近藤千鈴さん2011年最終レポート

JICの皆様、こんにちは。2010年度奨学生の近藤千鈴です。日本に帰国し、総会で留学のご報告をしてから、早三か月が経とうとしています。一年ぶりの授業に馴染めるだろうか、と多少不安を覚えながら、先月大学にも復学いたしました。

奨学生レポートも今回で最後になりますので、留学を終えてからの振り返りを書きたいと思います。

Final Week前~学期後

徐々に期末試験に向けて授業が大詰めを迎えた4月は、AAS258 Muslims in Americaの最終課題であるresearch paperの準備に、多くの時間を費やしていました。この課題は大学でのインタビュー調査が前提になっているのですが、私は短い準備期間の中とにかくデータを集めたかったので、ムスリムの学生が、どのように大学で宗教的な食生活(教義上食べることを許されている食事)を保っているのか、また実践の度合い、宗教的な解釈の個人差はどのように生まれるのか、という比較的シンプルなテーマを設定しました。調査期間中は、とにかく毎日色々な所に出向き、参加者を募ってはインタビューを行う、の繰り返しでした。ラッキーだったことは、インタビューと称して国籍もバックグラウンドも様々なムスリムの学生と話す機会が持てたことです。図らずとも、この授業のテーマである「アメリカのムスリム」の多義性を肌で感じることができました。インタビュー調査についても、予想以上に面白いデータがとれ、教授やクラスメートからも非常に好意的な評価をもらうことができました。

5月に入ると、いよいよ学期末試験に向けて忙しくなりました。案の定いくつかのレポートは提出期限ぎりぎりに書き始めることになってしまい、ファイナルを終えた友人が実家に帰った後も、ひたすら一人コンピューター室で課題に取り組み、別れの感傷に浸る暇もありませんでした。時間的に余裕をもって終わらせた課題については、LibraryでのWriter’s Workshopという添削のアドバイスを受けることができたのですが、そうではない課題は一気に書き上げたため、出来上がったペーパーを見てもどこか違和感のある箇所がありました。イリノイにいた9か月間で、今までにない量のwritingをこなしたとは言え、やはり適切な語彙を使い、英語話者の視点で無理のないロジカルな文章を書けるようになるには、まだまだ練習が必要だと感じています。

学期後は残りの海外生活を惜しむように、1か月ほどヨーロッパを旅しました。まともな旅行鞄もなかった私は、リュックと2つの肩掛けバックを持って移動する、という極めて不細工な恰好ではありましたが、大きなトラブルもなく一人旅を満喫しました。ドイツで新型の食中毒が流行っているときに、何も知らず前の晩の残り物を食べてしまい、その後は懲りて、文字通りパンとソーセージのみで過ごしたのもいい思い出です。

旅先では、アメリカ人に出会うこともしばしばあったのですが、彼らとシカゴやイリノイの話を過去形で話していることに、ああ、もう自分の留学も終わったのだな、と強く感じたことを覚えています。思えば、道中でも何かと日本に帰るのだ、ということを意識させられ、日本の生活に戻る心の準備をしているような旅でした。

留学を振り返って

もともと留学への興味はありましたが、私がイリノイ大学への留学を強く希望したのは、日本で所属する大学の講義や、「あれもこれも」といった広く浅く型のカリキュラムの内容に不満を覚えていたことが大きかったと思います。そのため、留学先では自分の大学で学びきれない分野、具体的には文化人類学を一から勉強してみたい、と考えていました。そういった意味で、私は自分の専門分野における知識や経験の蓄積が、他の留学生と比べて少ないところからのスタートだったと思います。イリノイで学生と議論する中でも、彼らと十分に張り合うには自分に絶対的な強みがないということを痛感することが多く、苦い思いをしました。ただ、それで萎縮してしまうのではなく、切り替えて目の前の課題に取り組み続けたことは、私の自信につながっています。

振り返ると、向こうで新たな興味の対象を見つけ、深めることができたことは大きな収穫でした。もちろん、まだまだ学ぶべきことはありますが、大まかな導入を学び、多くのケーススタディを経たことで、日本で勉強を続けていくだけの土台はできたように思います。

それに加え私が留学の目標として考えていたものには、アカデミックな英語に慣れ、学部で通用する程度まで上達させること、単純に海外経験を積むことで、異文化の中でのストレスに対処して生活していけるだけの基礎体力のようなものを身につけたい、ということでした。英語に関しては9か月の留学の間に慣れはしましたが、多くの奨学生が言うように、学期中は目の前の課題をこなすことに時間を追われ、あまり集中的に英語の勉強ができませんでした。帰国後こそ、地道な勉強を続けなければと実感しています。

最後になりましたが、JICの皆様、先輩方には、一年を通してたくさんの励ましを頂きました。出発前から留学を終えるまでの節目には、JICの方からの支えがあったことを思い返します。今後は自分にできることで、JICに恩返しができればと考えています。ありがとうございました。

近藤千鈴さん2011年5月分レポート

JICの皆様、こんにちは。2010年度奨学生の近藤千鈴です。
このレポートを書いている現在は既に学期も終わっているのですが、今学期のことを思い出しながら、第三回目のレポートをお届けしたいと思います。
まずは、今学期に履修した授業のファイナルまでの総括をお話しします。

繰り返しになりますが、今学期に履修した授業は以下の通りです。

  • AAS258 Muslims in America
  • AAS315 War, Memory, and Cinema
  • ANTH363 Anthropology of Dance/Movement
  • ART191 Experimental Photography
  • UP204 Chicago: Planning Urban Life

AAS258 Muslims in America

今 学期、非常に楽しんだ授業のひとつです。授業への参加、2回のプレゼンテーション、2回の持ち帰り試験、そして最終課題で評価が決まります。この授業で は、教授が意識的にテーマも調査方法も違う文献を、課題として取り入れているのが印象的でした。具体的には、歴史学者が書いた、奴隷貿易時代にアメリカに 連れて来られたムスリムが、新大陸での生活に適応するまでの研究、同じ奴隷貿易時代に関する文献でも、社会学者によるムスリムのアイデンティティーの問題 を扱った研究、また人類学者の9.11後の女性のムスリムの現状を調査したエスノグラフィーなどです。おかげで、授業内でムスリムに関する様々な研究を幅広く学ぶことができました。
9.11のテロは、世界中のムスリム研究の流れを完全に変えました。そういった意味で、ムスリム研究というのは、今非常にHotで、重要な分野と言えます。9.11後の文脈の中、研究の中心地とも言えるアメリカで、現地の学生と議論し、学ぶ機会が持てたということは、私にとってとても意義のあることでした。

AAS315 War, Memory, and Cinema

当初の印象通り、discussionに重点が置かれた授業でした。出席、授業中の発言、プレゼンテーション、毎回の宿題や映画に関する提出課題が評価対象です。300番台、400番台にdiscussion中 心の授業は数多くありますが、生徒の議論への参加度、また全体としてのディスカッションの充実度、という意味ではこの授業は非常に質が高かったです。基本 的に、履修している40人ほどの全ての学生が、一回の授業で少なくとも2-3回は発言の機会を与えられます(というより、発言させられます笑)。当初は、 リスニング面の不安から、議論の細かい内容が把握できず、教授に”Kondo?”と発言を促されるのを戦々恐々たる気持ちで待っていることもありました。それでも回を追うごとに、他の学生の議論に対する疑問を元々の自分の解釈に加え、授業で発言していく、という良い循環が作れたように思います。
授業で扱ったのは、広島を舞台に、戦争の記憶と忘却を描く仏映Hiroshima, Mon Amour、アルジェリア独立運動の思想的指導者であるファノンの著作と、独立戦争を基にした映画、ポルポト政権時にアメリカに逃れたカンボジア難民のその後の強制的な国外追放を扱ったドキュメンタリー等、どれも興味深いものばかりでした。

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1.授業で観たカンボジア難民のドキュメンタリー”Sentenced Home”

ANTH363 Anthropology of Dance/Movement

今学期、唯一履修した文化人類学の授業です。評価基準は、授業の出席、課題の文献をまとめる計10回の課題、それに期末試験です。授業は、フィールドワークやエスノグラフィーといった人類学の方法論の再考から始まり、どのようにダンスなどの人の「動き」を記録するのかという問題、また教授の専門分野であるアメリカの先住民Nakotaの人々の使うPST (Plain Sign Talk)という言葉とジェスチャーが混ざり合った会話法などを学びました。2週間に一度のペースで提出する課題があるのですが、もともとの指示に加え、教授が毎回文法・内容にともに細かい添削をして返してくれるので、評価基準が分かりやすかったのは助かりました。
興 味深かったのは、ダンスや手話を初めとする身体文化が比較的研究されてこなかった背景には、西洋の二元論的な考えがある、ということです。つまり、概念や 理論の形成といった精神の活動こそが高次的で重要なものであり、それに対し身体というのは一段低い、研究対象として取るに足らないものと見なされてきたと いうことです。より概念的で抽象的な主題の方が人気がある、ということは他の授業でも感じていたことだったので、そういった従来とは違う視点から切り込む この分野は、ある意味チャレンジングでまだまだ可能性がある研究だと思いました。

ART191 Experimental Photography

今学期、予想以上に準備と課題に時間を費やした授業です。一週間にフィルム1本のペースで撮影し、暗室でフィルムを現像、最終のプリントまで行ってくる、というのが典型的な一週間の課題でしたが、十分な時間を割かないと、授業前の週末に困り果てることになりました。
カメラは主にDianaと いうトイカメラを使い、白黒写真を撮りました。プラスチック製のレンズを使い、作りは非常に原始的で単純ですが、光の加減をちゃんと調整することさえでき れば、十分良い写真を撮ることができます。この授業では、いかに写真を撮るか、ということ以上に現像段階での技術を学ぶことが重視されました。最終のプリ ントで得られるコントラストの強さや、影の部分の濃淡、明るさの違う二つの被写体などを、自分でどのように調節するかということですが、これがなかなか難 しく、半日以上暗室に籠もって作業することも度々ありました。最終の成績を決めるのは、二回のポートフォリオと生徒の自己評価のエッセイです。

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2.FollettsBookstoreの一角を借りて行った写真展

UP204 Chicago: Planning Urban Life

都市計画というものは、私にとって未知の分野だったのですが、シラバスを見てよく計画された授業だという印象を受け、受講しました。毎週のデータ解析や地図 作製ソフトを使ったちょっとした課題やレポート、ディスカッションへの参加、中間テストと学期末のレポートが評価対象です。
シ カゴをケーススタディとして、街の成立から水上・陸上輸送の要地としての発展、現在の街の原型を作った19世紀の大火後の都市の再建や、それに続く都市問 題、さらには戦後の人口流出に伴う危機をどう乗り越えたか、という街の発展において重要な契機を、時間軸に沿って学びました。さらに、シカゴを通してアメ リカの都市の抱える課題を考察することも授業の目標でした。
授業は毎回興味のある内容というわけではなく、週一回のディスカッションの授業も正直あまり助けにはなりませんでしたが、カリキュラムがよく練られしっか りしていたので、一学期の間に重要なトピックを包括的に学べたと思います。個人的にはアメリカの都市と郊外の発展、それに伴うスプロール現象、その後の衰 退と問題の顕在化までの背景が学べたことが収穫でした。

東 日本大震災に際して私は友人からのメールで第一報を受け取り、その直後はわけがわからず、ただ流れてくるニュース映像に圧倒され、驚愕し、自分の無力さを 感じるばかりでした。その後の1週間は、友人や教授を含め、会う人会う人に家族や友人は大丈夫なのかと聞かれました。海外にいると、私の他に日本人の知り 合いがいない周囲の友人にとって、私はある意味日本そのもののようで、彼らは私を通して日本のことを考え、話をしているところもあったのだと思います。彼 らの心遣いや素朴な見舞いの言葉をありがたく感じると同時に、私は幸いながら地震で被害を受けた身内や友人などはいませんでしたが、このように繰り返し聞 かれるのは、知り合いが被災された人にはつらいだろうとも思いました。
地 震の発生直後の学校新聞の記事では、募金をしようと考えている人が全体的には非常に少ないということでしたが、日本人学生が中心となって行った募金活動 や、日本館の献茶のイベントでは多くの人が集まって募金しているのを目にし、アメリカに根付くチャリティー精神を感じました。

今学期は最後の学期でもあるので、授業以外では、色々な機会を逃したくないと授業の合間をぬって、イリノイ大卒業生でもある著名な映画評論家Roger Ebertの主催する映画祭に友人と出向いたり、先学期から顔を出していた写真部の展覧会に参加したりしました。また今学期は写真の授業のために、被写体を求め当てもなくシャンペーン・アーバナ地区を歩き回ったので、町の様々な場所を発掘したように思います。
そ の一方で、授業が忙しくなればなるほど個々の友人と会って話す、ということが億劫に感じることがありました。そういう意味で寮の友人は、別段会おうと努力 しなくても顔を合わせ、一緒にご飯を食べて雑談ができる、貴重な存在でした。人と話すのは苦ではなくても、慣れてうち解けるには時間のかかる性分なので、 正直もう少し時間をかければ、もっと多くの友人と良い関係を築けた気もしますが、イリノイで特に親しくしていた友人とはこれからも連絡を取っていきたいと 思います。

授業が中心の内容になりましたが、今回のレポートは以上です。次回のレポートではファイナルや留学のまとめなどをお伝えできればと思います。

最後に、留学の間遠い日本から応援してくれた家族と友人達、そして貴重な機会を与えて下さったJICの皆様にもう一度感謝の気持ちを述べて、第三回のレポートを締めくくりたいと思います。

近藤千鈴さん2011年1月分奨学生レポート

JICの皆様、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか。2010年度JIC奨学生の近藤千鈴です。

早いもので、もう第二回目のレポートの時期になってしまいました。考えてみると、もうこちらに来て5ヶ月も経ったことになります。日本に居た時は半期の留学は短すぎる、と思っていましたが、今は1年(実質10ヶ月程ですが)でも、あっと言う間だと実感しています。残りの滞在期間を考えて、焦りを感じないと言えば嘘になりますが、今は(当たり前のことですが)一日一日を大事にしていくしかない、と思っています。

それでは、第二回レポートをお届けしたいと思います。

まずは、以前のレポートでご紹介できなかった先学期のTheaterの授業について少しお話ししたいと思います。
私がとっていたTHEA170 Fundamentals Of Actingは、Theaterメ ジャー以外の人向けに開講されているものです。割と人気があるらしく、今学期私の友人も何人か履修しています。私の通う神戸市外国語大学では毎年語劇祭な るものがあり、それに以前から興味を持っていたことが、この授業を取る理由となりました。専攻以外の人向けとは言え、講師の授業への意識や生徒に対する期 待は高く、モノローグなどでは毎回非常に細かい要求をされましたが、そのぶんやりがいがありました。
こちらでは日常から、演劇の敷居が低いな、と思うことが多いです。演劇部もいくつかありますし、一部の学生達による自主公演などもさかんです。この授業を 取った時も、「自分のスピーチスキルを上げたいから」など、「劇に夢中」ではない学生が全く別の目的や、興味本位やから授業をとっていることが多く、面白 いなと思いました。

休暇
前回のレポート以降、サンクスギビング、冬休みと、2つの休暇をはさみました。休暇中、PAR, ISR, Sherman, Daniel 以外の寮はすべて閉まってしまうので、多くの留学生は早めに計画を立てて、どこで休暇を過ごすかを考えなければなりません。(キャンパスにとどまることも可能ですが、上記以外の寮の生徒は余分に滞在費を支払う必要があります。)
私はサンクスギビングはNYと、その後Chicagoに行きました。NYでは自由の女神はそっちのけで、街をひたすら歩き回り巨大なNYの街の雰囲気を満喫しました。反対に何度か訪れて少し慣れてきたChicagoでは友人と会ったりして、のんびり過ごしました。ちなみに10月ごろにChicagoに行った際には、Broadwayの劇場でビリーエリオット(邦題はリトルダンサー)を観る機会があったのですが、素晴らしかったです。ChicagoにBroadwayがあることはあまり知られていないのですが、小さな劇場がいくつかある通りがあり、Chicagoのお気に入りの地区になりました。

NYのタイムズスクエア
写真1:NYのタイムズスクエア

シカゴの劇場にて

写真2:シカゴの劇場にて

冬休みはイリノイから離れ、主にLAの友人を訪ねたりしました。滞在がクリスマスの時期だったこともあって、家族や友人の集まりにも参加させてもらい、暖かいLAで 楽しいひとときを過ごすことができました。この二つの休暇ではどちらもでも、友人の家に滞在させてもらう機会があったのですが、アメリカの家庭が垣間みれ てとても興味深かったです。子供に対する接し方、親戚などの集まりから、客人に対するホスピタリティやはたまた定番の夕食など、ほんの少しの間とは言え、 生活を共にすることで見えてくることも多かったです。
サンクスギビングは学期も中盤になり、モチベーションを保つのが難しくなっていた頃だったので、本当に良い息抜きになりましたし、冬休みは一度リフレッシュして前期を振り返る機会になりました。アメリカの大学では一旦授業が始まると、とてもintenseな生活になるので、こういった中休みや長期休暇は大事だな、と実感しました。
今学期の授業
今学期は、以下の科目を履修しています.

  • AAS258 Muslims in America
  • AAS315 War, Memory, and Cinema
  • ANTH363 Anthropology of Dance/Movement
  • ART191 Experimental Photography
  • UP204 Chicago: Planning& Urban Life

今期はAnthropologyにあまり取りたい授業がなかったことから、とにかく色々な学部のコースを探しました。とはいえ、授業中に人類学者が書いた文献を読むことも多いですし、以前は考えもしなかった学部の面白いコースが履修できたので結果的に良かったと思います。その中で、今回はAASと写真の授業についてお話したいと思います。
AAS258 Muslims in Americaは、Religious Studies, Latino Studiesを含めた3つのMajorに またがって開講されているものです。奴隷貿易時代に始まり、アメリカ史の中で常に重要なファクターであり続けた「ムスリム」がどのような歴史的変遷を経 て、なぜ今のような形で認識される(具体的に言えば、ムスリム=アラブ人、など)に至ったのか、ということを読み解くことが授業のテーマです。学期末のUrbana& Champaignでのフィールドワークを元にしたresearch paperが主要なプロジェクトですが、それ以外にもエッセイや、授業内でのプレゼンテーションなどが多く盛り込まれた授業なので、大変ではありますが、色々学べるのではないかと考えています。
AAS315 War, Memory, and Cinemaも、Cinema Studies, General Women Studiesにまたがって開講されている授業です。3時間の授業なので映画を観るのかと思いきや、基本的に全ての時間をその日の課題の映画/Readingに関するDiscussionに 費やします。そんな長時間の授業にも関わらず、とても活発な議論ができているのは、ひとえに教授のおかげです。非常にパワフルかつユーモラスな教授で、生 徒の意見を素早くくみあげフィードバックを返し、それ以前に出たトピックと関連づけ、議論を導いて行く様には圧倒されます。他にも、グループプレゼンテー ションが多々あるなど、この授業はとにかくPublic Speaking色が強い授業なので、そういった授業をあまり取っていない私には良い訓練になるかと思っています。
ART191 Experimental Photographyは、私の住むアレンの寮生のみを対象に開かれている授業です。
Art Major の 学生が多く住むアレンでは、楽器の練習室はもちろん、写真を現像する暗室や、陶芸室などが寮の地下にあります。この設備を使わない手はないだろう!と思 い、先学期に友人の助けを借りて暗室で現像を学ぼうと思ったのですが、写真の授業を取っていない、しかも過去に暗室を使った経験のない学生は使えません、 とすげなく断られてしまいました。それ以来ずっと後ろ髪をひかれていたのですが、今学期が最後の機会、ということで履修することにしました。日本ではそれ こそ、写真学校かセミナーに通うかしないとなかなか学べない技術なので、本当に貴重な機会だと思っています。

先学期にとった授業の反省として、課題の内容があまり充実していない、そのため評価基準も上手く分散されていない、ということがあったので、今回はその点を意識して授業を選ぶようにしました。その結果、日常的に、Readingに関するエッセイや課題、またプレゼンテーションなどがある授業をバランスよく取れたのではないかと思っています。また全体としてDiscussion形式の授業が多くなっているので、ひとつひとつの課題をこなしていくと同時に、授業中のDiscussionにどうやって関わり、理解を深めていくのかが、今学期の当面の目標/課題となりそうです。

2月現在のSouth Quad

写真3:2月現在のSouth Quad

明日にはもう2月 に暦が変わります。今年のシャンペーンの冬は友人に言わせると「ここ数年で一番まし」だそうですが、今日はずっと雪が降りつづけており、明日は冷え込みそ うです。次のレポートを書くころには、もう気温も上がって雪もとけているのだろうと思うと、不思議な気持ちですが、それまで後悔のないように毎日の生活を 充実させていきたいと思います。JICの面接に受かってから、ずっと応援してもらった家族、友人、そしてご助力いただいたJICの皆様には、ほんとうに感謝しております。今後ともよろしくお願いいたします。

神戸市外国語大学 外国語学部 国際関係学科3年
近藤 千鈴

近藤千鈴さんの2010年10月分レポート

JICの皆様こんにちは。ご無沙汰しております、そしてはじめまして、2010年 度奨学生の近藤千鈴です。

日本では神戸市外国語大学で、国際関係学を専攻しておりました。イリノイ大学では、日本にいるときから興味はあったものの、履修 する機会がなかった文化人類学の勉強を中心に、こちらでしか取ることができない授業にも、積極的に挑戦していこうと思っています。

シャンペーンでは、10月になってもセーター一枚で過ごせるくらいの暖かい天気が続いていたのですが、10月最後の週になって急激に空気が冷たくなってきました。いよいよ冬がくるのだなと日毎に実感しています。と同時に、こちらに来て2ヶ月以上経ったと思うと、時の経つのが早いような意外に遅いような、不思議な気持ちです。生活に慣れてきたと同時に、ただ単に決まった日常を過ごすだけになってしまってはもったいないので、最近は初心を忘れずに、何でも吸収しようとする姿勢を保たなければと感じています。

写真1. Main LibraryからみたWrite Street。Labor Day の三連休だったので、校内に人があまりいませんでした。

写真1. Main LibraryからみたWrite Street。Labor Day の三連休だったので、校内に人があまりいませんでした。

寮について
私は現在、キャンパスの南東に位置する、Allen  Hallに住んでいます。もともと私は一人部屋・自炊環境を確保したかったためアパートを探そうと思っていたのですが、誰かと共同生活をするのも経験、と考え直し寮に入ることにしました。寮の選択にはずいぶんと悩みましたが、今は本当にここを選んで正解だったと感じています。
Allen Hallは、 他の寮に比べ学生の数は少ないのですが、小さいからこそのアットホームな雰囲気がとても気に入っています。地下の自習スペースにはいつも学生達が集まって 話したり勉強をしていますし、多くの人がドアを開放して部屋を行き来したりと、とてもオープンです。住んでいる学生達自身もAllenを気に入っているので、とても居心地の良い寮になっていると思います。
またAllen HallにはArtメジャーの学生が多く、実際さまざまなArtのクラスや、映画の上映会などが寮で開かれています。毎日のように、何かしら個性的なイベントやクラブ活動があるので、他の寮の友達にも「Allenって楽しそうだよね」とよく言われます。学期が始まって間もないある日、ルームメイトに「ダグテープゲームを見に行く?」と言われよく分からないまま着いていくと、全フロアのPA(プログラムアドバイザー)が壁にガムテープで貼り付けられていました。これはAllenの 毎年の恒例行事で、ガムテープだけで体を壁に固定し、滞空時間が長かったフロアのチームが勝ちという、突拍子もないゲームだったのですが、学生がみんな必 死なので、思わず私もテープを一緒に貼って参加しました。(その貢献のおかげかわかりませんが、優勝したのは私のフロアでした。)他にも隣のインディアナ 州で開かれる音楽祭への日帰りツアーや、ハロウィーンのゾンビ仮装&ダンスなど、個性的なイベントがたくさんあります。こういった様々な企画を運営する学 生の積極性に驚くと同時に、多くの機会に恵まれた寮生活を送ることができる学生を、少しうらやましくも思いました。
寮には中国人と韓国人を除けば留 学生はほぼおらず、基本的に現地のアメリカ人の学生が多いように感じます。そういった意味では、私は日常的にアメリカ人の学生と関わることができる環境に いるので、とてもありがたいです。とはいっても、猛スピードで交わされるアメリカ人同士の会話に加わるということまではできず、満足にコミュニケーション がとれないことがずいぶんフラストレーションになった時期もありました。正直なところ、今も話したいという自分の気持ちに英語力が追いついていない状況で すが、あまり気にしないように、たとえ話すことは少なくても、アメリカ人の学生はこんな会話をするのか、と楽しみながら聞くようにしています。実際、彼ら の会話の中で、日本の大学生との共通点や相違点を発見するのは、面白いです。

写真2.ダグテープで貼り付けられるPA

写真2.ダグテープで貼り付けられるPA
授業について
授業の選択にも非常に悩みましたが、今学期は人類学の授業を中心に、
Archaeology of Death、Sociocultural Anthropology、Intensive Elementary Spanish、Fundamentals of Actingの4科目13単位を履修しています。
授業の登録は、こちらに来る前に7月 ごろインターネットで行いました。留学生は登録の開始日が現地の学生に比べて遅いので、私が登録を行うときには、よい授業はほとんど埋まってしまっていて 焦りました。しかし実際は、学期開始後の一週間で多くの学生が授業をドロップするので、難なく希望した科目を取ることができ満足しています。
初めのうちは、慣れないインターネットを使った課題に戸惑ったり、リーディングにかなりの時間をとられたりしましたが、ここ1ヶ月くらいで、ずいぶん慣れてきたように思います。今回は履修している授業の中でも、特に人類学の授業についてお話したいと思います。
Archaeology of Deathに ついては、非常に面白いトピックだと思い、履修しました。人類学における死の研究というのは、死をめぐる概念上の問題を取り扱うのではなく、「誰かの死」 を社会的・文化的なイベントととらえ、そこに付随するさまざまな儀式的な作法や風習を、主に研究対象とします。死体のミイラ化や防腐処置などの話が続いた ときは、さすがに少しげんなりしましたが(笑)、授業自体は面白いです。講義では、課題のリーディングの詳細には一切触れず、トピックをもっと広い文脈と 結び付けたり、映像資料などを通して違った視点から考えさせられることが多いです。
Sociocultural Anthropologyは、 文化人類学の入門のような授業で、一般教養科目として履修している学生も多く見られます。授業では、まず文化人類学の成立の話から、その後の人類学の主要 な概念をめぐる議論が一通りとりあげられました。始めのうちはそういった理論的な話題が中心だったのですが、途中からエスノグラフィーも読むようになり、 入門の授業としては充実していると思います。また課題は、教科書ではなく実際に人類学者の書いた一次資料なども読むので、なかなか手ごたえのある英文のも のが多いです。私は自分の大学のことしかわかりませんが、日本では、重要な学者もその主論も、シラバスにまとまったものを理解し覚えるという形の授業が多 かったように思います。一方こちらのやり方は大変ではありますが、自分で時間をかけ理解する分、嫌でも知識が頭の中にまとまった形で蓄積されるような感覚 があります。日本でやっていた授業のやり方は効率的であるように思えるけれど、ひょっとしたらEasy Come Easy Goなのかもしれないな、と思いました。

写真3.Indiana 州で開かれたLotus Music Festivalにて。

写真3.Indiana 州で開かれたLotus Music Festivalにて

こちらに到着してから2ヶ 月、私は特に深刻なカルチャーショックにもホームシックにもかからず過ごしています。単純なことですがひとつには、アメリカに来て、向こうに自分の育って きた文化のやり方を期待するのは無理がある、という気持ちがあるからだと思います。日々の生活の中で、あ、これは日本ではしないだろうな、という言動に出 会うことがよくあり、多少戸惑うことがないわけではありません。でもそれがストレスになるというよりも、今はむしろその視野の広がる感覚、今まで当たり前 だったと思っていたことが実は違う、という発見を楽しんでいます。こういった経験も日本ではできないことのひとつです。学生のうちに、留学の機会を得るこ とができて本当に嬉しく思いますし、JICの皆様、また出発前に貴重なアドバイスを下さった先輩方には本当に感謝しております。ありがとうございます。11月には、シカゴとニューヨークにも行く予定ですので、またレポートでご報告できればと思います。JICの皆様もお体にお気をつけてお過ごしください。

写真4:10月末現在の様子

写真4:10月末現在の様子

神戸市外国語大学 外国語学部 国際関係学科3年
近藤 千鈴