皆様、お久しぶりです。2012年度奨学生の乾弘哲です。早いものでもう留学が終わって2か月近くが過ぎました。帰国後はすぐに就職活動に突入して留学をじっくり振り返る余裕がなかったのですが、このレポートを機にこの9か月について考えてみたいと思います。
まず、留学をして学んだことのうち、勉学に関することを一言でまとめるならcritical thinkingだと思います。具体的に言えば、何かの見解に対して、それをそのまま鵜呑みにせず、その見解の持つメリット・デメリットを常に考える癖が身に付きました。イリノイでの授業は、与えられた課題のリーディングに対して批判を加えることが頻繁に求められました。その結果、discussionは揚げ足取りになりがちな部分も否めないのですが、これを繰り返し叩き込まれることで、日々接する情報に対してもその妥当性を常に問うような思考方法が身についたと思います。
また、それに関連することですが、こうした訓練に加えて、異国で生活したことで自分の考え方や価値観も、批判的に再検討するようになりました。自分が大事だと思うこと、考え方は果たして日本を離れても受け入れられるものか、受け入れられないとすればそれはどういう前提を共有しないといけないのかということを、頻繁に考えるようになったのです。日本に暮らしていると、ある程度同じような前提で話が通じるために見落としがちですが、最近よく耳にする「国際化」、「国際人」といった概念を支えているのは、こうした考え方の違いに敏感になることなのではないでしょうか。

これまでのレポートでは触れてこなかったのですが、この留学を振り返るにあたって、1年を通してルームメイトだったDwayneについてお話しします。彼はシカゴの郊外出身のfreshmanで、engineerを目指して勉強していました。彼との出会いは、私の住んでいたintersections LLCのオリエンテーションの席で、会って早々の挨拶がハグだったのが驚いた記憶があります。
渡米前からすでにFacebookを通じてメッセージのやり取りはしていたのですが、実際に会ってみるとかなりやんちゃなところもある若者でした。最初のうちはおとなしくしていた彼ですが、やがて大学1年生らしくさまざまな遊びに手をだし、毎晩深夜遅くに帰ってきては、朝の早い私に起こされてかろうじて次の日の授業に出るといった時期もありました。ちなみに、春学期には時間割上私が起きる時間のほうが遅くなり、彼が遅刻する回数が増えていたように思います。
そんな具合で、まるで私が保護者のような関係でしたが、一方で、この太平洋を越えてきた留学生を彼なりに相当気遣ってくれていたのでしょう。一番印象に残っているのが、夜、唐突に彼が話しかけてきて、日本やアメリカの文化、宗教、さらにはお互いの人生観など数時間にわたって話し続けたことです。今から思えば、私の英語の拙さとそれに加えてそもそも知識不足もあり、私の言ったことが彼にどれほど伝わったかは疑問ではありますが、そんな私の言うことに真剣に耳を傾けてくれた彼の姿勢は、感謝するほかありません。さらに、ともすれば課題の忙しさから部屋に引きこもりがちだった私を外に引っ張り出し、友達に紹介してくれたのもいい思い出です。

学期が終わり、私がアーバナ・シャンペーンを発つ前日に、彼も実家へ帰っていきましたが、その帰りの車の中から、最後の長文の別れのメッセージを送ってくれました。さらに、その後のFacebookのやり取りでは、きっと日本に行くよ!とも言ってくれました。こうしたつながりが、イリノイで得た一番の財産として残っていくのでしょう。
5月上旬に期末試験が終わり、京都での就活説明会に参加すべく、その2日後にはあわただしくオヘア空港から旅立ち、長いようで短かったアメリカ暮らしは幕を閉じました。帰国が一週間ほどに迫った期末試験の最中から、これまで見慣れていた、そして何とも感じなかったアーバナ・シャンペーンの風景のすべてが、懐かしく、名残惜しく感じるようになりました。帰国が近づいて、もっとこんなこともしておけばよかったという後悔が山のように押し寄せてきて、1日1日を本当に貴重なものとして過ごしたように思います。
冬休みにも一度帰国はしていましたが、改めて日本に住み始めると、これまで常識と思っていたことがそうでもないのではないかと感じることがしばしばあります。たとえば、これは帰国してからつくづくと感じたことですが、日本におけるサービスの品質は素晴らしいものがあると実感しました。例えば日本で外食に行ったとすると、1000円未満で驚くほどの高品質の食事が出され、またサービスもチップも払っていないのに笑顔で迎えてくれます。こういったもてなしの心というのは世界に誇るべきと思う一方、少なくともアメリカと比べてサービスを供給する側の負担で支えられている部分が大きいように思われます。
このレポートを書いていて思うのですが、日本に帰国してからというもの、日々の生活の中のふとした瞬間に、自分の中の変化に気づくことがしばしばあります。この留学が自分にもたらしてくれたものというのは、率直に言ってまだ把握しきれていない気がするのですが、既に自覚している変化だけでも相当な数に上っています。
留学はどうだったかと人にきかれれば、楽しかったと答える前に、辛いことも多かったという答えが自分にはしっくりくると思います。語学の面では、やはり最後までネイティブスピーカーの言うことは聞き取れないこともままありましたし、文化というか、考え方、生活の仕方の違いに慣れたかと言われればなじめきれないところもありました。しかし、言ってよかったかと聞かれれば、確実に素晴らしかった、多くのことを学んだと答えますし、また機会があればまたチャレンジしたいことはたくさんあります。この、楽しいことばかりではなかったという自覚が、ある意味ではこれからの自分を駆り立てる力になっていくのでしょう。
もし、留学に悩んでいる人がいたら、もし少しでも行きたいという気があるならぜひ行くべきだというと思います。もちろん、実際にネガティブなことはたくさん起こりますし、留学の途中で心が折れそうになることも多々あるでしょう。だからその意味で、日本人の友達や、日本の友達とのつながりなどセーフティーネットを維持することは絶対に重要です。しかし、折れそうになる心を建て直し、留学を終えてみると、確実に一回り大きくなった自分を再発見するのだと思います。
最後になりますが、このような数えきれない経験を積むきっかけをいただいたすべての方、何かにつけてお世話になったJICの皆様、現地の日本人会の皆様、そしてさまざまな面で支えてくれた同期の奨学生の皆にこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。
ありがとうございました。

2013年7月12日
京都大学法学部4年生
乾 弘哲