くことができました。マスターのコースということで、様々な専門を持つ受講生のいる中、その日は医師による現場での実践に重きを置いた講義が行われていたので私にとってまさに夢のような時間でした。途上国での経験のある産婦人科医や救急医の講演が行われ、難民キャンプにおける女性特有の問題や、分娩や妊娠高血圧の対処、感染症の講義などといった内容でした。教授のWar Surgeryのお話しは大変貴重で、その中の「世界の約90%の外科医が世界人口の約10%のみを診ている」という言葉が大変印象的でした。2年ほど前、この教授の講演を日本で拝聴し、それが縁でこのようにアメリカの現地の病院で実習させていただくことになり、そして今この場にいるのだと思うと少なからず感慨の深いものでした。しかし浸っていたのもつかの間で、ディスカッションやグループワークでは飛び入りであったことを差し引いてもとても参加できていたとはいえないほど着いて行くのでやっとでした。まだまだ語学、知識の面いずれにおいても課題は多いと痛感しました。それでもここでの経験は自分の将来を考える上でのヒントとなり、私自身サブスペシャリティについて再考させられました。4月には、病院のGlobal Health TrackとNGOによるグアテマラのマヤコミュニティへのフィールドワークに参加させていただくことになりました。詳しくは最終レポートで報告させていただきます。

 

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(レジデントの皆と)

 

他の奨学生が述べると思うので軽くしか触れませんが、3月にJICの活動の一環として日本館と共同で「朝食イベント」を無事成功させることが出来ました。開催にあたって、佐藤昌三先生や日本館のスタッフの皆様、インターンの学生達、そして日本のJIC本部からも多大なる支援を頂きました。本当に感謝してもしきれないほどです。その他にもあらゆる場面で私個人では到底実現不可能な機会を様々な皆様に助けていただきました。この場を借りてお礼を申し上げたいです。残りわずかとなりましたが引き続き温かく見守ってくだされば幸いです。ご支援・ご協力いただいている皆様やJICの皆様に改めて感謝いたします。これをもちましてご報告とさせていただきます。今後ともよろしくお願いいたします。

2016年3月27日、シャンペーン