JICの皆様、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。田中豪です。現在は既に学期も終わっているのですが、学期中のことを思い出しながら、第3回レポートをお届けいたします。
今学期は、この奨学生レポートに書けるほどの面白い課外活動を経験していないこと、また、僕自身も、奨学金の応募の際だけでなく、アメリカに来て授業の選択を考える際に、過去の奨学生のレポートを参考にしたという理由から、未来の奨学生の参考になればという思いをこめて、先学期のレポート以上に、授業について具体的に書いていこうと思います。
春学期は、以下の7つの授業を受講しました。アメリカでの授業に慣れてきたこともあり、夏学期よりも授業の数を増やし、かつレベルも少し上げてみました。その分、大変なことも多かったですが、間違いなく勉強は先学期よりも充実していたと思います。
1. PS 230: Introduction to Statistics for Political Science Majors
2. PS 318: Interest Groups & Social Movements
3. PS 410: Neighborhoods & Politics
4. LLS 238: Latina/o Social Movements
5. GLBL 296: Critical Human Rights in Global Perspective
6. LAS 490: Translation in European Union
7. LAS 490: UN Terminology and Procedures (3-day Seminar)
1. PS 230: Introduction to Statistics for Political Science Majors
Rという統計ソフトを使って、政治のデータを分析する授業です。New York Timesがこのソフトウェアを特集した記事(2009年1月6日)の中でも書いているように、アメリカでも使用する人が徐々に増えているようです(参考:http://www.nytimes.com/2009/01/07/technology/business-computing/07program.html)。
せっかくなので、ここで、日本とアメリカの政治学科で学部生が勉強できる内容での違いについて、僕が感じたことを2点触れようと思います。僕が日本で所属している東京大学法学部は、法律学科に加えて政治学科を含んでいるのですが、政治の授業としては、国際政治や比較政治(地域研究)、政治哲学が一般的です。日本政治、ヨーロッパ政治史、アジア政治外交史、発展途上国の政治、政治学史などが授業の名前になり、歴史をベースにした、地域研究、あるいは西洋政治哲学の授業がメインになっていると思います。
一方で、イリノイでのPolitical Scienceの授業は、日本で開講されているような比較政治や哲学的な議論に加えて、CongressだったりInterest Groupだったりと、(民主)政治現象を国境に関係なくNeutralに観察して、その政治の主体や現象面を中心に扱う授業も少なくありません。先学期に僕が受講したReligion and Politicsや、今学期のInterest Groups &Social movementsもその一例だと思います。
そして、もうひとつの違いが、定量分析です。授業で読む論文の中には、経済の論文ほどではありませんが、数式が書かれていたりします。統計データを解析するようなものもあります。アメリカのPolitical Scienceの流れとして、とくにAcademicな領域では、数学的な、統計的な分野の開拓が進んでいるようです。ただ、アメリカでも、学部レベルでこうした定量分析を教える授業は少ないようで、UIUCでもこの授業だけです(もちろん、統計学科には、統計の授業はたくさんあります)。ということで、この授業を受講しています。ちなみに、政治学科のある教授は、Political Scienceの学部生教育と大学院教育の断絶を嘆いていました。アメリカの大多数のPolitical Scienceの学生にとっては、目標とする大学院は、政治学のPh. D ではなく、Law school (J.D.)であるようで、Lawを目指す学生の多い学部レベルでは、定量分析のニーズは小さいことが、その背景にあるようです。
さて、このPS 230という授業では、SyllabusにComputer Scienceの知識を持っていることが好ましいと書かれてあっただけに、データをソフトに読み込んだ後は、自分でCodeを入力してCommandを指定しながら、データを加工していきます。そして、最終的には一つを独立変数に、もう一を従属変数として、二つの変数をy=ax+bの形で表すことで、両者の関係を説明します(回帰分析)。
日本では、統計の基礎すら勉強したことがなかったので、はじめはMeanやMedianの違いを学ぶことからスタートし、統計という考え方自体に戸惑い、係数の大小で関係性の強さを評価するという定量分析的な手法に違和感がありました。それでも、自分が高校までそれなりに数学を勉強していたこともあって、そんなに苦労することなく授業にはついていける一方で、クラスメートのアメリカ人たちが苦労していたので、これこそが僕の生き残る道だと思って、授業にはまじめに取り組みました。笑 個人的には、大学入試のために勉強した微分や積分といった関数の問題のほうが数学的には、ずっと難しいような気がします。クラスメートのアメリカ人による教授やTAへの質問を聞いていると、一次関数の基本すら分かっていないのではないかと思うことも多く、日本の普通の学生であれば、大きなアドバンテージがあると、一般的に言えるのかもしれません。
週2回の授業と週1回のTAによる補講で構成され、授業では、毎回自分のPCを持ち込み、与えられた課題をこなします。TAと教授が教室の中を歩き回るので、分からないことがあれば、その場で質問できることになっています。毎回、新たなデータセットが与えられ、教授が作った質問に答えていきます。1学期の間に、アメリカの大統領選挙のデータ、1945年以降の全世界の紛争・戦争のデータ、アメリカの貧富の格差のデータ、世界の民主化度合を比較したデータ、など様々なデータセットに触れ合うことができ、定量分析を切り口に、政治学の様々なトピックをかじることができたのはラッキーでした。金曜日に行われていた、TAによる補講では、その週の復習がメインになります。
評価は、毎回の出席と課題の提出、学期末のFinal Paperによる合算です。教科書は結構難しく、予習には苦労しましたが、授業の課題は、教授やTAによる丁寧な誘導に何度となく助かりました。余談ですが、TAの方は、日本人のPh. Dの女性の方で、僕の大学の先輩でもあり、オフィスアワーでは、授業のことだけでなく、アメリカでの生活や、日本人としてアメリカの大学院に出願することの苦労など、色々なことを学ぶことができました。

2. PS 318: Interest Groups & Social Movements
GPAとこれまでの取得単位数が一定以上でないと選択できないクラスだったのですが、Political ScienceのDepartment Officeに行って、留学生である旨を伝えたところ、履修することができました。成績によって足切りを行っている理由の一つは、クラスの目的の一つが、研究であることです。毎学期、Political Scienceのうちの二つの授業がこのカテゴリに入れられ、学生と教授が細かく相談できる環境が用意されています。人数は15人以下で(実際は10人程度)、かなり面倒見のいいクラスになっています。教授の丁寧なアドバイスを受けながら論文を書いてみたいという人にとっては、おすすめなので、各学期、どの授業がこのシステムの指定を受けているか探してみるとよいと思います。
評価は、2回のテストと学期末のPaperのはずでしたが、2回の中間テストが非常に簡単だったため、アメリカ人の学生が徒党を組んで、学生はテストを希望すると教授に直訴し、無記名のクラス投票を行ったところ1人を除いて全員が、テストを選んだので、最終的にPaperとテストの選択になりました。ちなみに、その1人は僕でした。笑 研究すること(Paperを書くこと)が主目的の授業でありながら、学生の抗議によってその主目的が曲げられてしまうことに驚きましたが、Final Projectに取り組んだ学生が僕一人だったこともあり、教授もすごく目をかけてくれ、文字通り、マンツーマンで指導を受けることができました。リサーチに行き詰ってメールすると、その日のうちに返信があり、オフィスアワーに関係なく、次の授業までに必ず面談の時間をもらうことができました。先学期は、オフィスアワーに顔を出した経験も数えるほどしかなかったのですが、この授業では、教授とのInteractionがすごく有意義だったので、恥ずかしがっているだけでは何も得るものはなく、教授に自分のやる気を見せつけて、かわいがってもらうことが重要なのだと痛感しました。
3. PS 410: Neighborhoods & Politics
大学周辺のNeighborhoodを調査対象にした授業で、大学院生との合同になっています。教室では、都市計画、政治学、社会学などのJournalや本を学際的に読んでいきます。回帰分析を用いて書かれた論文を授業内で数多く読まされたのですが、PS230で学んだ知識が役に立ちました。アメリカで政治学を勉強したいのであれば、自分でモデルを作って数値を出すことはできずとも、論文を理解するくらいの統計の知識はあったほうがよさそうです。
授業内では、人々が集まれる場所の存在が、人々の政治参加促すという理論(Robert Putnam)であったり、小さい犯罪を放置することが、治安悪化を招くという理論(Fixing Broken windows)であったりを学び、そういった一般的な理論が本当に大学周辺でもあてはまるかどうかを確かめることが授業の最終目的になっています。教室の外での活動として、数人のグループを作り、割り当てられた大学周辺のエリアを調査し、学期末のPaperを書く際の素材となりそうなデータ(道の形や住んでいる人の様子、インタビューなど)を集めました。政治学を日本で勉強していましたが、自分の足で実際にデータを集めながら調査を進めていく社会調査のようなことはしたことがなかったので、とても興味深く取り組むことができました。
4. LLS 238: Latina/o Social Movements
LLSはLatino Latina Studiesの略で、この授業では、アメリカにおけるラテン系移民の社会運動の歴史を学びました。先生はもちろん、学生もほとんどがLatino/Latinaだったのが最大の特徴だったと思います。African American Studiesの授業に顔を出せば、黒人の学生が多く、こうしたEthnicな授業は、自分のIdentityを見つけるために勉強している人も多いのではないかというのが僕の推測です。
そして、もう一つの理由は、こうした学部が、Main streamから抑圧された自分たちの歴史を学びながら、差別をいかに是正し、社会を変革するかを真剣に考える環境となっていることが挙げられると思います。たとえば、この授業ではSocial Movementが授業のTitleに入っているように、Latino/Latinaの中でも、組織を作り、実際に活動している人がほとんどでした。おそらく、大学で最大の問題となっているのは、Undocumentedと呼ばれる、市民権を持たない移民の学生です。イリノイ州は伝統的に移民に寛容であるため、市民権を持たなくても州民としての学費を払うだけで通学することができますが、Undocumentedである限りは、Social Security Numberをもらうことができず、自動車免許を取得したり大企業で働いたりすることは、困難になっています。こうした現状を変えるために、立ち上がっている学生が、僕のクラスには多く、4月には、僕のクラスメートの1人でもあったAndrea Rosales(大学四年生の女の子)が、ジョージア州で座り込みを行ったために拘留され、教室から姿を消しました。その様子は、CNNをはじめとするテレビやニュースメディアにも大きく取り上げられ、自分のクラスメートがJanne Da Arcのように扱われている様子に驚きました(参考:http://www.iyjl.org/?p=2073)。

5. GLBL 296: Critical Human Rights in Global Perspective
春休みまでの、半学期で1単位の授業でした。政治学では国内的なことばかり勉強していたので、アメリカ人が国際問題をどうとらえているのかも知りたくなって、Global Studiesの授業を受講しました。
教授からのLectureという意味での授業はなく、毎回が個人や各グループの発表会で、学生同士の意見交換に大きな比重が置かれていたと思います。僕がおもしろいと思ったのは、異なるバックグラウンドを持ったアメリカ人同士の鋭い意見の対立です。ボランティアなどにも積極的にかかわり、南米の人権系NPOなどでインターンした経験のある学生も多く、世界各国で起こっている人権侵害に共感する人も多い(ほとんどが女性)一方で、イラクのAbu GhuraybやキューバのGuantanamoの基地での虐待や拷問がトピックになると、ROTCとして軍の訓練を受けながら勉強もしている学生や、大学に行く前には従軍し前線に派遣されたことのある学生(ほとんど男性)からは、アメリカの正義と安全保障を理由に、テロリストとアメリカ国民にまったく同じ人権を保障することへの違和感、すなわち、拷問の一部を正当化する意見も提起され、もはや埋めようのない意見の対立がありました。
この授業からは、アカデミックな意味では、特に深く得るものもありませんでしたが、アメリカ人とプレゼン資料を作るときに、パワーポイントでは、事実の適示にとどめ、それぞれの価値観に触れるような表現を避けようと心がけていましたが、たとえば、アジアでの南京大虐殺をめぐる議論のように、ときには事実を統一することも難しく、この授業の準備でも苦労する場面は多かったです。また、安全保障と人権を比較したときに、安全保障のほうがはるかに大切だと明言するアメリカ人クラスメートが、外交官を目指して勉強しているのを見て、アメリカと世界の将来に少し不安を覚えたことも思い出です。
6. LAS 490: Translation in European Union
以下のLAS 490の二つの授業はTranslation Studiesという学科で開講されている授業です。英語とスペイン語の通訳や翻訳といった、該当する二か国語が流暢でないと履修できなさそうな極めて実践的な授業から、通訳の理論や研究を学ぶアカデミック寄りの授業まで、ある程度の幅を持った講座がこの学科では提供されています。
春学期の最初の半分で、GLBL296が終わってしまい、別の授業を取りたいと思ったので、春休み後から開講され、空席もあったこの授業を受講しました。特別にTranslationへの関心が高かったわけではありませんが、複数言語を話すアメリカ人たちをこのクラスでは発見することができました。一般的に、アメリカ人は英語しか話すことができないと揶揄されることも多く、僕の寮でも、自分のethnicityとは異なる外国語をまじめに勉強している学生を見つけることはほとんどなかったのですが、ここでは、クラスメートのほとんどが、英語以外に2か国語を話すTrilingualやそれを超えたMultilingualばかりで衝撃を受けました。その中でも、Alphabet言語を3つという組み合わせではなく、日本語・アラビア語・中国語といった非ヨーロッパ言語とスペイン語、フランス語、イタリア語などのヨーロッパ言語の組み合わせの人が半分以上で、自分の知らなかったアメリカを見つけることができました。
授業では、EU域内での通訳・翻訳ビジネスの現状や将来予測を学習したり、域内の言語に起因する社会問題を扱ったりしました。授業はあまり練られておらず、場当たり的な講義が多かったですが、学生の多くはプロの通訳や外交官を目指していて、授業にまじめに取り組んでいたのが印象的でした。
7. LAS 490: UN Terminology and Procedures (3-day Seminar)
上の授業とセットで取るとよいとすすめられた講座でした。金曜夕方、土・日は朝から夕方までの3日間コースで、国連でフランス語とロシア語を英語に通訳していた人のセミナーでした。国連の文書の中でどういう単語や表現が使われているかを学ぶことがセミナーの目的で、30人のクラスが10人×3グループに分けられて、それぞれのグループに異なるポジションを与えられます。そのポジションに基づき、議論を通じて、一つの共同提案にまとめ上げるというのがセミナーでした。今回のセミナーでは、大学の学費を下げるというテーマのもとで、過激なこと(学長の解任など)を主張するチームから穏健派まで、3つのグループが、3日間かけて、一つの合意を作り上げました。議論の中では、合意を作るために、強い単語は弱い単語に、あっきりした表現はあいまいな表現に変わっていきます。
僕自身は、Nativeではなく、表現の強弱や明瞭さという観点でアメリカ人と英語で議論を戦わせることができるほど英語を流暢に話せるわけではないので、細かい表現の違いがよく分からず、蚊帳の外に置かれたような気分を感じたことは何度かありました。と同時に、チームに何らかの形で貢献しないと貴重な3日間が無駄になると思い、2日目に(勇気を振り絞って)隣に座っていたアメリカ人の女の子をランチに誘って友達になり、常に隣の席を確保して、僕の主張を、休憩中であれば口頭で、議論中であれば筆談で伝え、僕の代わりにその子に流暢に説明してもらうことで、僕の意見を最終合意にねじこんでもらったりしました。
全体的な話をすると、春学期は、クラスでの英語での議論にも慣れてきて、言語で苦労する場面は少なくなっていただけに、英語の表現でこの授業で苦労したことはいい薬になったと思います。すこし過激な言い方をすれば、「英語なんてコミュニケーションのツールなのだから通じさえすればいい」というのは、非ネイティブの負け惜しみであって、妥協せずに、英語そのものをまだまだ勉強しないといけないと強く感じています。

以上が、授業のまとめです。次回で最後となるレポートでは、この1年間を通じて、僕が学んだ内容を、具体例よりも一段階上の視点から振り返ることで、留学全体の総括としたいと考えています。
2011年6月17日
東京大学 法学部 4年
田中 豪