喜多亜貴子さんの2000年9月分レポート

こんにちは。こちらでの生活も1ヶ月が経ち、やっと落ち着いてきました。最近は気候の変化が激しく、コートがいるなと思った次の日にはTシャツを着ていた りと不思議な毎日です。シャンペーンは思っていたよりもずっと住み心地がよく気に入っています。遊ぶ所がないという最大の難点を除けば、大学内は安全だ し、図書館なども充実しており、非常にいい所です。8月半ばにこちらに到着し、最初は面倒な手続などに追われ辟易としましたが、それが終わってからの生活 は基本的に問題もなく落ち着いています。

授業の方は、Microeconomics, Macroeconomics、American Power、ESLをとっています。私は到着してからの手続がうまくいかず、授業を登録できたのが登録最終日で満員の授業が多かったのですが何とか希望通 りとれ、非常に満足しています。基本的には講義中心なのですが、American Powerの授業はデイスカッションがあり、 International Studentは私一人で最初はかなり戸惑いがありました。まだまだ他の生徒の発言を聞いて流れを掴むだけでも大変なのですが、黙って聞いているだけでは 面白くないのでちょっと的外れかなと思いながらも発言するようにしています。Economicsの授業は700人近くも登録しているというほどの大講義で すが、非常に分かりやすい授業で、経済の基礎を学ぶには良いなと思っています。今セメは英語の心配などもあり100番台の授業のみをとったのですが、来セ メはもっとレベルの高い授業に挑戦してみようと思います。

寮は希望どおりBusey Hallになり基本的には心地よく満足しています。寮の食事もおいしく食べていますが、1ヶ月経った今、少し飽きてきて、この先もっともっと日本食が恋し くなるだろうなあと覚悟しています。Busey Hallは undergraduateの寮にしては静かで勉強するのにも適していますが、勉強はいつも図書館に行ってしており、undergraduate libraryはお気に入りの場所になっています。ルームメイトはアメリカ人のフレッシュマンで、生活リズムの違いからこの1ヶ月はかなりもめましたが、 今は何とかうまくいっています。ただこちらに来る前から春セメスターは1人部屋に移ろうと思っていたので、Busey Hallでの生活も後3ヶ月ほどになりそうです。

こちらでは時間が過ぎるのがあまりにも早く、時々妙な焦りを感じますが、勉強も遊びも 謳歌しており、毎日非常に充実しています。OISAはExchange studentやInternational studentを対象にしたプログラムなどが充実しており、とにかく沢山の人と知り合うためにもちょっとしたセミナーなどにも参加するようにしています。 シカゴにも先日Exchange Studentを対象にしたツアーで行ってきましたがシャンペーンでの生活に慣れてきたせいか、久しぶりの都会は何か居心地が悪い気がしました。

待ちに待った留学生活がやっと始まり1ヶ月経った今、本当に貴重な経験をさせて頂いていることに感謝の気持ちで一杯です。この一年は将来の進路を決める上 でも非常に大きな意味を持つことになると思います。奨学生としてイリノイ大学で学ぶ機会を頂き、勉強も遊びも含め、この一年でやりたいことは山ほどありま す。限られた時間の中で精一杯欲張って様々な経験を出来ればと思っています。

喜多 亜貴子

酒井祥子さんの2000年9月分レポート

こんにちは。皆様、御無沙汰しております。2000年度奨学生の酒井祥子です。

こちらに来て、一ヶ月半ほど経ち、最初は慌ただしかった 生活も、今では日常と呼べるものになってきました。アメリカに入国したその日から、乗り継ぎのフライトがキャンセルになるというハプニングを経験したせい か、時に起こる小さなトラブルには、良くも悪くも慣れて来た気がします。

授業の方は、日本での専攻と同じ政治学の授業を3つと、ESL を1つとり、週12時間になりました。政治学の授業は、専攻ということもあり、300番代を2つとったので、なかなか忙しい毎日です。毎週提出物がある国 際関係の授業では、最初の提出で難しいテーマを選んでしまったために、以後ずっと苦労しています。また、国際経済と政治の関わりを扱っている授業では、週 に数回、掲示板に意見を投稿する必要があり、アメリカの学生のこなれた文章を理解するのが大変ですが、授業の内容がとても面白く、新鮮です。中国政治の授 業では、アメリカの学生の中国に対する非常にネガティブなイメージに驚かされるとともに、アメリカから見たアジアの遠さというものを改めて実感しました。

寮はKrannert Centerの向かいにある、12階建てのISR・Wardallに住んでいます。この寮では、部屋にエアコンが付いているのですが、そのためにこちらに 来た当初は、部屋が冷蔵庫並みに寒く、文字通り震えていました。何でもエアコンを消すと火災報知器が鳴るとかで、先週までは寮のあちこちに“エアコンを消 したり窓を開けたりするな”という張り紙がしてあり、実際に、先日、一晩に2回も火災報知器が誤作動して、真夜中に全員が避難する、という騒動がありまし た。ユニオンやQuadからも近いところにあるので、大抵の場所には歩いていくことができ、とても便利です?

食べ物は、日本食が恋しく なることもなく、ダイニングサービスの食事はおいしい、と他の日本人の友達に話したら、信じられないと言われてしまいました。歩いていける範囲には、あま り日本食レストランは見かけませんが、中華や韓国料理のお店は多く、週末など、たまに利用したりしています。

時間のあるときには、バス に乗って買い物に出かけたり、水泳やテニスをしたり、何かイベントがあるときには行ってみたり、といろいろなことをしています。だんだんとこのあたりの土 地勘もつかめてきたのですが、何しろとても広いので、まだまだ全体を分かるようになるには時間がかかりそうです。

この1ヶ月半を振り 返ってみると、毎日がまさに飛ぶように過ぎていった、というのが実感ですが、このような慌ただしい日常の中でも、日々いろいろなことを考えさせられてお り、本当にかけがえのないものであると感じております。これからの生活でも、できる限り多くの経験をして、この貴重な時間を大切に使っていけたら、と思っ ております。

平成12年9月28日
酒井祥子

小瀬垣綾子さんの2000年9月分レポート

JICの皆さん、こんにちは。いかがお過ごしでしょうか?現在イリノイ大学に奨学生として留学している小瀬垣彩子です。ここ数日少し寒さが和らいで、とても素敵な天気です。陽の光と赤レンガの建物と木々とその影が、見惚れてしまうほど美しい光景を創り出しています。

Champaign- Urbanaに来てから早いもので一ヶ月半が経ちました。到着してからは毎日のように手続きに奔走し、こちらのビルからあちらのビルへと地図を便りに移動 し、方向音痴の私として道に迷わないようにするだけで精一杯でした。親元を離れる度に極度のホームシックに悩まされる私も、忙しさの為か、わずか2,3日 で回復することができました。

授業の履修申告ほど、精神的にも肉体的にも追い詰められるものはありませんでした。私はジャーナリズムの授 業を中心に履修しようと思っていたのですが、予定していた授業は見事に全て埋まっていて、後は教授、講師、Departmentとの交渉次第と言われまし た。毎日のようにCollege of Communication に通いました。受付の女性に、ジャーナリズムの授業はアメリカ人の学生からの需要も非常に高く、必修科目は、専攻ではない学生にはどんなに頼まれても絶対 に取らせないと、けんもほろろに追い返されました。諦めきれずに、授業の最初の日に直接先生に訊ねたら二つ返事で履修を許可されました。不思議なシステム です。結果的に、ESL以外に、History of Communication, Culture and Social Foundation of Mass Media, Internatinal Reporting and Foreign Correspondent という授業を現在履修しています。

コミュニケーションの授業は思っていたよりも非常に哲学的です。今まで 私が履修してきたコミュニケーションやメディアの授業は、インターネットから始まるこれからのメディアの姿、主にテクノロジー面に焦点が当てられていまし た。しかし、History of Communication, Culture and Social Foundation of Mass Mediaという授業は共に、過去のメディア・コミュニケーションがどのように発展してきて今後どのように変わっていくのか、と体系的に学びます。コミュ ニケーションやメディアという言葉の捉え方も非常に広義であり、私たちが通常頭に思い浮べるテレビやインターネットの他に、人や物の移動、言葉そのもの、 広告なども含みます。そして、テクノロジーが私たちの文化や精神にどのような影響を与えるのか、反対に文化や精神はテクノロジーの発展にどう関係するの か、という事を追っていきます。 International Reporting and Foreign Correspondentはその名の通り、自分が実際に派遣記者になったという設定で、外国(もちろんアメリカにとっての外国)のリポートを行います。 第一回目の課題は、国のオーバービュー的なリポートだったのですが、ジャーナリストになったかのような実践的なリポートは、書いていてとてもわくわくしま した。この授業の教授はThe Chicago TribuneのForeign Correspondentだったということもあり、ベトナム戦争、東京ローズなど自分の目撃した歴史を活き活きと語っ てくれます。非常に興味深く、授業である事を忘れてしまうほどです。

絶対に不可能だと思っていたルームメイトとの寮での共同生活は、想像を遥かに裏切って快適です。この小さな部屋にプライバシーが存在しているということに驚いています。寮生活において、食事以外は不満は全くありません。

パ ソコンのトラブル、学費のトラブル、と次から次へと降りかかってくる問題も全てクリアし、今は穏やかな生活が続いています。しかし、充実感は日本の大学と は比較できないほどです。一ヶ月半という短い時間ながらも既に得たものは非常に大きいです。残りの日々の中で、何が起こり、どんな人と出会い、何を感じる 事ができるのか、とっても楽しみです。今後のレポートの中で、そんな心動かされる瞬間を少しでも皆さんにお伝えできればと思っています。

2000年9月28日
小瀬垣彩子

2000年度JIC奨学生

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2000年度のJIC奨学生は,小瀬垣さん,酒井さん,喜多さんと武田さんの4名です.これから送られてくる奨学生レポートをお楽しみに.

向修一君の2000年6月分レポート

この留学も、あっという間に終わってしまいました。これまでの一年は JIC の方々のお力があってのものであり、感謝を忘れることはできません。今後はこれからの奨学生のために、自分の任務を果たしたいと思います。

この一年間が、これからの人生の中でどのような意味を持つことになるのか、現時点では予測もつきませんが、今の自分にできる範囲で総括し、ご報告したいと思います。

まず、学業ですが、これは残念ながら成功したとは言えないでしょう。帰国中にお目にかかった室賀先生の、大学の成績とその後は必ずしも比例しないという趣旨のお言葉を、心のよりどころとしたいと思っております。

し かしながら、今後のキャリアに道筋がついたことは、おそらくこの一年間で最大の収穫です。留学前は、いや、留学の半ば過ぎまでは、「とりあえず IT関係の修士号を取る」という極めて漠然とした短期的な目標しか持っていなかったのですが、今年の 2 月にたまたま運よく外資系の IT 企業に就職することが決まり、自分の将来への方向性が固まってきた気がしています。それは単にこれからの職業選択ということにとどまらず、自分の社会に対 する使命感を認識し始めた、というところまで含めてです。

また、この留学の、副産物というには余りに大きな収穫が、今までに知り合えた数 々の友人、恩人です。特に、良識ある何人ものアメリカ人と沢山の話ができたことは、私のなかで見えない財産となるでしょう。それが将来役に立つかどうかは 別として、経験はいろいろできたと思います。

$1,600 で買った車は高速道路で突然止まりました。鹿をひきそうにもなりました。ネズミ捕りにも遭いました。(Urbana の Lincoln Avenue では要注意です!)電話会社の請求書でトラブルがあり、メールで議論したものの結局言いくるめられました。ヤオハン (当時; 現ミツワ) で買って来たウナギを同居人のインド人に食べられました。(もちろん彼にも悪気はないのです。むしろ彼が勝手に食べたことは友情の証明だったと今では思い ます。)多くの教訓が得られましたが、まとめれば “Make no assumptions.” の一言に尽きるでしょう。今では、何事も確かめる習慣を意識的につけているつもりです。

留学当初から、いつかは英語を自然に話せるようになりたいという野望がありました。結論を急ぐなら、これはどうやら一生の課題になりそうです。米国に一年近く住んでみて、進歩の見えない自分に焦りを感じもしますが、実際進歩していないのならばしょうがありません。

こんなところでしょうか。個人的な話ばかりでしたが、最後にここ一年間のChampaign のキャンパスタウンの主な出来事を書いて私の報告書としたいと思います。(情報にはかなり偏りがあります…)

Green St. のランドマーク的存在だった CO-ED シネマは、昨年 7 月に閉館し、今年になってついに取り壊されました。跡地には “600 Technology Plaza” と呼ばれる Beckman Institute に似た建物ができ、レストランや小売店、それにハイテク企業などが入居することになっています。

その向かいに昨年の春、 Gouliard’s というハンバーガー中心のレストランが開店し、評判もよかったのですが、11 月に突然閉店してしまいました。高い家賃が原因との憶測が聞かれました。店長だった Gouliard さんは、最近開店した Downtown Champaign の Farren’s というレストランのキッチンにいるようです。

3 月にキャンパスタウンのバー「Mabel’s」が「女性ダンサーによる大人向け娯楽」を企画するも、学生団体や地元商店主などの反対やそれを受けた Champaign 市条例の改正もあって、中止に追い込まれました。

Champaign の Willard 空港とシカゴの O’Hare 空港を結ぶ American Eagle の路線に、今年中にジェット機が就航します。定期便では初めての就航です。また、Champaign – St. Louis 線を運航する Trans World Express も、飛行機が大型化しました。

Illinois Basketball は Big Ten Tournament では昨年に続いて Michigan Stateに決勝で破れ、NCAA Tournament では二回戦で Florida に破れました。相手はいずれも、今年 NCAA のファイナルに進んだチームです。 (Michigan State が優勝)5 月になって、コーチの Lon Kruger は辞任し、NBA のアトランタ・ホークスのヘッドコーチに就任しました。後任探しが急がれています。

Illinois Football の春のキャンプを締めくくる Spring Game (紅白戦) が4 月 15 日に行なわれ、QB の Kurt Kittner はパスの正確さにやや課題を残すも、随所でロングパスを決めるなど、全体として非常に期待の持てる仕上がりでした。今年の秋は、ホームに California と Michigan を続けて迎えるなど、楽しみな日程になっています。

以上

塚本美由紀さんの2000年5月分レポート

長かったファイナルの期間も終わり、ようやく一段落することができました。今、大学ではサマーセッションIの時期ですが、私は休みを取って、LAサンタモニカに来ています。こちらはイリノイと比べて日差しは強いものの、海が近いせいか、乾燥した気持ちのいい気候です。

さて、今回の留学を振りかえってみると、密度が濃く、余りに早く9ヶ月が過ぎたことに驚きです。特にspring semesterでは、前学期よりも高 いレベルのクラスを取ったこともあり、課題に追われたまま、いつの間にか学期が終わってしまったというのが正直な感想です。

Majorの 広告の授業では”Advertising research method”, “Advertising creative strategy and tactics”という広告に欠かせない授業を2つ取りました。両方ともグループワークを含む課題があり、貢献はほとんど出来ませんでしたが、 Lectureだけでは味わえない体験をすることが出来ました。特に、 creativeのラボの授業は思い出深いです。一番最初の授業では、新しいアイディアを出すことの大切さと難しさを知るために、”nail file” の新しい使い方を考えるという課題を即興でやったのですが、私は ”nail file”自体が何だか分からないという始末でした。ただ、大学院生のTAやクラスメートが親切で、分からないことがあると教えてくれたので、学期中に 困ったことはありませんでした。アメリカでは「求めれば与えられる」というのは本当だと実感しました。この授業では、様々な媒体(プリント、ラジオなど) の広告を実際に作った上で、批評しあうので実践的で役に立ったと思います。また、マックのQuark-Xpressを使うので、コンピュータのスキルを思 いがけず上達させることが出来ました。

他に印象に残った授業は、POLS 241 “Emerging Nation”です。私は日本の大学では政治学科だったこともあり、興味を持って履修しましたが、日々のリーディングに加え、エッセイが6回、タームペー パーが1回とかなりの勉強量でした。このクラスは帝国主義の歴史に始まって、現代の第三世界の問題点を様々な角度から分析するという内容でした。時代的に は400年、地理的には旧ソ連を除いてほとんどの世界を扱うので、とても壮大ですが、その分第三世界共通の問題を、大きな枠組みで捉えることが出来るよう になりました。更に、基本的かつ必須の情報を頭に入れた上で、それをツールとして議論に使うことの大切さをこの授業では学びました。この授業が私に与えた 影響は大きく、将来的にはボランティア活動などを通じて、授業で得た知識を、現状を改善するために使いたいと思わせる内容でした。

私は日 本の大学を既に卒業しているので、今年は大学生5年目の年だったのですが、このような授業に出会えて、イリノイでの勉強は大きな財産になりました。生活面 では、寮に暮らしたこともあり、多様な人間に出会えたことが大きいです。これは単に人種だけではなく、性格や考え方の違い、ライフスタイルの違いを含みま す。一例としては、障害者やゲイの人達などです。障害者については、私の後期のルームメイトが車椅子を使っていたこともあり、身近な存在だったのですが、 彼女は一度も障害者というのを感じさせることはありませんでした。健常者と全く変わらないので、私も特に意識せず接していました。ただ、冬に2回ほど降っ た雪は大敵だったようです。歩道の雪は除雪されるので問題はないのですが、今度は除雪された雪が車道と歩道の境界にたまっていて通りにくいという話を聞き ました。大学では建物のバリアフリーが進んでいますが、それでも健常者が気づかないところで障害者に不便なところが出てきてしまうという現状を目の当たり にしました。

その他の点では、友人は、数多くは出来ずに焦ったこともありましたが、かえってその分何人かとは深いつきあいが出 来、最終的には良かったと思っています。生活の場が近いと、自分をさらけ出さないで済ますというのは不可能で、日本よりもある意味、他人に「本当の自分の 姿」を見せていたような気がします。イリノイの寮生活は、私の留学生活で欠かせない部分であり、これからの人間関係を考える上で、大切な経験になったと思 います。

最後に、このような貴重な1年を過ごす機会を与えてくださったJICの皆様に深く感謝したいです。ありがとうございまし た。今後の予定としては、サマーセッションを受講した後、アカデミックトレーニングのビザを使って、こちらでインターンシップをしたいと考えていますが、 まだ雇用してくれる企業が見つからないので、どうなるか分かりません。引き続き、企業に履歴書を送って反応を待つという作業を続けていくことになりそうで す。

2000年 5月19日

5月20日(土)イリノイ大学室賀教授を囲む会を開催

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18:00~20:45、イリノイ大学Department of Computer Scienceの室賀教授の来日歓迎会を、東京・京橋のメルシャンサロンにて行いました。この8月からイリノイ大学に留学予定のJIC奨学生4名全員にも参加していただき、奨学生激励会との合同開催となりました。総勢30名の方が集り、室賀先生や旧友、そしてこれからイリノイに留学される奨学生達と楽しい時間を過ごすことができました。

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竹田智君の2000年4月分レポート

竹田 智
東京大学工学部土木工学科
建設マネジメント/開発システム研究室
(2000年3月28日卒業)

イリノイ大学での1年間の留学も終わりに近づいてきました。暖かい春の日差しを背中に
感じながら、工学部の建物まで通っています。達成できたこと、達成できなかったこと沢
山ありますが、全体として初めてのアメリカでの生活は私にとり有意義であったと感じて
います。今年の2月には日本に戻り、私の通う大学にて卒業論文の発表を行いました。無
事に4年間の大学生活にピリオドをうつことができました。イリノイ大学で学ぶこと、そ
して卒業論文を書きあげて卒業すること、この2点を同時に達成することが昨年と今年前
半にかけての目標でした。最も充実し、またハラハラとした時期でありました。達成でき
なかったこともあります。まず自動車の免許をとる時間を見つけられなかったこと。そし
て専門である土木・環境工学の研究室へ配属できるような方向にもっていくことができな
かったこと、この2点です。(旅行もできなかったかな。)これは、今年、来年の目標に
なるのかもしれません。

夏期の授業はとることなく、イリノイからは離れることになります。5月は素晴らしい時
期であると聞いているので、すこし残念な気もしますが。しかし、まだ日本には戻りませ
ん。次なる目的地は中南米諸国です。前号の最終行で「秘密」として触れなかったのです
が、幸運にも、日本のある建設会社から中南米での調査・研究の承諾を頂くことができま
した。土木工学を学ぶ私にとり、国際建設プロジェクトに関する研究は魅力的なもので
す。そして今回その現場を見てまわること、また日本人技術者とそのカウンターパートの
方々へのインタビューをする機会を得たのです。1ヶ月から2ヶ月に及ぶ調査になりま
す。イリノイ大学で出会うことのできた中南米の友人、そして今学期、継続して学んだス
ペイン語が大きな助けになることを祈っています。その後は、南米諸国を見聞し、イリノ
イ大学で出会った友人と連絡をとり再会をする予定でいます。そして10月から大学院生
として再び研究生活に入ることになります。
最後に、学部の間にこうした海外の大学で学べることができたことは、私にとり大きな財
産になりました。アカデミックな部分と、それ以外のローカルな話題を同時に吸収できる
良い機会でありました。大学院においても、共同研究などの形で、どこか海外の大学に滞
在できることを祈っています。まだまだ英語は未熟でありますが、じっくりと、焦ること
なく、慌てることなく学ぶことができればな、と思っています。他の国の言語に関しても
学んでいきたいと強く思っています。そして日本語を、また日本を、自分自身を、見つめ
る機会となれば、と強く願っています。
このような素晴らしい機会を与えてくださったJICの方々、そして忙しい中、最後まで連絡
など暖かく見守って下さった庄司様に深く感謝申しあげ、報告といたします。

田村篤司君の2000年3月分レポート

留学報告書4 (00.03)
東京大学法学部
イリノイ大学での専攻:経済学
田村 篤司

こちらに来てからもう少しで7ヶ月になります。特に4ヶ月を越えてからは、時間が飛ぶように過ぎて行くような感覚を覚えるようになりました。そして、やや淡々と毎日の生活を送っている気がします。
とはいえ、今学期に入って一つ大きな楽しみがありました。それはインドアサッカーの大会に参加したことです。サッカーは自分の最も好きなスポーツで、東京でもチームに所属しているのですが、こちらではこれまでプレイする機会がなかったので特に楽しむことができました。

さて、今回は少し日本とアメリカを比較しながら、最近の話題で自分が考えていたこと、友達と話していたことを(あくまで個人的な感覚によるものでしかないのですが)書こうと思います。
最近、東京都の石原知事が都議会に提出した大手銀行への外形標準課税導入問題が世間を騒がせています。この課税案についての妥当性についてはいろいろと問題を含んでいますが(たとえば税法上の「公平性」をめぐる議論等)、ここで意見することはいたしません。
ただ、彼のような政治家は日本では珍しく、やや「硬直的」とも言われる政治システムになにかしら新しい風を吹き込むことんになるのではと興味深く思っています。

現代日本は、強いリーダーシップが発揮できにくい政治風土を持つといわれていますが、「権力」の中心にいる幹部層の発言力は極めて強いというのがその民主主義の特徴のように個人的には感じています。
そ れに対して、アメリカでは大統領が絶大な権力を持っているように見えることもありますが、実際には、議会は大統領の政策をあからさまに却下することが度々 ありますし(日本ではこれは考えられない)、また、その地域的分権性も手伝って、全体として極めて分権的な政治風土をもっています。社会からの支持が大統 領の権力の源であるとも言われ、そうであるから常に社会に対して意見を投げかけ、支持を得ようとします。

石原知事も、今回の件で 中央政府に言い分があるなら公の場で討論をしたいと言い、古臭い密室での根回し政治を批判していました。そのやり方は一見独裁的なようで、実際には討論と 決定の場を公にすることによって、民主的な意思形成が行われる契機をより含んでいるようにもとらえられます。そして、この意味において、これはアメリカの 民主制により近いものではないかと。そう個人的には思っています。
もちろん、アメリカの政治システムと日本の政治システムは異なるもので(優劣が あるというのではなく)、アメリカの民主制に似ているから「良い」システムだということでは全くありません。ただ(ここで多くを語ることはできないのです が)、多くの人が日本の政治には実質的議論の空間が欠けていること、あるいはそれが透明になされていないことを指摘していることに個人的には問題意識を もっています。

一方、市民の側の言説を見てみると、極端にふれる議論が通ってしまう雰囲気があるように感じています。今回の課税問題でも 都民には賛成派が多いようですが、その中には高い給料をもらいながら金融危機を招き、公的資金(税金)の注入を受けるなど「甘やかされている」銀行相手に よくやったという「懲罰的」(けしからんから課税する)雰囲気を感じています(説明は省きますがそれは妥当ではない)。他に例をあげれば、オウムの移転問 題でも「国民総村八部状態」ともいえる雰囲気が生まれそうで、彼等の信教の自由あるいは移転の自由という基本的人権との衡量が十分に行われていないように も感じられます。
もちろん、その一方で各種出版物に見られるように国際比較的にも日本では高いレベルでの意見が市民の側から投げられているように感じています。ただ、それをどう政治決定のレベルに結実させるかは制度的にも多くの問題を抱えているように感じています。

こ の長い不況と改革の波の中で、日本社会は「民主主義」「資本主義」「自由主義(個人主義)」といった基本的な原理のあり方から議論がなされています。この 契機を無駄にせず(少しずつなのでしょうが)、新しいよりよい日本の形をしっかり築きあげることができるか、大きな歴史の転換点にあると認識しています。