前田耕君の2002年11月分レポート

JICの皆様、大変ご無沙汰しております。
小瀬垣彩子(LAS ’00-’01)です。

古市さんの後を引き継ぎ、皆様に奨学生からのレポートをお届けするという重
要な任務に就きました。よろしくお願いします。

今回は立命館大学大学院の前田耕くんの11月レポートです。イラク攻撃につい
て触れていましたが、今後もアメリカ国民の素の意見を聞かせていただければ、
と思います。

前田くん、どうもありがとうございます。

それでは、レポートをお楽しみください。

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Jicの皆様こんにちは。イリノイ大学留学中の前田耕です。
今回は留学レポートの第二弾です。

前回のレポートを送信させていただいてからすでに2ヶ月が経ちました。2ヶ
月という歳月が嘘に思えるほどこちらでの時間はあっという間に過ぎていきま
す。よく考えると留学生活も残り半年程度です。残された貴重な時間を有効に
使えるようにメリハリのある生活をしていきたいとこのレポートを書きながら
つくづく感じています。

さてこの短かった2ヶ月間を振り返るとき、まず思い浮かぶのは何と言って
も授業のことです。わりとのんびりとしていた9月から一転、この2ヶ月間は中
間テストに宿題の数々、なかなかホッと一息つく時間がなかったのが現状です
(他の人の目にはどう映るかはよくわかりませんが…)。特に中間テストは計
5つあり、10月は大体週に一つのペースでした。加えて同時並行で小レポート
だの問題集だの宿題をありがたく頂戴するわけですからこれがなかなか忙しい
わけです。Alas!それでもぶつぶつ言いながらも11月の上旬には全ての中間試
験を終え、その後は少しゆったりとすることができました。本音を言えばこの
状態がもう少しの間続いてくれればと思うのですが、そこはさすがアメリカの
大学、そうは問屋が卸しません。12月に入れば期末テスト4つにレポートの
締め切りが3つと大イベント(?)が目白押しです。レポートは合計で30枚ほ
どになりそうです。。。というわけで現在はレポートの下準備をしたり構想を
練ったりとこれまたなかなか忙しい日々です。しかし今期もあと1ヶ月ほどで
終了です。そのことを目標にしながら今は頑張ろうと思っています。しかも今
週末(11/23)からThanksgiving dayと呼ばれる一週間の休みです。とりあえず
それまでの2、3日は集中して勉強し、何とかレポートを一本仕上げてしまおう
と考えています。

とまあかなり忙しい生活を送っているように思われるかもしれませんが、日
常生活は十二分にエンジョイさせてもらっています。週末になれば友達とバー
に繰り出したり、パーティに行ってみたりとアメリカンライフを充分に堪能し
ています。特にテストや課題を終えた後の週末は本当に最高です。
Thanksgiving day後の3週間はかなり忙しくなりそうですが、その分それを乗
りきった後は思う存分余暇を楽しむつもりです。

ところで、ここ数ヶ月間アメリカとイラクの緊張が高まっています。イリノ
イ大学でも戦争反対のビラが貼られていたり、反対のイベントが行われている
ところを目撃しました。そんな中でも私の目を引いたのは教室の壁にさりげな
く書かれていた落書きでした。「No War For Oil!」。たった4つの単語な
のになんと強烈なメッセージでしょう。その揶揄のうまさとさりげなさのコン
トラストに暫し見入ってしまいました。 それにしても時々考えさせられてし
まいます。というのも、現在イラク国内では相当緊張が高まっていることと思
いますが、もう一方の当事者であるアメリカでは(少なくともシャンペーンで
は)何事もなかったかのごとく通常の日常生活が営まれているからです(もち
ろん先述したように一定の動きはありますが)。今回の対立は、一方では生死
を左右する出来事であるのに対し、もう一方では日常会話の話題にすらならな
い出来事なのです。戦争とは一体何なのでしょう。。。

何はともあれ、シャンペーンでは本当に充実した生活を送らせていただいて
います。日常生活のひとこまひとこまが、外国人の私にとっては、新鮮でかつ
新たな発見です。授業に関しても、テストや課題が好きだとはとても言いませ
んが授業はなかなか興味深くて楽しいですし、色んな肌の色、髪の色、目の色
を持った人達が一緒に授業を受けて勉強しているのを見ると自分も刺激を受け
ます。本当に素晴らしい時間を過ごさせていただいています。

今後の目標は、とにもかくにも英語力強化です。特に私の場合日常会話です。
先生が話す言葉はかなり聞き取れるようになりましたが、日常会話、特にアメ
リカ人同士が話す会話を完璧に理解するのは大変です。今後は特にスラングや
日常用語をもっと覚えていかなくてはならないと感じています。やはり、授業
などの一定のシチュエーションにおいてでしか英語を理解できないのでは片手
落ちですから。帰国までに字幕なしで「Friends」(人気コメディー番組)を
見ながら、アメリカ人と共に笑えるようになりたいものです。

とりあえずはこの一ヶ月間が山場です。あの山を越えれば海が見える、とい
うわけではないですが、待ち遠しいオフを夢見ながらこの忙しい一ヶ月を乗り
切っていくつもりです。

ありがとうございました。

11/21/2002
立命館大学大学院 前田 耕

追記

前回のレポートにおいてアメリカ人学生の授業後の退室の速さについてお話し
たのを覚えてらっしゃるでしょうか。あの後何人かの友達に理由を聞いてみま
したが、残念ながらこれといった確信を持てる説には出会えませんでした。た
だ有力と思われる説はあります。それは次のようなものです。

「日本の大学では学部という枠組みがかなり強く、学部によって授業も教室も
かなり固定されている。したがって、同じ学部の学生同士は仲良くなりやすく、
かつ教室移動も頻繁にはないので、授業後も学生同士が教室で暫くおしゃべり
をしているという光景をよく目にする。対照的に、アメリカの大学では学部に
よって校舎が固定されているわけでもなく、しかも登録できる授業は多岐にわ
たっているので、同じ学部生同士が授業を通じて共にいる時間をはぐくむこと
があまりない。よって、教室に残ってお喋りをする理由もない。」

以上のようなものです。確かに有力です。私が(日本で)学部1年生だった
頃は、高校の時のようなクラスというものが存在しましたし、3年生からはゼ
ミもありました。教室もかなり固定されていましたし、結果的に一定の友達と
仲良くなりやすかったと思います。それに対し、現在イリノイ大学で4つの授
業をとっていますが、そのうちの3つが経済学に関するものにもかかわらず同
じ校舎を使う授業はありません。そう考えると先の説はなかなか説得力があり
ます。

ただそれだけでは何故に彼らがそこまであわてて退室するのかはわかりませ
ん。つまり、教室に残る必要性がないことは理解できるのですが、それだけが
理由とは思えません。とにかく彼らの退室のスピードは速すぎるのです。何せ
授業終了2分前ぐらいになると皆そわそわしだし、ある授業では先生がそれを
注意したりするぐらいですから。上述の説だけでは彼らが急ぐ理由は理解でき
ません。一体何が彼らをそこまでせかせるのでしょう。…不明です。

また何かわかればお伝えいたします。

2002年11月9日(土) JIC総会を都内で開催

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毎年11月の第二土曜日といえば、JICの定例総会。一足早く冬がやってきたような土曜日の午後、第28回目を迎えるJIC総会を、本年は六本木の国際文 化会館で開催致しました。1年の留学を終えて帰国した奨学生、来年度の奨学生候補として選ばれた7名、そして数年前からウン十年前にイリノイ大学を卒業ま たは滞在された多数の方々が世代を越えて集い、楽しい一時を過ごしました。また、本日をもって大山先生は会長職を退かれることとなりました。先生のこれま でのご努力には、会員一同が感謝致しております。新会長となられた原さんは、就任の挨拶の中で、これまで以上にwebやメーリングリスト等のインフラを活 用し、アクティブな同窓会組織を運営するとの所信を表明されました。今後も組織運営を継続するためには、会費徴収や継続的な新規会員獲得等、課題もたくさ んあるようですが、同窓生の皆さんのアイデアを結集し、課題を解決していきたいですね。次回の総会は2003年11月8日(土)です。その前には3月に JIC奨学生懇親会を企画しておりますので、こちらも多数のご参加を期待しております。

(古市 1992-1994 MS in Computer Science)

堀川裕美子さんの2002年9月分レポート

jicmlメンバ各位,

古市 (’92-94 MS in Computer Science)です.

秋学期からJIC奨学生としてUIUCへ留学中の堀川裕美子さんからのレポートが
届きましたので,皆さんにフォワードします.奨学生の恒例となった感のある
留学直後のハプニングも,こうやってレポートとして読むと楽しいです.しか
し,交通事故には今後ともくれぐれもお気をつけ下さい.そろそろ授業にも多
少慣れ,宿題で四苦八苦している事でしょう.大学での授業や行事の事等,次
回のレポートをまた楽しみにしてます.

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2002年度9月分レポート
堀川裕美子
東京都立大学 人文学部
社会福祉学科3年
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8月20日にこちらに着いたので、もう一ヶ月が過ぎようとしているわけです
が、とても信じられません。こちらに来たのが、つい昨日のような気もするの
ですが、おかしなことに、もう、だいぶ前からここいるような居心地の良さを
感じています。ここの人たちは、大学の学生も、町の人も、みな、親切で、そ
んなおかげさまで、こんな気持ちを持つことができているのだと思います。ほ
んとうにありがたいことです。そして、やはり、このような機会を与えて下さっ
た、みなさんにも改めて、感謝しております。ありがとうございます。

だんだん、なじんでくると、もともと影響されやすい私は、感覚が麻痺してき
ました。こちらの人たちは、本当にいろんな人がいて、だいたい、服装など誰
が何を着ていようと、自分に関係のない人のことは、あまり気にしていないと
いう感じなので、私もそれにならって、良くも悪くも、どうでもいい格好など
をして歩いています。格好といえば、どこもかしこも冷房がものすごい勢いで
きいているので、かならず、上着を持っていくことを学びました。あんなに寒
い中をこちらの人はよく、上着なしでいられるなあと感心します。

こちらに来てからの週末は、宿題と食料調達に費やしていますが、はやくシカ
ゴに行ってみたいです。シャンぺーンで出かけて、いつみてもいいなあと思う
私のお気に入りは、果てしないコーン畑です。こちらの生活に慣れてしまうと、
何の感動もなくなってしまうようですが、今のところ、何度みても嬉しくなり
ます。私は東京出身なので、別に懐かしいというわけではないのですが、なぜ
かとても好きです。

ここにきてからのハプニングを思い出すと、まず、アパートの天井が先々週の
週末に、落ちてきました。何やら、ドスンという音がして、私は、上の階の人
が今日は何やら活発に動き回っているよ、まあ、週末だしね、と思っていまし
た。私もその日は週末なので、部屋の掃除をしていて、掃除道具をさがして、
物置のドアを開けたのです。・・・そこには、惨状が広がっていたのでありま
す。なにやら、水周りの管から、水が滴っていたらしく、そのしみだしに、天
井もついに耐えられなくなったらしく、とうとう落下してしまったのでした。
ところが、その日は週末でオフィスもだれもいない・・・。結局月曜日までまっ
て、直してもらおうとしましたが、やはり、すぐに直るものでもないらしく、
火曜日まで天井は床にぐったりと、寝そべっていました。

それから、先週の週末はもっと大事件が起こりました。ルームメートがある用
事でレンタカーをかりて、使うのは夕方だからということで、昼間2週間に一
度の食料調達にいくことになりました。その途中での出来事です。これまた、
ドンという衝撃をうけた、と思ったら、もう一度ドン、さらにもう一度くらい、
ドン。そうです。car accident です。後ろのおじいさんの車のブレーキが利
かなくなったとかで、後ろからゆっくりと追突されました。で、私たちのレン
タカーは前のvolks wagenに追突し、三台の玉突き事故です。いやあ、あんな
にゆっくり衝突してもあれほどの衝撃があるとは、車の事故って本当に人が死
んでも当たり前だなあ、と思いました。私は後ろの席に座っていたので、シー
トベルトもしておらず、前へ後ろへ自由自在に、頭やらなんやら、ぶつかりま
した。まあ、幸いなことにあれから、もう3,4日たちますが、とくにむちう
ちなどの症状も現れず、車もレンタカーで、お金はすべて後ろの車のおじいさ
んの保険でカバーできるということだったので、よかったです。というか、も
うルームメート2人とわたしの間では、友達に自慢するような笑い話になって
います。むしろ、今頃、奥さんに怒られているかもしれない、追突してきたお
じいさんが気の毒です。運転していていろいろと手続きをした、(示談でした
けど)ルームメートの話によると、そうとう落ち込んでいて、彼の車はブレー
キが利かず、動かせないので、車で送ろうかとルームメートがいったところ、
一人になる時間が必要だ・・・といって車同様、へこみまくっていたようです。

というのが、思い出す、ハプニングですが、いろいろ起こっても笑えてしまう、
自分がつくづくプラス思考というか、相当にずぶとい人間だと感心します。

今は宿題におわれる日々ですが、それもまた、あたふたしている自分がおもし
ろく思えます。一年のうちには、大変なことも多々あるでしょうが、最後に笑っ
て思い出せるように、精一杯がんばろうと思います。

最後まで読んでくださったみなさん、ありがとうございました。

岡沢宏美さんの2002年9月分レポート

jicmlメンバ各位,

古市 (’92-94 MS in Computer Science)です.

秋学期からJIC奨学生としてUIUCへ留学中の岡沢宏美さんからのレポートが
届きましたので,皆さんにフォワードします.Busey Evansの女子寮に関す
る情報,このMLでは初めてですね.ごはんが美味しいというのはなにより
です.レトリックの授業では先生と1対1で添削指導を受けてもらえるので
すか,知らなかった.今後のガールスカウトでの活動の様子等も楽しみです.

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2002年 9月分レポート
岡沢宏美
大阪外国語大学4年
http://sc.gaiax.com/sc/cools/maypanda
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皆様こんにちは。こちらに来てもう一ヶ月です。快適で楽しい生活を送ってい
ます。とても広く、きれいなキャンパスをとても気に入って、ここで勉強がで
きる事を本当に嬉しく思っています。他の奨学生とも仲が良く、助け合ってい
るので、ホームシックにはなっていません。

こちらに来て一番大変だったのは、social security number、保険、各種支払
いなどの手続きでした。たらいまわしにされたり、担当者によって言われる事
が違ったりして苦労しましたが、もうそれらは一応終わったので、一安心です。
あとは勉強と課外活動を、元気いっぱいで楽しみます!

授業は、日本での専攻の言語学と教育学を中心にとりました。音声学、統語論、
アメリカ教育政策、レトリック(ライティング)の4つです。

音声学、統語論は授業が専門的で難しいですが、人数も15名ほどなので質問
しやすく、とても面白いです。音声学は300番台なので留学生や院生が多く、
生徒の中にもさまざまな言語のネイティブスピーカーがいるので、色々な言語
の音声を学ぶ音声学の授業には素晴らしい環境です。

レトリックはESLのかわりに取りました。アメリカ人の学生対象のアカデミッ
クライティングの授業です。週3時間の授業に加え、週1時間、先生と一対一
でライティングの指導を受ける事ができ、直々に私のエッセイやペーパーを添
削してもらえるので、大変ためになります。冠詞の使い方でいつも注意を受け
ますが・・・。アメリカ教育政策は唯一の大講義とディスカッションのクラス
なのですが、リーディングが多く、知らない分野なので一番苦労しています。

どの授業も study group に参加して一緒に宿題をしたり、office hour に質
問に行ったりすると、丁寧に教えてもらえるので助かっています。きめ細かい
サポートがあるので、なんとかついていけそうです。

寮は学部生の寮に住んでいます。最初2週間は寮がいっぱいで入れず、
temporary housing でIRSという寮のラウンジに三人で住んでいたのですが、
運良く、一番新しくてきれいなBusey Evansという女子寮に移ることができま
した。部屋は小さいですが、一番人気がある、ホテルのような寮です。ご飯も
おいしいので、千絵ちゃんや前田君(一緒に来た奨学生です)も時々食べに来
ています。シカゴ出身のルームメイトとも仲良く、楽しく過ごしています。
「おはよー」と日本語で挨拶をしていたら、何人かが覚えてくれて、同じ階の
中で日本語での挨拶がはやっています。

日々の宿題に追われながらも、週末はパーティーに行ったり、フットボールや
サッカーの試合を見に行ったり、買い物に行ったり、楽しい生活を送っていま
す。日本で14年続けていたガールスカウトを続けたいと思い、こちらのガール
スカウトにも入りました。毎日毎日、わくわくと発見がいっぱいです。大きな
トラブルもなく、元気に過ごしています。

最後になりましたが、このような素晴らしい環境で勉強をする機会を与えて下
さったJICの皆様に、改めて感謝致します。

前田耕君の2002年9月分レポート

jicmlメンバ各位,

古市 (’92-94 MS in Computer Science)です.

秋学期からJIC奨学生としてUIUCへ留学中の前田耕君からのレポートが届きま
したので,皆さんにフォワードします.前田君はどのような場でも友達を作る
ことができる能力を備えているようで,とても羨ましいです.授業が終わった
後の退室の素早さですか.僕はいつもクラスで最後まで居残っている事が多く,
皆せっかちだなぁ,と思ってましたが...理由を知るのが楽しみです.

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2002年 9月分レポート
前田耕
立命館大学国際関係研究科
博士前期課程
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JICのみなさま、こんにちは。2002年度JIC奨学生の前田耕です。留学レポー
トということで、お世話になっている皆様に、シャンペーン到着後1ヶ月間の
私の生活の様子をお伝えします。

この1ヶ月間を振り返ってみると、時間の経過の速さを痛感せずにはいられ
ません。日本を発ったのがまるでつい1週間ほど前のことのようです。しかし、
こちらへ来てからの生活をじっくり回想してみると、またその内容の濃さにも
気付きます。人々との出会い、ハードな授業、楽しい週末。。。この1ヶ月間
で本当にたくさんのうれしいこと、辛いことを経験したように思います。そし
て、全体としては非常に素晴らしい時間が過ごせたと満足しています。

まず何よりも嬉しいのは、たくさんの友人ができたことです。出発前は友達
作りが一番の不安材料だったのですが、蓋を空けてみると全くの杞憂に終わり
ました。今では授業での友達、寮の友達、そして呑み友達(!)など多くの友
人を持つことができ、寂しさは微塵も感じません。嬉しい限りです。このこと
によってこちらでの生活が非常に楽しいものになりました。それにしても友人
との出会いというものは、ひょんなところで起こるものです。例えば、お酒を
飲んでいるときに、全く面識がなかったとなりの人と仲良くなったり、卓球を
一緒にプレーしてみて仲良くなったりと。ソーシャル・パーティなどだけでは
なく、こういった日常のコンテクストの中でも友人ができたのは嬉しいことで
す。やはり自然に友達ができていくケースが一番いいと思いますから。しかし
何はともあれ、このように友達ができたおかげで、不安視していた最初の1ヶ
月が結果的には楽しいものになりました。

このように良き友人に恵まれたわけですが、彼らだけではなく一般的に言っ
てシャンペーンの人々は、素朴で親切で温かいように感じます。大学の関係者
や店の店員、道端で通行人に話しかけても、ほとんどの人が丁寧に応対してく
れます。実際、そういったシチュエーションで嫌な思いをしたことはあまり記
憶にありません。また、田舎町なのにもかかわらず、キャンパスは国際色豊か
で、留学生に対しても非常に好意的で親切です。例えば、毎週のように留学生
を対象にしたアクティビティーやイベントが催しされますし、アメリカ人の友
達を紹介してくれるバディープログラムなども充実しています。この街は留学
生にとっても非常に住みやすいところだと言えるでしょう。

さてさて、ここまでは楽しい出来事ばかり書きましたが、この辺りで苦しい
ことも触れておきたいと思います。

苦しいことと言えば、やはり何と言っても授業でしょう!ちなみに現在は経
済学の300番台を2つと200番台を1つ、それに社会学の100番台を1つを受講
していますが、どのコースでもまず驚くのは、そのリーディングと宿題の多さ
です。これは日本の大学と比べると、半端ではありません。非常に進度も速い
ので、何とかついていくのが精一杯といった感じです。さらに追い討ちをかけ
るように、先生が話していることを全て聞き取れるわけでもないので、そちら
の方も時として大問題です。テスト問題がテキストからだけではなく、先生が
口頭で説明したことからも出題される場合などは特にそうです。しかしながら、
このような問題を抱えつつも、今のところ全体的には何とかしがみついていっ
ているといったところです。これから中間テストも始まるので、今まで以上に
忙しい日々になりそうですが、気合を入れて乗り切っていきたいと思います。

ところで、ここで余談を一つ。アメリカの学生に関して驚いたことです。何
に驚いたかというと、授業が終わった後の彼らの退室の速さにです。何せ授業
が終った1分後には、50人ぐらいのクラスなら教室はすでにもぬけの殻になっ
てしまっています。日本の学生なら筆箱を片付けたり、友達と話していたりと
比較的のんびりしているものですが、日本人である私も、鬼気迫るアメリカ人
の機動力を前についついせっかちになってしまいます。それにしても、ファー
ストフードの店員に代表されるようにアメリカ人は日本人ほど行動が素早くな
いように思っていたので、これにはびっくりしました。最初は、直後に授業が
あるから急いでいるのだろうと考えていたのですが、どうもそうでもなさそう
で摩訶不思議です。今度アメリカ人の学生に理由を聞いてみようと思います。

さて、これまでお話してきたように、こちらでの生活は楽しいことも辛いこ
ともあります。しかし、これまでの1ヶ月を総括してみれば、やはり充実して
いて楽しかったと言えるでしょう。これからまだ9ヶ月ほどありますが、おそ
らくあっという間に過ぎていってしまうことと思います。この留学という貴重
な体験を充実したものにするためにも、今後は今まで以上に、勉強に趣味に友
達にと頑張っていきたいと考えています。そして帰国時には、思い出が一杯詰
まった留学生活だったと言えるようにしたいですね。ありがとうございました。

田中千絵さんの2002年9月分レポート

jicmlメンバ各位,

古市 (’92-94 MS in Computer Science)です.

秋学期からJIC奨学生としてUIUCへ留学中の田中千絵さんからのレポー
トが届きましたので,皆さんにフォワードします.田中さんはMusicの
授業を履修し,最終テスト(?)はKlannertでの演奏会参加との事(!).
羨ましいなぁ.当日現地にいらっしゃる方は,是非とも演奏会を聴きに
行きましょう.

田中さんからのレポートで,今年度の奨学生の方4名の9月分レポートを
全てをjicmlへ発信しました.奨学生の皆さん全員,それぞれの個性を
生かした留学生活を送っていらっしゃるようで,読んでいてとても楽し
く,またためになります.皆さんからのレポートを読んで,現地で自分
が留学生活を送っているかのような疑似体験をされている方も沢山いらっ
しゃると思います.次のレポートをまた楽しみにしています!

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2002年 9月分レポート
田中 千絵
東京大学大学院教育学研究科
総合教育科学専攻
比較教育社会学コース 修士課程
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JICの皆様こんにちは。

このレポートを書いている現在こちらは9月最後の日ですが、皆様にこの
レポートをお届けできるときにはもう10月に入っているかもしれません。
第一弾から遅くなってしまって非常にあせっておりますが、ここの空気
を少しでも皆様に楽しくお伝えできればと思います。

今日は、インターナショナルのソーシャルプログラムの一環で、初めて
ここイリノイからちょっと足を延ばして別の州、インディアナにピクニッ
クにいってきました。素晴らしい自然の中でちょっとスリリングなハイ
キングやら草サッカーやらを楽しんできました。暑い盛りの8月にこのシャ
ンペーンに初めて降立ってからもうひと月以上が過ぎて、ピクニックを
楽しめるのももう今のうちだけ、という感じになってきましたが、この
一ヶ月はあまりにも早く夢のように過ぎていってしまった、というのが
一番の印象です。

というのも、ここはあまりにも私に合っているらしく毎日が楽しくてしょ
うがないのです。東京で生まれ育ったにも拘らず、その独特の冷たさが
苦手だった私には、ここでの生活をとても居心地よく感じます。街の人々
は(現地の人だけではなくここで生活している誰もが)みんな親切での
んびりしていて、求めさえすればいつでも助けてくれます。私は、外国
での生活はもちろんのこと一人暮らしも全く初めて(私は今Shermanhall
のsingleroomに住んでいます。)で、出発前は、これからは何でもしっ
かり自分でやらなきゃいけないんだな、とそれなりに決意を固めてきた
わけですが、来てみてすぐに、どこへいっても求めれば助けてくれる人
はいて、それに誰の助けも借りずにやっていくことなど不可能で、また
そんな必要もないんだ、と痛感しました。

ここにきて最初のトラブルは、何をどうしても私のPCだけ寮の部屋で
インターネットにつなぐことができなかった、というもので、解決しな
いままの状態が2週間以上続いたのですが、その間にともかくパソコンに
ちょっとでも詳しそうな人には片っ端から声をかけていくということを
したら、誰もが親身になって助けようとしてくれて、しかもその過程で
いろいろな人と友達になることができました。結局つながらなかったの
は、ずっとパソコンのせいだと思っていたら、実は大学のネットワーク
側の問題でそれと知らず、最後の手段として大学に問い合わせていたら
ある日突然「問題は解決したからつないでみろ」と電話がかかってきて
やってみたらつながった、という不思議な(コンピューターに疎い私に
とっては全く理解のできない)結末をむかえたのですが、そんな些細な
ことでも、もしも助けてくれる人が誰もいなかったら、ただでさえアメ
リカにきたばっかりなのに心細くてしょうがなかっただろうと思います。
今振り返ると人とのつながりの重要性をまず感じさせてくれるエピソー
ドでした。

本当に毎日毎日、人との出会いの大切さと友達をつくる楽しさとをか
みしめています。ソーシャルや授業、はたまたトラブルなどでどんどん
人と知り合うのはもちろん、最初の同じ奨学生のサークルから始まって、
奨学生同士とても仲がいいこともあってか、できた友達を紹介しあうう
ちに芋づる式にどんどん友達が増えていくのです。いろんなバックグラ
ウンドをもった多くの人たちと友達になるのはここでしかできない経験
で、反対に「こんなところで!」というぐらい日本で近いところで暮ら
していたり信じられない共通点をもった人と出会ったりもして、世界の
狭さと広さを同時に感じています。そして勿論みんながキャンパス内も
しくは近くに住んでいるので、すぐに会えて仲良くなるスピードがとて
も早い、というのも新鮮な体験です。全くもってホームシックを感じな
いのは、ひとえにこの多くの友達のパワーだと思います。少しぐらいし
んどいことがあっても友達と話しているうちに忘れてしまいます。特に
私は一人部屋にいるわけですが、この狭い部屋にしょっちゅう友達を呼
んで(最大で6人ぐらい?!)もてなすことに楽しみを覚えています。

さてここで授業のことを少し(!)書いておきましょう。日本では教
育社会学を専門に勉強していたのですが、ここに来た目的のひとつは、
社会学とは少し異なった観点からの勉強、もしくは違う分野の勉強をし
てみたい、というもので、授業を取る際に全く新しいことを始めるかど
うか悩んだのですが、結局今学期は日本で勉強してきたテーマをアメリ
カの場合をとって勉強できるコース(今まではほぼ日本の現象だけを扱
う研究をしてきたので。)、そして少し新しいコースをとってみること
にしました。Educational policy study、social aspects of mass
communication、micro economics、ESL、それからmusicの5つです。

最初の2つの授業はreadingの量がともかく多くかなりハードですが、
日本でアメリカ式授業を実践していた何人かの教授を思い浮かべて、きっ
とあの先生たちも、この非常に体系的かつ計算しつくされたreading
assignmentに衝撃を受けたのだろうな,とその起源に直にふれてしみじ
み思いました。「これだけよめばこのテーマについてはいっぱしの口が
きけるようになる」というのが特に日本の私の担当教授の口癖でしたが、
その言葉をはげみに、またアメリカで学んできた多くの人を思いながら
なんとか読みきろうと思っています。 musicは日本で長くやっていた
吹奏楽団(私はクラリネットを吹いています)のクラスです。何か芸術
系かスポーツ系のクラスをとろうと決めていて迷ったのですが、このコー
スをとると、世界一の音響を誇るともいわれるKlannert で演奏会がで
きるよ、という一声にころっと落ち、荷造りの時ずいぶん迷ったすえに
日本においてきてしまった楽器を至急送ってもらって、なんとかオーディ
ションに間に合わせて、無事入ることができ、週3回クラブ活動のごと
く非常に楽しい時間をすごしています。演奏会が今からとっても楽しみ
です。音楽もスポーツも(スポーツはとくに観戦が)大好きな私にとっ
てはここではアクティビティにこと欠きません。ミュージカルやリサイ
タルのチケットは日本と比べると信じられないぐらい安いですし、スポー
ツ観戦といえば今年はシカゴベアーズがここシャンペーンでホームの試
合を行うという非常にラッキーな年で、私は幸運にもそのチケットを手
にすることができました。先週は大学のホッケーの試合やらアメフト
(天敵ミシガンに残念ながら敗北しました)の試合やらをみにいったり
もして、愛校心をちょっと深めてみたりしました。

と、授業の話が再びアクティビティにそれていってしましいましたが
(笑)最後に最近起きた一連の事件、この一年のうちで間違いなく忘れ
られないエピソードのひとつになるに違いない出来事について書いてお
きたいと思います。それはずばり自転車にまつわる話です。

そもそもの始まりは私と同じ奨学生の岡沢さんが自転車を1ドルで獲得
したことでした。そう、1ドルです!!9月の初め、私たちは、警察主催
のbicycle auction(撤去した自転車などをオークションにかけて処分す
るという趣旨らしいです)にでかけていき、それはまさにauctionそのも
ので、日本のせりのイメージそのままに早口で独特の言葉で値段がコー
ルされていき、聞き取れるはずもないのですが、せっかくきたのだから
と二人とも適当に手をあげてゲットし(おかしなことに誰も競争してこ
ないのです。もしかしてこっちの人もよくわかっていないのでは、、。)
10ドルぐらいかと思っていたらなんと1ドル!勿論かなりぼろく、岡沢
さんの自転車は20ドルほどかけて修理が必要だったのですが、私の方は
なにもなしで大丈夫でした。このauctionは相当町外れで、しかも土曜の
早朝に行われていることもあってか、あまり知られていないようで、こ
の話をしたら電化製品などが異常に安いこの街に暮らす人々も誰もが驚
き、うらやましがっていました。こうして激安で機動力を増すことので
きた私たちは、かなり鼻高々で、毎日自転車を気持ちよく乗り回してい
て、夜少し暗くなってからもよく自転車ででかけるようになり快適な日々
を送るようになったのでした。

しかし。ある日二人にそれぞれ事件がおきたのです。最初は私です。あ
る夜、busey evansのlatenight-coffeehourで素晴らしいsweetsを味わっ
た私は気分よく、しかし遅い時間だったので、がらがらのキャンパスを
自分の寮に向かって自転車を猛スピードで走らせていました。Quadまで
たどりついたところで、Foellinger buildingのすぐ後ろを駆け抜けよう
とまわりこんだのですが、ここはある程度の高さの丘のような設計になっ
ていて、私はまず右サイドからスロープをかけのぼりました。このサイ
ドには二箇所ほど上るところがあるのですがその二つともがスロープで
した。なので逆サイドに見えている下りる二箇所も当然スロープだと判
断し、暗かったのと丘になっているのとで下がみえなかったのですが、
ともかくそのままのスピードでつっきっていきました。ところが手前に
きてみて心臓がとまりそうになりました。そこはスロープではなく6、
7段の階段だったのです!しかし自転車は猛スピードで止まれるはずも
なく、しかもこちらの自転車は軽いので何かにぶつかれば簡単にふっと
ぶような代物です。ああ間違いなく大変なことになる、と一瞬のうちに
覚悟しました。ところが。次の瞬間自転車は階段に2段ほどひっかかった
あとなんと無事に地面に着地したのです!自転車が横にそれたときに足
をちょっと打ったのと、あとはチェーンがはずれただけですんだのです。
これはかなり奇跡的なことの気がします。後で何人か友達が事故現場(!)
を検証してくれたのですが、よく無事だったねえと驚かれました。ちな
みにチェーンも簡単に治りました。

しかし奇跡はひとつだけではありません。岡沢さんの事件はもっと大
事件でした。(本当は彼女が書いたほうがより伝わるはずですが、事件
は彼女がレポートを書いたすぐ後に起こり、あまりにも重要なエピソー
ドなので書かずにはいられません。詳しくは彼女のホームページでどう
ぞ。)彼女はなんと車にぶつかったのです!car accidentです!

例のごとく彼女も夕方、友達の家のパーティーに参加するため自転車を
走らせていました。交差点を渡ろうとしたところ車がきたので、一時停
止したのですが、車のほうも一時停止したので、自分のために止まって
くれたのだと思い、彼女は渡ろうとしました。ところが車の運転手は彼
女と反対のサイドを確認しただけで彼女の動向については見ていなかっ
たようなのです。車は発進し、彼女の自転車とぶつかったのです! こ
こまで読んで非常に驚いた方心配された方もいらっしゃいましょうが、
そうです、奇跡は再び起こり彼女は無事だったのです。お互いスピード
をだしていなかったのが幸運だったのでしょう。彼女はかなり痛そうな
あざを作っていましたが、今日一緒にピクニックに参加できるほど元気
なようで、私も非常に安心しました。警察だの病院だのいろいろ手続き
は大変だったようですが、面白かったのは、自転車が壊れたので、直し
てもらえるか新しいものを買ってもらえることになった、というところ
です。彼女はぼろ自転車の獲得に私よりも20ドルばかり高くついたわけ
ですが、ついには完璧な自転車を手にいれることになったのですから!

奇跡に助けられた私たちですが、これにこりて、せめて自転車にランプ
はちゃんとつけることにしようと少し反省しあいました。この街で自転
車をもつのは何をするにも非常に便利なものですしauctionへの参加もぜ
ひお勧めしますが(くれぐれも誤解しないでいただきたいのは、私たち
が事故にあったのは私たちの自転車が1ドルだから、ではありません!きっ
と!)、これから手にいれる皆さんにはくれぐれも気をつけていただき
たいものです。それにしてもきて1ヶ月で奨学生のうち3人も事故にあう
とはなんということでしょう!、、といいつつ全て完全に笑い話になっ
てしまっているのですが、残る前田君には何も起こらないよう祈りたい
ものです!

さてさて、お伝えしたいことが尽きず、なんだかとっても長くなって
しまいましたが、ここでの生活の様子、私がいかにここでの生活を楽し
んでいるかをお伝えできていれば非常に幸いです。このような経験をす
る機会を私に与えてくださった皆様には本当にいいようのない感謝の気
持ちでいっぱいです。初めてJICの方々にお会いした時に感じた、このプ
ログラムでならば必ず素晴らしい経験ができるはず、という予感は間違っ
ていなかったと改めて実感しています。これからまだまだ、楽しいだけ
でなく辛いこともたくさん経験するのだろうと思いますが、全て自分に
とって意味のある経験として受け止めて充実した日々を送っていきたい
と思っています。またお伝えできる日を楽しみに。この拙い文章を読ん
でいただいた皆様、ありがとうございました。

永見陽子さんの2002年7月分レポート

icmlメンバ各位,

古市 (’92-94 MS in Computer Science)です.

2001年秋学期からJIC奨学生としてUIUCへ留学し,この度帰国した永見陽
子さんからの最終レポートが届きましたので,皆さんにフォワードしま
す.

今月末からは,2002年度奨学生の皆さんの留学生活が始まります.第1回
目のレポートは10月を予定しています.お楽しみに.

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2001年度 最終レポート
永見 陽子
北海道大学農学部3年
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春学期が終わってからはや3ヶ月近くになります。今振り返ってみるとよ
くもったな、と自分でも思うくらい忙しい学期でした。専攻科目を4つ
(生化学実験、分子生物学におけるComputing、微生物遺伝学、セミナー)
を取ったうえに生化学実験は週12時間というボリュームのある授業、そ
してバイトで研究の手伝いをしていた院生が今学期でとうとう卒業する
ので追い込みをかけていたために毎日かけまわっていた記憶があります。
そのときは昼寝ばかりしているルームメイトを恨めしく思ったりもした
のですが、今になれば短い留学生活を有意義に送れたことに感謝してい
ます。特に生化学実験の授業は基礎的な実験から始まって、最終的には
学生たちだけで実験を計画し、標的になる遺伝子のコピーを作り他の微
生物に組み込むところまでできるようになりました。また、日本の大学
とは異なり、この授業には生化学専攻の学生ばかりでなく、栄養学の院
生や医学部学生など色々な学部の人と交流できたのも収穫だと思います。

さて、このレポートがなぜ3ヶ月も遅れてしまった理由はというと、また
旅行です。今回は時間がたくさんあったのでメキシコ、そして中米のグ
アテマラとニカラグアまで足を伸ばしてきました。メンバーは寮で知り
合ったアメリカ合衆国(余談ですが中南米で単に「アメリカ」というと
合衆国ではなく南米大陸のことを指すのです)、南アフリカ、アイルラ
ンド、オーストラリアからの友達プラス日本人の私の5人です。世界の異
なる地域からそれぞれ来ているのでみんなからは”UN Commissioners”
と名付けられ、2ヶ月近く旅行してきました。マヤ文明の遺跡を訪ねたり、
ニカラグアの海で泳いだり、グアテマラでHabitat For Humanityとい
うボランティアに参加して現地の人と一緒に家を建てる手伝いをしたり、
オーストラリア人と南アフリカ人はビザがいることを知らなくてエルサ
ルバドルの国境を通過できなかったりと、良いことも悪いことも一緒に
経験したことで育った環境が違ってもわかりあえる仲になれたと思いま
す。今回は皆貧乏で一泊1,2ドルの安宿に毎日屋台の食事という赤貧旅
行でしたが、仕事に就いてお金に余裕ができるようになったら今回より
豪華な旅をまたみんなでしようねと話しているところです。

メキシコ中米旅行のあと、日本に帰国する前にロサンジェルスに住む台
湾人の友達に高校卒業以来始めて会ったり、日本に帰ったら帰ったで夏
の間金沢に短期留学していたイリノイからの友人を東京案内したりと大
忙しでした。イリノイ大学に1年間留学してアメリカの学生と肩を並べて
大好きな生化学や遺伝子関係の勉強(特に実験)をできたことはこの留
学の自分なりの目標でしたし、その目標を達成できたことは自分にとっ
てとても意味のあることです。しかし、このようにアメリカ各地(メキ
シコ、中米も含めて)を存分に旅行したり、その貴重な経験を共有した
多くの友人にめぐり合えたこともこの留学の大きな収穫です。このよう
な素晴らしい経験をする機会を与えてくださったJICのみなさんに改めて
感謝いたします。

松尾郁美さんの2002年5月分レポート

jicmlメンバ各位,

古市 (’92-94 MS in Computer Science)です.

昨年の秋学期からJIC奨学生としてUIUCへ留学し,先月帰国された松尾郁美さ
んからのレポートが届きましたので,皆さんにフォワードします.

レポートの最後に書かれている次の一文,僕も全く同感です!

「・・・留学している最中は、勉強しかすることがない、と不満に思ったこと
もありますが、コンピューター設備が整っていること、落ち着いて勉強でき
る場所がたくさんあるということは大変恵まれた環境だったことに帰って来
てから気付きました。」

奨学生の皆さんは,留学前に想像した以上に多くの貴重な体験をして帰国され
た(帰国する)ことでしょう.この体験を今後それぞれの人生でどのように活
かすか,同窓生として楽しみにしてます.

以上.

∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞
2002年 5月分レポート
松尾 郁美
一橋大学経済学部 4年
∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞*∞

他の奨学生より一足早く日本に帰ってきてから3週間少したちます。留学した
ての頃はなかなかアメリカに馴染めなかったのに、9ヶ月のブランクがあって
も日本にはあっという間に慣れてしまいました。やはり私は日本人なのだな、
と実感する今日この頃です。春学期はスモールビジネスコンサルティング、ビ
ジネス統計、ビジネス&テクニカルライティング、世界史、エアロビクス、ア
イススケートの授業を取っていました。

スモールビジネスコンサルティングは、ダウンタウンシャンペーンにある本当
のスモールビジネスのコンサルティングをするものです。この授業はフルだっ
たのですが、商学部のオフィスに嫌がられるほど通いつめ、そして担当の教授
にも何度もメールした結果、取ることが出来ました。私たちが担当したのはリ
タイアしたあと、Adapt-A-Lapという視覚障害者用につくられたブックホルダー
を売っているクライアントのベンチャービジネスのコンサルティングです。毎
週一回クライアントとミーティングをし、自分たちでもリサーチを進め、結果
的にクライアントの事務処理能力を改善するソフトウェアのパッケージの提供
と、ホームページやパンフレットの改訂、そして障害者のアソシエーションの
ニュースレターや、VAホスピタルなどの販売チャネルを探すというアウトプッ
トを生み出すことが出来ました。この授業は教科書もなく、「経験から学べ」
という方針だったので、全てがディスカッション中心で、わたしにとってはか
なりしんどかったですが、めげずについていきました。最後はクライアントの
方にイタリア料理をご馳走になり、しかも大変感謝していただけたので、とて
もよい経験になりました。

世界史は講義とディスカッションのクラスに分かれており、ディスカッション
のクラスでは、芥川龍之介の「歯車」など、バラエティーにとんだ読み物があ
り、とても面白かったです。ただ、私は高校で歴史を勉強しただけなので、専
門知識はまったくなく、ディスカッションではなかなか発言しづらかったので
すが、日本のことになると発言しまくったので、最後の方はクラスの友達も私
の存在を認めてくれたのか、テスト前に一緒に勉強会をしよう、と向こうから
誘ってくれてとても嬉しかったです。

秋学期は運動不足だったので、エアロビクスの授業も取りました。色んな音楽
にあわせて踊り、かなり気分転換になりました。あと、せっかくイリノイに来
たのだから、と思い、アイススケートの授業を取りました。この授業は、基本
のスケーティングに加え、スピンやジャンプなど、かなり高度な技を教えてく
れます。イリノイに留学したら、絶対オススメです。確か8週間(週二回)で
30ドルくらいだったと思います。

春休みはもとルームメートとニューヨークにある彼女の家にステイさせてもら
いました。マンハッタンで彼女の甥っ子のベビーシッターをしたり、一緒に
ショッピングに行ったり、ペルシャレストランを経営している彼女の友人にタ
ダでペルシャ料理をフルコースでご馳走してもらったり、とても有意義な一週
間でした。

ファイナルが終わった次の日にイリノイを発ったので、さすがに帰る間際は引
越しの準備、ファイナルの準備でかなりフラフラな状態でした。やはり帰国準
備として、最低一日確保することを次期奨学生にオススメします。予め荷物を
船便で日本に送っていたにもかかわらず、何故か異常に荷物の量が多く、空港
で散散怒られました。飛行機の出発時間まで僅かしかなかったことと、寝不足
と疲労で意識朦朧とし、悲壮感漂う目で見上げる私を航空会社の人もあまりに
哀れに思ったのか、「しょうがないわね、今回は許してあげるわ、」と罰金を
何とか免れました。テロのあと、かなり荷物のチェックが厳しくなったようで
す。

振り返ってこの留学生活で得たものは、異なるバックグラウンドを持つ人とい
かにしたらお互いcomfortable に共存できるか、を学べたことが一番大きかっ
たと思います。異なるバックグラウンドを持つ人に興味を持ち、彼らのカル
チャーを尊重し、かつ自分のカルチャーにも自信を持ち、自分もオープンでい
る。それが私の解答です。また、留学から帰ってきてから思うことは、イリノ
イ大学で勉強できた私が、どんなに恵まれた環境にいたか、ということです。
もちろん、周りの音が全部英語だった、ということもありますが、あれほど勉
強環境が整っているところは日本ではなかなかないのではないのでしょうか。
尤も、留学している最中は、勉強しかすることがない、と不満に思ったことも
ありますが、コンピューター設備が整っていること、落ち着いて勉強できる場
所がたくさんあるということは大変恵まれた環境だったことに帰って来てから
気付きました。

最後になりましたが、この留学という機会を与えてくださったJICの皆様には
大変感謝をしております。勉強以上に、日々の生活や旅行を通して考え、感じ
たこと、そしてそこで得た友人は一生の財産です。

小俣日登美さんの2002年5月分レポート

jicmlメンバ各位,

古市 (’92-94 MS in Computer Science)です.

2001年の秋学期からJIC奨学生としてUIUCへ留学中の小俣 日登美さんからのレポートが届きましたので,皆さんにフォワードします.

短い留学期間中に,奨学生の皆さんは実に多くの貴重な体験をされているというのに驚かされます.小俣さんは引き続き夏学期も継続して履修されるとのこと.更に貴重な体験をされることを期待してます.

以上.

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2002年 5月分レポート
小俣 日登美
東京大学 文学部美術史専攻 4年
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長い長い二学期間の滞在が終わり、ほっとしたのも束の間、夏学期を取ることにした私は、あまりに密度の濃い夏学期の授業に翻弄されて、感慨にふける余裕もないのが本当のところです。八ヶ月間の滞在は、八ヶ月にこれだけの事を経験するのは不可能ではないのか、と今から思い返せば疑ってしまうほどにたくさんのことを経験しました。ほとんどの経験は、恥ずかしかったり、不快だったり、はっきり言って思い出したくないような、不満だらけのことだったりします。でも、ほとんど終わったからいえることだと思いますが、“私は確実に恵まれていた”という事です。私は、自分の環境の価値は、私の周りを取り巻く人の面白さ・人間味・優しさにあると思っています。その点において、私はイリノイで恵まれていたと思います。

私は美術史が専門で、はっきり言って「本の虫」型・数学アレルギーの完璧文系人間なので、エンジニア人間と会計人間が大半を占めるこの大学では、やや居心地の悪い思いをしていました。誰かと知り合って、専門を聞くたびに、みな首をかしげて、なんではるばる日本から美術砂漠のこの大学に来たのかと聞きました。(イリノイ州で二番目に大きい美術館は、なんとイリノイ大学付属の美術館、つまりシカゴのArt Institute位しか、大きい美術館が無い地域なのです。これで、イリノイの美術砂漠度が推して量れます。)美術史の授業に出ても、美術史専門の学生などほとんどいなくて、理系の学生などが、趣味でとっていたりする事が多くて、同じ専攻の友達と言うものは出来ませんでした。でも、逆に、美術を勉強しようという学生が少ないせいか、講義形式の授業でも、教授と生徒の距離はいつも近く、レポートも一字一句、TAでなく先生自ら直したりコメントしてくださったりしてもらえました。何よりも、英語の下手糞な外国人留学生とIndivudual Studyをしようとしてくれる美術史の先生が見つけられたのは、私にとってとても幸運なことでした。Indivudual Studyというのは、院生の学生の方から後で聞いた話では、院生でもなかなかしてもらえるものではなく、もしイリノイが美術天国大学だったら、私のような単なるExchange Studentには機会は与えられなかっただろうと思います。せっかくの個人教授でも、自分の読解力の無さや、表現力の無さや、自分が何が分かっていないのかも分かっていないアホさ加減に、本当に悔しい思いもしました。時には、“チョット、これは英語の先生にする質問でしょう”というような質問までしてしまって、それでも、一つ一つ丁寧に答えてくださる先生の温情に、本当にありがたく感じました。日本で勉強していたときは、質問することが、恥ずかしいことである、というような雰囲気がゼミ内に漂っていたのですが、わたしは、質問天国のアメリカですっかり甘やかされてしまったので、日本に帰ったら大変だと思います。

いい先生と回り逢えた事に加えて、私は生活の面でも、本当にいいルームメートがもてたことは、幸運だったと思います。朝からサルサで起きるLatinaの女の子との共同生活に疲れていた私を、Lincoln Dormで最上級の部屋の一つに、一緒に住まないと声をかけてくれたのが、台湾人のルームメートでした。彼女は、高校生のときにExchangeでアメリカの中西部に来て以来、アメリカで勉強を続けています。私が、イリノイで感じた不満、つらさ、鬱憤、もう一通りすべて経験済みなので、年下の彼女が逆に、私に教えてくれることも多くて、物事を、裏返しに、常にブラックユーモアでコーティングして客観視する彼女から、“アメリカの方法”を多少なりとも学んだ気がします。二人で、勉強の邪魔になるから、テレビは持たない、といっておきながら、私も彼女も相当なおしゃべりなので、深刻なことから、本当にくだらないことまで、夜中の三時まで話してお互い疲れきったこともありました。(次の日は、Hiしか話さなかった。)話は、紅楼夢と源氏物語の比較などという、高尚なものから、纏足した足の手入れの方法などというグロテスクな話、イリノイで食べられもしない中華料理や日本の果物の味について、涎をたらしながら語り合って更に虚しくなったり、冬の間、こもって一番つらかった時も、おしゃべりの“どうでもよさ加減”に大いに救われました。

Dormで共同生活を送っていて知り合った、アジア人の留学生の子達からも教わることがおおかったです。インドネシアの華僑の子、フィリピン人、マレーシアのムスリムの子、マレーシア、シンガポール、台湾、香港からの中国人の子達など、驚くほどに日本の文化について知っていて、ひいては私自身についても興味を持ってくれているのに、逆に自分がアジアの政治、文化について無知なのが恥ずかしかったです。豚革のパンツをはいている子に大して、インドネシアの華僑の子が“いいずぼんね、イスラム教徒に暴行されないで済むわ”という「冗談」で一斉に皆が大笑いした会話の後で、笑えない自分の無知に気づいて、必死で笑いのネタをHPの政治の特集で解決した後、更に笑えなくなってしまったりもしました。ほとんどのアジアからの留学生の子が、大変な思いをしてアメリカにやってきていることが多くて、それを考えると、私は新聞は読まないほうではなかったけれど、なんて平和ボケして甘やかされていたんだろうと、つくづく思いました。

いろいろな人と交流して、感じたのは、ここは本当に個人主義の地だ、という事です。悪く言えば一人一人が自分勝手なのですが、お互いに自分勝手なので、それが普通になっていて、逆に自分がなければ、押しつぶされてしまうのです。ここでは、自分の自信が無くさせられるようなことがたくさんあります。アメリカ人の根拠も無い自信に態度は、最初、理不尽だし、不可解だと思ったのですが、自信を持つこと、自分の目的がはっきりしていること、自分を主張して、更に常に「唯一無二のこのワタシ」をディスプレイしていることは、ここでは美徳である上に、個人主義を貫くために不可欠なものなので、それが出来なくてたじたじしていると、ますます自信をなくして、ちょっとした鬱状態になりがちです。自分のしたいことがあって、臆せずそれに突き進んでいけるならばいいのですが、そこまで自分を一つのことに没頭させる集中力はなかなか持続できるものではなくて、集中力が途切れたときに、これでいいのかな、と思い始めた瞬間に、個人主義ってなんてつらいんだろうと思います。高校時代の国語の時間に、夏目漱石が留学中に鬱で大変だった時の文章などを読んで、ちっともわけが分からなかったのですが、今は、ちっともわけが分からなくは無いと思います。それにしても、夏目漱石ほど頭がよくない凡人なのに、留学中に
かなりブルーになるというのは、不公平なものです。今年来る方々は、永井荷風のように、享楽主義に徹して(これもエネルギーが要るが)ストレスの無い楽しい留学生活を送って欲しいけれど、多分無理かもしれないので、そんなときは私にメールを下さって、愚痴ってくれても結構です。JICの先輩から、初めのころ励ましのメールや、アドバイスを頂いて、本当にありがたかったので、私も同じやり方で貢献できればと思います。

2002年5月26日(日) イリノイ大学室賀教授を囲む会を都内で開催

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五月晴れの日曜のお昼,フォーシーズンズホテルで,一年振りに来日された室賀教授を囲む会を開催致しました.この春学期に先生は最終講義を終え, DCL で我々が講義を聴講する機会はもうないようです.ですが,27日にイリノイへお戻りになった後も,PhD学生の指導やVLSIの第2版執筆などで,引き続 きお忙しい毎日をお過ごしになるようです.次に来日される際にはまた皆で集まろうと約束し,庭園で写真を撮って散会しました.

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(写真は後列向かって右から荻野さん,古賀先生,松尾先生,森先生,室賀先生,立田先生,原さん,村井先生,古市,前列右から宮崎先生,旭さん,青山さん,大山先生,中里先生)